62話 移ろいゆく拠点
「ハッハッ! なるほど、面白き男だ!」
「何も面白くねーよ」
今、俺はエリーの剣を白刃取りで受け止めている。
この状況の何が面白いんだ。
「……娘から話は聞いている。幼少の時に救ってくれたアベルという少年がいた、と」
エリーを助けて、オリヴィエと共に牢獄から抜け出した時、聞こえた咆哮はクラウディウスだったのか。
あの後、帰国したらネロに乗っ取られていたという事だな。
「ぬしがいなければ今頃どうなっていたか…」
オリヴィエの頭を撫で、もう一度こちらを向いた。
「その節は感謝する。そして、此度も恩を重ねることになるが、二度の大きな借りはいずれ必ず」
深々と頭を下げられる。
俺は、黙ってそれを受け取るしかなかった。
オリヴィエとは偶々出会い、エリーの行方を知るために助けたのだ。俺が何かを要求するのも門違いだ。
かと言って、無下にするのも良くないだろう。
どうしたものか……
「……ふん!」
剣を引いた。そういえばエリーも変わったよなぁ。
昔はおどおどとした子だったのに。
「……何よ?」
「エリーも綺麗になったなぁって」
「っっ!」
昔とは暗い印象とは打って違って、少しだけ棘のある端麗美人になった。
この雰囲気、ウォーロクにも似ている気がするな。
「………あ」
このメンツの中ではエリー以外ありえない。アートは別として、カムイは竜人だ。第一、見た目が全く似ていない。
……そういうことか。
「それはそうと、娘はぬしを大層に気に入っておる。妻にやるのもやぶさかではないぞ」
エリーの前でそれを言うのは……
と、俺はエリーの剣を白刃取りで受ける。
「やっぱり許せない!」
「何も言ってないだろ」
根幹のところはやっぱり変わっていない。
それから、小一時間ほど話を聞いてくれなかった。
◇◆
革命軍の主要拠点は四つあるらしい。その4箇所を中心に散りばめる小拠点が動いているのだ。
「事前に来た猿人のラムの話によると、シバ軍がベヒモス軍に攻撃を仕掛ける事になっている。恐らく戦力の大半はシバ軍に向けられることになるだろう」
転移される時は大して説明してくれなかったな。
「我々はそのタイミングで散っている同胞たちを集め、一箇所に攻撃するつもりだ」
「一箇所……頭だな」
「然り、今のベヒモス軍は強力な頭……ネロの配下にある。頭さえ打ち倒せれば軍は瓦解するはずだ」
オスカーも言っていた。
シバ軍はベヒモス本軍を引き受ける、と。
賭けだが、シンプルかつ強力な一撃を与えられる。
それに周りを見てみると皆生傷だらけだ。じわじわとベヒモス軍の兵力を削りながら持久戦とするのは難しい。その上、食糧難もあるだろう。
故に、力がある内にこの作戦を敢行するわけだ。
「近い内に報せが発生すると聞いている。その時が来るまで我々は息を潜めるつもりだ」
「………ん? 発生?」
「なんでも向こうの空に蒼雷が轟いたら衝突した証左となるそうだ。それまでに準備を整えろとのことだ」
俺は空を見上げてみる。雲ひとつない快晴の空だ。
これから雷が発生するとは思えない天だ。
「今夜も拠点を変える。ぬしたちもいつ戦闘になっても良いように準備をしておいてくれ」
「分かった」
その日のうちに拠点へと移動した。
俺たちと遭遇した隊は七名だ。全員が精鋭。
移動する際も音一つ立てずに駆けていた。俺たちは『無音』で音を消しているが、彼らは歩法だ。歩法だけではなく、動物としての特性、靴を履かずに素足での移動が一番の要因だ。足の裏に「肉球」があり、その柔らかさが足音を消しているのだろう。
「移動に時間がかかったな。他の拠点も遠いのか?」
「そうだな、距離は拠点間によってバラバラだが、夜が明けるまでがずっと移動になることもある」
夜が明ける、ということは約十二時間。
かなり離れた場所に拠点が置かれている。
「村民もいるようだが、そいつらも?」
「いや、戦えぬ者らを巻き込まぬよう、我々が移動を続けている。拠点を小さく散りばめているのも、この地を戦場にせぬがためでもあるのだ」
「ということは、すぐにここを離れるのか」
「然り、余らは食料を戴いてから離れる。主らはひとときやもしれぬが、ここで休養を取ってくれ」
「いいのか?」
「ぬしらの存在は未だに知られていない筈だ。だから、頼むぞ」
仮に襲って来たとしても我々が守ってくれということだろう。それに襲ったはずの拠点にS級冒険者が潜んでいて、敵を返り討ちをする策でもあるだろう。
ある意味、奇襲だ。
「……了解したが、狙われる理由があるのか?」
「鋭いな。悪いがそれを今、明かすことはできない」
俺の目に合わせていたクラウディウスの瞳が外れ、密かに周りを観察した。
「………そうか」
「決してぬしらを信用していない訳ではないのだ。……許してくれ」
「いや、いいさ。とにかく、ここは必ず守ろう」
「寛大な御心に感謝する。ではな」
クラウディウスは精鋭を狼人の隊を残して森の奥へと去っていった。攻勢に移る準備に忙しいようだ。
確かにここには子供達もいる。ここを戦場にするわけにはいかない。
しかし……何か違和感がする。
「アル、不安なの?」
「大丈夫だ。とにかく生きて帰らないとな」
「………そうね」
初めてこんな気持ちで戦いに挑む。
復讐よりも、革命軍を助けたい。そんな気持ちで臨むのは今までなかった。
───不思議な感じだ。
「ねえねえ、お兄ちゃんって冒険者なの?」
「ん? ああ、冒険者だ」
「すっごく強い人ってオリ姉に聞いたんだけど、どのくらいつよい?」
「どのくらい……か」
狼人の子供に裾を引っ張られて聞かれた。
その顔に、少しだけ不安が見てとれる。
「そうだな、世界でこの五指くらいには入るかもしれないなぁ」
本当は全然違うだろう。しかし、それくらいの気概でないと《英雄》にはなれないだろう。
「すっごい強いんだ!あたしたちも助けてくれる?」
「ああ、助けてみせるぞ」
わぁ、と嬉しそうな顔で親の元へと行った。
我ながら歯痒いセリフだったが、これで少しでも不安を取り除けていると安いものだ。
「………ふっ」
「どうした?」
アートが嬉しそうな顔を浮かべている。
この前の意趣返しだとばかりの笑みだ。
「ちょっと前だと子供によく怖がられていたのになと思ってな」
「あぁ〜……確かにな」
昔から顔が鋭い、怖いと言われていた。
今回は獣人の子供だったからか、怖がられていなかった。これをきっかけに怖がられなくなるといいが。
「それよりも、お前の方は大丈夫なのか?」
「む、何がだ?」
「………まぁいいか」
アートも獣人。故郷と近しいものを感じたりなどしないかと思ったが、気にしていないのならいいか。
とにかく、今はクラウディウスに言われた通り休養を取ろう。
「俺は少しだけ休むが、起きているか?」
「……ああ、先に休んでいてくれ。俺は少し散歩してから寝る」
と、アートは明らかな敵意を俺たちに向けている男へ視線を向けた。……あれは残った精鋭の兵だ。
「大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ」
アートが言うならそうなのだろう。
エリーたちも先に行ったようだし、俺も休もう。
俺は兎耳の獣人に案内され、空きテントに入る。そこには布団一式すらなく、「藁しかなくて……本当に申し訳ありません」と謝られた。
俺は子供の時に経験しているのもあり、別に気にしていないと言ってやる。むしろ、布団一式が揃っている方がおかしいだろう。
とにかく俺は兎耳の獣人を帰して、藁の上で大の字で仰向けになる。テントの天井に遮られて霞んだ月光を眺めて、一息をつく。
「………」
獣人たちもかなり食糧難に陥っているようだ。子供と革命軍に食料の大半を持っていかれ、大人の非戦闘民たちがやつれている。
……少しだけ、母さんを思い出すな。
「………寝るか」
だが、今はシバとベヒモスが衝突するのを待つしかない。この戦いが終われば、彼らも腹一杯食べられるようになるはずだ。
なんとしても勝たなくてはならない。
◇◆
浅眠を維持し、一旦閉じた”圏域”を再展開。
すると、すぐそこに気配を感じた。不鮮明だが、武器も持っていないようだし、敵意も感じない。
「……ん?」
その気配は俺の上、腹あたりにのしかかった。
俺はとっさに目を開ける。
「あら、起きていらっしゃったんですね」
そこには、月光に艶めく金色の獣人がいた。
次話「月夜の語らい」




