61話 クラウディウス
転移された場所は”ムカリブ”と呼ばれる森林帯だ。
この森の奥に、ベヒモス王国があるという。
「七万の大軍がここから出てくるのか?」
「違いますわ。シバの東門に大通りがあったでしょう。ここはその道の横に広がる森ですわ」
「ああ、なるほどな」
革命軍は森に潜んで不意打ちを成功させたということか。
「というか、てっきり革命軍の拠点とかに転移されると思ったんだが、そうじゃないんだな」
「小拠点は常に移動しているからですわ。それに、ラム様がいらっしゃったのは本拠点ではなく、散らばる小拠点だったのです」
「場所は把握しているのか?」
「ええ、あちらですわ」
俺たちはオリヴィエを中心に囲んで移動を開始する。一応、ベヒモス軍の目もあると考え、草むらにまぎれつつ進む。時折魔物も出てきたが、即座に討伐し、今のところ順調だ。
そこで、旅の経験が最も浅いエリーが呟く。
「あなたたち、慣れてるわね……」
「ずっと旅を続けてると、嫌でも慣れるぞ」
「ううん、そうじゃなくて……」
エリーはずっと一人で鍛錬を続けていたんだったな。子供の時も病弱だったのもあり、家にいることが多かった。
外の世界というやつに憧れているのかもしれない。
「そうだな、今度一緒に冒険するか?」
「……二人で?」
「ああ、二人だ」
「言ったわね! 約束よ!」
旅のノウハウをみっちり叩き込んでやろう。
まずは近郊の森からがいいな。単純なキャンプの建設や、焚き火とかな。火を起こすだけでも意外と難しいのだ。慣れて来たらモメントに連れて行くのもいいかもしれない。
………さて、と。
「アベル、何かいる」
「ああ、高速で近づいてくる気配があるな」
真正面横から四人。かなりの速度で近づいてくる。
俺たちは各自に戦闘態勢に入る。
───来る!
「おぉっらぁぁあああぁああ!!」
俺は草むらから飛び込み様に繰り出されたキックを左腕で受ける。続けて、俺の急所を狙った鋭い拳の連撃を叩き込まれる。
その全てを捌きつつ、男の装備を観察してみた。
「………ふむ」
腰に剣が差し込まれているところを見ると、殺す気はないようだ。ならば俺も敵を無力化する事に注力するとしよう。
「──シッ!」
「うぉっ!?」
ラッシュの中の一つの拳を掴み取り、そのまま相手に背を見せて一本背負い。
レイアの時とは違い、完璧にフォームは決まった。
「ぬんっ!」
空中で切り返して、衝突先の木に着地した。
男はそのまま木を蹴り、驚いて上がった俺の首を腕で引っ掛けた。
「っっ!」
───危なかった。
左腕を挟み込んでいなければ極まっていた。
俺は即座に後ろに下がり、また腕を掴もうとするが引っ込まれる。
しかし、これで男は空中に浮いた。
「しまっ……!」
俺は男の顔面を掴み、地に叩きつける。
ぐっ、と呻き声を上げた次の瞬間、即座に俺の背後から蹴りが飛び出る。俺は咄嗟に体を反らして回避。
直後に体勢を整えた男は再び拳を繰り出し、また攻防を繰り広げ、最後に男の拳を真正面で掴み取る。
「…………ぬう」
「………」
男の全身には金色の毛並みが生え、姿なりはまさに獅子の獣人そのもの。体躯も巨岩のように大きく、見た目に比例しない反射速度……只者ではない。
特に、空中で切り返しての極め技には驚かされた。
「パパ!」
「!!」
すると、襲ってきた男は驚き顔になる。
「あっ……」
隙ができたもので、つい拳を叩きつけてしまった。
獣人はきりもみしながら吹き飛んでいった。
「ぐぐ…っ、うぉおおおおおおおーーーーーーっ!」
大咆哮。やはりまずかったか。
「おおおおーーーー!」
突進して来る。そして、空高く飛んで空中回転。
俺はぐっ、と低く構えて備える。
「すまぁぁあぁあぁああぬ!」
「!?」
ものすごく綺麗なスライング土下座だ。
思い切り地面に額を滑らせていたけど……
「ぬしが援軍だったとは知らなんだ!」
うわぁ、ものすごく額から流血している。
「あなたたちも剣を引っ込めなさい!」
背後からオリヴィエの声が響く。振り向くと他のみんなもそれぞれに交戦していたようで、エリーとカムイは剣を突きつけ、アートは地に捩伏せていた。
「何よ、こいつら」
「くそ……強い」
刃をそれぞれに納める。いまだに殺気を放っている者もいるが、全員が《獣人》のようだ。主に獅子、狼、虎がモデルだろう。戦闘系に長けた三大獣人が並んで相まみえるのは初めてだ。
そこでオリヴィエが事のあらましを説明した。
「国王オスカー様がSS級クエストとしてこの方たちを援軍にお借りいただけました。それぞれがS級冒険者で、一個師団以上の強さを誇る猛者たちですわ」
「そうかそうか! あ奴の気配と似ていたものでな! 先ほどはすまんかったな!」
周りの獣人もこの男に礼節を払っているようだ。
恐らくこの男こそが───
「余がクラウディウスだ。これほどの強者が援軍に来るとは思わなんだ。シバには感謝せなければらぬな」
にか、と気持ちの良い笑顔で握手を求められた。
やはりこの男がクラウディウス。奴隷国から獣人を解放した信頼厚き王、だった獣人か。
確かに不思議と信頼したくなる雰囲気がある。
……というか、オリヴィエがこの男を「パパ」と呼んだ気がするのだが気のせいだろうか。
「それと、パパ! この人がダーリンですわ!」
「何!? この男が………ん?」
俺は握手をした直後に、踵を返して逃げた。
そう、エリーが剣を構えて追って来ているからだ。
次話「移ろいゆく拠点」