60話 約束
「アベル君、革命軍の命運を託す。そなたならやり遂げると信じておるぞ」
俺は小さく頷く。
あの後、騎士たちは即座に自分の配置に付くべく行動を開始した。軍の編成はもう少し時間がかかるらしく、前衛への出陣はまだ少し先になるそうだ。
そして、俺たち遠征組は先行して革命軍へと転移することになった。
「さすが妾のダーリンですわ!」
俺に抱きついてくる痴女。
離れろ、エリーの目が怖い。
「……ねぇ、その女は誰よ?」
「あら、貴女がエリーゼですのね!」
えっ、えっ?と狼狽するエリーだ。
オリヴィエにじろじろと観察され、困り果てたエリーは助けを求めるような目で俺を見た。
「エリー、捕まった時あっただろ? その時に一緒にいた子だ」
「あの大人しそうな?」
「そう、その子だ」
「……………えぇ?」
ものすごく怪訝な顔だ。信じられないのも分かる。初めて会った時はちょうど、そこにいるカムイのような雰囲気の子だった。
「あの、そろそろ行きましょう……」
俺たちは転移陣の前に立っている。
この陣はラム=ミトラが作ったものだ。彼女は転移の使い手で、一度行った場所であればいつでも転移ができる能力だ。魔術の『転移』とは違い、固有能力で転移を行使する希少な《聖人》らしい。
「ウッキッキッ、みんな準備できているか〜い?」
主戦力の分担は次の通りだ。
遠征組 アベル、アート、カムイ、エリーゼ
前衛組 ウォーロク、スノーナ、シバ兵3万
守護組 レイア、アカイム、メズヴ、シバ兵1.5万
遠征組は冒険者を主軸に置いた少数精鋭である。
オリヴィエもついて来るらしい。彼女は治癒の能力を持つ《聖人》で治癒ができる少ない人材でもある。
ちなみにカスピは自分の海があるからと断った。
「よォ、オレの娘を頼んだぞ」
「娘?」
「何だ、聞いてないのか。まぁ、とにかく手を出したら……」
ウォーロクは俺の耳元に口を寄せて、小さな声で「分かっているな?」と囁かれる。
「じゃあな。オマエも気をつけろよ」
と、去って行った。
一応は心配してはくれてるようだ。
なるほど、ツンデレだな。
「…………」
さっきまでウォーロクの隣にいた女がそこに残っていた。じっと俺を観察しているようだ。
確か名前は、スノーナ。
彼女が "玉璽" と呼ばれる大魔を冠する魔導士だ。
「アベル君、戦いが終わったら聞きたいことがある」
「うん?」
「じゃあ、気をつけて」
そう言い残して、どこかへと去って行った。
すると、ドンッと背中を強く叩かれる。
「応、必ず勝って帰って来い」
「少しは手加減してくれよ……」
「ハッハッ! それは悪かったな!」
王都には奇襲に備えて”樹護”メズヴと”幽幻”アカイムを据え、最大戦力に”竜殺し”レイアが構えている。
これだけのメンツだ。王都は万全だろう。
相手が可哀想なくらいだ。
「それじゃ〜、みんなここに……」
ラムが俺たちを呼びかけた、その時。
「アベル!」
待った!とばかり扉が勢いよく開き、魔術師の服装のエンジェが出てきた。眉間を寄せて不機嫌そうな顔を浮かべている。
「エンジェ……どうした?」
「どうしたじゃないよ!」
うっ、カンカンに怒ってらっしゃる。
エンジェがここまで怒りを露わにするのは珍しい。
「小鴉丸から聞いたよ! なんで黙って行くの!?」
「………」
「私も一緒にい……あうっ!」
おでこにデコピンを食らわした。
「黙って行こうとしたのは悪かった」
「なら……うっ!」
もう一度デコピン。エンジェは額を押さえながら、うずまくっている。
「お前は王になるんだろ。ここを離れてどうするよ」
「でも……」
「仲間、というなら大丈夫だ。俺たちの「帰る場所」をお前が守ってくれ。俺の帰る場所を作ってくれるんだろう?」
「う、ずるいよ それは……」
しゅん、と頭を深く下げて落ち込むエンジェ。
確かにずるいかもしれないが、エンジェが王になるのであれば冒険者から距離を置くべきだ。
俺を心配してのことだろうが、もう心配ない。
と、俺は下エンジェの頭に手を置く。
「……大丈夫だ、俺は必ず帰ってくる」
「───……」
そう、俺は生きて帰る。
母にも誓った。俺は生きて果たすのだ。
死して果たしはしない。
「……うん、分かったよ。私は必ずここを守る。だから、絶対に帰って来てよ」
「ああ、行ってくる」
転移陣に立ち、革命軍を救いに行く。
そして、俺は必ず───復讐を果たす。
「あい゛っ!?」
エリーに足を踏まれた。
これは予想外だ……痛い。




