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58話 獣の聖女


 白翼メイドのハクに妹を遣わせると言われたが結局誰も来なかった。一応ハクを探したがいなかった。

 今日は諦めて久々にアートと模擬戦をすることにした。


 課題だった雷功なしの状態での「超速の感知」はエリーと対戦して少しずつ慣れてきた。見てからでは遅く、相手のその動きと体の立ち位置などから移動先を読むのだ。


 アートも最初は俺の手のひらを転がされまくっていたが、フェイントや嘘の動きも混ぜ込んで、読みづらくしてきたのだ。俺はそういう対応にまだ弱く、今日も鍛錬のために相手してもらうところである。


 だが!

 その前に、問いたださなければならぬことがある!


「カムイのことはどう思っているんだ?」

「……………」

「最近、よく一緒にいるだろ。それにお前も最近、模擬戦付き合ってくれないだろ」

「む……」

「先約とか律儀固いとこは分かってるつもりだ。そこを責める気はない」


 アートは頑固で、約束を必ず守るヤツだ。

 しかし、それだけではない気がする。俺のアンラについて告白した時、カムイのことを気にかけて追って行ったのだ。

 これは相棒として確かめざる得ない事案だ。


「ぬぅ……」

「さぁ、吐け」


 昨日から質問攻めをしているが、中々折れない。

 アートは、カリカリと後頭部を掻いて、言うべきか言わざるべきか、悩んでいるようだ。

 そして、アートにしては珍しく小さな声で、


「………良いヤツだとは思っている」

「……そうか」


 望んだ答えは出なかったが、今はこれでいいか。

 これ以上は自分で言ってくれる時を待とう。

 俺も強引すぎた。


「……なぜ笑う?」

「いやぁ、なんでもない」


 アートもまた、かつて孤独に生きた。その他人にあまり興味を持たなかったアートに、自分自身の感情(・・・・・・)で気をかける存在ができたのだ。

 俺は、それが嬉しいのだ。


「……ん? 何か人だかりがあるな」


 歓声がうるさいほど響いている。人が嬉しい思いをしていたというのに何だよ、と中を覗いてみる。

 そこには一つの樽が置かれ、巨漢と金髪の女性が対峙していた。これは腕相撲という腕試しだろう。


「オラァ! 次は俺だ!」


 2メートルを優に超えるような巨漢が自慢の腕を振り回している。多分、巨人ティタンのハーフだ。見た目通りとてつもない怪力を見せることになるだろう。


 しかし、問題は相手の方だ。巨漢と比べて可哀想なほどに小さい。ただ、相手に比べての話で身長はエリーよりもやや高く、体つきも力強く見える。


「オレが勝てたらその戦利品を全部貰うぞ!」

「ええ、妾に勝てたら、戦果の全て……金貨102枚を全て差し上げますわ」


 金貨102枚⁉︎ 家ひとつ買える程の大金だ。

 金髪の女獣人は赤い石が装飾された首掛けを外し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべながら机に肘を乗せた。

 あの首掛け、どこかで見たような……


「レディー…… ゴー!」


 勝負は一瞬だった。

 先手の巨漢が、ふん!と極太の腕に血管が浮き出るほどに力を込める。


 しかし、女の腕はビクともせず。巨漢が目を見開いて、「なに⁉︎」と声を出して驚いた、次の瞬間、その自慢の腕が変な方向に倒れていたのだ。


 ひとコンマ遅れて、巨漢の絶叫が響き渡る。


「ありゃすげえな、お前は勝てたか?」

「瞬発力で勝負するしかないな」


 先手必勝ってやつだ。相手が力を込めるよりも早く、腕を倒すってわけか。

 確かにアートの力では敵わない相手だろう。


「ん……?」


 なんか目が合った。こっちに近づいてくる。


「え?」


 金髪の女獣人は、俺の手を握って、翡翠の瞳を輝かせて顔を近づけられる。


「──あぁ、やっと見つけましたわ。妾のダーリン」

「………は?」

「ひとつお願いがございますわ。この騒ぎを収拾するために、妾と対戦してくださいませ」


 と、耳打ちするように頼まれ、そのまま強引に大衆のど真ん中に放り出された。


「次の対戦相手はこのお方ですわ!」

「…………え?」


 ぽかんとする俺をよそに大衆は歓声をあげた。


◇◆


 周りは真打登場!とばかりの叫び声が響いている。面倒だし、このまま逃げてしまいたいが、余計に面倒なことになりそうだ。


「…………はぁ」


 こうなってしまっては仕方ない。

 気持ちを切り替えよう。


「肘をつけぃ!」


 俺は渋々と肘をつけ、組み合って睨みつける。


「……やるからには全力で来いよ」

「はい、全力で行きますわ!」


 この女は俺のことを知っているのだろうか。

 いずれにせよ、この勝負をさっさと終わらせよう。


「レディー……」


 先ほどの怪力は大したものだが……


「ゴー!!」


 俺ほどではない!


「んん、ぅうう〜〜〜っ!」


 俺の腕がビクともせず、喘ぎ声を上げて力んでいる。女の怪力はアート以上だが、カムイ以下だ。


「んっ、ぅう、うぅぅ〜〜〜!」


 勢いよく倒すと女の腕も折れるため、俺はゆっくりと腕を倒し、優しく手を地につけた。同時に、鼓膜が破れるほどの大歓声が響く。

 女はぐったりと力尽き、樽に倒れこむ。


「完敗ですわ……」


 その豊満な胸が樽に乗り、我儘ボディが強調されている。それだけではなく、汗ばんでいるのもあり、余計にエロくなっている。

 それを見た男性衆は再び大歓声をあげた。


◇◆


 俺は賞金を受け取り、集まったヤジはぞろぞろと退散した。そこで、金髪の女獣人は猫耳をぴこぴこと動かしながら俺の腕に絡みついてきた。


「見違える程に成長したでしょう?」

「………いや、誰だよ」

「ふふん、妾はあなたのオリヴィエですわ!」


 オリヴィエと名乗る獣人は、えっへんと我儘ボディを自慢するように胸を張った。


「人を所有した覚えはないが……オリヴィエ?」

「そうですわ!」


 確かに、オーブを描いたような金の髪も、首飾りも見覚えがある。記憶にモヤがかかっている。

 いつだったか……


「……あ、あの時、檻に捕まっていた子か⁉︎」

「はい! 久しゅうございます!」


 エリーがさらわれた時、一緒に助けた子だ。

 どうりで首飾りに見覚えがあるわけだ。

 あれは、母さんがくれた「力封じ」の首飾り。


「あの時の約束を果たしますわ」

「うん?」

「これを、お返しいたします」


 そういえばそんな約束をしたっけな。

 しかし……


「………すまん。それはまだ受け取れない」

「え、でも……」

「俺には果たさなければならないことがある。それが叶う時まで持っていてくれ」


 それは唯一の母さんの「形見」だ。

 きっと母さんも望まぬ、母がための復讐を誓っている今の俺が受け取るべきではないだろう。


「………わかりましたわ。何があったのかはわかりませんが、妾はいつまでもお待ちしておりますわ」


 先ほどの爛漫な顔と打って変わり真剣な顔で答えてくれた。初めて会った時のイメージとは全く違う、泰然とした態度にはどことなく王の風格が備わっている気がした。


「ところで、そちらの方は誰ですの?」

「ああ、俺の相棒のアートだ」


 紹介すると、数秒じっと見つめ合った。獣人同士で何か通ずるものがあるのだろうか。


「……アートというのですね。よろしくですわ!」

「ああ、よろしく頼む」


 一瞬、不穏な空気も感じたが、打ち解けたようで何よりだ。握手もしているし、気が合いそうだ。


「それで、ダーリン」

「誰がダーリンだ」

「なぜこちらにいらっしゃるのですか?」

「うん?それはどういう……」


 と言葉を止めて、後ろから飛来した黒の物体を腕で受け止める。その黒い物体はくるりと一回転して華麗に着地した。

 その顔は憤怒だ。


「貴様ぁ、エンジェ様という存在がありながら、ダーリンとはどういう了見だ……!」

「小鴉丸か、どうした?」

「しれっとスルーするんじゃない!」


 黒翼を広げて地団駄を踏むエンジェの従者、小鴉丸だ。そして、俺の隣にいるオリヴィエに目を向けるやいなや、急に慌てて傅いた。

 忙しいやつだな。


「先ほどは失礼いたしました。そちらの男が何か粗相でもしませんでしたか?」

「何の問題もございませんわ。何せ、(将来の)ダーリンですもの」

「ちげぇよ」


 ギッ!と小鴉丸に睨まれた。俺が何したと。

 それにしても小鴉丸が傅くとは一体何者なんだ。


「それで、何か用ですの?」

「ハク姉上からの伝言です」


 ハクと小鴉丸は姉妹だったのか。


「聖女様、王宮への出迎えのご用意ができました」

「分かりました。今から向かいますわ」


 オリヴィエは胸の間から僧侶の帽子を取り出して頭に乗せた。どこから出してんだ。


「えっ、聖女……?」


 聖女とは《聖人》と同義とされ、特殊な能力を持つ存在である。ただ「聖女」は人を癒す女の《聖人》を指す場合が多い。


「どう見ても前衛タイプ……」

「ええ、妾は治癒能力持ちが故に、場合によっては前衛支援も可能ですわ。いつでもどこでもダーリンをサポートできますわ」

「そ、そうか……」

「もちろん、夜の方でも……」

「やめろ」


 目がかなりマジだ。あ、ちょっと舌なめずりした。

 これでは聖女じゃなくて、性獣だ。

 よし、逃げよう。


「それからお前らも王宮に来てくれ」


 逃げられない!



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