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57話 振り向くとき



「………急にどうしたんだ?」

「アベルって、他の人をどう思ってるかあまり言わないよね。だから、ちょっと気になったんだ」

「そうだったか」


 俺は自分本位なところがある。他人をどう思ってるかなんて口にすると嫌われるとか考えていたからな。


「それで、どう思っているのかな?」


 ふむ、そうだな。素直に言おうか。


「……手間のかかる妹」

「むっ、むむぅ」


 膨れるエンジェ。一応彼女は年上だ。怒るのも仕方ないが、俺にとってはそんな感じだ。それよりもエンジェが自分のことをどう思っているか聞くなんて初めてだ。本当に何かあったのだろうか。


「どうしたんだ。急にらしくもない質問なんかして何かあったのか?」


 エンジェは少し下を向き、表情に影を落とした。


「……茶化さないで聞いてほしいんだけど、実は私ね、シバ次期王の候補の一人なんだ」

「え、お前が?」

「………むぅ」

「……すまん」


 ついつい茶化してしまったが、エンジェは一応、第一王女だ。聞くところによると今のレウィシア家は女性家系で、オスカー以外、本家の男性が一人もいないんだそうだ。


「それでね、候補者の集会があるんだ。前は自分の我儘で逃げていたけど、今度は参加みようと思うんだ」

「………そうなのか」

「まだ決めたわけじゃないけど……私が王になるなんて想像もできないよね」


 王、か。確かに想像できない話だ。

 王になるということは冒険者は引退するかもしれないのか。それで悩んでいたのかもしれない。


「ねぇ、私が王になったらシバはどんな国になると思う?」

「エンジェが王になったら……」


 正直全く思い浮かばないが、エンジェも本気で答えを求めている顔だ。ちゃんと考えよう。


 俺は空を見て、エンジェが王になった姿を想像してみる。しかし、出てくるのは「手間のかかる妹」の姿だ。本当にそれしか思い浮かばない。


「…………」


 そうだな、うまくは言えないが……

 それがエンジェらしいと俺は思う。


「エンジェは王になってもドジを踏みそうだよな」

「ひ、ひどい!」

「それがいいところだと俺は思うぞ。完璧すぎる王よりは親しみやすい。みんなが思いやりに溢れ、笑い声の絶えない面白い国ができるかもな」


 パッと思い浮かぶのはこんなものだ。

 だが所詮、もしもの話に過ぎない。想像の話だけならいくらでもできる。


「まぁ、エンジェが王になるなんて想像もできないけどな」


 エンジェはしばらく俺を見つめながら、呆けているように見える。その呆けた顔の中には少しだけの驚きがあった。


 そして、ひと頷きの後、


「……うん、わたし、決めたよ。私はみんなが笑っていられるような、アベルの「帰る場所」を作りたい」


 俺は一瞬、呆然としてしまった。


「え……? それは……俺のためか?」

「我儘なのも分かっているよ。でも、それが私なんだよ。それに……勘だけど、アベルの望む世界なら誰も彼も幸せになれる気がするんだ」

「……………そうか」


 何も言い返せなかった。彼女のまっすぐな瞳は何を言われようと、曲げない強い信念が灯っている。

 俺には消せぬ意思だ。優柔不断だと笑うなら笑え。


「それと、私が王になったら見る目は変わる?」

「……多分、変わらないと思うな。エンジェがいくら偉くなっても、時折何が起こるか分からない、おっちょこちょいな妹のようなものだからな」

「ふふ、そうだよね」


 年下扱いにされたというのに怒らない。

 どうしたのだろう。


「アベル、どうして今日は付き合ってくれたの?」

「………お前のことは嫌いじゃないからな」

「……そっか」


 エンジェは憂いの顔でシバの外の景色を眺めた。

 沈む陽の輝きが優しい色に変化している。


「夕日、きれいだね」

「そうだな」


 少しだけ、エンジェのことを考えてみた。

 一度断ったとはいえ、やはり俺は応えられない。


「帰ろっか」

「………ああ」


 エンジェが王になったとしても、俺にとっては放っておけない存在で、かけがえのない仲間なのだから。


「なぁ、お前のことは───」


 振り向くと、顔が息のかかる距離に迫っていた。

 ───そして、反応する間もなく、彼女の柔らかい唇が、軽く俺の頬に触れた。


「………っ!」


 不意に俺は赤面した。


「えへへ、わたし頑張るね」


 後に、俺が彼女を好きになったきっかけを聞かれれば、この時だったと答えるだろう。

 それはまた別の話……


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