56話 アタックデート
「うぉ〜……」
エンジェに連れられて水族館に来ている。
海に近いだけにあって珍しい魚が数多くいる。この世界にも水族館という文化があったとは。
「おぉ〜……光る魚とかいるんだな」
「えぇと、あれはライトフィッシュだよ」
お手軽な感じの名前だな。
でも、魚は蛍のようで幻想的だ。
「あ、これが ”シバ” の名を冠する魚か」
「おいしそうだね!」
「これは食用じゃないぞ」
通称、”柴魚”。俺の身の丈を優に超える大きさで、立派な白の一本角が生えている。全身が銀色に艶めいており、重厚感のあるそのツノは神秘さえも感じる。
この魚は食用にもでき、何度か食べたことがあるが、淡白な白身魚のような味わいだった。
「………さっきから思っていたが、この手は?」
「ん、いいじゃん!」
胸を押しつけながら俺の腕に組んでいるのだ。当たる感触は見た目相応ではないボリュームだ。
いや、あのエンジェだぞ。仲間以外の意識はないはずだ。煩悩退散。
「おぉ、魔剣聖?」
「ん? 海鳴りか」
蒼の軽装を纏うこの無頼漢は”海鳴り”のカスピ(※33話初出)で、この世界には珍しい ”大刀” を扱うS級冒険者だ。何かしらの大きな魚を水槽に入れて運んでいる。
「なんでこんな場所に?」
「捕らえた魚をここに納めているんだ。これは、ヘルレイって言ってな。熱湯のように暑い場所でないと生きてられないという変わった魚だ」
ふむ、焼いても生きてそうな魚だな。
見た目も黒漆で、まさに地獄って感じだ。
「そういえば、前の騒動の時に活躍したらしいな」
「おぉとも、変な仮面のやつらが出て来てな。ひらひらと攻撃が当たらなくてやりづらかったな」
「変な仮面? 道化団とか名乗っていたか?」
「確かに何か名乗っていた気もするが、なにせ乱戦中だったのだ。あまり覚えていないな」
「そうか、何か分かったら教えて欲しい」
「ああ。 ってか、デート中だったか。邪魔したな」
ひらひらと手を振りながら去っていく。側からはそう見えるのだろうか。身長差もあるから見えないと思っていたが……
「どうしたの?」
「いや……なんでもない」
◇◆
あの後エンジェに引き連れられながらも水族館を堪能できた。魔術で浮かばせた球体の水に魚を泳がせたり、熱湯に生きる魚の姿など多様にわたる。前世を覚えている俺にはどれも新鮮で、幻想的だった。
この世界でしか味わえないものだろう。
そう、まさに”異世界水族館”だ。
「ねえねえ、チノカと触れ合いもできるんだって!」
「チノカ?」
初めて聞く名だ。どんな魚だろう。
「頭が良くてね。いろいろことを覚えるんだよ」
「へぇ、魚とか取って来たりするのか」
「教えれば出来るかもね!」
それは面白そうだな。
遭難した時とかに助かりそうだ。
「ほら、この子だよ!」
「うん?」
見た感じはイルカに似ているが、イルカよりも大きく見え、魚のような鱗が体を覆っている。
従業員に「触れてみますか?」と言われ、触れてみる。
「堅そうな見た目の割には柔らかいんだな」
鱗もプニプニとしている。イルカのようなつぶらな瞳で愛嬌も湧くな。ただ、開いた口に並ぶ牙がめちゃ恐い。
「可愛いでしょ!」
「そうだな」
撫でるたびにキュイキュイと鳴き声も返ってくる。
想像以上に可愛いなぁ。アートも子供の時は可愛かった。今はあんな格好良くなってしまった。
「……ねぇ、聞いているかもしれないけど、カムイちゃんって、アートのことが好きなんだって」
「そうなのか」
態度には見えていたし、いつもアートの後ろに逃げていた。よし、アートにカムイのことをどう思っているのか聞いてみよう。
「………」
「どうした?」
俺の反応が意外だったのだろうか。「なに、カムイが⁉︎」と驚いた方がよかったかもしれない。
「ううん、次、行こっか。チノカショーもあるらしいし、それまでどこか見に行こうよ」
立ち上がり去ろうとした瞬間、「行かないで」とばかりチノカはエンジェの足の裾に噛みついた。
「え? うわ、うわぁあああああああ!?」
「エンジェ!?」
エンジェが引き込まれ、あっという間に深く沈む。
俺は咄嗟に飛び込み、エンジェの姿を探す。
そこには目を回したエンジェがいた。海に引きずり込まれたショックで混乱しているようだ。
「も、もも、猛る炎魔よ、な 汝を焼き貫け───」
ガボガボと溺れながらも、携帯版の杖を持って魔術を発動させようと詠唱をしている。
(ちょ、よせ!)
「『爆槍』!」
発動させたその魔術は、一度空気を収束させて解放することで威力を向上させている。
今は空気がなく、代用に水を圧縮させているのだ。その圧縮された水が勢いよく解放され、凄まじい海流が発生する。
(うっ、くそ……っ!)
俺は『気衝』で海流に抵抗しながら進み、爆心で沈むエンジェを捕まえる。自分の間近に解放したせいで、エンジェは気絶している。
どうにかエンジェを捕まえて地上に連れ出すことができたが、気絶したままだ。
肩を叩いても声を耳元で掛けるも反応が無かった。
「人工呼吸……しかないか」
と、即座に俺は顔を近づける。
「ぶーーーーぅ!」
すると、俺の顔面に水が張り付いた。
咳き込んでいるエンジェ。きょとんとしているが、意識が戻ったようで何よりだ。
「……はぁ、良かった」
この後、巣穴からチノカが出てこなくなり、今日のショーは中止となった。
◇◆
「………疲れた」
騎士団がぞろぞろと現れて説得するのに疲れた。
目撃した従業員のアリバイもあり、どうにか咎めなしになった。しかし、自衛のためとはいえ、魔術を使ったことについては反省しているようだ。
「うぅ……ごめん……」
「仕方ないさ。またの機会があったら行こうか」
「……うん」
最後は散々だったとはいえ、異世界水族館というのは本当に新鮮だった。珍しい魚も見れたし、魚たちによる幻想的なウォーターワールドも楽しめた。
「最後にちょっと寄ってもいい?」
「うん? どこにだ?」
「いいからいいから!」
俺はエンジェの手に引かれながら、シバを囲む壁の上へ連れて行かれた。
相変わらず風が気持ちいい。
「ディーヴのお気に入りの場所だったか」
「うん、私もお気に入りだよ」
陽も地平に差し掛かっている。海が広がっていて、己がちっぽけさを感じさせるような絶景である。
いつ見て壮大な光景だ。
しかし、エンジェは何故ここに連れてきたのだろうか。それに今日はどこか強引だった。何があったのだろうか、と顔を向ける。
するとエンジェもこちらを見ていた。
「ねえアベル」
そこで唐突に聞かれる。
「私のこと、どう思っているの?」