54話 ディーヴの書室
朧火の書室にはありとあらゆる国から情報が集っていた。そして、過去、今現在から、未来のことを考えた書物の写本が数多く並んでいる。「小さな図書館」と言っても差し支えのないほどのものだ。
俺はディーヴの言伝もあり、毎日ここに入り浸っている。そこで、ついに知りたかったことが判明した。
それは邪神の力……"禍"と呼ばれる力のことだ。
第四権能【修羅】
魔力を引き換えに進化する肉体を得る。
第三権能【畜生】
記憶を引き換えにあらゆるものを支配する。
第二権能【餓食】
理性を引き換えにあらゆるものを喰らう。
第一権能【地獄】
肉体の引き換えに無限の魔力を得る。
「コーネイン大図書館にて著書を発見した、か」
モメント大図書館では見つからなかった情報だ。
ここでは本当に色々情報や資本が密着されている。
そして、俺は第一、二、四権能を所有している。
「ふむ、第一と第四が互いに相殺し合っているのか」
無限の魔力を喰らい進化する肉体に、肉体を喰らい無限の魔力を得ている。もはやチートだ。
「この能力よく分からんのよなぁ……」
第二と第三権能のことだ。実際に使った感覚がなかったのもあるが、記載がいずれも曖昧だったのだ。
「あらゆるもの」って何だ。
「ふう、ちょっと休憩するか」
ずっとこの部屋に篭りきりだったから、さすがに疲れた。休憩がてらに紅茶を入れることにする。
この部屋に置かれている茶葉はうまい。ディーヴと比べて淹れ方はまだまだだが、焼き付け刃にしては上出来だと思う。
「………あっ」
「ん? 君は確か……アリッサだったか」
「あ、ごめんなさい!おジャマしましたっ!」
「ちょ、ちょっと待て」
俺はアリッサを呼び止める。その顔は戸惑いだ。
夜だし、子供が出歩く時間でもない。
「こんな時間にどうした?」
「えっと、ねむれなくて、さんぽしてたら、こーちゃのにおいがして、なんでシュッチョウしたはずのパパがいるのかなっておもったの」
「…………そうか」
今も、今後も、この子には寂しい思いをさせてしまう。そして、その時が来たら泣き叫ぶかもしれない。
「あべる、だいじょうぶ?」
「……君のパパはきっと帰ってくる」
「うん!」
その時が来たら罰は受けよう。
だから、どうか今は許してほしい。
大人の都合いい、この嘘を。
「君の部屋はどこかな? 送ってやるぞ」
「その……」
本棚の方を見ながらもじもじとしている。
どうしたんだろう。
「気になる本でもあるのか?」
「うん……それと……ここで本をよんでもいい?」
「………いいよ。紅茶は飲めるか?」
「あまい?」
「うん、いつもは角砂糖いくつだ?」
「ふたつ! あと、みるくも!」
淹れた紅茶に注文通りミルクと角砂糖を入れる。夜も遅いが、今日くらいは甘やかしてもいいだろう。
「ありがとう!」
「パパよりは下手かもしれないけど」
「ううん、おいしいよ!」
「……そうか、それは良かった」
アリッサは、気になる本「中級魔術教本」を棚から取り出して、楽しそうに読み始めた。
俺も負けてられないな、とシバに関する歴史本を取り出して読んでみる。それから俺も中級魔術教本を読んでみた。詠唱とかは分かるが、原理とかウンタラカンタラと書いてる。
まったく分からん!
小一時間ほど経ち、夜も本格的に深まった。
アリッサには過ぎた時間だ。
「もう帰らせた方がいいな……っと」
アリッサは本を抱えたままソファーで寝ていた。
「もっと……べんきょして……すごいマジュツをおぼえて……パパをびっくりさせる……んだ」
寝ちゃったか。こんな小さいのに……
ディーヴも本当に、心残りだっただろう。
「さて、と」
アリッサに毛布を掛け、俺は本を読み続けた。
◇◆
「ん……もう朝…いや、昼か」
ソファーで寝ていたアリッサもいない。
もう帰ったのだろうか。
「うん?」
いつの間にか俺の背に布が羽織られていた。きっとアリッサだ。小さいのに色々と気遣いもできるし、勉強熱心だ。実に将来有望だ。
後でちゃんと戻っているかユニに確認しよう。
「紅茶でも……」
起きがけだし、朝の紅茶を飲もう。少しゆっくりしたら宿で居留守しているアートのところでも行くか。
「よォ、オマエがアベルか」
「!?」
───感知できなかった。
常に張り巡らせていた圏域に突如と現れた。
敵意こそは感じないが……何だ、この気配は?
「………精霊?」
肉体と魔素。どちらにも寄らず曖昧な感じだ。
まるでディーヴのような……
「そォだな……研究者としても分からないことだらけだが、オレは《聖人》の一種だ」
「聖人……?」
「あぁ、悪い、まだ自己紹介してなかったな」
白銀髪の男は手をヒラヒラさせながら名乗った。
「オレはノアの学長、ウォーロク・レウィシアだ」
「ウォーロク……"麒麟"か」
偉そうに足を組んで座っている男は「六英雄」の一人、現存する唯一のSSS級冒険者だ。
「失礼します」
「ハクさん……?」
彼女はシバ王の背後に控えていた白翼のメイドだ。
白、と書いてハクと呼ぶらしい。ギルドカード更新も彼女がやってくれた。
「はい、私は白のハート紋を受け持つ道化です」
「なに……?」
あの黒ハートと同じ。ディーヴを殺した道化の仲間だ。ここで俺を消すために現れたのか。
それにしては、敵意を感じない。
「まさか……お前も……」
「落ち着けよ、オレは違う。少しばかり人外の領域に踏み出しただけの愚かな魔導士だ」
「ウキキッ!自分で愚かというんだね。自分の過ちを認めるのは良いことだね」
また誰か来た。何なんだ、この部屋は。
「ラム=ミトラ。彼女も白道化です」
「ウキッ、紋印はクラブだよぉ〜」
尻尾をしならせながら爛漫の笑顔を向けられる。
「もちろん、この件についてはオスカー様も承知しておられます」
ハクは胸に手を添え、続けた。
「私たちはディーヴを中心に、世界の滅びから救済するために集まった仲間です」




