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53話 醜い狼の子


 《白狼フェンリル


 美しい純白のたてがみが特徴的な賢狼の種族名である。伝承では、白狼フェンリルは《聖人》に仕え、幾多の人々を災禍から救い『神獣』と崇められた。その高潔な忠誠こそが一族の栄えであり、誇りでもあったという。


 そして、生まれてくる狼は必ず決まって純白の体毛だった。その美しい体毛が白狼フェンリルたらんとする証であるが故に、誇りでもあった。


 だが、その狼(・・・)は違った。



 ───黒。



 体毛も、爪も、瞳も、全て、黒かった。

 白狼フェンリルの胎から生まれたその狼は《獣人》に変化できる特異体質者だった。それだけならまだ良かったが、その色が禁忌だったのだ。


 黒は闇。黒は罪。黒は混沌。

 黒は "凶堕ち(ダークフォールン)" の象徴。


 誇りを汚す存在として、その狼は幼子ながら親にも疎まれ、群れからも追い出された。


 追い出された狼は、孤独に生き、孤高に戦ったという。来る日も来る日も、ただ生きるためだけに戦い続け、いつしか『魔王』と呼ばれるようになった。異質な強さと野獣ごとき苛烈さから《破壊狼ヴァナルガンド》という異名が轟いた。


 果ては、とある戦いで敗れ、生涯誰にも忠誠を捧げることなく死んだと伝えられている。



◇◆


「うおおおおっ!」

「病み上がりとは思えないな」


 手数、速度においてはとうに俺を超えている。そして、ここぞという時の猛攻は侮れない。現に俺の捌く手を振り切り、攻撃がかすり始めているのだ。


「ッッ!」


 捌いていた右腕が───ついに弾かれる。

 俺の顔面に右ストレートが届こうとする、すんでのところで残った左腕でどうにかアートの右拳を弾き、アートの首を掴み取ろうとするが、そこにアートの姿はなかった。


「───そこか」


 横に通り過ぎるアートの腕を掴みとる。

 アートは俺に引っ張られた反動で浮かんだ。

 俺はそのまま振り回して地に叩きつけた。


「ごふぁっ……!」


 決着だ。少しずつだが超速で動く相手を読めるようになってきた。しかし……


「すまん、大丈夫か?」

「ああ……剛と柔を組み合わせるとはな」

「エリーとやってきて少しずつだが、モノにした感覚はある。とはいえ、竜殺し(レイア)クラスとなると通用するかは分からんがな」


 アレに半端な攻撃は通じないだろうな。

 関節とか極めようにも強引にはじかれる気がする。

 ああいう手合いにはどう攻略したものか……


「それにしても、『雷功』なしでも勝てなくなってしまったか。お前がさらに遠くなった気がするな」

「いや、お前もこの程度ではないはずだ」

「そんなことは──……」

「あるぞ。お前、無限の魔力を持つ黒ハートと互角に戦ったそうじゃないか。その力を見てみたい」

「……この技は反動が強い。『瞬功』は潜在能力を引き出し、肉体損傷を無視した技なんだ。相棒のお前にこんなことで使いたくない」

「ほーぅ、俺では勝てねぇってか?上等じゃねぇか」

「違う! そういう話ではない!」


 問答無用なり。この後めちゃくちゃにしてやった。



◇◆


「なるほどな」

「………」

「お前、一瞬迷っただろ」

 

 どういうわけか、俺に直撃する寸前にほんのわずか止まるのだ。どこか俺に攻撃を当てたくないと遠慮しているようにも見える。

 まぁ、いい機会かもしれない。


「お前は、一体何が怖いんだ?」


 そう問いかけると、アートはしばらく黙っていた。

 迷っているのだろうか。


「……俺は白狼フェンリルの忌み子だ」


 白狼といえば純白の体毛の賢狼じゃなかったっけ。


「黒は罪、混沌、そして、いつか"凶堕ち(ダークフォールン)"となり、群れを脅かす可能性のある者だと断じられ追放された」


 アートの出生については初めて聞いた。拾った時は赤子も当然だったから、記憶にないものだと思っていたが……黒であることが禁忌だったのか。確かに黒は悪いイメージが強いが、それだけで赤子当然のアートを放り出すのはどうかと思う。


「だから、俺がいつかお前を傷つけるかもしれない。拾ってくれた恩を仇で返したくない。黒であることでお前に嫌われたくなかったんだ」


 俺に嫌われることが怖かったのか。

 ……バカな奴だなぁ。


「……それ、俺に言う?」

「え……」

「黒だからって嫌う理由にならないだろ。大体、黒髪の俺はなんなんだよ」

「それは……」


 アートの話に若干の驚きはあったが、ショックを受けるほどではなかった。俺自身もそうであるからか、アートを信じているからか……いずれにせよ。


「その上、"凶堕ち(ダークフォールン)"の素養のある負能マイナスキルを三つ持ってる。それも邪神の権能ときた、それと比べたら全然だろう」

「…………それでも、嫌われたくなかったんだ」


 そっか、そうだよな。

 お前は大切なものをいずれ脅かすと、幼子の時から言われてたら他人の感情に敏感になるよな。


「あの時お前は言ってくれたな」

「えっ?」

「力に頼る前に俺たちを頼ってくれ、とな」


 あの時は救われた。何もかも背負わなければならないと、闇に浸かっていたところを救われた。

 そして、幾度とアートを心配させた。

 今度は俺の番だ。


「その言葉を返すぞ。お前が闇に呑まれようとも俺が止めてやる。暴れたくなったら相手にしてやるし、お前を馬鹿にするような奴がいたら俺が殴ってやる」

「────……」

「俺とお前は、昔から対等なんだからよ。『黒』に拘らなくても自由に生きてもいいんだ」

「自由に…………」


 少し臭かったかな。

 でも、間違ったことは言っていないはずだ。アートとは昔から一緒にいる大切な相棒、それ以外の何者とも考えたことはないのだ。


「……なら、お前に忠誠を捧げたい。お前を対等な相棒として──あるじとして力になりたい」

「それがお前の選択なら何の文句もないさ」


 堅気な返信だが、きっとアートとの距離は縮まったと思う。そして、俺とアート。互いがいる限り、互いに道をたがえることはないだろう。


「んじゃまぁ、宿に戻ろうか」

「ウードソルトはあるか?」

「はいはい、買って帰るか」


 アートは終生の相棒だ。相棒とは一蓮托生。

 きっと、最後は彼に看取られるだろう。

 そんな気がするのだ。


「──俺がお前(アベル)の帰る場所になる。何があろうと」


読んでくださりありがとうございます!

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