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 序幕 獣竜王



 魔剣聖アベルがシバに入国する数日前。何の前触れもなく『獣竜王』と名乗る者が、獣人の軍勢を引き連れてシバの王宮に現れた。


 そして、その者の喉元に大剣が添えられ、剣呑な空気に包まれながらも傲慢な態度を崩さなかった。


「ふん、てめぇが"竜殺し(ドラゴンキラー)"か」


「応、無礼を承知で聞かせていただきたい。ベヒモス王よ、何をしに来られた。返答次第では首を落とす」


 赤い鎧を纏った巨人は凄絶な殺気を放ちながら問う。しかし、獣竜王は怯まず、笑みを浮かべた。


「────この国を貰いに来た」


「ふざけるのも大概にしろ」


 豪!と気合い一つで地を砕く。


「にゃは、隙アリにゃ」


 ───瞬間、弾丸が兜に弾かれる音が響き渡った。


「に にゃんて硬度にゃ」


「応、小僧。何をしやがる?」


「にゃっ!?」


 巨人はいつのまにかその者の前から消え、猫耳の少年の背後に立った。反射的に振り返った少年の奇妙な長い武器えものを握りつぶし、その首を掴み上げた。


「仲間に手を出さないでもらえないっすかね?」


「ぐっ……ごめん」


 犬耳の少女の持つ、黒いL型の武器を『樹護』の大魔導士、メズヴの頬元に押し付けていた。

 しばらく睨み合い、膠着状態が続く。


「レイア、下がれ。そちらもそこまでにしてほしい」


 その一言でレイアは手を引き、同時に犬耳の少女は二丁の武器を下げた。

 そして、王同士が対峙する。


「朕はシバ国王、オスカー・レウィシアと申す。此度は歓迎できず申し訳ない」


「ベヒモス国王、ネロ・クラウディウス。いや、全くだ。この俺様が直々、挨拶に来たってのになぁ」


 呆れ気味の表情にレイアとメズヴは怒りを露わにした。しかし。シバ王は冷静さを失わず、王然とした口調のまま、問いを返した。


「新王ネロ、そなたは朕に何を望む?」


「俺様はセイアッド大陸を手中に収め、ベヒモス国を唯一国とする。てめぇらにはその傘下に入ってもらおう。なに、悪いようにはしねぇさ」


 当然、その答えは────


「朕とて王、幾万の国民を背負っておるのだ。虐げられる(・・・・)と分かって、おいそれと下る訳がなかろう」


「そうか、それは残念だ────【跪け】」


 小さく声を発すると同時に、王宮全体が高濃度の魔力に呑まれる。

 しかし、それは一瞬で全て掻き消される。


「『断魔アブジェクション』」


 白の布で目を覆った魔導士らしき男が一人、ゆらりとオスカーの隣に現れた。

 同時に獣竜王の軍勢を挟み撃ちする形でシバの騎士団が整列した。


朧火オボロビの大魔導士ディーヴ、只今馳せ参じました」


「てめぇは……まさか、国に匿われていたとはな」


 ベヒモス王はディーヴというの存在に異質さを感じていた。そして、先ほどの尊大な表情は消えていた。


「異世界の武器ですか。この私も初めて見ます」


 物珍しそうにディーヴは顎を擦りながら観察した。

 ベヒモス王は、目を細めディーヴを睥睨する。


「……なぜ今頃、現れた?」


「外の騎士団の采配に手間取りました。ですが、これでこちらが有利になりました。今はとある優秀な騎士に任せて、私が助勢に参った次第です。さぁ、後は貴方の判断次第ですよ」


「……あわよくばと思ったが、これでは我らの方が消耗するだけか。まぁいい───全軍撤退だ」


 突如押しかけて来たにしては呆気なく、あっさりと撤退を決意したベヒモス王。それがあまりにも不可解で、不気味だった。ディーヴは目を細め、その真意を確かめるべく呼び止めた。


「……待ってください。クーデターを企み、前王クラウディウスを騙し、王座を奪った貴方が無計画で侵略行為に及ぶとは思えません」


「…………」


「ましてや、自ら敵地に飛び込むとは正気ではありません。一体、貴方は───何がしたいのですか?」


 目を微かに細め、その言葉を口にした。


「────《真祖ユベル》」


「まさか、貴方は………!」


「俺様は全てが欲しい。全てを手中に収め、我らが獣人を最上種族とした、揺るがぬ絶対のことわりを築く。それが俺様の願望だ」


 傲慢。その一言に尽きる豪然たる野望、それは大陸全てを敵に回すことさえも厭わぬものだった。


「それとな、騙し取ったんじゃねぇ。力なき者には退場してもらっただけさ。てめぇらも、てめぇらだ。身の程を弁えて、大人しく下ればよいものを」


「……貴様、死にたいようだな」


 赤い魔力を纏い、殺意をむき出しに前へ進むレイアだったがディーヴに止められる。


「レイアさん、追ってはいけません」


「なに……」


 ────その時。

 先ほどの傲慢な態度とは違い、ベヒモス王の鋭い竜の瞳(・・・)がレイアを射抜いていた。


「彼と戦えば間違いなく、この地は消滅するでしょう。それほどの潜在能力ポテンシャルが彼にあります」


「……ちっ」


 小さく舌打ちをしたレイアは渋々、剣を背に納める。ディーヴの説得もあるが、それ以上に男の放つ威圧は、国そのものを相手にできるほどの力を潜めていたのだ。


「ふん、同じ力を持っているだけのことはあるな。だが、風前の灯火のてめぇに何ができる?」


「この私が直接手を下さなくとも、貴方の暴虐を止めることはできます」


「クク、そいつは楽しみだ」


「では首を長くして待っていてください。盤上で踊らされる恐ろしさを教えてあげます」


 この時から朧火ディーヴの計画は動き出したのである。そして、彼亡き今もそれは続いている。


 そう、この物語の大筋も彼の計画通りといえよう。



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