9.出藍の誉れ
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─────眩しい………?
まぶた越しに白くぼやける視界。ゆっくりと揺れ、ずっとこのままでいたい、と安堵も感じた。
でも、立ち止まるわけにはいかない。目を覚まさなければ……と、アベルは重い瞼を開き、白濁とした視界が少しずつ溶けていく。
「………ジン…師匠……?」
気がつくと、またユージンに背負われていた。
「おう、目が覚めたか」
「ウォンウォン! ワォン!」
太陽が眩しい。夜を通して眠っていたようだ。
アートも無事でよかった。ジン師匠も………
「…………あれ」
今、気づく。ユージンの体が透けている。
ユージンという存在が、夢幻だったかのように消えかけている。まだ寝惚けているのか、と目を擦る。
「……少し、無茶をしたからなぁ」
嘲笑するようにそう言った。そして、微かに歪むアベルの表情を見たユージンは諌めた。
「ああ、別にお前のせいじゃないさ。元々生きていること自体が奇跡のようなもんだからな」
よく見ると、手も足も微かに震えている。黒い竜を倒し、アベルを背負いながら魔物の群れを突破して、ここまで来たのだ。彼の体は、竜と対峙した剣士というにはみすぼらしく、傷だらけだった。
そして、失われて行く魔力に比例して、体が消えていっている。幾星霜の戦いを経た彼はとっくに限界だったのだ。
「少し、休憩してもいいか?」
「………分かった」
アベルを降ろして木にもたれかかる。暫くの静寂の後に、つい零すようにぼやいた。
「……………本当に…疲れたな……」
「……そんなに重かったですか?」
「───……! ハッ、フハハハ!」
腹から出した笑い声が響き渡る。アベルはその笑い声につられて小さく笑った。
「ハハッ……やっぱりお前を弟子にしてよかったよ」
ユージンは満足げに、屈託の無い顔で微笑んだ。
「……ほらよ、餞別だ」
と、ユージンの腰にぶら下げていた刀を突き出す。
アベルは刀を暫く見つめ、黙って受け取った。
「その刀の銘は「神胤」。気を装填でき、闇を払う力が備わった剣だ」
受け取った刀の重さがアベルにのしかかる。同時に、その資格について葛藤していた。間接的とはいえ、自分を守って消えてしまうのだ。
果たして、この刀を握る資格があるのだろうか、と。
「……………なぁ、一つ聞いてもいいか?」
「……質問によりますね」
「ハハッ、少しはデレろよ。その頑固さは母親譲りだな。 まぁ、勝手に聞かせてもらうぜ。もう復讐するなとも、囚われるなとも言わないし、答える気がないならそれでもいい」
「…………」
「……今でも、復讐を果たしたいと思うか?」
「……………………はい」
ユージンはその答えに微笑む。目的は変わっていないが、その根幹の意思が変わっていることに安心したのだ。
「…………ジン師匠」
「うん?」
アベルは俯きながら自分のことを考えた。
師から学んだこと。常に気にかけられていたこと。
そして、何をしたかったのか。
「………俺は、大切なものを失いたくない。だから、二度と奪われない為に強くなりたかった。まだまだ弱いかもしれないけど、それでも……」
「…………」
「俺は……強くなれたでしょうか?」
ユージンは自分の人生を振り返るように暫く沈黙し、小さく息を吐き出す。
「……お前には俺の ”技” すべてを伝授したつもりだ。後はお前次第、何を以って強みとするか、何を弱さとするか考え続けろ。そして、一つの考えに満足するな。常に考えて、戦って、幾たびの敗北を経ても屈するな。大切なものを守る為に強くあろうとし続けろ」
彼方の太陽を指し、続ける。
「俺なぞ踏み超えて行け。今あるもの全てを駆使し、闘い続けろ。その果てにきっと答えが得られるさ」
「…………」
「行け、振り返るな」
弟子は師と向き合った。
消えゆく彼は、儚くも力強く───
そして。
「………ジン師匠、感謝します」
弟子は深く頭を下げ、最大の敬意と共に感謝を言葉にした。言葉だけではとても足りそうにないが、それでも彼には感謝し続けなければならない。そう決意した弟子は振り向く。戦いの果て、その答えを得るために前へと踏み出した。
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師は弟子の門出を眺めながら空を見上げる。
灰に霞んだ空が眩しい光に浄化されて、蒼く、青く染まる。その清々しい空に満足げな表情を浮かべ、愛した女性の笑顔を思い出しながら、
「───……剣に生き、剣に死す、か」
ハハッ、と。笑い声と共に散った。