6.邪神の欠片3
───気がつけば、俺は黒竜と殴り合っていた。
俺の体から黒い魔力が溢れ、体が勝手に動く。
「ぁあぁあああぁあああああぁああぁあ!!!」
死闘に身を投じるスリル、血が沸騰するようだ。
押している、痛くも痒くも無い。
ああ、力が湧き出る。もっとだ、もっと───!
【ガァアアアアアアアアアアアアア】
硬い鱗を纏った体躯で突進してくる。俺は竜の硬い重量を両腕で受け、踏む地が抉れるも止めきれた。
やはり俺の力の方が上だ。行ける、行ける、勝てる。後方に下がった足を前へと踏み出し、押し返そうとした途端。
「─────ッ!?」
押し返していたはずが、急に力を増した竜の拳に吹き飛ばされる。俺は何が起きたのか分からず混乱した。
なぜ、俺が地べたを這っている?
俺が勝っていたはずだろ?あんなトカゲ程度に負けるわけがないだろう。あり得ない、あり得ない……
【ガ、ァアガガガグラァァアァアアァア!!!】
「ああァアぁぁあアァアぁぁあ!!」
覚悟がまだ足りないんだ。先ほどまで押していただろう。まだだ、もっと決死になれ、力を引き出せ。
───この身を引き換えにしてでも……
「ウォオーーーー ! ヴォルルルル!」
「……アート…?」
それに気づいたのか、アートをめがけて竜は大口を開けて炎球を放った。
─────やらせるかよ!!!
我に返った直後の判断は一瞬だった。
轟、と岩の空間全てが炎で包まれる。
「グルルゥ……!」
俺は全身が火傷で爛れるが、異常な再生能力が追いつく。だが、このままではアートまでも巻き込んでしまう。せめて、アートを逃がさないと。
「アート、俺が時間を稼ぐ。お前はジン師匠の元へ行け、お前の声ならジン師匠は届く」
「ヴォルルゥ、グルルル……」
「………復讐を果たすまでは死なねぇよ。いいから、行け!」
「………グルル……ウォン!」
意を決したアートは一直線に駆け去る。これでアートが傷つくことはない。これで良かったのだ、これで俺は大切なものを守れる。
「いでぇ……」
俺は体に手を触れ、再生能力で急速な治癒は行使されていることを確認する。
直後、全身に焼けるような激痛がじわじわと拡がっていく。
「うっ、ぐぁぁあ……ぁあああっ!?」
俺は呻き声をあげるが、当然、竜は攻撃をやめない。またしても顎門から赫い炎が放たれる。俺は全身の激痛で動けず、そのまま浴びる。阿鼻叫喚に苦しみ絶叫を繰り返した。
「うぐぁ、あぁああああぁ、あああああぁああああああああああああぁぁぁあぁあああああぁっ!!?」
喉が枯れるほどに叫ぶ中、妙な事に少しずつ、少しずつ、痛みも火傷も無くなっていく。
最初こそは、ようやく再生能力が追いついたのかと思ったが、果てには火傷すら負わなくなった。
「これは……」
恐らく、異常な再生を繰り返し、俺の中の 何かが炎耐性を獲得した。相手の攻撃に適応して成長する能力なのだろう。
「おぉ、らぁあっ!!」
そして、そのまま俺は炎から飛び出して、竜を殴り飛ばす。炎による負傷は全て無くなっている。
「はっ、はぁっ…はぁはぁ……」
しかし、代償はあった。俺の中の魔力が大幅に減っている。この能力は莫大な魔力の引き換えに異常な進化能力を得られるものだったのだ。
【グラァアアアアアァァァァアアア】
「何っ!?」
竜の首回りの鱗が逆立ち、一斉に射出される。あまりにも広範囲で俺は一つずつ剣で受けるが、全て弾くことは叶わなかった。
突き刺さった鱗を抜き取り、再生を行使する。そして、傷の深さが受けた順に浅くなっていることから微かながらも鱗の攻撃にも耐性がつき始めていることが分かった。
しかし、それはもう無理だ。魔力が圧倒的に足りない。それだけではなく、魔力が徐々に減っていくと同時に全身を巡っていた能力が失われていった。
「う、お、おぉおおおおっ!」
今は能力のことを考えている暇はない。鱗の硬い体躯を丸めて突進して来ている。対し、俺は竜に向かって一直線に突撃を敢行。
轟音。黒鱗に覆われた竜の頭に、頭でぶち当てる。
「ぐ、ぎ、ぎぎぎぎぎ、ぎぃいいいい!!!」
酷い脳振動を起こすも、ガチリと歯が砕けるほどに噛み締め、体はより前屈みに踏み出す。
しかし、奮戦虚しく、俺は吹き飛ばされる。
「ぐぁっ……!」
黒竜は雄叫びを上げる。ギシギシと張り詰める空気の中、俺は空を仰ぐ。全身を纏っていた黒い魔力も消えている。
それでも、諦めるわけにはいかない。
「……うるせえよ、俺は…まだ……戦える」
軋む足を動かして、眼前の巨大な暴力に刃向かう。
俺はこんなところで挫ける訳にはいかない。
負ける訳にはいかない。死ぬ訳にはいかない。
「………『気剣』」
俺は白透明な刀を生成する。
今の俺に出来る精一杯を剣に込める。
チャンスは一度きり。
もっとだ、もっと集中しろ。
「ふぅう………」
気操流の極意を今、ここで習得する─────!
◇◆
空に散りばめらる岩屑。その中を意を介さずにその豪腕を振り回しながら空中に飛び込む黒の巨人。
巨人の標的は、空中に流れるユージン。
「オラァァ!」
迫る巨腕にユージンは体捻りで回避、そして。
振るった右腕の外、視界外から足が顔面を捉える。
「ぶぉっ!?」
そのままユージンは巨人の脇腹を蹴って離脱。対岸側の森からヴェノムコブラが牙を剥くが、一閃、その首を飛ばして着地する。
そこに、巨人の追撃が来る。
「逃すかぁ!!」
巨人の拳が地を砕き、その岩の隙間を縫うようにユージンはバックステップ。続く拳の暴風域をスウェーと体裁きで全て空を振らせる。そして、巨人が大きく右腕を構えたところを狙い、近接する。持つ刀の柄を腹部に触れ、
「『気衝』」
衝撃に巨人は微かに後退するも耐えられる。
距離も開き、一旦小休止だ。
「お前、なかなかやるな。この俺様の攻撃をここまで躱した上で攻撃されたのは初めてだぜ」
ぽりぽりと腹部を掻きながら、素直にユージンの技の冴えを賞賛する巨人だった。
「……魔素との融合率が異常に高い…【魔人】か」
「おうとも、俺様は黒クラブ、アレキサンダーだ」
黒道化団という単語に、みしり、と眉間を寄せる。
しかしながら、名乗られたからには、とユージンは律儀にも名乗った。
「俺は、ユージン・ライラックだ」
「くくく、お前の噂はよく聞いてるぜ。お前の強さ、俺様が試してやろう!」
傲慢なその発言を無視し、ユージンは目を瞑る。
「………おい、何をしている?」
「……15秒」
「何?」
ふう、と目を開き、ユージンは腰に携えていた刀を抜く。白い美しい刃が露わになる。
「急いでいるんだ。秒殺して先に行かせてもらう」
「剛毅だな。あの "剣聖" と謳われた剣士さえも、年を取れば実力差が分からないほどに蒙昧するか」
「いや、昔から己の力量は十分に理解している。死にたくなるほど、脆弱だと思い知らされているさ」
「………あぁ?」
もう片手に気剣を持ち、前へと踏み出す。
「絶大な力って奴とは腐るほど闘ってきたからな」
老剣士は不敵に笑った。