4.最後の修業
───修業を始めてから一年半。俺は旅中に森の中で生きるためのサバイバル技術や、様々な形状の剣に合わせた戦い方から僅かな魔術を習得した。かなりの長旅となったが、魔物ひしめく「マーラ山」にも到着し、今は山に空いた洞窟に入る手前で胡座をかいて座らされている。
この時点でもう既に嫌な予感が………
「予想以上に早いが、最後の技を伝授する」
ジン師匠は教官のように腕を組み、顎を少し上げて只ならぬ雰囲気を出していた。俺は、一体どんなことをさせられるのだろうかと息を飲む。
「これから教えるのは『気操流』の奥義……」
「おお、奥義!」
「……死ぬかもしれないんだぞ?」
「死ぬのは嫌です」
「あ、うん……」
なにこのぐだぐだ。
いや、今のは俺が悪かったな。
「……分かっているならいい」
オホン、と空気を切り替える。
俺も反省し気を引き締める。
「伝授する気操流の奥義の銘は『断界』」
「断界……」
「鮮烈な想いに呼応して、より巨大な存在を打ち倒す一斬を生み出す業だ。真に願ったものを剣に注ぎ込み、放った一斬こそが極意となるのだ」
いわゆる、逆転の力だろうか。圧等的な彼我差を覆す力……まるで英雄の一撃のようだ。
「故に、伝授する前に問う」
ジン師匠は微かに瞳を細める。そして、その問いは考えるまでも無いものだった。
「お前は何のために闘う?」
そんなの決まっている。俺は即座に答える。
「復讐のため……」
「違うな。それはお前の願いの一端でしかない」
「…また復讐せねど何とかって言うつもりですか?」
旅中、事あるごとにしつこく言われた。「復讐せねど囚われるな」と。
復讐を第一としている俺にとっては下らない戯言だ。俺に復讐を取り上げれば何も残らない。俺は復讐さえ果たせればいい。
「………お前は自身のもっと純粋な願いを知らなければならない。極限に追い詰められた時にこそ、心の最深奥に願っているものが見つかる。だから、ここに連れてきたのだ」
ジン師匠に何が分かるというのだろうか。所詮は他人だというのに。大方かつての自分と重ねた的なやつだろう。それは俺とは関係ない事だ。俺は復讐を果たし、それで………ん?
「……ちょっと待って。極限に追い詰められた?」
「うむ、そんな訳で堕ちろ」
「え?」
ジン師匠に突き飛ばされた。
「うわぁああああああああああああ!?」
「ウォン!」
アートは俺を助けるべく飛び出すが、崖ごと両断して落とされる。
「ゆめ、忘れるな。復讐とはお前の一端でしかないということを。それが分からなければ───死ぬぞ」
◇◆
崖の下は、深い洞窟だ。その奥には魔物の気配が散りばめられている。そこへ入る寸前、闇から爪猿が次々と飛び出し、俺とアートに襲い掛かって来る。
「おっ、覚えてろぉおおおおおおお!」
俺は即座に飛び込んで来た爪猿全てを斬り飛ばして、叫ぶ。しかし、これが最後の修業であるということは分かっている。
ならば、やることは決まっている。襲い掛かってくる魔物全てを斬り伏せて、奥義も会得して這い上がってやる!
「『気圏』!」
気を辺りに張り巡らせ、落下中に襲い掛かってくる魔物全てを把握する。そして、両手に剣を生成する。まずは左右相互に襲いかかって来た三匹をすれ違い様に斬る。
「アート! 魔物が少ないあそこの穴に行くぞ!」
「ヴォルルル!」
俺はアートの背中に乗り、次々と襲い掛かる魔物を斬り飛ばしながら洞窟の岩から岩へと飛び移って穴に飛び込む。
「─────!」
そこには、爪猿だけではなく山猩や小鬼、毒大蛇など多くの魔物の眼が穴という穴から覗き込んでいた。
「……いきなりこれか…」
退路もすでに魔物で埋まり、眼前には魑魅魍魎が蠢いている。奥の魔物を感知することができず、魔物の包囲網に身を投じてしまったらしい。
だが、この程度で諦める理由にはならない。
「ふぅーーー………」
大きく息を吐いた後、ちらりと相棒に視線を送りながら念話を送る。直後、アートは小さく頷く。そして、俺は大きく息を吸い、剣を生成。
「ウォオオオーーーーーーーーー……!」
アートの遠吠えが響き鳴いた瞬間、俺は群れに突貫する。どうせ相手にするなら全て引き受けてやるさ。復讐の邪魔をする者は全て排除する。
その戦いは四日…七日……十日………
狩った魔物の生焼けた肉を食べ、洞窟に滴る水を啜り、来る日も来る日も襲い来る魔物をひたすらに狩り続けた。師匠に教わったサバイバル技術で餓死することはなかったものの、絶えずに襲いかかってくるから満足な休息も得られない。
確実に疲労も溜まり、十分に回復できなかった魔力も着実に減りつつある。だというのに、気操流の奥義を習得できる気配すらない。
「俺は復讐だけだ。他に何がある……!」
俺の願望は復讐すること。そのために剣を振るっているはずだ。だというのに、いつも通りの一撃、いつも通りの斬撃………何も変化がない。
「くそ………っ!」
血塗れになりながらも剣を振るい続ける。俺は我武者羅に狩り続けた。
───そして、十三日目。
それは、修業の終わりの日。
静寂に帯びた開けた空洞だった。偶然入った孔の奥には魔物の気配すらなく、ひどく静かな場所だった。絶えずに襲いかかってきた魔物が急に引くなどあり得ない。ましてや気配がないなど、もっとあり得ない。
垂れた水が溜まり、枝が散らばっている。水も補給できし、枝に湿気があるが乾燥させれば火も起こせる。休憩にもってこいな空間だったが、俺は不気味さが拭いきれなかった。
「………妙だな。本当に魔物の気配が全くない」
「グルルル……」
奥に進んでも魔物の気配が全くない。アートも殺意を嗅ぎ取れていない。本当に安全なのかもしれない。
「不気味だが、ここで休むぞ」
「ヴォルル…」
当然、警戒は解かずに腰を下ろして呼吸を整える。念のため、火は起こさず水だけを飲み胡坐をかいて魔力回復に集中する。
「ふぅ………」
そして、回復した魔力は即座に肉体治癒へと回す。元々は怪我の治りが早いと思っていたが、ジン師匠に指摘され、能力の一つであることが判明したのである。これを『気功』の応用で、体内に溜め込んでいる魔力を体に巡らせて怪我の治りを加速化させる。
「よし」
魔力も戻ってきたところで『圏域』の範囲を広げ、魔物の気配を辿る。すると、あり得ないほどの至近距離から凄絶な殺意が突き刺さった。
「─────気配!?」
アートも同時に飛び上がる。アートも今の殺意を嗅ぎ取ったようだ。
【………ア…ンラ……】
ひやり、と背筋が凍る。
「あ…………?」
後ろから巨大な黒い影が落ちた。見上げると、黒い鱗、蝙蝠のような翼、そして、その鋭い眼光。黒い巨大な生物は両翼を凪ぎ、姿を現す。
【ガァアァァァアアアアアァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!】
咆哮。そいつは俺の村を焼いた化け物。
「な───────ッ!?」
黒い、竜。