3.独りよがり
「コリオリには戻るな……?」
「ああ、というよりも北方の大陸には行くな」
「何でですか?」
「…………時が来れば分かる。少なくとも修業が終わった後もすぐには行くな。自分の確固たる強さを得てからもう一度考えて、選択しろ」
「……………」
黒髪の弟子は可能性の一つとして、自分の母親を殺した黒幕はへーリオス大陸のどこかにいるのでは無いかと睨んだ。しかし、師匠は頑なに行くなと拒み、理由も明かさないときた。何も言い返せず、むむ、と弟子は不貞腐れる。
「…………復讐せねど囚われるなよ。無きものを見て、先を失うんじゃないぞ」
「……最近そればかり言いますね」
師の言葉に弟子は怪訝な顔を浮かべた。
「いや、な。俺は復讐を否定する気はない。だが、復讐にばかり囚われて身を滅ぼす事だってある」
「……もういいですよ。そんなの覚悟の上ですから」
プィ、とアベルはさっさと前へと進む。
ユージンは頭を掻きながらため息を吐く。
「そっちじゃないぞ。そこから左の方向だ」
「む……」
だんまりを通したままアベルは方向を転換する。そこについて行く大狼のアートは心配げに頭を傾げ、鳴き声と共に念話を飛ばした。
「ヴォルルル?」
「大丈夫だ。俺は後悔なんてしない」
「ヴォル……」
アベルは濁った瞳のまま、前へと視線を向ける。
そこでユージンは手を叩く。
「よし、少し日も暮れてきたし、休憩も兼ねて『圏域』の鍛錬をするぞ。そのあとに俺と実戦だ」
「……むむ」
「お前、感知は苦手なんだよなぁ。ハッハッハッ」
アベルは剣の生成や身体能力の強化は得意だったが、どうしても周りを感知する技術が苦手だった。
いつも通り、胡座をかいて目を瞑る。そして、集中しながら体から常に気を放つ。
「………」
「ダメだ、もっとだ。最小限の気を圧縮して常に放出し続けろ。そして、相手のことを否定するな。受け入れて理解しろ」
意識を深く沈ませ、燃え盛る心と向き合う。心から極小の気を解き放ち続け、周りを感知する。大音量の音を放って感知するのは簡単だが、小さい音量での感知が苦手なのである。
最小限で最大限の効率で気で感知する、精密な認識と感覚がなければできない技術だ。
「スゥ──………」
アベルはより、集中する。反響してきたその気配を感知し続ける。もっと最小の気で集中するべく意識を研ぎ澄ませた。
山の空き地に小さな小鬼の群れ、接近する死牙虎、空に翼竜が滑空。まわりの気配を一つずつ分析し、より深層の魔力量を感知する。
順調に分析していった次の瞬間、
ズプリ
と、気配全て黒く濁った。
そして、無骨な声が頭に響く。
──────唱えよ。
「…………あ」
何を躊躇う? 己が願望を果たしたいのだろう。
「お、俺は………」
ならば、祈れ、願え、求めろ。
我が願望を欲するならば唱えよ。
貴様が願望の成就を望むならば渇望せよ。
「飽くなき闘争の権化よ……」
そうだ。我が願望を求めよ。
「荒れ………」
「アベル⁉︎ 」
「……師匠?」
ユージンの声に我に返る。そして、己が何をしようとしていたか思い出した。
「お前…また……」
「……何でもないです」
と、再び集中する。今度は何事もなく微かながら気の最小限化に成功した。しかし、心に残ったしこりが取れずにいた。
原因は言わずもがな。心の、より深層に潜り込んだときに響く声。あれは一度や二度ではなく、集中して心に辿り着いた時に必ず語りかけられている。
自分が何がしたいのか、果たして本当に復讐がしたいのか、理解されているようで気に入らなかった。
「……そうか、なら次は実戦をやるか」
「はい」
自分は復讐だけだ。それだけが強くなりたい理由だ。そう思いながら剣を打ち込む。
◆◇
「くっそー……なんで勝てないんだ」
「ハッハッハッ!これだけはまだ負けないぜ」
天を仰ぎながらアベルは悔しそうに声を上げた。ユージンは真っ直ぐに向かってくるアベルをひょいひょいと避け、真正面に向き合ったかと思えば簡単に打ち負ける。
明らかに膂力は自分の方が上回っているのにも関わらず、ユージンに軽くあしらわれていたのだった。
「お前は真っ直ぐすぎるんだよ。もっと相手のことをよく見て、フェイントや相手の動きよりも先に動け」
「……予知ですか?」
「うーん……そういう能力は存在するが、俺のはそうじゃないな。なんというか…勘に近いかな」
「勘……」
「俺は弱いからな。巨大な力を持つ奴とは何度も戦って、何度も何度も敗けて敗けて、どんな人間も、どんな魔物も、観察し続けて分かるようになってきた」
「相手がどんな動きをしてくるか……的な?」
「そうだな……言ってみれば、これは経験か」
「なんじゃそりゃ……」
今気づいた、といった表情に嘆息する。
すると、突如地が揺れ、師弟は感じた気配の方へと向ける。
「……む?」
「山猩が近づいて来ていますね。僕が行きます」
と、弟子は剣を生成して、嬉々としてアートと共に魔物を狩りに駆ける。
「……難しいものだなぁ」




