2.気操流
俺は故郷たるコリオリを黒い竜に焼かれ、住民をセトに殺され大切なものを失った。森の中で悲嘆に暮れていたところに遭遇したユージン・ライラックこと、ジン師匠にアートとともに弟子入りをした。そこから森を抜けてすぐにあるラン港に残った最後の小さな船に乗り、アルマ大陸へと渡航した。
「そんなんで修業に耐えられるとは思えないなぁ」
「う、うるせー……絶対に乗り越えて…うぅっ!」
目的地は マーラ山 。魔物が多くひしめく危険地帯だ。そして、俺は船酔いで不本意ながら師匠に背負われていた。
「フハハ! 見栄を張る根性だけは本物だな!」
「くそぉ……馬鹿にしやがって……」
ハハハハ、と笑いが響く。
胃に響くから静かにして欲しい……
「……アンタだって本当に強いんですか」
「いんや、弱いぜ」
さっきからガクガクと足が震えている。
息も死にかけだ。嘘だろう……
「……なんかもう治ったので大丈夫です。降ろしてください」
「まだだ! 俺はまだ上を目指せるッ!」
「いや、もう大丈夫ですって」
と、俺はジン師匠の背中から降りる。
「アートは大丈夫だったか?」
「ウォン!」
大丈夫らしい。アートも超のつく大型犬レベルにまで成長した。もう少しすれば、大の大人一人は余裕で乗せて走れそうだ。
それにしても船酔いというのはなぜ存在するんだろうか。前世に続いて今世の俺も船酔い、もはや呪いだ。
「魔術で酔いに効くものとか無いんですか?」
「あ〜…あるにはあるが、俺は使えない」
「あるんですね」
是非とも覚えたい。船酔いを治して、気持ちよく風とか潮香りとか自然を味わいたい。
「僕にも覚えられますかね?」
「………さぁな。魔術については全く分からない」
なんだそれ……体力もない、体もひ弱、そして魔術についても分からない。俺は、ジンから何かを得られるのか。
今から心配になってきた。
「…だったら、僕は何を教わるんですか?」
「……俺が教えられるのは、剣の握り方と『気操流』だけだ」
「きそう……?」
「そうだ。気を練り上げ、あらゆる形状の武器や防具を作り出すことができ、身体能力を強化することができる技だ」
どうやらバッキバッキ戦士系の技を教わるようだ。その……”気”っていうのは魔力と同じだろうか。
「やっぱり魔力とか使うんですよね?」
「……そうだな。ほら、まずここに座ってみろ」
と、俺は胡座をかいて座らされる。
「目を瞑ってみろ。己の体の中心に意識を向けるように集中しろ」
俺は言われるがままに、目を瞑って集中してみる。
すると、魂のような形状のものを感じた。球体の器の中に、燃える水が渦巻いている。
「そう、燃える水を受け止める、受け皿が ”気” だ」
「気……」
「そのままイメージしろ。器の形状を刃物に変化させ、それを摑み取れ」
「心を刃物に……」
俺は器が刃物になるように念じる。しかし、剣が出てこいと念じれども、うんともすんとも言わなかった。
もっと別の……器が心だとすれば、心のあり様によって変化するということ。怒れば燃え盛り、悲しめば水が溢れ、喜べば優しく輝く。そして、器は精神を支える軸となり、俺という存在を保つものになるということだ。
俺自身が刃そのものとなり、敵を斬るための剣とならなければならない。
「……………」
球体の器が少しずつ変化して行く。
もっとだ。もっと集中しろ、研ぎ澄ませろ。鋭く、触れるだけで斬れる刃に───。
「………?」
胡座の上に何かが当たった。目を開くと、そこには白くてやや透明の小剣が落ちていた。
「これは……イメージしたナイフ?」
「お……おぉ」
ジン師匠の顎が外れている。手も挙動不審にわきわきと動いている。
「……これでいいんですか?」
「う、うむ、筋が良いな……じゃあ、次は……この形をイメージしながら集中してみろ」
「はい」
と、再度目を瞑り、地面に書いた形の剣をイメージしながら気を尖らせる。
今度は手元に生成することが出来た。イメージによって形も変わるのか。
「これが気操流……」
「……マジっすか」
「えっ、どうかしたんですか?」
「いや……なんでもない」
この日から修業が始まった。俺はてっきり、マーラ山で過酷な修行が始まるものだと思っていたが、そうじゃなかった。今、教わったのは基礎技術で、マーラ山で学ぶものとは別らしい。
そして、毎日ジン師匠の言う形状をそのまま再現し続けた。『気操流』の基礎技術は難なく習得できた。
───四日目。師の言う剣の形状を再現しながら、体内に気を練って身体能力を向上する技、『気功』を習得した。
───六日目。剣の生成は継続して続け、気を体の周りに纏わせ、硬質化する技『気鎧』を習得した。
───十六日目。気を薄く広げ、音によるロケーションのように反響した物体を感知する技、『気圏』を習得した。併せて、薄く広げる気圏とは逆の技術、気を圧縮させて放つ『気衝』も習得できた。
───二十日目。張り巡らせた『気圏』を応用し、常に展開する『圏域』を習得した。しかし、戦闘時に影響が出ない程の魔力で展開するにはまだまだ時間が必要だ。
そして、二十七日目。師匠の言う武器の形態を全て再現することができるようになった。さらには一気に全ての武器を作り出して見せてみると、ジン師匠は面食らった顔のまま地に突っ伏した。
「俺は5年かかったのに……」
「ええと、その……すみません………」
師匠のプライドをへし折ってしまったらしい。
「……いや、早く成長してくれるぶんには助かるか」
「…………?」
ジン師匠の小さく呟いた、その言葉の意味は分からなかった。しかし、それは一年半が経った頃────
「あ、ジン師匠、行ってもいいですか?」
「……ああ、何かいるな。気をつけろよ」
「行くぞ! アート!」
「ワォン!」
────修業の終わりの日に知ることになる。




