51話 君も
お主が家族を守る為にどれだけの覚悟があったかなど痛いほど分かっている。ましてや、否定する気もなかった。───じゃが…あんな悲しい顔をされたら認めたくないではないか。
「ディーヴ、よくもやってくれたの」
どろりと頭から血が流れる。額を擦り、瓦礫に埋まるハンマーを強制的に持ち上げて肩へと担ぐ。
ユニは顔を見上げると、そこには黒い虫のようなものが天井を蠢く。その中にアベルが閉じ込められていることを視認する。
皮肉にもディーヴを討てる者は夫の甥たる彼しかいない。故に魔力をコントロールする闇の精霊、ディーヴの気を逸らす必要がある。
「………知っておるか? ディーヴ、わしがお主に惚れた理由を」
幼少期。お兄様がシバ国を出ていった頃。
最初の印象は最悪だった。作る笑顔も取って貼った様な君の悪いもので、暗い目でこの世全てに敵意を持った雰囲気だった。こんなやつと結婚しなければならないんだと思った。
彼はお兄様の恋人の弟で、シバ国で擁護するための形式上の婚約だった。成人した暁にはなかった事にしても良いという変った契約で、当初は成人したらすぐになかった事にしてやろうと思っていた。婚約後もあまり顔を合わせずに、互いが互いを存在しなかったことにしていた。
婚約してからというものの、いつもと変わらず、両親から教わった鍛治に一人でのめり込んでいた。無意識に鍛治をしていることで孤独感を紛らわしていたのかもしれない。
そして、いつものように魔剣造りに打ち込んでいたある日のことだ。彼は気が向いたのか、自分の作業場へとひょっこりと突然やって来た。当然、「何をしに来たんじゃこいつは」と怪訝な顔をしながらも黙々と作業をした。彼もまた黙々と作業を眺めていた。
ただただ眺めるだけで視線が少しずつ気になり始め、終いにはイライラが募ってついに口を開こうとした途端、
《これ、どうやって作っているのですか?》
キラキラと目を輝かせながら言い放ったこの言葉に眉間を寄せて、仕方なく解説していくとなぜか意気投合した。
自分は剣造りの観点で、彼は魔術の観点で、より強力な魔剣となるにはどのような手法と技術が必要となるか討論となった。正直、この時は楽しかった。一人の時とは違い、色々は意見やアイデアが出てきて、とても充実した。
しかし、夢中になるあまり、作っている途中の爆撃魔剣が暴発してしまった。
家一階が吹き飛ぶほどの事故だった。これは死んだ、と意識を失った。真っ暗な視界の中で、奴が来なかったら、奴のせいで死んだ、奴に気を許すべきではなかったと彼を責めた。
病室で目を覚ますと、そこにはなぜかディーヴが手を握りながら俯いていた。自分のことなんか気にかけられていないのだとばかりと思っていたのに、どういう心境の変化なのだろう。
と、眠る彼を眺めていた。握られている手を少しだけ動かすと微かに布が濡れていた。
《ごめん……なさ……い……》
彼は、泣いていたのだ。
彼は、寂しいだけだった。
自分と同じ……
《だ、大丈夫ですか⁉︎ 治癒はしましたが、どこか痛いところありませんか⁉︎》
はたと気が付くと、彼は自分を見ていた。
そして、息のかかる距離に迫り、わたわたと心配された。
今までになかった反応に困惑しながらも自分の体に支障がないことを確認し、「大丈夫じゃ」と答えてやった。
《本当に……良かったです。また、失うことになるかと……!》
と、涙を拭って、笑顔を見せてくれた。
それがきっかけ。単純かもしれないけれど、自分の中を強く輝かせたものだった。
「じゃから……否定してしまった」
あまりの悲壮な顔で、婚約における契約項目を持ち出されて腹が立った。
好きになった理由を、あの時の笑顔を否定された気になってしまった。
だから、否定して、泣いて、叩いて、逃げてしまった。
「粛聖」
掴む柄を捻り、発動の詠唱を唱える。神胤ほどではないが、強烈な浄化力を付与した槌が輝く。
光に危険を察知したのか、黒の精霊は首をありえない方向へとねじれる。その黒塗りとなった相には、一筋の涙が流れていた。
「なんじゃ、その顔は……お主をそんなにしたのは誰じゃ!」
憤りに身を任せる様に突貫する。
黒い炎に燃える大鋏が両端から迫ってきた。
【大身悪吼可畏之鋏】
大槌を振り下ろし、右の刃を地に叩きつける。そして、体をひねり様に左の刃を砕く。
そして、さらに前へと踏み出し、体をのけぞらせて槌を構える。
【苦髻鉄球】
黒い刺々しい巨大な鉄球が飛んでくる。
構わず振り下ろし、かち合う。
「うぉおおおおおあああああああああああ」
彼はいつも孤独の寂しさと、全てを滅ぼしたいという憎しみが矛盾していた。ディーヴは愛情に純粋だっただけだった。
だというのに、そんな彼の優しいところを突き、操ったことが一番我慢ならなかった。何よりも、彼の笑顔を奪った奴が許せなかった。
「あああああああああああああっ!」
怒りがさらに力を、気を強め、押していった。
────が、砕かれる。
「あ……っ」
相殺。黒球も砕かれ、己が武器も砕かれる。
付与していた浄化力が消え、槌が粉々になってしまったのだ。
渾身かけて作成した魔槌が壊れてしまった。
「────まだじゃ!」
握り拳を作り、地を蹴る。
そして、祈る。
「我が願いを付与せよ」
気を纏わせた拳に、浄化を付与。そして、前へ。
「ディーヴから……出て行けぇええええええ!」
己を支配していた黒い闇が剥がれ、我に返る。
【───ユ……ニ………?】
ユニは着地して即座にほんの僅かだけ、地から離れる。彼の首に手をかけ、耳の元で言葉を零す。
「……ディーヴ、もういいじゃろ?」
───張り詰めて、張り詰めて……
自分を犠牲にし続けた人生。
それは国のため、そして、家族のため。
他人のために苦悩した地獄のような人生の終着点。
今ここで、彼を解放する。
そう、彼が終わらせるのだ。
◇◆
───俺の中の闇が蠢かない。それどころか、急に闇が明けた。周りを見てみると、ドス黒い魔素は吹き荒れている。その中心地は……
「────!」
何があったのか全く分からないが、今が好機だという事だけが理解できた。ユニが全霊をかけて黒炎の魔力を抑えている今。
この瞬間を逃したら彼を断てない。
それを理解した直後、俺は前へと突貫する。
「貫け!『黑槍』」
ディーヴを中心に渦巻く獄炎を弾く。
「『雷功』」
空いた孔をくぐる。
極限に加速した体はぶちぶちと筋が切れる。
最大限の電撃が体を駆け巡り、激痛が走るが構うものか。彼の苦痛と比べれば些細なものだ。
【悲苦吼棘】
「乱刃の型『禍雷』!」
黒炎の棘を全て、渦巻く刃で弾く。
直後、地が爆破し、大きく体勢を崩してしまう。
【内熱沸処】
「くっ!」
未だに精霊の思惑のうち。あらかじめ罠を張っていたのだ。俺は、とっさに体勢を持ち直すも、既に目の前から暗澹の闇が押し寄せてきた。
【大悲波】
───直撃する。
技術も、位置も、間に合わない。
俺は歯を食いしばり、衝撃に耐えようとした。
その次の瞬間、
俺の前に、純白の騎士が盾を構えていた。
「───エリー⁉︎」
そして、白騎士の影に、エンジェの姿があった。
エンジェの指が俺に触れ、詠唱が響く。
「彼方を今、ここに繋ぎ止めん『転移』!」
視界覆う闇が消え、ディーヴの姿が見えた。
黒泥の波の内側に転移したのだ。
「行って!」
俺はエンジェの発破に振り向くのを止め、前を向く。最後の抵抗をするように、黒炎が渦巻き始める。
俺は構わず、前へ進む。
「ティーヴ!」
薄くなった黒炎の壁を突き抜け、ようやく辿り着く。あとは浄化の刀を振り下ろすだけだ。
「────浄化せよ」
もう彼は救われてもいいはずだ。
彼は十分すぎるほど償った。
「……お願い」
純白の一閃。ユニごと、ディーヴを斬る。
飛び散る黒色の鮮血が吹き上がる。
【────ア゛】
ずぷり、と影が吐き出される。
【ア゛ア゛】
短い断末魔。黒い靄は消滅した。
飛び散った黒い泥が消えていく。
彼を精霊へと変貌させた【地獄】が抜け、魂のように浮かんでいた。神胤で斬ったのに消滅していない。
「ディーヴ……なんで、お前はここまでできたんだ」
すると、人魂が一瞬揺らぎ、惹かれるようにゆっくりと俺の中に入り込んでいった。
瞬間、【地獄】の性質を理解することができた。一つの核からではなく、俺という存在から魔力が生み出されていく。肉体が魔力に変換されていたのだ。
そして、俺の禍が自動発動した。無限の魔力と肉体の無限成長、その相性が噛み合ったのだ。
「………うたた寝とは珍しいの」
ユニの膝に横たわる半透明となったディーヴが目を覚ます。彼は肉体を持つ身でありながら精霊へとより近づいた。妖精の種族能力を持たぬ身で魔素そのものたる精霊に近づけば、当然、その存在は魔素へと還されていく。
つまり、存在の消失を意味していた。
「………他に方法がなかった。家族を、国を……」
「……分かっている、分かっておるよ」
「あぁ、まだ生き足りないよ。アリッサを見守っていたかった。先のことがどうしても気かがりなんだ。死ねないよ。それに……まだ君と一緒に生きたいよ」
涙も溢れ、名残惜しそうにそう紡いだ。
そして、ユニの頬を優しく撫で、言葉を捧ぐ。
「……僕は、いつまでも君を愛している」
ユニは涙を零しながらも精一杯の笑顔を作り、
「わしも愛しているのじゃ」
そう返答した。ディーヴは驚いたような表情を見せ、どこか満足したように微笑み返す。
「う、うぅっ……!」
堪えきれず、歪みゆく笑顔。
くしゃくしゃになり、溢れる涙を拭き取る。
「後悔だらけの人生でしたが……今、こんなにも満たされています」
「………ばかぁ」
うんと頷き、こちらを向いた。
俺はディーヴの脇に近づき、最後を看取る。
すると、意地悪そうな表情を浮かべた。
「早いですが、約束は忘れてませんよね?」
俺は一瞬、何を言っているか分からなかったが、理解するのにそう時間はかからなかった。
「……! あんた、ずるいぞ……」
「ふふ、すみません」
してやったりという顔で、小さな声で笑った。
「お詫び代わりと言ってはなんですが、私の書斎を好きなように調べてください。いくつか役に立つ情報もあるかと思います」
あの散らばった図書館のように並べられたあの部屋。彼の地獄のような苦悩の半生たる、その全てを象徴しているだろう。
真実に迫れるかもしれないが、彼は道半ばで消えてしまう。彼だって、復讐を果たしたかったはずだ。
俺は、とても申し訳なくて声を零す。
「………なぜ、そこまでして?」
「決まっていますよ」
ふふ、と微笑みながら即答する。
「────愛しているから、ですよ」
当たり前のように彼はそう言った。
師匠の最後と同じ、彼も復讐を誓いながらも、果たせなかった。それでも、それでも満足したのだ。
俺も、こんな顔で──……
「アベル君、大丈夫ですよ」
ぽんと俺の頭に手を置く。
そして、最後の言葉をしっかりと聞いた。
それは忠告でも、託すものでもない。
「君も、一人じゃないでしょう?」
その綻びは地獄すら霞ませるほどに───
。
。
。
。
僕は、戦ったんだ。
家族のために、世界のために。
一度は憎んだけど、それでも愛する者たちがいる世界を守るために戦い続けたんだ。
どうかな。頑張れたよね。
泣いてばかりだった僕がだよ。
ねぇ、ぼくは────
『どうしたの? またいじめられたの?』
『うん……』
『どこのどいつ? あたしがとっちめてやるわ』
『ぼくは弱いからみんなに嫌われるって……ベル姉さんも、ナミ姉さんも、弱いぼくのことは嫌い?』
すると、ベル姉さんがぼくの肩を掴んで、真正面に顔を振った。
『ディーヴ、何があろうと私たちがあなたの事を嫌いになんてなるわけがない。あなただって私の大切な家族……弟なんだもの』
『弱いから嫌いだって言う奴のことなんで放っておくべきよ。ディーヴはディーヴなりに強くなっていけばいいの』
『ぼく……強くなれるかな』
自信なさ気に口をすぼめながらそう言うと、ナミ姉さんが即座に断言した。
『なれる。あんたは聡明な自慢の弟よ。自分にとっての一番で誰よりも強くなればいいのよ』
自分の一番で強くなる。
ナミ姉さんがよく言っていた言葉だった。
『ほら、欲しがっていた魔導本よ』
ベル姉さんの鞄から取り出された本を手渡された。
『これって!』
魔術の基礎が書かれた魔導本だ。日常的なものから戦闘用、あらゆる魔術の基礎が幅広く載っている。
『魔術は使い方を間違えれば危険だけど、あなたなら正しく使えるわ。これで自分の一番を守るために、自分の一番で強くなりなさいね』
きゅっと本を抱きしめて、姉さんたちに誓った。
『わかった! ぼく、がんばるよ!』




