50話 邪神の欠片4
僕は、大罪人だ。
僕は世界が恨めしくて滅ぼそうとした。
私は家族さえも犠牲にしようとした。
僕は、私は姉さんを殺した。
僕は! 僕は僕は僕は私は僕は……!
自分のしでかした事は全て、僕に還ってくる。許されないことをした。命を懸けても足りないほどの罪を背負っているのは分かっている。
けれど……けれど、家族だけは失いたくない。僕のせいで死なせたくない。
そう願い、計画と準備を始めた。
………そんな矢先の話だ。
僕の中に潜む禍と、禁術を提唱した罰を裁くべく、二つの原初が現れた。その精霊たちはシバを滅ぼすことさえも辞さない、天災そのもの。過去の数少ない伝承より語られる厄災に嘘偽りはなかった。
”原初の風” ノトス
”原初の土” グロング
グロングはレイアが抑え、ノトスを相手にした。僕はその時原初と戦う力を得るために、皮肉にも得た”禍”に手を出した。
分相応な力に「己」という枠組が破壊されていった。その後の戦いは朧げでほとんど覚えていない。
《完全に呑まれていないことは分かった》
僕は頭を振り、安定しない思考の中、目の前に風と一体化している精霊の少女が立っていることから、ノトスと互角には戦えた、ということだけは分かった。
《禍に勝る、強い意志があるということもね》
ノトスは安心したように綻んだ。
その表情を見て、僕はこれ以上攻撃はしないのだと安心した。
《だが、禁術を生み出した罪は赦されるものではない》
優しい表情から一転、冷酷な瞳に変化した。
ノトスは指一本を横になぞった。
微かな風が肌を通り抜けた、次の瞬間、
《神風 一閃》
僕の視界が横に割れた。
《ァアッ!》
《残る寿命の間、その闇を見つめて生きなさい。それがお前に与える罰だ》
こうして僕は光を失った。
けど、足りない。
まだだ…まだ僕には罰が足りない。
ユニとアリッサをいる世界を消そうとした。
僕が世界を恨まなければ、ベル姉さんは死ななかった。どうしようもない僕の憎悪が姉さんを殺してしまった。
「誰か、僕を殺して……」
そう呟くものの、自分の命が名残惜しい。
ユニともっと一緒にいたい。
君はこんなどうしようもない何度も救ってくれた。僕の妻となってくれ、ありふれた幸せをくれた。そして、後ろばかり見ていた僕に未来のことを考えさせてくれた。
世話の焼ける君と一緒に老けて、星空を眺めながらゆったりとした日を過ごしていたかった。
それに、アリッサもまだ幼い。
聡明で素直で、この世で唯一の娘。この世の天使とはかくもこの子のことだ。
将来は魔術師になるのだろうか、最近では料理も上達してきたし料理人にでもなるのだろうか。
そんなことばかりが溢れ返って苦しい。
ああ、最初から気づいていたよ。今なら分かるよ。
ナミ姉……ベル姉は……
愛していたから、選択したんだ。
そう、僕も……愛していたから恨んだ。
お門違いの八つ当たりだったけれど、そこに間違いなどないと信じた。そして、愛しているから、己が歪んだ信念を折ることも出来た。
「……ユ………」
愛しているから自分の命を捨てることを選択できた。僕にたくさんのことを与えてくれた、家族を守るためならば、どんな痛みも、恐怖も耐えられた。
未練はあれど、後悔はなかった。
けれど……
「…ニ……」
ただ………最後に笑顔を見たかった。
それだけが………
「……ユニ」
けれど、手遅れ。闇に飲まれた自我、魔素と一体化した我が身。このままでは守りたいものを自らの手を消し去るだろう。
もはや、殺す以外の方法などない。
……誰か、僕を……罪を……
────ディーヴ
ああ、来てくれた。
僕を罰する者が。
◇◆
俺は、その魔力を明確に感じていた。
穴の奥へと堕ちていくにつれて、魔素濃度が強まっていく。激しく増減する魔素は、まるで鼓動。この奥にはディーヴではない、何かが生まれようとしている。
「…………」
この感覚に身の覚えがある。俺もその片鱗に触れた事がある。
深い闇は、光すらも塗り潰す。凶堕ちの深淵に呑まれたら二度と戻れない。
そうなる前に………
「わあぁああああああぁぁぁぁぁ!」
上から叫び声が聞こえる。ユニが手を滑らせたんだろう。
「このまま落ちたら死ぬな」
手に『気剣』を持って後ろの壁に突き刺し、足に少しだけ気を練る。俺はタイミングを見計らって、涙を溢しながら落ちてくるユニを拾った。
ユニの顔を覗いてみると、瞳孔を全開にして息を詰まらせていた。
「し、死ぬかと思ったのじゃ」
肩に担いだまま、張り付いていた壁から再び落ちる。耳元の遠ざかる絶叫を聞きながら。
「ちょっ、待つの……ぎゃあああああぁぁぁぁ………」
遊園地の絶叫系アトラクションが苦手なタイプなようだ。
俺は大の得意だ。当然、船は別だ。
ヒムヤル大聖堂の地下最奥。
穴に落ちてからというもの、それを発見するまでにはそう時間はかからなかった。地に足をつけて十数歩……天を穿つ大孔から溢れる光に当てられていたのは、巨大な扉。
白く荘厳な巨大な壁で、まるで勇者の挑戦を待ち構えているようだ。
「…………」
ここは"廟"。死者を埋蔵するための場所だ。
いわゆる地下聖堂。国のため、世界のため、平和の礎となった者を弔うための聖堂だ。
魔王の侵略を止めたアガタル聖騎士団長のランスや、先ほどに会ったアウロラやキアラも聖堂で弔われていたのだろう。ハートは、それを奪い取って屍鬼へと変質させ、己が眷属とした。
………悪趣味ったらないな。
「………いや、本当、悪趣味だ」
ここの埋蔵者はただ一人。
世に存在を留めておくにも限界だった彼は、その消えゆく己が身を犠牲に国を守ろうとした。
扉の奥にいる───ディーヴを封じる地下聖堂だ。
己の禍ごと自分を封じて、この場に押し留めるために作られた場だった。
ただ、それは1年前までの話。オスカー曰く、元々ディーヴの言伝で暴走した自分を封印するために4年前から作っていたらしいが、内乱を目論むハートも無限の魔力を保有することが判明し、ハートを封印する使用する打算だったらしい。
幸い、ハートは聖堂を荒らし回り、埋設している死体を奪っていたため、そこを狙い目に計画を立てていたとのことだ。
「この奥にディーヴがいるんじゃな」
「ああ、魔力反応もある。間違いなくいる」
しかし、それは失敗に終わってしまった。
二十人の魔術師が総勢で構築した絶対不干渉防壁である防壁、地下奥というシバ国内で有利な場所、そして、ディーヴの【地獄】による無限魔力。圧倒的有利にあったはずだったが、何者かの介入によって、ディーヴは暴走状態になり、ハートを取り逃がしてしまったとのことだ。
「えーっと……」
ユニは腰に巻いていた鞄から一つの巻物を取り出し、それを地面に広げ、手を置いた。
何をする気だ、と声をかけようとした途端、巻物から、ユニの背丈よりも高いハンマーが現れた。ユニは柄を持ち、ぶぉんと風を起こしながら肩へと持っていった。
「よし 『気功』」
後から身体能力を底上げした。人のことは言えないが、素であの重厚そうな槌を軽々と持ち上げた。
確かに、レイアの大剣を持っていた狼人ごと吹き飛ばしていた。あの時を見るに、分相応な巨大のハンマーを振るえるほどの膂力はあるだろう。
……しかし、戦いに参加するのだろうか。
「お前も戦うのか?」
「もちろんじゃ。わしは夫を叩き覚まして一言伝えたいことがあるのじゃ」
にん!と笑顔でそう答えた。
そのハンマーで叩けば脳が粉砕されるんじゃ…と密かにツッコミが出かけたが、胃へと飲み込んだ。
「そうか、くれぐれも死なないようにな。死んでしまったらそれこそ報われない」
「うむ、分かっているのじゃ!」
俺も俺で気兼ねなく全力でディーヴを討つ。
それが彼への誠意というものだろう。
「ふぅ……『気剣』」
俺は右手に剣を生成。そして、形状を変化させてから俺の魔力、闇属性に染め上げる。
これで魔力を圧縮した槍、『黑槍』の完成だ。
「………おぬし、魔剣を作れたのか?」
「む、魔剣?」
「それじゃ、その持ってる剣。属性付与をしたのじゃろ?」
「属性を付与……?」
「なんじゃ、知らずにやっておったのか。気操流は、魔剣や魔鎧の基盤、効果や属性を付与するための器を生成するための技術じゃ。いわゆる概念形成魔術に近いものじゃよ」
「……初耳だ」
ということは、『気功』に『雷動』を付与できたのはその性質があったからかもしれないな。他の技にも魔力を付与したりできるってことだ。まあ、それよりも今は目の前のことだ。
「ふむ、一回限りの魔剣か」
「そうだ。高圧縮に留めた魔力を解放することで高威力が実現できる槍だ」
「広範囲に炸裂するから投擲武器としているんじゃな。なるほどのう………なぜ、今それを?」
「相手は無限の魔力を持っているんだろ? いつどんな高威力の魔術が飛んでくるか分からないからな」
のっけから魔術を放ってくるかもしれない。これら剣の様に振るうこともできるから、どんな状況にも対応はできる。
ともあれ、ユニも俺も準備は完了だ。
「じゃあ、行くぞ」
「うむ」
俺は左手を扉に置き、力を入れてみると簡単に動いた。見た目の割には硬くはないようで、開いた隙間からほんのりとした蝋燭の火の光がこぼれ落ちる。
俺は油断せずにゆっくりと開く。そこには、異様な光景が広がっていた。
「………黒い……繭じゃな」
白の柱に漆色の糸が張り巡らされ、獲物を捕らえたような有様だった。そして、繭の四方に魔術陣が囲っている。それこそが今にも暴走しそうな魔力を抑え込んでいる自分自身を封じるための魔術陣だ。
「………入るぞ」
俺は周りへと警戒を解かず、前へと進もうと踏み出す。
すると、機械音の様な音が響いた。
「確認───侵入者二名、汝ラハ断罪スル者カ」
自分を討つほどの相手か、確かめるようなその音声は、まるでゲームのようだった。
そして、討たれることを前提としたその問いに対し、
「ディーヴ……」
ユニはつい、彼の名を零す。
それが引き金となったのか、四方に囲む魔法陣が崩壊し始める。
「承認。此レヨリ、封印ヲ解除イタシマス」
部屋を張り巡らされていた糸が剥がれ、地に落ちた。
繭はみるみる泥の様に溶けていく。
「魔力制御陣───解除。
暴走抑制陣───解除。
自我固定陣───解除。
能力封印陣───解除。
以上二ヨリ種族能力【地獄】完全解放」
泥の中から人の形のした何かが立っていた。
そして、嗚咽にも似た叫び声が吹き荒れる。
【ア゛、ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!】
ディーヴは、完全に自我を失っている。
つまり───"凶堕ち"。
アレはもはや魔素の塊。魔物に属される──精霊。
ディーヴのなれ果ての姿だった。
◇◆
【一切方焦熱】
───なんだ?
二つの黒い魔術陣が徐々に交わって行く。
交わったその中央位置、その亀裂から黒い炎が揺らめくのが見えた。
同時に、背中から悪寒が走った。
「っ、伏せろ!」
俺は早々に右手の『黑槍』を構え、投げ穿つ。
魔術陣に接触した瞬間、前方から凄絶な衝撃が響く。
「きゃあ⁉︎」
ユニはかがみ、その衝撃に耐えた。
俺は煙巻くの中、目を細めてディーヴを視認する。
「……これが【地獄】か」
俺たちのいた場所を除いて、辺り一面が焦土と化している。放たれた黒い炎は消えずに残り続けていた。
予め最大威力の槍を作っていなかったら終わっていた。そして、攻撃はまだ終わっていない。
「『雷功』」
【鞞多羅尼雨】
ディーヴの指の先、天井に張り付いている黒い炎が鋭い棘となり、降り注ぐ。
俺は両手に持つ剣を振るい、ユニを含む頭上の剣山を全て斬る。
「ユニ! 3つ数えたら突撃しろ!」
「っ、分かった!」
いまだに降り注ぐ黒棘を超速で移動しながら弾く。そして、徐々に弱まる雨。
「一! 二! 三! 行け!」
【雨沙火柱】
突貫。俺たちは前へと進んだ。
先ほどまで踏んでいた地から黒炎の柱が空へと穿った。一歩遅ければ炎に呑まれていた。
【普受一切資生苦悩剣】
巨大な炎の剣がそびえ立つ。ユニはハンマーに気鎧をまとわせて横に振るう。
「はぁっ!」
かち合った両武器は互いに弾かれ合い、炎の剣は地を削りながら消滅していった。
弾かれた次の瞬間、俺は『雷動』を詠唱を完了し、抜いた神胤を手にディーヴの背後に回る。
「浄化せよ!」
しかし、ディーヴの体を斬れなかった。
この刀は闇に対して絶対攻撃力を持つはず……
「──っ!」
浄化されるよりも早く魔力が再生している。
無限の魔力が闇の絶対弱点を補っている。
あまりにも濃度が高すぎるんだ……
【髪愧烏】
直後、ディーヴが爆ぜた。体内に圧縮されていた高濃度の魔力を炸裂させたのだ。
これは、『黑槍』と同じ───!
【雨縷鬘抖擻回刃】
黒炎に焼かれながら後退する。そして、俺の周りに回転する刀が迫ってくる。
「ディーヴ!」
ディーヴの背後にユニが飛び出した。
その巨槌を振り下ろすも、
【吒々々齊風】
黒く濁った風に吹き飛ばされ、壁へと衝突する。
「『雷功』」
ユニの元へと駆けようとするも回転刀にはばかれ、さらに後ろへと後退させられる。
縦横無尽に駆け巡る回転刀を弾こうとも即座に次が出てくる。掻い潜ろうにもさらに奥から迫ってくる。
そうして後ろへ、後ろへと下がって行き、ついに壁にぶち当たる。
「くっ…! 雷神よ、雷ごとき足を我に『雷動』」
地上から離脱し、足に気剣を生やして天井に突き刺す。天の地に着地した瞬間、地が剥がれ落ちた。
【木転喰】
黒い魚の様な何かが天井から飛び出した。
その大口は、俺を呑もうとしていた。俺は全身に刀を生やして体ひねり。どうにか回避できたものの、違和感がぬぐい切れていなかった。行く先々、あらゆる局面に適切な魔術が発動されている。
そう、知能のある者にしか出来ない戦い方だ。
「まさか……誘導されている⁉︎」
───間違いない。
ディーヴの成れ果て、この精霊は単なる魔素の天災ではない。俺の知り得た情報によると、精霊は知能を持たず破壊活動するだけのはず。しかし、目の前にいる黒の精霊は間違いなく、思考している。
なら、次の攻撃が来る。
早く地上に戻らねば───!
「ぐ…! 雷神……」
【無間闇処】
俺は、黒炎に呑まれた。
黒い闇の中、俺は極小の炎が肌を裂かれていくが、痛みを感じない。
傷も『超再生』により即座に修復されている。
いや、それだけではない。俺の肉体が変化している。
『飽くなき闘争の権化よ、荒れ狂え』
───力を引き出すには詠唱が必要なはず。
原初の炎との戦いで得た、炎に対する耐性によって黒炎の威力の大半を無効化していた。
魔力を無尽に喰らい、その引き換えに際限の無い成長をもたらす能力、【修羅】が発動している。
そして、武骨な声が頭の中に響いた。
《何故、我を拒否する?》
だ、ま、れ……!
《シェオルは無限の魔。非力な貴様が奴を打ち倒すには我の力が必要なはずだ》
だ、まれ…と言っているだろ……!
俺は、アートと約束したんだ。この力に呑まれないと……使わないと約束したんだ。
《愚かだな。死んでまで約束が大切か?》
ぐ……っ!この力は…!
エンジェを……エリーを……アートを……みんなを殺してしまう。そんな力に……お前を頼るより死んだほうがマシだ!
《……それは違うな。その衝動は我のものでは無い。貴様とて薄々気づいているだろう?》
……………。
《そうだ。もう一つの禍こそが”凶堕ち”の本質……本能を司り、そして貴様を乗っ取らんとしているものの正体だ》
……なぜ餓竜と戦った時、俺は暴走した?
《貴様の純粋な心だ。生きとし生けるもの全てにおいて、心は時に絶大な力をもたらす。貴様が熾烈に渇望したが故に、純粋な闘心に見境を無くしただけだ》
だったら……お前は……なんなんだと言うんだ。
お前が【修羅】では無いなら……何故、この力が発動している?
《………我は【地獄】に呼応して顕現した【修羅】に残った意思の残滓。この力は既に貴様の物、無力を恨んだあの時から手にしている》
俺の……
《我は貴様に願いを託した。貴様がその力をどう使おうと勝手にせよ》
この力は最初から俺の物だったのだ。
なら、この蠢く黒い感情は───
《少しばかり我が融通の利かぬ蛇を抑えてやろう》
俺の中を蠢く憎悪が消えていく。
───そして。
読んでくださりありがとうございます。
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