48話 欠けた連携
アガタル聖騎士団。旧世代の魔王が暴威を振るっていた時代に活躍した伝説の騎士団である。騎士の二団と魔導士の一団で構成され、アルマ大陸により迫り来る魔王軍を幾度と撃退した。圧倒的兵力差を覆せたのは、巨大な力に屈せぬ心と兵の乱れぬ連携による強固な防御力もあるが、それぞれの騎士団長の強さがすば抜けていた点にもある。
曰く、一人は山のような魔物を一穿で倒し、一人は千の軍を相手取り、一人は極大の魔術で殲滅したという。
「ぐっ! 近づけない……!」
赤と黒が渦巻く炎から飛び出す白騎士。紅蓮を相手取るエリーゼは攻めあぐねていた。広範囲の火炎魔術で迂闊に近づけなかったのもあるが、最大の要因は翡翠の槍にあった。
「猛る炎魔よ──うわっ⁉︎」
翡翠の槍はエリーゼだけではなく、エンジェの詠唱すらも妨げていた。そして、気がつけば紅蓮の魔術が完成している。
「燃エ盛ル炎魔ヨ、万象ヲ灰塵ト帰ス炎トナリテ仇ヲ根絶セヨ『燼滅炎』」
「白き光神よ、我に至高の守りを授けたまえ『天盾』!」
轟音。光の盾と激しく燃え上がる炎が衝突する。『天盾』はあらゆる魔術を跳ね返す防御魔術。だが、白い盾が少しずつ溶け、歪曲していく。
「─────ッ!」
「小鴉丸!」
上空を見てエンジェが叫ぶ。直後、上空より黒い流星が紅蓮の背後を斬った。
「『黒閃』!」
しかし、紙一重。小鴉丸と紅蓮の間に緑の槍が挟み込まれていた。
紅蓮は背後の攻撃に気取られ、炎魔術は霧散する。続けて、伸びる緑の槍をスウェーで紙一重。さらに続く連撃をバク宙で回避、そのまま翼を広げて距離を取る。
「ごめんなさい……助かったわ」
「どういたしまして」
翡翠は紅蓮の隣へと戻り、槍を上段に構え直す。
高威力の魔術を操る魔導士に、常に詠唱を邪魔しないように守護する槍の騎士。お互いに長所短所を補い合い、隙のない連携を生み出していた。
「……提案があるけどいいかな?」
エリーゼは盾を構え、一歩下がる。
「何よ?」
「二人の連携に少しだけ穴があるよ。今は翡翠がどうにか補っているけれど……多分、蒼天含めて完璧なコンビネーションが実現されると思う」
一見して全く隙のない連携だと思うエリーゼだったが、実際に小鴉丸が二人の連携を割って入ったことを思い出す。
「……小鴉丸が突いたのはその隙ね」
「最初は確信がなかったけど、小鴉丸のおかげで確信になったよ」
エリーゼの顔が訝しげになる。
短い戦いの中で隙を見つけたのはすごいことだと認めていたが、対抗策まで考えていたとは思えなかったからだ。しかし、エンジェの瞳は自信に満ちた目だった。その目にエリーゼは腹を括った。
「それで、策は何よ?」
「うん、単純な作戦だけど───」
◇◆
ヒムヤル大聖堂の有様は酷いものだった。いや、別に死体がバラバラで吐き気を催すような現場ではなかったが、建物自体がほぼ壊滅だった。中から何かが爆発したような瓦礫の散り方だった。
そして、下の方から巨大な魔力の存在を感じる。その魔力は増えたり減ったりと不規則に変化している。魔力が減ったかと思えば、即座に増える。つまり、無限に魔力が生み出されている、ということだろう。
「……大丈夫か?」
「うむ、大丈夫じゃ」
スタンガンショットしてしまったユニはしばらく気を失っていたが、大聖堂に到着する前に気がついた。しばらく痺れていたらしいが、今は問題ないようだ。
「……うっ、ああっ」
と、呻き声が聞こえた。崩れている壁にもたれかかる一人の魔術師がいる。
闇の魔素に侵食されて、腕がしなっている。そして、その女魔術師の顔には見覚えがあった。
「……メズヴか⁉︎ メズヴ!どうしたのじゃ⁉︎ 」
確かに緑の髪と、エメラルド色の宝玉の杖は間違いなく、メズヴのものだ。
「……あ…ユ…ニ……?」
朧げながらもユニを視認する。掠れた声で絞り出すように口を開いた。
「ディーヴは、自分で……自分を縛って……うっ!」
「メズヴ⁉︎」
「離れろ!」
発狂し、暴れようとしたメズヴからユニの手を引き、振るうメズヴの手に触れた瞬間、侵食していた黒が俺の中へと流れ込んだ。
「ッ⁉︎ なんっだ、吸い込まれ…!」
黒泥は俺の手の中へと収まった。俺の中の"禍"の一つが、カチリとはまった気がした。はっきりとは分からないが、大きな歯車と小さな歯車が組み合わさった感覚だ。
「あれ……黒いのが無くなっている……?」
メズヴの体を蝕んでいた黒泥が消えていた。
悶絶に歪んだメズヴの顔は安心したように眠り始めている。
「───まさか」
だが、確かに一瞬、俺の”禍”と同調した。
普通ならば能力と能力が共鳴し合うことはありえない。ただ、俺の中の負能は特殊なものだ。そして、俺は、一つの可能性が浮上した。モメントの迷宮主も言っていた。全てを揃えないと安定せず、一つの状態だと人格や姿を侵食される、と。
「…………」
いや、今はそんなことを考えている場合ではない。
メズヴも負傷があるものの、安定はしてきている。
「『無音』と『無明』の結界を張っておく。俺たちは先を進むぞ」
「あ、少し待つのじゃ」
ユニは地に手をつけ、詠唱した。
「堅牢なる土精よ、汝を守護する鎧となれ『土人形』」
ユニと等身大の人形が形成されて行く。無駄にマッチョな小人だ。
「何かあればメズヴを背負って逃げることくらいはできるじゃろう」
不測の事態というものもある。念には念を重ねた方がいいか。
遮音と遮光の結界を張り、俺たちは穴へと覗いてみる。かなり深く、奈落の底を覗いているようだ。
「先に行っているぞ 『気功』」
ユニは体内に気を練り、壁から壁へと飛び移りながら降りて行った。
続けて俺も気を練り、孔へと直下した。俺はユニを見送りながら落ちていった。
「えええええええええええええええええええ⁉︎」
叫び声が遠ざかっていく。
◇◆
煌々と上空に赤い魔術陣が描かれる。それはエンジェ最大の爆裂魔術『極大爆炎』だ。
「猛る炎魔よ、荒れろ、暴れろ、爆ぜよ───」
「燃エ盛ル炎魔ヨ、万象ヲ灰塵ト帰ス炎トナリテ───」
最後の詠唱の瞬間、緑の槍が飛んてくる。エンジェの前に小鴉丸が立ちふさがり、衝く緑の矛先と小鴉丸の黒小刀が交わり、ぎぢりと軋む。
「なんて重さ……っ!」
どうにか槍の軌道を逸らし、鉄の弾ける音が響く。直後、エリーゼの体が蛍光色に灯る。
「白き光神よ、光如き足を我に『光動』」
紅蓮の隣の槍騎士の姿が搔き消える同時に、激しい炎と爆炎が衝突した。
「燃え盛れ!『極大爆炎』!!」
「仇ヲ根絶セヨ『燼滅炎』」
エリーゼは移動魔術と盾魔術で翡翠に体当たり。翡翠はかろうじて槍で受けるも、ギャギャリギャリ!と地を削りながら後退した。
(翡翠が、妙に紅蓮から離れて戻ったりしてたのは、元々、最前衛や必殺の役割だったからだと思う。その性質、性格上、私が魔術を仕掛けたら、真っ先に仕掛けてくるのは翡翠だと思う。そこをエリーの移動魔術で、伸び切った槍をぐぐって翡翠を引き離して欲しいんだ)
腕を振るい、細い直剣で貫こうとするが、翡翠は体ひねりでエリーゼごと流す。エリーゼは即座に移動魔術を停止させ、前方へ流されずに向き合う。
(その後は小鴉丸と私で紅蓮を倒すよ)
翡翠はすでに槍を短く持ち、エリーゼの心の臓をめがけて衝いた。対し、エリーゼは盾を縦にし、その切っ先を滑らせた。そのまま直剣を穿つが、槍の腹で受け止められる。
───身の毛のよだつ技の冴えね。でも、一手、私の勝ちよ。
直剣を捻り、槍の腹を滑らせ、翡翠の心の臓を穿つ。翡翠は完全に動きを止め、少しずつ体が土へと変わっていく。
「………ナカナカ……ヤル…ネ………」
「え……」
自我のないはずの屍人に笑みを浮かべ、言葉を発した。そして、返す言葉もなく、砂塵と化した。
エリーゼは戸惑いを隠せないながらも、その賞賛の言葉を受け止め、エンジェと紅蓮の凄絶な衝突に視線を向けた。そこには熱風が衝突し、黒い煙が巻き上がっていた。
軍配は、極小の爆破を何度も連鎖し押し上げるエンジェにあった。あらゆるものを焼き尽くす炎に対し、衝撃の伴う爆炎とでは威力の格が違う。ましてや、エンジェは爆炎のスペシャリスト。万物を燼滅と帰する炎をものとせず、押していた。しかし、その消耗量は激しい。少しずつ、爆炎の威力も落ちつつあった。
そして、ついに炎が押し返す。爆炎と炎がちょうど、真ん中へと拮抗したその時、凄絶な衝突も弱まって行く。そこを狙い、小鴉丸が紅蓮の背後で小刀を振り上げる。
───殺った!
そう思った、次の瞬間、
「アアァアッ!」
紅蓮は背後へと振り向き、杖を振り回した。不意を打たれた小鴉丸は脇腹にめり込み、悶絶した。エリーゼは小鴉丸が膝を付いた瞬間、足を踏み出す。
紅蓮もそのまま前へと進む。爆炎に焼かれ、自らの炎にすら灼かれてなお、杖を振り上げて突貫する気迫は屍人のそれではなかった。
「ア、ァァアァアアァァアアア!」
それは足掻きだった。魔術も技術もない、単なる突進。屍人にはないはずの、感情による気迫は、その壮絶な最後を再現しているようだった。しかし、エンジェには奥の手があった。
「───『転移』!」
予め張っていた転移魔術陣が発動する。その転移先は、エリーゼの手前……そして、吸い込まれるように突き刺した直剣に心の臓が貫かれた。
「……現役の貴女たちと一度戦ってみたかったわ」
そして、彼女はひび割れ、散っていく。
駆け引き、作戦、騙し、不意打ち、あらゆる手を駆使してようやく倒せた。ましてや、蒼天無き二人のみの連携で、だ。生前の三人の凄まじさが手に取るように理解できる。
へなへなと腰が抜けるエンジェ。魔力が枯渇しているのもあるが、エンジェの作戦がギリギリ通用したことにもあった。
(でも、もしも……紅蓮が直接攻撃してきたら、エリーの手前に転移するようにする。だから、できるだけ早く翡翠を倒して欲しいんだけど………お願いできる?)
(単純な作戦だけど、手は張り巡らせている、ね。やっぱり侮れないわね。 いいわ! 任せて!)
翡翠を引き離すことを前提とし、爆裂魔術で紅蓮を抑え込み、小鴉丸の一撃で終わらせる作戦だった。
『転移』は不測の事態に備えての一手。紅蓮が近接戦闘も得意とし、エンジェへと迫った時のために用意していた一手だった。紅蓮は執念一つで、その不測の一手にまで追い詰めた。
「やったわね」
「な、なんとか倒せた……」
彼らは生前の身に染み付いた技と類い稀なる連携力で戦ったのだ。生前であれば、こうも上手くはいかなかっただろう。
「休憩しないとアベルの足まといになるね……」
「そうね、私もかなり魔力を使ったわ」
各自に警戒を解かず、体力回復に務める。小鴉丸の脇の肋骨が折れていたため、エリーゼが回復魔術で治癒。エンジェは魔力を回復、エリーゼは魔力と息を整えた。召喚陣による魔物と騎士達との戦闘音が次第に静まりつつある。大きな壁内の戦いとならなかったことが幸いした。
そして、休憩を開始してから約十分、シバ国に異様な禍々しさが渦巻いていた。エリーゼと小鴉丸はその違和感の方向───東方へと視線を向けた。
異様な存在が間違いなくあの場にいる。そして、同時に渦巻く魔素に覚えがあった小鴉丸は眉間を寄せた。
「この感覚はあの時と……」
「小鴉丸、何か知ってる?」
「……モメントの町でアベルが疲弊して帰ってきた、あの時と同じです」
「翼竜迎撃の時……同じ人がいるってこと?」
「いえ……そこまでは分からないですが、この魔素の質はかなり類似しています」
「いずれにせよ、助けに行かないといけないわ。そんな魔力を解放するほどの相手がいるはずよ」
「強力な対峙者がいるってことだよね……あっちの方向は確か、カムイ……」
彼女は数少ない純潔竜人の上、仲間の中でアベルと双肩する怪力の持ち主だ。そして、同時にカムイの元へと賭けた狼人を思い出す。
「あ……アートも⁉︎」
エリーゼは頷く。カムイとアートの強さは模擬戦でよく分かった。故に、エリーゼは強く確信していた。
巨大な魔力を解放せねば倒せぬ存在である、と。そして、二人を容易く屠るほどの彼我差があるということも理解していた。
立ち上がったエリーゼは踵を返し、助勢に向かうことを決意した。
「私が行くわ。貴女達は……」
───直後、雷のように響く念話の指示により、エリーゼは踵を返し、彼女たちはヒムヤル大聖堂へと向かったのだった。
ーー
読んでくださりありがとうございます。
次話予定「竜と狼と雷」