47話 ユニの覚悟
街中に魔物が徘徊するほどの規模だと思ったが、異常に少ない。オスカーの話ではもうとっくに国中の召喚魔術陣が敷かれた場は全て、騎士を配置していたそうだ。
しかし、ハートが潜伏していたヒヤムル大聖堂から脱出した直後に、召喚魔術陣が起動したという。恐らく今までに発見してきた魔術陣は囮。国を相手するほどの規模で侵略をするならば、そのくらいはするだろう。
「思ったよりも被害がないね」
「どんな状況になろうと、即座に隊列を組めるように騎士団が巡警していたからよ」
ディーヴはそれすらも読んでいた。召喚魔術陣が発動しても即座に騎士が駆けつけられるよう、蜘蛛の巣のように網羅させていたそうだ。その甲斐もあり、魔物は出現して即、討伐している。今の所、手こずっているようだが、全ての魔術陣が停止するまでそうそう時間はかからないだろう。
「カムイは別方向だったけど、大丈夫かな」
「……アートが任せろと言ったんだ。信じよう」
俺たちは北方に向かっているのに対し、アートは東方へと向かっているようだ。久々に固有能力『限定念話』が役に立った。かなり離れていても届くようだ。
「………」
それよりも、カムイには悪いことをした。
俺は、試すような目で彼女を見てしまった。
「ヘぇ……」
「なんだよ、その顔は…」
エリーに物珍しげな目で見られる。
柄でもないセリフだとは思ったが、そんなに意外だったのかね。
「だって、昔はそんなこと言わなかったじゃない」
「………そうだな」
「ディーヴのことも信じているのも意外だったわ」
「……なぜそう思った?」
「ディーヴは裏切っていない、裏切るわけがない、と顔に書いてたわよ。昔は何を考えているのか分からなくて怖かったけど……変わったわね」
確かにそうだ。昔は効率的なことばかりしか考えていなかった。人の顔を伺って表情を偽っていた。我ながらクズだったと思う。そして、自分に都合が悪ければ関わらず、逃げ、自分の行いで人の目が変わることが怖くて、逃げた。
そうやって逃げてばかりだと前世の俺と変わらない。今までの、過去の自分を変えたかったものあるが、ディーヴの家族を愛するあの顔は本物だと信じたかった。あの顔は子供の頃に何度も見てきた。だからこそ、確証が持てた。
ただ、今俺が不安に思っているのは、先導を走るユニだ。
ディーヴは世界を守るために決意をした。そして、それが残される者の想いを知った上であることも分かっているし、選択肢がなかったことも分かっている。言い方が悪いが、これが最良の方法だった。
しかし、それは家族にとっては苦渋の選択である。ディーヴの妻である、ユニは受け入れているのか、認めていないのか分からない。
「ユニ、ディーヴの覚悟は知ってどう思った」
「………」
「……お前に、その覚悟はあるのか?」
「ちょっと……」
エリーの表情が険しくなるが、エンジェが顔を振って口を噤む。
「どうなんだ?」
ユニは俺に神胤を渡してからずっと沈黙している。
どんな答えになるにせよ、彼女の覚悟を知らない限り、”痞え”になる。
「……ディーは何度も死のうとしてきた」
ようやく、絞り出すように零した。
溢れ出す声がこわばっていた。
「それが、罪の意識からくるものだということはわかっとる。ディーが世界を滅ぼそうとしたことも知っとるし、過ちを正そうとしてきたことも知っとる。そして、どれだけわしらを思って決断したかなど……痛いほど、分かっとる」
握りしめる手が震えている。
そして、俯く頭を上げた。
「……それでも、わしは妻じゃ。覚悟はできとる。告げられたときは逃げてしまったが、今度は逃げない。──最後まで添い遂げるつもりじゃ」
「ユニ……死ぬつもりなの?」
「ううん、私も死ぬとアリッサが一人になってしまう。じゃから、せめて最後はディーのそばに居たいのじゃ」
少しだけユニのことを見誤っていた。
ディーヴとともに死のうとするとも思っていた。
だが、そうじゃなかった。その覚悟は残される者も理解したものだった。
「伏せろ!」
上空から巨大な炎が迫る。エリーはすでに光の盾を構えている。
俺はエンジェを後ろへと引き、ユニの前で気剣を振り上げる。
「うっ…何が……」
「助かっ…… 何か来るよ!」
爆炎が巻く中、緑の槍が飛び出した。後ろにエンジェとユニがいる。俺は気を纏った手刀を突き立てて、切っ先を滑らせて右方へと逸らす。
「……また屍人か」
ヒュン、と槍を片手で弄ぶ騎士に、紅色の杖を持つ魔導士が立ち塞がっていた。
「あれは……緑の槍、バキュラリス。そして、紅の杖、クラウ・ソラスじゃ」
「……ということは翡翠のアウロラに、紅蓮のキアラだね」
蒼天に続いて、故人の屍人か。どちらも女性だ。
やはりハートが放った敵だろう。しかし、今こいつらを相手している暇は……
「私が抑えるから行きなさい」
「エリー?」
腰の直剣を振り払い、前へ出た。
「一人では無茶だよ、私も戦うよ」
追ってエンジェもやる気満々で前に出る。
俺の圏域で見たところ、二人が勝てない相手ではない。それに、空には小鴉丸がいる。充分に勝機はある。
「アベル、ユニをお願いね」
「……ああ」
俺はユニを肩に抱え持つ。
「しっかり掴まっていろよ『雷功』」
「ちょ……アバババババババ⁉︎」
しまった。この技って体に雷を帯びて神経速度を向上させる技だった。
帯電度を下げ、壁へと飛び移る。
「ニガサナイ……!」
緑の槍が迫るが、俺には突き刺さらなかった。
エンジェが爆炎を放ったようだ。不意を打たれたからか翡翠もよろめいている。
俺はそのまま前へと駆け出す。
直後、極太の火槍が渦巻く。
「燃エ盛ル炎魔ヨ、紅キ槍トナリテ汝ノ仇ヲ滅セヨ『燼槍』」
させまいとエリーが紅黒の槍を極大の光盾で防ぐ。
盾を少し上に傾け、上空に爆炎が炸裂した。相当の威力だ。
「行きなさい!」
俺は前へと顔を向け、進む。
肩には痙攣するユニが鯖折りになっていた。
いや、ほんとすまん。
読んでくださりありがとうございます!
次話はどちらの局面を描くか未だに迷っています……どうしよう。




