46話 託された者
ディーヴが、裏切った…?
真実を明かしたあの言葉は嘘だったのか?
あり得ない。彼はユニを裏切るような真似はしない。
家族を愛するあの表情は演技じゃないはずだ。
「エンジェ様! 下がってください!」
「小鴉丸?」
突然、小鴉丸がエンジェの前へと飛び出し、森の方へと警戒を向けた。俺も森へと視線を向けると、森の影から杖を持つ武闘家のような男が現れた。
たてがみのような銀髪に、艶のある灰の瞳。透き通る白い肌で、容姿端麗の顔だが、歴戦の深い雰囲気を感じた。あの白い肌はおそらく、光妖精。どことなく雰囲気も顔立ちも、エリーに似てる気もする。
「物騒だな、小鴉丸とやら」
「……っ!」
小鴉丸が殺意剥き出ししているのにも関わらず、男は表情を崩さなかった。傲慢、というよりも相手すらしていないという感じだ。
「……久しぶりだな、レイア」
男は、不敵な笑みを浮かべた。
レイアを知っているようだ。
「お前…なぜここに…」
男は眉間を寄せ、不機嫌そうになった。
「……ああ、なるほど、途中にいくつか思しきものは潰して来たが……全く、アイツも爪が甘いな。……アカイムはすでに転移されているようだな。オマエもさっさと行け。───今ここに至る者を彼方へ『転移』」
「待て──」
レイアの言葉を聞かずに、転移させた。
「さて、と」
灰の眼を輝かせ、こちらを見下すような仕草をした。どことなく悠々とした雰囲気のせいか、妙に嫌な気はしなかった。
そこで、エリーが前へと出た。
「貴方はもしかして…」
「色々と話もしたいが後だ。オマエたちも都内に戻ってやるべき事を成せ。今ここに至る者を彼方へ『転移』」
男が指鳴すと同時に視界が暗転する。
◇◆
拓けた景色は見覚えのある場所。広場で階段の上に椅子が一つある。ここは…玉座の間。
俺たちは王宮へと転移させられたようだが、ものぬけのからで誰もいない。レイアを除く全員がここにいる。
「エリー、あの男を知っているのか?」
「知らない…けど、どこかで会ったことがある気がするわ」
知っていると思ったが、知らないのか。
俺は視線をエンジェへと向けるが、横に振った。
カムイも小鴉丸も知らないようだ。
「……お前は?」
白翼のメイドに問いかけてみるも、「大変申し訳ございません」と頭を下げた。
「でも、あの人はきっと敵じゃないよ」
エンジェはそう言った。俺もそう思う。
人を欺くつもりならもっと別の場所へと転移していただろう。海の底とかな。
「その話は置いとこう。仮に彼を信用するとして、彼は”やるべきこと”と言った。何の事か分かるか?」
「うーん……」
あの男、説明不足すぎる。何かやれと命令するにしても要点が必要だ。
それはそうとして、ディーヴが裏切ったことが一番の問題だ。
何かあったとしか思えない。
「この臭いは……!」
アートが顔を歪めている。強烈な悪意を嗅ぎ取っている。
「外に魔物がいる」
「なんだと?」
普通はあり得ないことだが、教会の件もある。魔物を召喚する魔術陣だ。
十字の半仮面の道化、ハートが関係している可能性が高い。そうなると、内部だけではなく、外部からも襲ってきている可能性がある。
と、そこで顎に立派な髭をたくわえた老人、シバ王のオスカーが玉座の裏の出入口から出てきた。
「オスカー叔父さん!」
「叔父さんではない、お義父さんと呼びたま…ではない」
オスカーの闇を一瞬見た気がする。
「アート殿の言う通り、外は魔物が出現している。騎士団が抑えているが、安全は保証できない」
ドォン!!!と爆音が鼓膜を打ちつけた。地響きは一度では終わらず、何度も響き渡った。
この音は近くの音ではない。かなりの遠方からだ。
「レイアさんが暴れているわ。それも全力だわ…!」
「内部だけではなく、壁の外からも魔物が出現しておるのだ。壁外の各地に封じていた魔物を召喚する魔術陣が発動したようだ」
「杭で封じてたアレのこと?」
「うむ、ディーヴが叛逆したタイミングで一斉に壊されたのだ」
やはり外部からも襲ってきているのか。
それに、この気味の悪い空気…身に覚えがある。先ほどから嫌な予感が止まらない。
「…………」
憎悪の感情にも似た胸糞悪い気配が渦巻いている。俺の奥に潜む闇のそれと同質のものだ。
この状況、ディーヴの裏切り、まさか……
「………”禍”」
「なぜそれを……」
オスカーは眉間を寄せて、こちらを見た。
カムイや小鴉丸たちもいるが……もういいだろう。
いつまでも隠し通せることではない。
「…………俺も邪神の一端を継いでいる」
「……! そうか、お主も……」
エリーも驚いている。
カムイや小鴉丸も目を見開く。
「オスカー、この騒動はディーヴの反逆によるものではないだろう。そして、本当に───ディーヴは裏切ったのか?」
「…………」
「……何があったのか、教えてくれ」
ディーヴが裏切ったとは思えない。
俺は、あの夜にディーヴが家族を見た顔……彼の優しい心を信じたい。
「……相、分かった。ディーヴの立場を…その計画を話そう。他の皆も聞いておくれ」
◇◆
──ヒヤムル大聖堂。
シバ国に置かれている最大級の教会の一つで、担当教祖は国の中でも高い発言権を持ち、あらゆる傷を治癒する奇跡を持つ。その昔に冒険者として名を馳せたこともあり、その実力は大魔導士に匹敵する。
「ぬうぅうう」
『絶域』。総勢二十人の魔導士が強固な十重の結界を維持させ、地下深くに潜む凄絶な存在を抑え込んでいた。
「っ、もう限界だ!下がれ!」
最後の結界が破れ、背後に待機していた騎士を後退させる。
地が割れ、魔力の黒い柱がそびえ立つ。
「……くそっ、ディーヴは失敗したのですか」
黒い柱の中に十字仮面の少女が浮かんでいた。
「キャハハ……♪」
「ぬぅ……!」
教祖は、目の前にいるか弱そうな少女にしか映らなかった。異様な魔力を保有しているということは事前に知っていたが、信じられなかった。
”無限の魔力”など、現実味のない話だ。しかし、認めざる得ない。
現に、目の前にいる存在がそれを証明している。
「人を捨てた化け物め……!」
「化け物とは酷いね〜♪」
背後に控える騎士が盾を構え前へ規律正しく並び出る。続けて、魔導士が一斉に火魔術を放出する。
しかし、目の前にいる存在に規律も盾も魔術も通用しない。
「ま、待て! 下がれ!」
「『魔弾』」
黒い柱から弾丸が放たれる。
「くっ! 慈愛に満ちたる光神よ、我らに加護を授けたまえ『聖壁』!」
白い厚い壁で弾丸を防ぐが一発では止まらず、続けて煙の中から弾丸が飛び出す。
教祖は力を込め、さらに厚く、より強固な壁へと補強した。
直後、
さらに魔弾が襲い来る。一瞬で壁がひび割れて行く。
他の騎士達が飛び出すも魔弾で一掃される。
「ッッ!」
修復を試みるも間に合わない。が、ここで諦めるわけにはいかない。
ここで自分たちが折れたら多くの人が死ぬと理解しているからだ。
「裁きの光神よ、汝の仇を裁きたまえ『聖絶』!」
壁が壊れた一瞬の隙を突き、浄化の光を放つ。そして、教祖はそれで倒せたとは思っていない。
一瞬でもいい、ひるんだ瞬間に再び壁を生成し、出来るだけ多くの人を守る。
そう考えていた。
「『魔弾』」
しかし、それは間違った選択だった。
相殺されて空いた隙などなかった。
少女はより多くの魔弾を放ち、魔弾の壁で放っていたのだった。
「く──ッ!慈愛に満ちたる光神よ、我らに加護を……」
詠唱するも間に合わない。が、目を開けたまま続ける。教祖はせめて一人でも多く、とさらに前へと進む。
轟音。
地が盛り上がり、複数の根が壁と成った。
複雑にも張り巡らされた壁は魔弾の壁をいとも容易く弾いた。それだけではなく、瀕死の騎士をも巻き取っていた。
これほどの規模で木を操る魔術師など一人しかいない。
「──メズヴ殿?」
根はゴキゴキと軋ませ、少女へと伸びた。
少女は手を払い、魔弾の速射で触手を粉々に砕くが、断面から再生する。
何度壊されても根は前へと伸びて行く。その勢いは魔弾の数を凌駕した。
「あらっ?」
根が巨人の手に変形し、少女を掴み取る。その豪腕を振るい、少女を地へと叩きつけた。
同時に扉から、杖を立てながら緑髪の魔女が歩んでいた。彼女は、世界で四人しかいないという大魔導士の一人、メズヴ・グヴィネだ。
「内部の召喚魔術が起動したわ。今すぐ撤退と体勢を整えて、逃げ遅れた国民の保護と他の教会の助勢に行きなさい」
「……あの化け物は?」
「わたくしが止めるわ───全力で、戦うから」
大魔導士が全力、それは天災級の戦いになる。
自分たちでは邪魔になる、と教祖は即座に吠えた。
「全員撤退! 傷の浅い者は負傷者を抱えて撤退だ!」
教祖は両肩に負傷者を抱え、後ろへと後退する。
伸びる魔弾は全て、メズヴの操る大樹の根がはたき落した。
「その樹……聖属性が付与されているねぇ〜」
かすかに輝く蛍光色。闇に対する絶対の属性、浄化の属性が付与されていた。
「ディーヴ君……信じたくなかったけれど、やっぱり貴方の言う最悪のシナリオ通りになったわね」
魔弾が機関銃のように放たる。大樹の根も轟々とうねる。
バヂリ、バギャと魔弾が弾かれ、木が砕ける。
「この狂人をさっさと退かしてディーヴ君のところに行かなければならないわね」
カツン!と杖を強く立て、翡翠と白濁の宝珠に魔力が纏った。
「豊穣の樹よ、裁きの光神よ、汝らの寛大なる御心を知りたまえ『光星樹』!」
大地より巨大に樹木がうねり、その先の白い花が咲く。
白い花弁の中心へと光が収束される。
「──キャハッ」
少女の視線は自分に向いていなかった。メズヴは少女の視線の先へと向けると、地に大きく空いた孔があった。その深い奥から黒い魔力と不気味な気配を感じる。
すると、黒い泥まみれの男が這い出てきた。
「……貴方……」
「アァアアアア……」
「…酷い……」
ずるり、ずるりとよじる男のその黒い顔、その面影は間違いなく、ディーヴだった。
ゴポゴポと変形し続けるそれは人の原型を留めていなかった。目から黒い液が溢れ、柔らかくなった腕はおかしな方向へと曲がっていた。
「……これほどの非道…貴女は本当に外道そのものだわ」
「キャハハ♪ あの木、眩しいねえ『魔弾』」
「無駄よ」
大樹の根が魔弾全てをひと薙ぎ。光星樹の眩しい輝きが増す。
「国を仇なす道化よ! 神に反逆したその罪を後悔なさい!」
その輝きはあらゆる闇、悪意、厭悪、全ての悪しき存在を滅する浄化の光だ。
闇の魔術でメズヴに叶う存在はいない────が、
トプン、
とメズヴの周りが黒の海となった。その黒泥は光星樹をも侵食した。
「ディ──……!」
メズヴの視界が黒へと塗りつぶされる────
◇◆
俺たちはディーヴの真実を知った。
エンジェは口に手を当て、悲壮な顔を見せた。
「そんな…」
エリーやアート達もそれぞれに頭を落とす。
「これがディーヴが……朕らが秘匿してきたものだ」
やはり、彼は”禍”を持っていた。
ディーヴの持つ能力名は【地獄】。
自らの肉体を魔素に同化し、無限に魔素を操る力を得る。
「それが代償なのか」
エンジェが教えてくれた。負能には何かの代償に絶大な力を得る能力が存在するという。そして、その代償があまりにも大きく、負能に属されるとも。
「……うむ。おそらく、もう──」
代償は、”肉体の消失”。
妖精の種族能力、『自然同化』は一定の限界内であれば、自在に同化できる。だが、【地獄】はその悪性。所有者の意思関係なく同化は進行される。
持っているだけで肉体を侵食されるということだ。
「どこに行く気だね?」
「決まっている。教会だ」
ディーヴが最後に向かったと言うヒヤムル大聖堂、そこへ行く。
やはり彼は、たった一人で国を支え、たった一人で家族を守ろうとしていた。
そして………全てを抱え、消えようとしている。
「待つのじゃ!」
開いた大扉で薄茶肌の少女が息を切らせていた。
「ユニ?」
何か布で巻いた得物を抱え持っている。
それに、瞼が擦れて腫れているようにも見える。
「アベル、受け取っておくれ」
「……これは…神胤か」
布を解くと白い柄が露わになる。
そして、少しだけ気を込めてみると相当の空きを感じた。
「”気”の装填量を二倍に増やした。ついでに浄化力も強化しておいた」
二倍ということは『断界』三発分。かなりの量だ。
それと、浄化力も強化したということは……
「……わしも、連れて行っておくれ」
俺はオスカーへと視線を向ける。すると、ひと頷きした。
なら、ユニも連れて行くべきだろう。
「………お前らはどうする?」
少し目を細め、仲間たちへと向けてみる。
「当然、ついて行くわよ」
「うん、だねっ!」
エリーとエンジェはそう言ってくれた。
最悪、殺意を向けられる覚悟もしていたが……
「……エンジェ様がそう決意なされたのなら、ついていきます」
小鴉丸はどこまでもエンジェに追従する決意を見せた。
続けて、カムイへと視線を向けると、ビクリと背筋を伸ばして震えた。
「……わ、私は……ご、ごめん……で、でも、魔物討伐の手伝いはする…」
「あ…待って! カムイ!」
エンジェの呼びかけを無視し、カムイは出て行った。
「……行っちゃった」
「こんな忌まわしい力を隠し持っていると知れば信用もできない。仕方がないことだ」
「仕方なくない! カムイも一緒に旅をしてきたでしょ? このままじゃダメだよ!」
「む……そう…だな」
曲がりなりにも旅を共にした。その信頼もある。
今は、俺の方が冷たかったかもしれない。
しかし……
「仕方のない相棒だな」
アートはかりかりと頭を掻きながら、踵を返した。
「俺が連れ戻してくる。お前らはディーヴのところへ行け」
「……すまん、頼む」
任せろと言わんばかりの顔でアートも行った。
「さ、私たちも行くわよ」
「そうだな」
とにかく今はディーヴだ。
───たった一人で死なせるものか。
「良い仲間ですね。オスカー様」
「そうだの。故に、彼らに託したのだろう」
「ディーヴ様に頼まれたこととはいえ、嘘をつくのは心苦しかったです。でも……彼らなら大丈夫でしょうね」
「…………今、朕たちにできることはあるまい。ディーヴの…行く末を見届けようぞ」
「……はい」
読んでくださりありがとうございます。