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45話 咎人



 ───四時間前。

 協会の最下層。桃髪のツインテール、片面に十字の切り口のある半仮面を被る少女はガリガリと地に魔術陣を描いていた。


「これで完成かぁんせぇい〜!」


 キャハハハと悪辣な笑みを浮かべながら高らかに笑った。


「なるほど、やはり空間固定式の魔術陣ですか」

「あらら〜?侵入阻害の魔術陣を敷いていたはずなんだけどなぁ」

「人を貶める魔術陣など、魔術とは言いません」


 低く冷たい声で男は、パタン、と本を閉じた。


「さて、貴女が黒道化ブラックピエロ団のハートですね」

「はぁ〜い♪ 世界一可愛くて可憐な私がハートでぇす〜キャハハハ!」


 口に手を当てながら魔術陣の周りを走り回った。


「……その魔術陣は魔物を召喚するものですね」

「正解〜♪ あたしの真名はマリー、その名の下に顕現せよ」


 ハートの足元の魔術陣が黒く輝く。

 しかし、無残に砕かれる。


「あれれ〜? 壊れちゃった」

「この教会は既に四封の杭を打ち込んであります。この領域内に(・・・・・・)設置された魔術陣(・・・・・・・・)は全て、無効されます」

「そいうことね〜 じゃあ、逃げるね〜」


 即座に設置ではない魔術であれば問題はない、と理解したハートは体を黒い靄に変化させ、天井の穴へと逃げた。


「みすみす逃すとでも思ったのですか?」


 見えない壁に弾け、道化少女の体へと戻る。


「あっれぇ〜?」

「『絶域』 ここはすでに隔絶された領域です」

「こぉんなか弱い少女に何をするのぉ〜 あたし、何の力もないよぉ〜」

「少女の姿だからといって手加減はしませんよ。模造人ホムンクルス

「んんっ……」


 道化の少女は先ほどのおちゃらけた態度の嘘のように、怒りに満ちた表情に染まった。


「何でそれを……」

「おやおや、私を忘れたのですか? この裏切り者の顔を」

「あ……その眼は……」


 目包帯を、しゅるり、と外す。一に割れたまなこがむき出しになる。

 その紅の瞳孔を見たハートはようやく気づく。


「……赤ダイヤのディーヴ…死んでいなかったのね」


 ディーヴは手をゆっくりと上げる。


「ええ、私は道化ピエロ団を知る者として、その深き罪を否定します。故に、貴女を──殺します」


 ブロックの天井に一面、黒い炎が炎上していた。

 ディーヴはその手を振り下ろす。


「猛る炎魔よ、地を焦土と化せよ『獄炎』」


 揺らめく闇は地を溶かし、まといついた。消えることなく燃え続いた。

 その炎上の中、ゆらりと少女の姿があった。


模造人ホムンクルスの中では最強クラスとされるだけはありますね」

「………その名で呼ばないで」

「まだ続きますよ、模造人ホムンクルス。 猛る炎魔よ、汝を捕らえろ『獄炎牢』」


 地に燃える黒い炎がハートを包んだ。

 ハートは腕を振り払った。


「『魔の波動(マナ・ショック)』」

「魔素そのもので弾くとは、中々やりますね」

「三度呼んだね……もう楽には死なせないよ。裏切り者」


 仮面の少女は手を差し伸べ、黒い魔力を纏った。

 溢れ出た魔素は、百の球へと変わる。


「『魔弾フクライクーゲル』」

「猛る炎魔よ、汝が怨敵を穿て『棘獄』」


 黒弾と棘が削ぎ合う。ギャリギャリ!と軋むような音が気味悪く響いた。


「大した魔力量ですね。ですが───知っているでしょう?」

「ううぅ……!」


 冷徹な声が告げる。


「地獄に贖え、模造人ホムンクルス


 膨れ上がる魔力。魔弾が黒い棘に埋め尽くされる。百を超える棘は痛々しく壁をえぐった。ハートの十字の半仮面が割れる。

 ディーヴは手を下ろし、壁を刺していた棘が一斉に消失した。同時に、表情が歪む。


「……出てきましたか。マリー」

「久しぶりね、ディー」


 ツインテールがほどけ、にこり、と普通の笑みを浮かべる無傷の少女。

 微笑ましく細めたその瞼の奥が黒く燻っていた。


「はい、さよなら」


 見送るように少女は手を振った。ディーヴは目を見開く。

 次の瞬間、封じ込められた結界内の空間が黒に飲まれた。


◇◆


 膨張した魔力がマリーへと戻っていく。

 煙まく中、大魔導士は呻いた。それも当然だ。自身の周りに高圧縮の魔力で固め(・・・・・・・・・)、自分も焼かれたのである。そして、自分の手を見る。


「………まだだ」

「らしくないわね。昔のあなたなら……」

「…無駄口を叩いている暇があるのですか?」


 マリーは右方から迫る黒炎玉に気づく。魔弾を撃ち込み、相殺する。


「消えぬ炎のはずですが……」


 黒炎は注ぎ込まれた魔力の量だけ燃え続ける。

 それを一瞬で消せたということは、注ぎ込んだ魔力を超える魔力で消し去った、ということである。


「……精霊に近づき、無限に近い魔力を得ただけのことはありますね」


 マリーは嘆息を吐く。


「それはあなたもでしょう。無限の魔を相殺できる力なんて、同じ無限の魔しかないんだからね」


 両腕を広げ、空間に闇を浸透させていった。


「あなたもまだ本気を出していないでしょう? さあ、ころし合いましょう」

「お断りします」


 黒炎と黒靄が吹き荒れる。


「無尽なる憎悪の権化よ、燃え盛れ『地獄シェオル』」

「地より出でし黒魔よ、天を穿て『終魔獄地エンド・オブ・ジ・アース』」


 環状に渦巻き、天を穿ち、結界の天辺がひび割れる。

 ディーヴは単純な魔力で防壁を張ったが、足元がフラつく。


「……そこまで同化が進んでるのね」


 目を細めるマリー。その瞳の先、黒い痣のようなものに蝕まれているディーヴの体だった。


「かなりキツいですね………」


 ───ですが、弱音など吐いていられませんね。

 と、震える手を突き出す。


「星々は道標、暗闇は魔」

「それは───!」

「全てを内包せし黒天よ、汝らを導きたまえ」

「やめて! 『魔弾フクライクーゲル』!」

「───星よ、暗闇へと還れ」


 放たれた魔弾が霧散する。


「あ……私の体が……ううぅううっ!」


 マリーの体までも消えゆく。皮肉なことに精霊に同化した体が仇となった。体が魔素と変質し、ディーヴへと奪われていく。マリーは奪わせないと胸を搔きむしる。

 同時にディーヴも、ガギリ、と歯を食いしばって耐えていた。体が魔素へと変質するほどの膨大な魔力。人の身には耐えられない。


「うっ、うぅううううう!」

「───ぐうう!」


 瞬間、ディーヴの脳内に声が響く。


《てめえがディーヴだな》


 

 ───まさか


 マリーの顔がグニャリ、と歪む。

 破裂した天より圧力が降りかかる。


「ッッ!これは…」

《てめえの中に燻る最奥の憎悪を呼び起こした》


 動悸がおさまらない。思考が乱れていく。

 膨れ上がる黒い炎は、今の自分にはなく、かつて持ったもの。

 そして、己が失態に気づく。


「まさか……やめろ……!」

《シバ国を滅ぼして我が国の礎となれ。さあ、堕ちろ》


 この悲しみは全てを恨む。

 この苦しみは一切を忘れる。

 この憎しみは何もかも殺す。


「あ…あぁあ…あああああぁあああ!」


 捨てるべき黒い炎が呼び起こされる。

 自分が黒く塗りつぶされていく。自分が自分で無くなる。

 意識が薄れゆく中、浮かび上がったのは最愛の妻。



 ───ユニ!




読んでくださりありがとうございます。

最後まで見届けて頂けると幸いです……

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