44話 爆炎の好敵手
─エリーゼ視線─
──すごい。
レイアが勝つとは思っていたけど、まさかあの能力を使うとは思わなかった。『天火明命』は身体能力を極限に引き出す固有能力。その能力は一度しか見たことがない。
それは一年前。天候を狂わす風の精霊と、地殻変動を起こす僧侶がシバを滅ぼさんと迫った。当時、私はまだ一介の騎士として、シバを囲む壁の上からレイアの戦いぶりを見ていた。
レイア単身で僧侶を叩き潰し、風の精霊とディーヴの戦いに介入した。『天火明命』を発動させたレイアは、まさに怪物。彼女に勝てる生物などいない、とまで思ったほどだった。
それを実戦で使わせるなんて…やっぱりアルはすごいや。強くないとか言っておいて、なんて、ずるい……
「応、次はエリーゼ。エンジェと戦え」
「…は?」
何で私が……
レイアはたまにこういう意味不明なことを持ちかけられるが、いつも意味がわからない。でも、乗り越えた先にはいつも何かがあった。
しかも、今回はアルが仕組んだことだった。
「負けないよ!」
──……気に入らない。
エンジェだったわね。事あるごとにアルにくっついて…何か、気に入らない。
「私に勝つつもり?」
「うん! 勝たせてもらうよ!」
聞くところによると、彼女はB級冒険者。きっと、アルのおこぼれで昇級したのだろう。実際の実力はB級以下かもしれない。
「後悔、しても知らないわよ」
本当は実戦なんてしたくもなかったのに、レイアに無理やり連れてこられたかと思ったら、これだ。
でも、練習とはいえ、負けたくない。私はアルのために毎日欠かさずに鍛錬してきた。その譲れないプライドがある。何より「アルに願いを叶えてもらう権利」など、与えたくない。
「燃え盛る炎魔よ」
相手は魔術師。近接を得意とする私を近づかせまいと魔術を連発して来る。
なら私は相手の目に止まらない速さで ──
「薙ぎ払え『拡爆』!」
「ッッ⁉︎」
視界いっぱい、広範囲の爆炎が広がる。咄嗟に木剣を振り上げ、紅炎を上へ逸らした。
直撃は避けられたが、少しだけ肌がヒリヒリする。
想像以上の範囲に……威力。
「猛る炎魔よ、汝を焼き貫け『爆槍』」
少しだけ、舐めすぎていた。
曲がりなりにもアルの旅について行っただけのことはあるわね。
「白き女神よ、全てを弾け『光盾』」
爆炎で視界が塞がりながらも赤い槍が正確に飛んで来た。私は魔術で生成した光の盾で弾く。
瞬間、赤い槍は炸裂した。
「くっ、また視界を……」
ダメージは皆無だが、巻き起こる煙で周りが見えない。
私は盾を構え、ジリジリと後ろへ下がる。
キィン、と右横から爆炎が迫った。
「そこね」
爆撃を受けるが、構わずに前進する。渦巻く煙を掻き分けて突き進む。
渦巻く煙に光が見えた。
抜けた瞬間に、木剣で後頭部を叩きつけて終わり……
「………誰もいない?」
煙の先は森が広がっていた。
「っ!」
背後から槍が飛んでくる。
私は苛立ちをぶつけるように盾を振って弾くも、また広範囲の爆炎が迫ってきた。
「くっ…! また……ッ!」
防ぐも再び煙が捲き上る。そして、別の方向から槍が飛んでくる。
盾を構えながら横に回避しても、その先から爆撃が迫った。とっさにバックステップで回避したが、盾の反応が遅れ、完全に防ぎきれなかった。
──完全に彼女を見誤っていた。
「……ごめんなさい」
盾を構え、中空からの爆撃に耐える。
おそらく設置型の罠で、タイミング的にはあの槍を放った瞬間、すでに移動を開始していたのね。
常に動き続け、敵を倒すためならば何でもやる執念。冒険者特有の泥臭さを感じる。
「本当に舐めすぎていたわ」
アルを取られたと思って、腹が立った。アルにつきまとって鬱陶しくて、邪魔をしようとした。弱いのにアルの隣にいる資格はない、と言ってやりたかった。
でも、間違いだった。
「貴女も強くあろうとしているのね……」
彼女はその気持ちに純粋でいた。
嘘のない真っ直ぐな言葉に逃げてしまった。
そうね……私にはない強さよ。
でも……
「エンジェ」
──好きっていう気持ちは同じなのよね。
なら、その気持ちには負けたくない!
「ここからは全力で相手するわ!」
アルに振り向いてもらいたいのは私だって同じ。
だから、この勝負は絶対に勝つ。
「白き女神よ、光如き足を我に『光動』」
まずは向かってきた魔術に向かって移動する。
あらゆる方向で魔術を発動させて分かりづらくなってはいるが、方向性を除くと2パターン。
エンジェ自身が放った魔術か、設置型の魔術か、だ。向かってきた魔術の先を全て潰していくと必ずエンジェにたどり着くはず。
「ハズレ、次」
地面に魔術陣が描かれた痕跡だけがある。おそらく特定の時間が経った後に発動するタイプ。
二つ目も、三つ目も、設置だった。
「四つめ。この配置、おそらく環状に…… 槍!」
赤い炸裂する槍が飛んでくる。
高圧縮の魔術……これは直接魔素を練りこまないと放てないはず。この先にエンジェがいる可能性が高い。
私は光の盾で弾き、移動魔術を詠唱。
「白き女神よ、光如き足を我に『光動』」
煙の先、そこにはエンジェがいた。やはり横へと移動している。
距離はさほど遠くない。
「えっ⁉︎ もう⁉︎」
「白き女神よ、光如き足を我に『光動』」
私は移動魔術を三重に詠唱する。
エンジェの背後へと移動する。エンジェはまだ気づいていない。
剣を振るおうとした瞬間、地面が紅色に輝いた。
「……!」
爆破ではない。別の何か──
「『転移』」
目の前にいたはずのエンジェが一瞬で遠さがった。
そして、私は空を舞っていた。
「まさか……読まれていた⁉︎」
いや、エンジェの視線はこっちを見ていなかった。気づいてもいなかった。
考えられるのは、特定の距離を詰められた時のために、あらかじめ用意していたんだわ。
魔術師が近接された時の対処方法を考えていないはずがなかった。
「猛る炎魔よ、荒れろ、暴れろ、爆ぜよ」
煌々と紅い魔術陣がエンジェの手前に顕現する。
「決める気ね。移動魔術で躱してみせてもいいけど…」
でも、真正面から打ち勝たないと逃げたことになる。屁理屈かもしれないけれど、正面から負けたくない。
「白き女神よ、我に至高の守りを授けたまえ」
あらゆる魔術を弾く光の巨盾。
今の私が出せる最大の防御魔術。
「『極大爆炎』!」
「──『天盾』!」
荒れ狂う爆炎。止まらない連続する爆撃。
本当にB級とは思えない強力な魔術。
そして、膨大な保有魔力。
「すごいわね」
でも、私の方が上よ。
「白き女神よ」
爆撃の威力が弱まり、盾も徐々に薄れていく。
「光如き足を我に『光動』」
そして、爆撃が収まった直後、一直線に着地。
煙まく中、エンジェの影が揺らめく。
赤い魔術陣が薄らと輝いた。
「爆ぜよ『爆炎』!」
私は盾を構えたまま爆炎に突っ込む。
エンジェの姿を完全に目視。
「爆ぜよ──」
すかさず木剣を首へと添える。
「私の勝ちよ」
へなへなと地に崩れ落ちるエンジェ。
私は大きく息を吐き、剣を腰へと納める。
「うわ〜……やっぱり強いなあ…」
「私は強くなんか……」
──ああ……そういうことね。
「うん?」
「…ねえ、力の差があるって分かっていたのに、なんで戦えたの?」
「えっ、うーん…逃げたくなかったから…かな?」
「どういうことよ?」
「自分の力ではどうしようもない時ってたくさんあったけど……それでも、立ち向かうことから逃げていたら、自分からも逃げてしまうような気がするんだ」
「……」
──そうね、私は逃げないためにも強くあろうとした。その信念だけは今も昔も変わらない。そのはずだった。
私は、その気持ちからも逃げてしまっていたのね。
「あ、でもね! 今回は勝ったら、アベルがなんでも願いを叶えてくれるって言っていたから頑張ったんだ!」
「…………アル…」
………もう、この人は……
「はぁ、エンジェ、一つ聞かせて」
「何?」
「貴女は、アルが…好きなのよね?」
「……うん!」
「奇遇ね、私もよ」
「………プッ! 今更じゃん!」
そうね、と私はエンジェの手を引く。
エンジェは掴んだ手を離さず、私を見た。
「…何よ?」
「えっと…私たち、友達にならない?」
「……え?」
「私は、同じ人を好きになった同士で喧嘩するよりも、仲良くしたいんだ」
「……わ、私でいいの?」
「うん!」
真っ直ぐな瞳で、キュッと両手を掴んでくる。
「あ…えと…よ、よろしく……」
「よろしくね!」
こうして、私は人生で初めての好敵手ができた。
─アベル視線─
圧勝といえば圧勝だ。
エンジェは目くらましをしつつ、エリーに近接されないように常に動き回った。因みに、エンジェは魔力の位置だけはある程度つかめるらしく、エリーの内包する魔力を補足し続けていた。
しかし、エリーは防御に特化した魔術と、ほぼ瞬間移動に近い……光速で移動する魔術で次々とエンジェの手札を潰した。目にも止まらない速度で移動ができ、なおかつ近接を得意とするエリーは魔術師の天敵とも言えるだろう。
「応、リゼの目に迷いがなくなったな」
エンジェとの実戦を経て、エリーは人と向き合えるようになっただろう。
昔から人の目を合わさずに俺の後ろへと逃げていた。そして、それが変わらずに強く、成長した。多少ながらも強さに自負を持っていたため、なおさら他人を受け入れ難くなった。
故に、荒療法にエンジェをぶつけることにした。
エンジェはあれでも図太く、思慮深い。旅中はクエストをほとんど取らずに移動していたため、エンジェの実際の実力は隠れてしまっている。俺の見立てではS級に迫っている。
ある程度実力が拮抗し、かついつも真っ直ぐなエンジェから何か学び取ってくれれば──と思っていたのだが、まさか、こういう形で落ち着くとは……
「応、果報者だな」
「………」
俺はかりかりと頭を掻く。
「どっちも貰ったらどうだ?」
「………よくねーだろ」
「そうか? 王室じゃ、妾を複数持つなんて普通だろう。実際、オスカー様も……ひーふーみー…」
明らかに十超えてる。
王室とはいえ、そんなに多いものだろうか。
「四人くらいだ」
十人もいないんかい。さっきの指数えは何だったんだ。
「なになに? 何の話?」
「気にするな。それよりも惜しかったな」
「う〜… 勝ちたかったよぅ…」
「因みに何を言うつもりだったんだ?」
「えーと…」
ぞくりと背後から冷たいものを感じた。
俺は、パッとそちらの方を向く。
ご機嫌斜めのようだ。
「エリー」
「………何よ」
「よかったな。俺の他に友達ができて」
「…はぁ?」
「いや…友達が…」
「もうっ!」
鳩尾に拳が一直線に飛んできた。が、今度は受け止める。
甘い。一度見せた攻撃は効かん。
「……この!」
ひょい、とヘッドスリップで躱す。
「…………………(無言で殴り続ける)」
「ちょ、無言で殴り続けるのはやめろ!」
「さらりと全部かわしてんじゃないわよ! 私と勝負しなさい!」
「…は?」
「私が勝ったら、私の言うことを一つ何でも聞くこと!」
「ええ…」
「いいから!」
流れで勝負することになった。
結果は…まあ…俺の勝ちだ。光速の移動にはどうしてもタイムラグある。
俺はそれを突き、何撃か打ち合ったが、こちらの方に分があり、一瞬で勝った、と言う形だ。
その後も、エリーはカムイやアートとも実戦をした。今度は魔力抜きで剣のみで模擬戦だ。
実力は拮抗していた。アートはスピード、カムイはディフェンス、エリーはバランスってところだ。レイアはチートパワーだから例外だ。
とまあ、エリーも前向きに、人と向き合えているようだった。
「……もう少し、俺も前向きにならないとな」
でなければ、エンジェをけしかけた俺の立つ瀬がない。それにジン師匠やディーヴの言伝もある。前向きに、先のことを考えないとな。
俺は、シバの囲む巨大な壁の方を見てみる。
「英雄……か」
エンジェは俺をそう言った。
復讐の先はそれを目指すのも悪くはないかもしれない。
「……ん?」
白い翼と黒い翼の二人が向かってきている。
あれは…メイドと…小鴉丸か。何かと焦っているように見える。
飛んだ勢いのまま、着地して走ってきた。
「エンジェ様! それに…レイア様!」
「小鴉丸?」
「応、どうした?」
「………どうか、落ち着いて聞いてください」
小鴉丸は息を切らせている白翼メイドに視線を向けた。
それはありえないことだった。
「はぁはぁ……くです……」
息を大きく吸って、それを宣言される。
「ディーヴ様が……叛逆いたしました!」
読んでくださりありがとうございます。
次話予定「失態と暴走」