43話 竜殺しの腕試し
俺は吹き荒れる嵐と戦っている。
「……『颶風波』」
広範囲に分散してるため威力はない。
生成した半透明の剣で、迫る斬撃を弾く。
「………これはどう?『颶風裂』」
「『雷功』」
先ほどとは違い、高威力の大斬撃が渦巻く。
だが、威力が大きくなった分、隙間が広くなっている。
俺は斬撃の隙間を縫って懐へ飛び出した。
「やっぱりこれも躱すと思った…『颶風衝』」
剣を振り下ろそうとした途端、鱗の少女は炸裂した。
俺は気衝を放ち、相殺させた。だが、俺は宙に浮かんでしまう
「なるほど、これが狙いか」
鱗の少女──純血竜人のカムイ。
俺と同じS級冒険者で、”暴風”という二つ名通り、風を自在に操る術を得意としている。
彼女はスッと風を纏った大剣を横に薙いだ。
「空中でこれを躱せる……? 『颶風刃』」
横薙ぎの極大の刃。
空中に浮かぶ。確かに体捻りでは躱しきれない。
だが、甘い。無い足場など、作れば良い。
「何…!」
俺は薄い気剣の足場を生成して蹴る。空中ステップの後、着地して『剛力』で殴りにかかった。
カムイは近づかせまいと腕をなぎ払う。
「ぐ…! 『颶風波』!」
「『気衝』」
相殺した隙にカムイの懐へと踏み出す。
あと一手だ。カムイは大剣を振り上げた。
「ッハァ!」
気剣の刃を纏わせた手刀で受け流して……
「!!」
大剣をぴたりと止め、ほぼ垂直に向きを変えた。風がブーストとなり弾けるように迫る
このタイミングと距離では躱せない。
俺は受け流しを諦めて、体を捻ってカムイの足を払った。
「っっ!足を…!」
体勢を崩したカムイの剣は、背中スレスレに外した。
「雷神よ、雷如き足を我に『雷動』」
久々に詠唱。雷化した俺はカムイの背後を取った。
カムイは咄嗟に大剣を盾にした。俺は構わず、拳を振り切った。
「っぁ…!」
地に叩きつけたカムイに剣を突きつける。
「俺の勝ちだ」
「………うう」
やはり『竜法』は厄介だ。常に纏う風で斬撃が放たれ、回避にも気が抜けない。
通常の魔術は体内の魔素を使用して、空中を漂う魔素を使役するらしい。内の魔素(=魔力)で外の魔素を操作するってことだ。そして、魔術を使用するには能力『魔力操作』が必須。これは後天的に発現することもできる。
だが、『竜法』は自分に適した属性であれば、詠唱なしで魔素の操作ができる。これには理由があり、エンジェ曰く、竜人は内部に核を持ち、魔素を集めているからだという。
前世の知識に合わせると竜の持つ宝珠……いわゆる竜玉だ。要するにだ、集めた魔素を体内の核を通して自分のものとし操作している、ということである。これが竜人が七族最強とされている理由だ。
「ほら、強く打ちつけて悪かったな」
「……あ…うん…」
俺はカムイに手を差し伸べ、引っ張る。
また呆然とした顔をされた。
「俺の顔に何かついているのか?」
「……ううん、なんでもない」
「そうか」
俺はカムイと実践をしていた。
元々、アートと対戦する予定だったが、昨日にカムイとの特訓したらしく、クタクタらしい。
最初こそはアートが圧倒していたらしいが、何度か仕切り直しのたびに負けが増えていったという。カムイは気弱な見た目とは裏腹にパーティー随一のスタミナを誇っている。
「だらしないな、アート」
「…うるさい」
アートもアートで悔しいようだ。
今も魂が抜かれたように気怠げだ。魔力が完全に回復していないんだろう。
そこで、俺たちの対戦を傍観していた赤鎧が立った。
「応、気剣で足場を作るとは…」
赤い鎧を纏う巨大な彼女は、レイア・ニーベルゲン。同じ剣士としてジン師匠とはライバルだったという。
彼女が六英雄として、成した偉業は数え切れないが、中で際立って有名なのは、Sランク多頭竜の討伐である。十人の冒険者がブレス一つで塵となり、上級魔術を跳ね返す鱗を持つという最悪の竜。
当時、7歳の彼女はそいつを、生身で殴り殺したという逸話である。まさに化け物の中の化け物だ。
「今日は俺の我儘にお付き合いいただき感謝する」
「応、よせよせ。俺は堅苦しいのは苦手だ」
レイアはひらひらと手を振った。
少し他人行儀すぎたかもしれないな。
「………」
兜で顔が見えないが、むすっとした怒っている表情をしているであろう純白の騎士は、初めての友達のエリーゼ・レウィシアだ。
「ほんとにあんたがアートなの…?」
「ああ」
怒っているのではなく、真偽が見極められず、訝しげにしていただけだった。
アートが獣人になれるって分かったのは最近の話だしな。
いや、半年くらい前の話か。
「お手」
いやいや……
「ワン」
した!ワンってなんだよ!
イケメンのくせに「ワン」って言うんじゃねえ!
「本当にアートなのね…!」
エリーもお手したことに全く驚いていない!
むしろ納得してる。俺だけなのか!
俺だけがおかしいのか!
「ちょ、ちょっと、アベル? 大丈夫?」
「……大丈夫だ」
体調を疑われた。内心ツッコミしまくりだったのは久々だ。この際、クールキャラはもう捨てよう。
いや、とっくに捨てているか。
「はっはっはっ!ジンも面白い弟子を持ったものだな」
レイアに来てもらったのは、六英雄に挑戦するためだ。
俺はジン師匠の”技”を受け継いだが、それがどの程度通用するか知りたかったからというのが一つで……もう一つは、俺の”力”を知りたいからだ。俺には種族能力『剛力』に頼りきりなところもあり、かといって全く使わないというわけにはいかない。
故に、”技”と”力”、俺に適したバランスを図るために ”力” の頂点であるレイアに果たし状を出したのである。
「今日は挑戦させていただきます。あわよくば、勝たせてもらう」
「応、良い度胸だな。ちょうど良い、お前はユージンの”技”を継いだと言ったな。お前の技を試してやろう」
「望むところだ。正直、もっと強くなってから挑戦しようと思っていたが…いつまでも逃げていられないからな」
バギリ、と拳を鳴らすレイア。
「挑戦者たるその姿勢、ジンを思い出すな。どれ、俺が全力で相手してやろう」
◇◆
俺とレイアは対峙する。距離は10歩ほど。俺の間合い内だ。そして、おそらくレイアもだ。のっけから凄絶な”力” を振るってくるだろう。
なら、まずはガチンコだ。
「『気鎧』」
互いに足を踏み出し、レイアは拳をおおきくふりかぶる。対して、俺は拳を握りしめ、振り上げた。
「オォラァッ!」
ゴギャ!と鈍い衝突音が響く。
俺の拳は後方へと弾けていた。
「───ッッ!」
後方に体が流れる。咄嗟に空中を一回転し、地を滑りながら着地した。
腕どころか、右半身が吹き飛んだかと思った。
ビリビリと腕が痺れている。いってぇ…
噂に違わず……いや、噂以上の ”力”だ。
変異牛鬼と殴り合った俺の怪力が全く通用しなかった。それどころか、足元にも及ばない。ならば───、今度は ”技” で挑む。
「ふぅ……」
俺は、低く前姿勢に合気の構えを取る。
「ユージンとは違う構えだな」
「安心しろよ。師匠から”技”は正しく受け継いだ。それをどう使うかは俺の勝手だろう?」
「応、道理だな」
レイアはどっしりと防御はせず、右拳を引き締めて、空手と似て非なる構えを取った。
「『雷功』」
加速化した俺はレイアの懐へ飛び込み、足を取ろうとするが、突如目の前に迫る拳に体を逸らしてかわし、拳が耳元を切った。
「ッッ!」
凄絶な拳は一発では止まらない。
俺は、続く拳の連撃を体捌きのみで回避する。
「オラァァア!!」
一発一発が風を巻き起こしている。
まさに力の嵐……拳の暴風域だ。
「超至近でここまで動くか。 なら、これはどうだ!」
レイアは腕を大きく振りかぶり、地を砕く。
その衝撃に体勢を崩す。俺は足元に気剣の足場を作り、なんとか持ち直すものの、レイアはそれを見逃してくれなかった。近接するレイアは大きく腕を振りかぶった。
だが、チャンスだ。レイアの ”力” を利用する!
「ッふ!」
俺はその巨腕を顔面を回して流し、そのまま外した拳を左手で掴み、右肘をレイアの脇に添える。歯を食いしばり、後ろに下がった左足と腰に力を込め、左足を軸に回転する。
「おぉっ⁉︎」
重量のあるレイアの巨躯が宙を舞ったが、掴む手を強引に弾かれ、そのまま殴りつけられる。
「『雷功』!」
俺は体をスウェー気味に反らして距離を取った。
「まさか、俺が投げられるとは思わなかったぞ」
「ちっ…投げ切れてない」
『雷功』で加速化していなければ躱せなかった。
……レイアの巨躯でこの速度は異常だ。通常、重量が足かせとなり、速度も遅くなるのが普通のはずだが、レイアは俺の加速状態にもついてくる。
「呆然してるとぶっ飛ぶぞ」
この速度、体の軽快さや手の器用さに依るものではない。
筋力に依存した速度。俊敏に依らず、単なる筋力が攻撃速度を向上させている、ということだ。
さらには、その筋力に振り回されない強い体幹。
反撃しようにもすぐに持ち直される。手のつけられない暴れ馬とはこのことだ。
……どうしたものか。
「オラァッ!」
また大きく振りかぶって地を砕く。
俺はその拳をバックステップで躱し、一旦距離を取る。
互いに一呼吸。
「拉致が明かないな……」
幾度と拳の嵐を回避したが反撃の余地が見つからない。一瞬一瞬が精神をすり減らす。
このままではジリ貧だ。どうすればレイアを倒せる?
投げるか…組むか…それとも、まだカウンターを狙うべきか…
「……ふぅー…」
そこで、レイアは大きく息を吸って、吐いた。
「『天火明命』」
レイアの体に赤い魔力が纏い、湯気が揺らぐ。
……何だ?
「──少しだけ、全身全霊を見せよう」
確かにこのままでは殴る躱すの繰り返しだ。
今度は真正面か。願ったりだ。
俺は、静かに目を薄めた。
「……」
レイアは地に左手を添え、右脇を締めてクラウチングスタートのように低く構える。
俺は奇妙さを感じるも、より一層、集中する。
どんな巨大な力で向かって来ようと捌ききってやる。俺は剣聖の弟子だ。
「応、いい目だ! 行くぞ!」
バギリ、とレイアは足に力を込めた。俺はそれを見逃さなかった。
それは間違いなく、突進だ。全身全霊、かつ魔力を込めた大重量の体当たり。まともにぶつかれば意識ごと刈り取られるだろう。
故に、その一撃必殺の ”力” をそのままレイアに返してやる──!
「フゥッ!」
体を微かに横に逸らした瞬間、
俺は、青空を見た。
そして、景色がスライドされ、地を這った。
同時にズシンと重い鈍痛が全身を襲う。
「っあ……?」
この痛み。体が動かない。
今、俺は地を伏している。
「俺の全霊、その程度で済まされるとは思わなかったぞ」
────反応できなかった。
偶然だ。偶然、俺は体を横に逸らしていたおかげで、この程度の打撲で済んだ。
「………」
体を返し空を仰ぎ見る。
ジン師匠なら、もっと気を研ぎ澄ませ、その動きを先読みしていただろう。
「はぁ………やっぱ、まだまだだな」
「応、"攻撃の技” は大したものだが、"感知の技” が疎かになっているぞ」
「ああ…そうだな」
以前から分かっていたことだ。
俺は ”攻撃の技” に偏っている。
「応、感知と予知はディーヴも得意としている。一度尋ねてみたらどうだ?」
「…確かに」
「それと、なぜ剣を使わなかった?」
「……貴女も使わなかっただろう」
「はっは! 確かにそれもそうだな」
俺はレイアに引っ張られ、立ち上がる。
『超再生』で痛みも怪我も全て治ったが、気は乱れた。しばらく瞑想をする。
しかし…今後の課題である”感知の技”。ディーヴは盲目ながらも空間を把握し、なおかつ魔力感知している。感知の一点だけで言えば、ジン師匠と肩を並べて良いくらいの練度だ。神胤のことも聞きたいし、ちょうど良い。
「応、次はエリーゼ。エンジェと戦え」
「…は?」
「わ、私⁉︎」
エリーゼは訝しげな反応をし、エンジェは仰天した。
「なぜ?」
「いいから戦え。エンジェからお前に足りないものを得てこい」
「………意味がわかりません」
「これはアベルの頼みでもある」
「え⁉︎ アベルの⁉︎ ちょ、どういうこと⁉︎」
仰天がさらに仰天した表情で俺に迫って来た。
「んー…まあ、とりあえず戦え」
「そんな理不尽な!」
「勝ったら一つだけなんでも願いを聞いてやると言ったら?」
「OK、やります!」
早っ。
「……はぁ、分かった」
渋々とエリーは了承した。
エンジェはローブを、ばさっとかっこよく広げ、エリーを指して宣言する。
「負けないよ!」
読んでくださりありがとうございます。
次話予定「エリーゼvsエンジェ」
仁義なき女の戦い…どっちが勝つかな……(どうしよう