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42話 修羅場


 シバの歴史本を読んだ。

 迷宮の深奥にいた少女の言う通り、昔はコロナ帝国とシバは敵対していた。コロナ帝国はヘーリオス、シバはセイアッドを支配する最大国で、幾度か渡航し征伐し合ったらしい。


 その戦果は進退し、両国とも支配した、されたという結果にはならなかった。最終的には同盟を組み、恨みつらみの意識も薄れて行ったが、王族の人柄によって敵対意識を持ち、あまり良くない関係にあったこともある。しかし、同盟関係にある以上、国同士で再度争うことはなかったという。


 ふむ、現王のオスカーはそんな感じではなかった。むしろ歓迎しますって感じだ。ヴァイオレット家とレウィシア家のしがらみは確実に薄れているだろう。まあ、ヴァイオレット家とコロナ帝国は滅んでいるが。


 と、読書はこのくらいで、ユニに神胤の補強に出した。ただの剣なら即座に修理を行えるが、魔剣はその特性と概念、構築を理解してから補強をする必要がある。そのため、ディーヴと共同での作業になるとのことだ。


 ちなみに補強点は、気の装填量を拡張だ。どこまで増やせるかは分からない。現在は『断界』1.5発分で、最低でも二発には増やしたいところだが……点検の結果次第だ。


 俺は本日の予定を終え、王宮へ向かった。

 アートは珍しく、カムイに呼び出されて相談があるらしい。二人で陰謀を企んで俺を打倒としたりしてな。一層気を引き締めとかないとな。

 まあ、仕方なく俺一人で王宮へと足を運んだ。

 エンジェと食事の約束だ。


 前菜はレタスのようなものとトマトンの付け合わせで、乾燥したウードソルトがかかっており、野菜の旨味を存分に引き出している品だった。

 続いてスープはコーンポタージュ。実際はヤーコーンっていうトウモロコシに似た何かだ。見た目も味もまるっきりコーンポタージュ。懐かしい。

 次に、本日のメインデッシュの魚料理だが……なにこの空気。

 なぜか室内の天井に、ゴロゴロピシャーン!と雷が落ちた。


「……………」

「…………えと」


 エンジェとエリーがご対面だ。今回で初の顔合わせになるだろう。さっきは俺にボディーブローしてさっと帰ったが、また王宮でエリーとばったり遭遇した。

 その場に居合わせていたエンジェにエリーを軽く紹介すると、なぜか同席することになった。それからずっと沈黙の空気が漂っている。


 エンジェも何から切り出せば、と悩んでいるようにも見える。エリーはただ単に睨んでいる。

 服はエンジェと同じで貴族のドレスだ。エンジェは赤で、エリーは白だ。どちらのイメージにも合ったドレスだ。


「…その…エリーでいいんだよね?」


 ようやく、エンジェが切り出した。


「エリー?」


 エリーの顔がさらに険しくなる。よく見たら後ろの小鴉丸の表情が怖い。

 「エンジェ様になんて眼を!」的なオーラだ。

 エリーもエンジェと小鴉丸両人を睨んでいる。

 …なるほど、この二人から発する雷黒雲だったのか。


「嫌ならいいんだけど…」

「……別にいいわよ…」


 エンジェが主導権を握ったようだ。

 なんかエリーがおずおずしている。


「じゃあ、エリーね! アベルとは幼い馴染みらしいね」

「………うん」


 子供の時は畑やってて、野菜の包みを盗まれたと思ってエリーを捕まえたら腕がポッキリと折ってしまった。

 あれが初めてだったな。思えば、酷い出会い方だ。


「子供の時のアベルってどんな感じだったの?」

「悪魔のようだったわ」


 素直すぎるエリーだ。昔から嫌なことや感想は素直だった。

 今もストレートな物言い。悪魔は言い過ぎ……

 いや、確かに髪も黒くて目も赤いんだけどさ。


「でも、私を初めて受け入れた人よ。とても強くて優しい」

「あ、そういえば、エリーって両目が違うよね」

「うん…この目と…髪を綺麗と言ってくれたのよ」


 覚えていたのか。いや、綺麗なのは間違いない。

 エリーを気持ち悪いという奴がいたらぶっ飛ばす。


「それに、婚約もしたわ」


 ブーーゥ!わ、忘れてた…!


「あ、アベル…?大丈夫?」

「いや…すまん」


 思わず吹き出しかけた。

 そうだった。したんだった。

 子供の約束だ。


「お、覚えていたのか」

「………忘れたの?」

「い、いや……覚えていたとも」


 エリーが怖い。魔神よりも怖い。


「あ、ちょっと、えー!ほんとにアベルと婚約してたの⁉︎ 私ともしてよ!」

「いや…断る」

「むう」


 王家だから側室制とかそんなのがあるんだろう。

 エリーの婚約についてはどうしよう。


「エリーゼ様。その婚約に証拠はございますでしょうか?」

「……ないわ」

「では、その婚約は無効なのではないのでしょうか」

「う…」


 エリーが引っ込む。

 でもよく考えたら、エリーの母さん、アリアおばさんのことだ。俺の母さんとこっそり合意していた可能性もある。

 アリアおばさんってどこか裏回しがうまいんだよな…それでよくエリーに殴られていた。

 まあ、コリオリの街は炎上した。仮にあったとしても、証拠は全て燃えただろう。


「小鴉丸!エリーは私と話しているんだよ」

「ですが…」

「私はエリーのことが知りたいんだ。エリー、婚約だって嘘じゃないんだよね?」

「あ…う、うん」


 え、本当にしてたのか⁉︎


「……失礼致しました。それともう一つ、お聞かせいただけますか?エリーゼ様」

「………何よ?」

「この席はレウィシア家の者、または招致された者のみが座れる場。あなたはエンジェ様に招致されていない身でありながら、なぜこの場に同席しているのでしょうか?」


 ここは特別な場所だったらしい。天井もギラギラしているし、丸机に純白のテーブルクロスがかけられている。

 道理でここに入る前に無理やり服を着せられたわけだ。買ってきた服も回収された。銀貨五〇枚もしたのに……


「簡単よ。私もレウィシアだからよ」

「証拠はございますか?」

「レイアとオスカーに聞けば分かるわ」

「…申し訳ございません、エリーゼ様」


 アリアおばさんもレウィシア家だったな。


「じゃあ、エリーって妹ってことになるのかな…」

「違うわ」

「えー…そんな否定しなくても…」


 エリーは至極嫌そうな顔をした。

 他人が苦手なところも変わっていない。 


「柴魚のポワレです」


 と、俺の前にやっと配膳される。

 やっぱり柴魚か。白身の上に野菜ソースをかけられている。

 ここでエリーはエンジェを睨み、


「ねえ、貴女にとってアルはなんなの?」

「んー…英雄ヒーローだよ」


 間も無く、ほぼ即答だった。


「エリーの言う通り、とても強くて、優しいよ」


 俺のどこが優しいんだか。

 俺は自分のために…


「でも、いつも何か怯えている」

「アルは弱くなんかないわよ!」

「うん、それは分かってるよ。アベルは強いけど、いつも何かに怯えている」


 エンジェのその言葉に俺は否定を止めた。


「それでも何度も救ってくれた。私がひとりぼっちで死にかけて、助けてくれたのはアベルなんだよ」


 エンジェは穏やかな表情のまま、まっすぐな言葉でエリーに放った。


「だから英雄ヒーロー。弱いところも優しいところもひっくるめて、全部好きなんだ」

「──っ」

「だから負けないよ! 私にも振り向いてもらえるように頑張るからね!」


 ぐっと両手を握りしめてそう宣言した。

 エリーはここまで言われるとは思っていなかった顔だ。


「…そう」


 俺も驚いた。ここまでストレートに言われたのは生前も含めて初めてだったからだ。いや、二度目か。

 俺は素直に嬉しくもあった。


「さ、食べよっか!」


 エンジェはナイフとフォークを両手に持った。

 いつも頰を膨らませて肉を食べていたエンジェとは思えない、美しい動作で一口、食した。曲がりなりにもレウィシア家、作法は学んでいるようだ。


「あ…エリー?どうしたの?」

「……部屋に戻るわ」


 何かに打ちのめされたようにエリーは退場していった。

 その様子を見てエンジェはしどろもどろとした。


「怒らせちゃった…?」

「いや、大丈夫だ。エリーが繊細すぎるだけだ」

「…大丈夫ならいいんだけど……」

「まあ、俺も少し心配だ。あとで俺から話しておこう」


 独りよがりなところも本当に変わっていない。

 だから、俺はエリーのためにも強くなろうとした。守ってやらなくてはならない、と鍛錬した。

 でも、あれじゃあエリーも成長できない。戦いが強くとも、心が弱いままだ。

 その点、今のエンジェは強い。何を言われようと受け入れられる器がある。

 どんな真実を突きつけられようと自分を通す強さがある。


「……エンジェは強いな」

「ん?」


 思わずもらしてしまった。


「…………」

「え、なになに?なんて言ったの?」

「何でもない」

「ふーん…」


 俺は一口、柴魚の身を崩して野菜ソースを乗せ、口に運ぶ。

 小刻みにされている野菜がシャクシャクして、白身の旨味が後から広がる。

 街にあった食堂の豪快な味と違って上品で落ち着いた味だ。うまい。


「あ、そうだ!」

「何だよ?」


 ニヤケながら椅子をズリズリと動かして近づいてくる。


「ねえねえ、結婚してくれって言ってもいいんだよ?」

「言うか 馬鹿」

 

 間髪入れず、俺はデコピンをプレゼントした。

 エンジェは広めのおでこを抑えながら「言ってよぉ…」と喘いだ。


 ……まあ、俺の中で大きな存在になりつつあるのは確かだ。


 だが、復讐の果てには何があるか分からない以上、正面で応えてやることはできない。その先は”死”かもしれないし、離別もあるかもしれないのだ。

 いや、死ぬつもりもなく、疎遠にもしないつもりだが、そういう結末なり得ることもある。

 ……俺もそうなる可能性があるって話だ。


 今の俺にしてやれることといえば、剣聖の元で鍛錬したこの力くらいか。いつも俺を暴力装置にするな的なことを言っておいてだが…これくらいは許してやってもいいだろう。

 エンジェが望めばいくらでも力を貸してやるとしよう。


「じゃあね〜また明日ギルドでね!」

「いや、明日はアートと模擬戦するつもりだ。南の森でやるが、来るか?」

「うん、行くよ!」

「なら朝に南門な」

「は〜い!」


 エンジェと別れ、俺は宿に戻るとする。

 アートはもう戻っているんだろうか。カムイと話があるって言っていたが…いつからそういう関係に…?

 いや…どうだろう。戻ってアートに聞こう。

 答えるならよし、答えなくても…よしとしよう。

 深堀りはしないってことだ。


「ん…?」


 遠方の曲がり角から飛び出して走って来る薄茶色の幼女。一目散に腕を振って高速移動している。

 あれは間違いなく、ディーヴの妻だ。

 なんかデジャビュ。


「ユニ、神胤のことだが…」


 豪快にスルーされた。

 風を巻いて後方へと走り去った。

 何かあったのだろうか。それに……


「泣いていたような…」


 気のせいかもしれない。

 夜も遅くなってきたし、明日はアートと久々に模擬戦だ。

 きっとアートも強くなっているだろう。俺も負けじと気を入れ直そう。

 それから、エリーのことも考えないと。





読んでくださりありがとうございます。

次話「竜殺しの腕試し」

レイアの強さが炸裂します!多分

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