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39話 白衣と黒衣

 あぁ、怠惰スロウスだ。

 また俺は逃げようとした。


 人と向き合わず、自分の中に篭ろうとしていた。 

 転生前も人の目を恐れ、向き合うのを避け、孤立した。


 結局、俺は臆病者かもしれないな…

 エンジェが向かい合ってくれなければ、俺はまた一人になっていた。


「……本当、怠惰スロウスだな」


 アートはどんな時でも付いてきてくれるけど、それはそれだ。

 それにしても…まさかエンジェが邪神の一端--”アンラ”を持っていることを知っていたとは。

 負能マイナスキル凶堕ち(ダークフォールン)の素質者が持つ能力スキルだとは思わなかった。

 忌み嫌われるものだと思ったが、そうでもなかった。黙っててくれた上、俺の仲間でいてくれた。

 その思いに今は応えられそうにないというのに……

 エンジェには感謝しなければな。


「んー?どうしたの?」

「エンジェには感謝しなきゃなと思ってな」

「え、ええっ⁉︎ 急にどうしたの⁉︎ 頭打った⁉︎」


 大変失礼なご反応を頂いた。

 いつも通り、俺はエンジェにデコピンを放つ。


「失礼だなお前」


 おでこを抑えながら呻く。


「……えへへ」


 ……あれ、昨日とは違う様子。

 いつもだったら「デコピンはないでしょ⁉︎」とくってかかるのにこの反応。


「……」

「うぇへへ…」


 そっともう一度デコピンを放つ。


「べぅっ⁉︎ な、何するのさ⁉︎」


 いつも通りだ。Mに目覚めたかと心配した。


「うぅ…理不尽なりだよ…」


 俺たちはギルドの酒場で屯ろしている。

 ディーヴへの報告はヴェルダーがやってくれるそうだ。今回の件について詳細を報告も兼ねて、個人的な相談もあるとのことだ。

 報酬はギルドに渡してたらしく、受付に完了報告したらすぐに受け取れた。

 金貨30枚。一人6枚ずつだ。

 しばらくの生活には困らないだろう。

 装備品でも購入しない限り、な。


「カムイはこっちに来ないの?」

「…ここで大丈夫です……」

「えっと…遠くない?」


 カムイだけここの席よりも異様に遠い場所に縮こまっている。

 こちらを見ては逸らし、どうしようかと体をそわそわさせていた。

 原因は言わずもがな、教会の件だろう。


「その…本当に大丈夫ですから…」

「大丈夫ならこっちに来てよ。声も聞きづらいし!」

「う…」


 恐る恐る、向かいのエンジェの隣にストンと座った。

 

「…さっきは悪かったな」

「あ、うん…気にしなくても大丈夫…」


 時折こちらを見ながらも視線を伏せた。

 疑念と畏怖の目だ。


「小鴉丸はさ、何も思わなかったの?」

「エンジェ様が信頼しておられるので、私も信じているのです。それだけではなく、アベルだからというのもあります」

「ん?どういうことだ?」

「エンジェの身を案じるその気持ちがよくよく現れている。お前のその気持ちを何度か目の当たりしてるから信じているのだ」


 器用な言葉の使い分けだな。混乱しないのだろうか。

 でも、その答えは素直に嬉しい。

 これが信頼される嬉しさか。


「あの…」

「え?」


 ウサミミの女獣人だ。

 嫌疑の色を染めた顔でエンジェを伺った。


「もしかして…エンジェ様ですか…?」

「え、そそれは…だ誰のこと…?」


 しどろもどろになるエンジェ。

 ごまかしが下手なようだ。仕方ない。


相棒アートにウードソルト2つ持って来てくれ」

「あ、はーい」


 折れていたウサミミを伸ばし、去っていった。

 視界の端でニヤニヤと笑うアート。ウザい。


「ご、ごめん…」

「少しは気をつけろ」

「どうしたらバレないかなぁ…」

「ディーヴにでも聞いたら分かるんじゃないか?」

「うーん…なんか魔道具あるかな」


 頭脳が図書館一個に相当するって噂だしな。

 聞けば、本当に魔道具か何かポンと出てきそうだ。


「たまに魔導士とか魔術師って出てくるが、魔術師としての階級とかか?」

「そうだね…強さもあるけど、操る魔術の数や練度で、”大魔導士””魔導士””魔術師””魔術使い”という順序になっているんだ」

「なるほど」


 その練度の違いでランクが決まる。冒険者にもSやA級があるように魔術師にも等級がある。だが、魔導士の階級に至っている者はあまり聞かない。

 大魔導士への壁の高さが見て取れる。


「俺の知っている限りでは四大魔導士の”朧火”、”樹護”、”玉璽”、そして六英雄の”麒麟”くらいだが…昔にそういった強力な魔導士がいたのか?」

「そうだね…叔父さんの話では六英雄の”黒衣の魔女(ダークウォッチ)”も大魔導士って言っていたよ。初級魔術で山一つが吹き飛ぶって逸話だよ!すっごくない⁉︎」

「ほう、山一つ」


 確か、名前はイザナミだったな。

 どんな怪物だ。流石の俺でも山一つは無理だ。


「私の『極大爆炎』は黒衣が作った本を読んで、参考にした魔術なんだ」

「同じ爆裂魔術なのか」

「ううん、私が参考にしたのは”詠唱増強スペルアップ”だよ」


 ”詠唱増強スペルアップ”。

 名の通り、詠唱を増やして魔術を強化。その強化の幅は広く、威力のみならず発射速度や規模も自在に変化させられる概念を発見したという。


「カムイは? 他に知っている大魔導士っている?」

「ええと…他には…”白衣の魔女(ブライトウォッチ)”がいる……」

「そういえば…黒衣と白衣は双子の黒妖精スヴァルトだったね」


 SS級冒険者の”白衣の魔女(ブライトウォッチ)

 カリスの魔導書を所持する”疾射”の大魔導士。

 回復魔術と付与魔術を最も得意とし、全属性の魔術を操った。

 噂では邪神に呪いをかけられ、20年間眠っていたという話だ。なんでも14年前に王子のくちづけで目を覚ましたという。

 まるで童話だ。


「魔術の威力をそのままに、詠唱を減らした…」


 つまるところ、”詠唱省略スペルカット”。

 無詠唱は夢の夢だと言われ、省略は以ての外だといわれていたが、白衣の魔女(ブライトウォッチ)がその概念を覆した。

 白衣は詠唱省略スペルカットを発見し、黒衣は詠唱増強スペルアップを発見した。

 両人共、魔術の詠唱の概念を覆した大魔導士。


「”詠唱省略スペルカット”もすごいけど、強いのは黒衣でしょ!」

「ううん、白衣だと思う……」

「何をぅ⁉︎」


 黒衣は”絶唱”の大魔導士として名を馳せたらしい。

 白衣の方は表舞台で活躍しなかったのもあり、六英雄の一人としては数えられず、呪いから目を覚ました折に大魔導士も引退したという。

 逆に姉の方--黒衣は死して”六英雄”の伝説として語られることになった。


「発動速度は黒衣よりも早い…」

「黒衣は詠唱を開始したら必ず発動させたんだよ⁉︎」


 カムイとエンジェは言い争っていた。

 かたや、初級魔術を最上級魔術相当の威力に強化。

 かたや、最上級魔術を初級魔術相当の詠唱に短縮。

 その強さは互角かそうではないかと議論は止まない。


「まぁ、どちらも強いってことでいいんじゃないか?」

「「うーー…」」


 バチバチと火花を散らしている。

 話を聞いていると拮抗しているようにも聞こえる。

 ただ黒衣の方は、最上級魔術をさらに強化できる可能性もある。

 あ、最上級魔術を初級以下の詠唱に短縮できる可能性もあるか。

 確かに分からない。


「もう一つ、聞きたいことがあるんだが…」


 カムイとエンジェは目光線を止め、こちらを向く。


黒妖精スヴァルト闇妖精カオフって似てるんだが、どう違うんだ?」

「ええっとね…ややこしいけど、黒妖精スヴァルト妖精エルフは元々一つの種族だったんだよ。確か--」

「…”妖魔アスーラ”という種族だったけど、今は回復に特化した”黒妖精スヴァルト”と魔素により同化した”妖精エルフ”に分かれた…」


 むむぅとエンジェがむくれる。

 案外カムイも負けず嫌いなようだ。

 俺の認識している妖精エルフの特徴としては、”魔素に近い存在”。もちろん、"魔素そのもの"である精霊とは違い、七つの種族の中でもっとも内包魔力が高い種族。

 そして、特筆するべきは『自然同化』。精霊により近づくことができる種族能力シュタムスキルだという。


黒妖精スヴァルトは、回復に特化した種族なのか」

「うん、『超再生』が黒妖精スヴァルト種族能力シュタムスキルなんだよ。でもね、他の種族と比べて発現率がとても低くて、黒妖精スヴァルト二十人に一人という確率らしいんだ」

「そうなのか」


 師匠の言う通り、母は黒妖精だったが、『超再生』は発現しなかったということか。

 それにしても双子の黒妖精スヴァルトか。

 白衣と黒衣。その二つ名通り、黒と白の装束を纏って戦っていたという。


「そういえば、”白衣の魔女(ブライトウォッチ)”の名前って非公開なのか?」

「ううん…確か名前は--イザベル」

「…………え?」


 ちょっと待って、イザベル?

 ……母さん?


「”黒衣の魔女(ダークウォッチ)”ほどの知名度はないけど、それなりの魔術師なら大抵は知られているよ…」

「ちょっと待ってくれ……」

「え、はい……?」

「確認させてくれ。黒妖精スヴァルトで、魔導本を持っているんだな?」

「そ、その通りです…」

「名前は、イザベルだって?」

「相違なく……」


 俺は、思わず、口を拡げ、


「な、なにぃいいーーーーっ⁉︎」


 ギルドに叫びがこだました。



◇◆


「へぇー!アベルの母さんってイザベルだったんだ!」

「ああ……まさか、その人だとは思わなかった。妙な本を持っているなぁとは思ってはいたんだが…」


 20年間眠っていてその空白の年を除けば18歳で俺を生んだという辻褄は合う。

 百パーセント一致したわけではないが、ほぼ確定だろう。

 だが、まさか…そんな有名人だとは思わなかった。


「君が”白衣の魔女(ブライトウォッチ)”の息子さんだったなんて…!」


 キラキラと目を輝かせるカムイ。

 先ほどの態度とはまるで違う。


「アベルはあげないよ⁉︎」


 俺の隣へ移動して、キュッと腕を掴む。


「別にお前のものではないんだが…」


 しかし……母さんが”白衣の魔女(ブライトウォッチ)”か。色々と納得がいく節がある。シャベルを軽量化させたり、家々を回って病や怪我に苦しむ人々を治していた。

 邪神との戦いでも、傷ついた兵士たちを治していて、あまり目立たなかったかも知れない。


「……そっか」


 俺も子供だったからか、母さんのことをあまり知らない。母さんは死んだけど--母さんを知る人は多くいた。それが少しだけ寂しかったが、俺は母さんのことを知れて嬉しく思った。


「…なんだよ?」


 ニヨニヨとエンジェが笑っていた。


「初めて会った時と比べて柔らかくなったなぁって」

「そんなに変わったか?」

「うん、可愛くなったよ!」

「なんだそりゃ…」


 最初と比べたら少しだけ心に余裕ができたのかもしれないが、可愛いってなんだよ…なんかむず痒い。


「変わったといえば、ディーもだよね」

「確かに、昔はどんな人にでも冷徹な目を向ける無礼なお人でした」

「そうそう! 私が家出するくらいから雰囲気は変わっていたんだけど…今はなんか完璧に優男って感じになっていたね」

「へぇ、昔は冷徹な男だったのか」


 今のディーヴからは想像できない。

 知識溢れていて思慮深く、家族を愛する優しさ溢れる男の印象だ。

 料理もできるし。


「ディーも20年眠っていたって言っていたね」

「ディーヴが?」

「うん、ディーはある日突然シバの王宮にやってきて、居候することになったんだ。その時は本当に暗くて近寄ったらギラリと赤い目を輝かせていたなぁ」


 赤い目…そうか。

 アリッサの目が赤いのはディーヴの遺伝なのか。


「大方、家族ができたから変わったんじゃないか?」

「うん…そうだね…家族……」


 エンジェがもじもじしている。


「どうした? 便所ならあっちだ」

「違う! もう!」


 プンスコしながら花畑へと行った。

 結局行くんかい。


「…家族か」


 今更だが、再確認させられた。俺には血縁者がいない。

 ヴァイオレット家も滅び、母さんとその姉上イザナミも死んでいる。

 今は仲間や相棒がいるけど、結局俺って天涯孤独なんだな。


「……ん?」


 まてよ、二〇年間眠っていた?

 邪神との戦いで発生した呪いによる被害は特に聞かなかった。

 大規模な呪いであれば、そういう口伝もあったはずだ。

 ということは、小規模な呪いである可能性が高い。そして、レイアが酔っていた時の話の限りではユージンもレイアもずっと現在だった。邪神の戦いで直接関わった者がかかった呪いではなさそうだ。

 呪いならばの可能性だが…”血縁者を眠らせる呪い”。

 もしかして…母さんの血縁者?


「………ディーヴを訪ねてみるか」


 深読みすぎかもしれないが、彼はシバ第二戦力かつ大魔導士だ。

 何かしら知っていることがあるかもしれない。

読んでくださりありがとうございます!

次話予定「取り戻せぬ滅び」

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