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38話 怯えた子供

ーエンジェ視点ー


 教会の中からアベルが戦う轟音が響く中、私はあの現場の異常性に納得ができなかった。


「……なにあの人…」


 ケタケタと笑いながらあの惨状を美しいと言った変な仮面の女の人…あんな人間がいるとは思わなかった。

 今まで奴隷など酷い場面は見てきたけど、虐殺を快楽とする人は見たことがなかった。

 なぜ、あんなことをするのだろう…


「アートとカムイはすごいよね…」

「急にどうした?」


 せっせと”魔封じの杭”を打ち込むアート。

 彼はアベルが子供の頃からずっと一緒にいたという元・狼。今の姿が気に入っているのか、ずっと獣人の姿をしている。

 カムイとアートはあの凄惨な有様を見てもたじろぐことなく攻撃をした。


「……昔に似たような状況があったからな」

「わ、私も…」


 両人共あまり言いたくないようだった。

 そっか…似たようなことがあったから今の状況に対する飲み込みが早かったんだ…

 でも何だろう? アベルも昔、邪神降誕の儀で大量の解体死体を見たと言っていたが、アートの言う「似たような状況」とはまた別な気がした。


「エンジェ様、最後の杭です」

「小鴉丸、それは私にじゃなく、直接アートに渡して」

「嫌です」

「何で⁉︎」


 なぜか小鴉丸は固辞して直接アートに手渡すことを嫌っていた。


「じゃあ、カムイに渡せよ」

「………」


 アートの言うことは聞かんとばかり、すーんとそっぽを向く小鴉丸である。

 私は「我ながら面倒な従者を持ったものだなあ…」と嘆息をつく。


「こ、こっちは終わったよ……」


 三本の杭は打ち込んだ。これが最後の一本である。

 私は仕方なく杭を受け取り、アートに受け渡した。


「教会の中に戻るぞ。アベルがまだ戦っていたら助力だ」


 ”魔術封じの杭”、ユニが打った杭にディーヴが緻密に魔術陣を重ねて書き込んだ魔道具。


 教会の中にあった、正面の硝子ガラスに書き込まれていた黒渦の魔術陣は、複雑な構成で通常の”魔術陣消し魔術”では消せず、仮に硝子ガラスを割ってもその効果は持続し続けるかもしれない。それだけではなく、黒い渦から発生していた高濃度の魔素はあらゆる魔術を妨げるほどのもの。


 それを打ち消すための専用杭。かなり時間をかけて組み立てた魔術陣が書き込まれている。


「あの杭をアベルに渡すなんて…」


 あのディーヴが、だ。


 昔は誰も信用せず、自分すらも信用しない人だったのに、どういうわけか初対面のアベルをあんなにも信頼していた。


 アベルに信用がないわけではないが、ディーヴは初対面に容易く自分の武器を渡したりする人ではなかった。


「何があったのだろう…」

「アベルが心配なのですか?」

「小鴉丸…ううん、昔のディーとは違うなって…なんかこう、ふわっと優しくなった気がするんだ」


 ディーの変わりようにも驚いたが、アベルもだ。

 今日のアベルは何か思いつめているようだった。

 追い詰められているような感じ……昨晩はあんなにも優しい雰囲気だったのに、一晩で一体何があったのだろう。


「アベルもさ、違うよね」

「そうですか?変わったようには見えませんでしたが…」

「昨日とは違って……危なかしさを感じたんだ」

「危なかしさ?」

「うん、ちょっと触れただけで壊れてしまうような…」


 直後、教会の中から今までにない衝撃が響いた。

 蒼天ランスとの戦いに決着がついたのかも。


「この力は…! 急ぐぞ!」

「あ……う、うん!」


 焦燥に染まったアートが先駆け、教会の扉を開け放つ。

 遅れて私たちは、その衝撃の場を目にした。


「アベ…ル……?」


 割れた硝子ガラスから漏れ出た光を浴びたアベルが、仰々と拳を振り上げて、笑っていた。


「はははははははははははは!」


 思わず、絶句した。

 心の底から愉悦を感じながら、地に倒れる騎士を殴打していた。

 もはや死人も当然の屍鬼グールをいたぶっていた。


「あ……や、やめ…」


 声が出なかった。

 止めなくてはならないのに、言葉が詰まった。


「まだ壊れていないよなぁ」

「もうよせ、やりすぎだ」


 即座に動いたのは、アートだった。

 何のためらいもなく、アベルの元へと向かった。

 そして、アートの影から出てきたアベルの胡乱な瞳……奥に黒いものが渦巻いていた。

 その瞳に、思わず後ずさりをした。


「……………っ」


 私のその動作に後悔をした。

 直後に私たちを見るその目は---”怯え”。


「あ………」


 アベルは何も言わず、通り過ぎていく。

 私たちを避けるように目を伏せながら出て行った。


◇◆


 ヴェルダーが戻るまで教会の庭で待機。

 微妙な空気が流れ、ただ時間が過ぎて行った。

 カムイは空中からの見張りをしている。アートとアベル、小鴉丸と私で森付近を見て回る。


「なんで拒否しちゃったんだろう…」


 私は彼に救われた。リカルドでもリディックでも小鴉丸でもなく、ゴーレムに襲われたあの瞬間に現れたのは彼。


 暗闇と混沌を照らしてくれたのはアベル。

 私にとって彼は六英雄よりも眩しい英雄なんだ。

 拒絶する理由などないのに……


「………」


 それに、言わなかったことがある。


「あ…ヴェルダー!」


 ここで、よろよろと双剣を背負う戦士が帰ってきた。

 身体中傷だらけだ。何かあったのだろう。


「そちらは成功したようだな」

「うん、中には”蒼天ランス”の屍人ゾンビがいたけど、アベルが…」

蒼天ランス……そうか、妙な胸騒ぎはそいつだったか」

「あ、それと変な仮面の女の人もいたんだ。中にいた冒険者や騎士は…酷い有様だったよ」

「…了解した。とにかく戻ってディーヴに報告しよう」


 ディーヴはなぜか昔から各地のギルドにコネクションがある。教会から魔物はもう発生しないだろうけど、残っている魔物の掃滅はクエストを出すなりに、ディーヴが何とかしてくれると思う。


「すまない…実は大鬼オーガに馬車を壊された」


 切実に謝るヴェルダー。

 誘導から離脱後に一度、予備の武器を回収しに馬車に戻ったら、2体の大鬼オーガと5匹の小鬼ゴブリンに襲われたらしい。

 馬車を奪われないよう防戦したものの、守りきれなかったって言っていた。


「そうか…ならば、徒歩で行くしかないな。ここからだと、どのくらいだ?」

「半日ほどかかると思った方が良い。すまないな、俺のせいで…」


 ヴェルダーは申し訳なさげにカリカリと頭を掻く。

 アベルに変わってアートが取り締まる。


「アベルもそれで良いか?」

「ああ…」


 アベルは沈黙を貫いている。

 聞かれたら答えはするものの、ずっと目を合わさずに伏せていた。


「よし、では戻るぞ」


 教会に行く時と同じフォーメーションで移動した。

 移動中もアベルは一言も喋らなかった。

 魔物に幾度か襲われたが、黙々と殴り伏せて行った。

 アベル一人で。


 移動が開始して数時間。

 日も暮れ、一晩野宿をすることになった。

 備えも特にないため、アベルが『無音サイレント』と『無明イグノランス』で結界を張り、集めた木に『火球』を放ち、火を起こした。

 一応見張りは、二時間ごとにアート、カムイ、アベル、ヴェルダーの順番。ヴェルダーの番が終われば出発である。明日の昼までには到着する見通しだ。

 

「ちょっと……」


 お腹がもそもそする。

 今はアートが見張りの番だ。


「ああ、気をつけろよ」


 気を利かせてくれたのか、特に何も言わずに見送ってくれた。

 早く済ませて戻ろう。ここは魔物の生息域。

 油断してはいけない。


「…はぁ、どう接したらいいんだろう」


 距離を置かれたアベル。

 思い切って、「気にしていないから」と言うべきだろうか。


 ---ううん、駄目。


 他人様が気にしていないと言われて安心できるものではないはず。私は一瞬でも拒絶の目をしてしまった。拒絶したら最後、完全に孤立するまで一人でいようとするのかも。


 私もアベルの話を聞くまで、ディーやリディックの言うことは信じられなかった。お母さんとお父さんがヘーリオスに辿り着いた途端に消滅したなどと。


「……ふぅ」


 早く戻ろう。少し長居してしまった。

 とにかく仲間といえど、パーティーの枠組から外れればただの他人様になってしまうのだ。

 その点で言えば、アートはずっと関係を保っている。


「だったら、私も相棒になろう!」


 アートのような存在をまず目指そう。

 己が内をさらけ出してくれて、かつ、アベルのために動けるようになるべきだ。


 それから、お付き合いを……したいなぁ……


「………と言っても何をどうしたらいいんだろう」


 崩れた信頼関係を築くにはどうしたら良いか分からない。そういえば、子供の頃は思い切って踏み出したことばかりしていた。今でこそ、恥ずかしい過去だが、女は度胸。

 実行に壁がなかったあの頃のように、行動すれば何か変わるかも?


「おい!」


 気がつくと、私の背面から大鬼オーガが迫っていた。

 傷だらけでヴェルダーが誘導していた大鬼オーガかもしれない。


「グォオオオオオオオ!」

「あ……」


 巨斧が振り下ろされる。


「『雷功』」


 蒼雷を纏ったアベルがその巨斧を拳で弾き飛ばし、ナイフで一閃。

 一瞬で大鬼オーガは地に倒れる。


「アベル……」


 返り血を浴びた彼は、ただ黙っていた。

 どう声を掛けたらいいのか分からないんだ。 

 彼はただ黙って踵を返した。


「……アベ…痛っ⁉︎」


 足首が痛い。さっき襲われた時に挫いたんだ。

 ああ、こんな時でもなんてドジなんだ。

 初めてアベルに救われた時もドジを踏んじゃったんだった。


「神聖なる使徒よ、傷つきし汝に癒しを与えん『回復光ヒーリング』」


 アベルはそっと私の足首に手を添え、治癒してくれた。

 その顔は申し訳なさそうで、怖がっていた。


「その…なんで?」

「あまりにも長いんで様子を見に来た」

「………覗き?」

「他意はない」


 スッパリと言い切られた!

 もうちょっとその気にさせてよ!

 うう…女としての魅力がないのかなあ…


「………それよりも大丈夫だったか?」

「あ…大丈夫だよ」

「そうか、ならさっさと戻るぞ」


 スッとアベルは立ち上がった。


 ああ、行ってしまう。

 これを逃したらアベルとは距離を置かれたままになる気がする。


 どうしよう、何を言おう。

 ……ええい、ままよ! 


「おんぶして」

「……はぁ?怪我は治って…」

「いいから! 腰が抜けて動かないの!」

「わ、分かった」


 アベルに背負われる。

 やっぱり、がっちりとした体で力強い。

 安らぐ気持ちに任せ、体を前へと預ける。


「アベル、ごめんね」

「………何が?」

「私、言わなかったことがあるんだ」


 落ち着いて……

 アベルがどんな反応をされようと受け入れるんだ。


「アベルって、邪神の一端を持っているよね?」

「あ……なんでそれを?」


 少しだけ棘のある返答。

 でも、怯むもんか。これは前から予想していたことだ。


「実は、デメリットの多い能力スキル、つまりは負能マイナスキル。この能力は全て、”凶堕ち(ダークフォールン)”---その素質のある者が持つ能力スキルなんだ」

「……そうなのか」


 アベルは二つの負能マイナスキルを持ち、邪神に執着している。

 そして、確定的なことに、アベルは昔に邪神降誕の儀に立ち会ったという。

 それらを組み合わせて導き出された予想。モメントで話を聞いた時から薄々は予想していたことだ。

 アベルは邪神の力の一端を持っているかも、と。

 予想していたからか……私は怯えてしまった。


「だから、ね。邪神の一端をアベルが持っていることは予想できてはいたんだ」

「………そうか、黙っててすまない」

「ううん、謝らなくてもいいの。アベルが謝ることなんて何一つもないんだよ。……この気持ちはそんな力が有る無しは関係ないんだ」


 この気持ちはその程度では揺らがない。

 怖がることがあっても、失望することがあっても、鮮烈なこの気持ちに勝るほどではない。


「知ってたことを黙ってて、アベルを悩ませてしまった方が悪いんだ」

「……俺は」

「私が悪かったの」


 アベルは「う…」と声を引っ込ませた。

 こうしてみるとやっぱり子供っぽい。


「私ね、こんな気持ちになったのは初めてなんだ」


 アベルが自分を貶めた元凶を探しているということは分かっている。

 今は無理だということも分かっている。

 その時が来るのを待てばいいんだ。

 ゆっくりでいいんだ。


「……そっか。すま…」

「だーかーらー、謝らなくていいの!」

「う…分かった」


 アベルはまだ子供。

 子供だけど、私の英雄ヒーロー

 我儘で危なかしいけれど、優しい人だ。

 そんなアベルが好き。


「ふふ」


 心地よい夜風が吹き、森が揺れている。

 そよそよと、静かな空間が過ぎていった。

読んでくださりありがとうございます!

次話予定「白と黒の魔女」

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