37話 フラッシュバック
翌日、王宮の門でカムイと待ち合わせだ。ギルドに行き、情報取集と任務を取って金を稼ぐ。
エンジェにも話したところ、行く!と即決だった。念のため、オスカーにも聞いたが、小鴉丸も同伴を条件に行って来いの一言。昨日「なぜ置いていかれたのですか⁉︎」と大泣きしていたからだろう。
ともかく、我が子は自由にさせよともいうが、いいのだろうか。エンジェが二年ぶりに帰ってきたというのに、あっさりしてやしないか。
「………ちっ」
「気持ちはわかるが落ち着け。らしくないぞ」
「…わかってるよ……」
昨日のことで未だに俺の内から出る憤慨は晴らせていない。セトの名が出たからか、母を馬鹿にされたからか……
アートの言う通りオスカーに当たるのも見当違いにも程がある。きっとオスカーなりに考え、エンジェを自由にさせたかったのだろう。でなければ、小鴉丸を遣わせていない。
「おや、奇遇ですね」
「…ディーヴか。昨日は本当に助かった」
「いえいえ、今からどちらへ?」
「エンジェたちと待ち合わせして、ギルドに向かうところだ」
「ギルドに行かれるのですか」
”朧火”の大魔導士 ディーヴ・ライラック。
実質、シバ国第二の戦力という巨大な実力者である。あらゆるギルドにコネクションを持つ上、その知識は一個図書館に相当し、魔術の腕は世界で四指入る。まだその実力を見たことはないが、原初の精霊と張り合えるほどの強さを持つと噂されている。まさに魔術チートの権化だ。
彼は目が見えない故、常に己が魔力を張り巡らせ、空間を把握している。
「でしたら私から依頼したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
ディーヴ直々の依頼か。
どんな無理難題を持ちかけられるのやら。
俺は少し目を細めつつ聞く。
「…ああ、どんな?」
「少しばかり東方の森に妙な教会がありまして、規模は小さいものの魔物が少しずつ溢れているそうです。生還したB級冒険者の情報によると、教会が魔物を生み出しているとのことです」
「その根源を断てば良いのか。準備でき次第向かおう」
「リディックの手紙の通り、決断が早いですね。依頼状は後ほどで認めます。主な依頼は調査とその根源を断つ…ということにしましょう。報酬は金貨30枚でよろしいでしょうか?」
金貨30枚か。S級に依頼する任務のレベルでも高めだ。
それに教会…ちょうど良い依頼かもしれない。
「Sランクの任務にしても少し高めだな」
「ええ、謎も多い上、先ほど言いましたB級冒険者だけではなく、他大勢のシバ国民や冒険者も返り討ちに遭っています。私が今すぐ赴きたいところですが、諸事情により行けないのです。どうかよろしくお願いします」
「…具体的な場所は?」
「今回の依頼者が案内してくれます」
エンジェたちと待ち合わせてから、依頼者の元へと連れられる。場所はギルドで、元々依頼者と打ち合わせのため、待ち合わせする予定だったそうだ。
だから言い値のような言及をしたわけだ。
「また安請け合いして大丈夫なの?」
「十分な報酬を用意してくれているからいいだろう」
「ディーヴのことだし…絶対できないことはさせないだろうけど…」
依頼者はA級冒険者で生還したB級冒険者の兄だ。
かろうじて帰ってきた弟の仇を討つべく燃え、突っ走る彼を引き止め、然るべき措置を置くべく先ほどまで考えていたと言っていた。A級冒険者一人では危険性が高いため、他の平均B級以上または受けてくれるならばS級冒険者を同伴させたかったらしい。
ほんとタイミングが良いことだ。
「彼が今回の依頼者です。その実力も折り紙つきです」
「ヴェルダーという。私情の依頼にも関わらず同伴いただき感謝する」
背に双剣を背負う厳つい男だった。リディックに似た信頼溢れる雰囲気もある。もっと「弟の仇を討ってやる!」と暑苦しいイメージしていたが全く違った。
「わ私はカムイと言います…」
「あたしは小鴉丸だ」
「私はエンジェ・レウ…ルーラです」
一応レウィシア家であることも秘匿することが条件だった。シバ国のお嬢様がこんなところを出歩いていると流石に色々と問題になる。
「俺はアベル。剣を使う」
「アートだ」
各自に自己紹介を軽く済ませ、馬車へと乗る。
「…ん?なんだこれは?」
「魔術陣消しの杭です」
馬車には大きな杭のようなものが4本用意されていた。これは魔術消しの陣を形成するための魔道具らしい。
四方に杭を打ち込むと発動し、範囲内の魔術の効果は全て消失する。これを今回、教会に設置されているであろう、魔物を生み出す魔術を打ち消すということだな。
「では、出発する」
綱はヴェルダーが持つ。
彼は馬の扱いにも慣れているようだ。
ヒヒーンといななくと同時に、ディーヴは俺に視線を向けて綻ばせた。
「くれぐれも気をつけてくださいね」
その表情に信頼が込められているような気がして気が重かった。
◇◆
シバの宗教はユベル教。五人の神子を信仰する宗教だ。全てを受け入れ愛する宗教らしい。神に祈りを捧げることであらゆる事象が許されるとのことだ。
その祈りを捧げる場が、昨日の教会である。怒りに任せて教会の鐘を割ってしまい、本来ならば明るみに出れば「神敵だ!」と糾弾され、最悪国から追い出されるのだが、あの場を駆けつけてくれたディーヴが隠匿し、酔いに少し足をフラつかせながらもユニが鐘を直してくれた。
今回の依頼を簡単に受けた理由もこれだ。
「エンジェはユベル教なのか?」
「ううん、私は一応そうだけど、あまり興味はないかな。宗教ってあんまり好きじゃなくて…何だか他人に頼ってる感じがして…」
「そうなのか」
ちなみに昨日のことをみんなには言っていない。一応、道化についてはディーヴに報告している。
ディーヴによると道化団は昔から存在していた集団らしいが、何の集団かは不明とのことだ。何でも千年前に二人の鬼人が”死神”を討つよりも昔に存在していたらしい。
「そろそろ魔物の生息域に入る。各自警戒してくれ」
この辺りは元々、爪猿や山猩などの魔物が徘徊している場所だったが、教会の影響から小鬼や大鬼の生息地へと変化した。
生息地を変質させるほどの大規模の魔物が生み出されているということだ。
「ここから道がなく、魔物も出没する地帯のため徒歩で行くぞ」
杭は2本だけ俺のアイテムボックスに入れ、残りの2本はカムイが持つ。
俺たちは馬車から降り、ヴェルダーが一番前で、カムイ、エンジェ、小鴉丸で直列に並び、左右に俺とアートというフォーメーションで移動を開始した。
遠距離魔術に長けている魔術師たるエンジェと、杭を持つカムイを中心に置き、その他が守るという配置だ。
「少し右方から離れた場所に何か巨大生物が集まっている」
「左もだ」
俺とアートはメンバー内でも感知に長けているため、左右に配置。小鴉丸もまた、感知にも長け、俊敏もある。ただ、最背面に配置した理由は最大の理由はそれではなく、小鴉丸が「エンジェを守りするのはあたしだ!」と張り切っていたためでもある。
「巨大…この地帯だと、おそらく大鬼だな。しかしも、群れ…まずいな」
と、ヴェルダーは横に向いた顔をしかめる。
「何か問題が?」
「ああ、大鬼の強さは知っているな?」
「牛鬼に匹敵する鬼だったか」
「その通り、大鬼は自我が強いため、通常群れず単体で徘徊する。強さも下手すればS級冒険者でも厳しい。そんな怪物が群れるなどありえないのだが…それは追々、大鬼の群れであることがまずい。少し早足で行くぞ」
大鬼の群れを避け、教会へと直行する。
ズシンズシンと大鬼の集団が移動する場面に遭遇したが、『無音』で特に問題なく通り過ぎた。
そして、魔物を生み出すという教会に到着した。森の中の小教会というだけにあって、蔦が張り巡らされ、荒廃した暗い場所だった。
「教会を守る魔物も多いな」
木を背にヴェルダーは目を細めた。
「あれだけの魔物…流石に難しいよね…」
エンジェの言う通り、小鬼がうじゃうじゃといる上、大鬼も20体そこらほど構えていた。
俺単騎でこの群れを突破し、教会の中を確認するくらいならば問題ないが、殲滅は流石に難しい。
今回は魔物の殲滅ではなく、魔術陣を止めに来たのだ。
「俺が魔物の気を引く。お前たち五人で教会の魔術陣を止めてくれ」
この中では恐らく一番囮となった上で、生還できる可能性が高いのは俺だ。
できるだけ多く魔物を引きつけ、教会への道を開ける必要がある。
実力と生存力、逃げる足が必要だ。
「………いや、待て」
「妙案だが」と一言付け加えて続けた。
「あの教会から嫌な胸騒ぎを感じる。何か臭わないか?」
「…魔物の敵意が異常に強くて分からない」
「アベルは?」
「教会から何かが弾かれていて教会の中の気配まで探れない」
「魔素が濃いのか、防壁は張っているのか……」
決定的な違和感を見つけられず、唸るヴェルダー。
「何かあるのか?」
「俺の勘が教会には何かがいると警鐘している。もちろん、俺の勘を信じてくれとは言わないが……」
勘か。
「ふぅーーー………」
大きく息を吐き、俺たちに視線を向けた。
「私情で付き合わせているが故、俺が囮を引き受ける」
「……死ぬ気か?」
「まさか、死ぬ気などこれっぽちもないさ」
「俺が囮になった方が生存率が高い。誰も死なずに済む方が良いだろう」
「お前はまだ十二歳だろ。未来のある子にそんなことやらせられない」
年で決められるのは少し違う気がする。
「ガキには任せられないってか」
「いや、その逆だ。あの教会には間違いなく何かがいる。それを制することができるのはここではお前しかいないと踏んだ上で言っているのだ」
「矛盾していないか?」
「ハハ、確かにしているかもしれないな。だが、任せられないのではなく、託しているのだ」
そう言われては何も言い返せんか。
本人も死ぬつもりないと言っている。
「…他の群れに遭遇しないように気をつけろよ」
「ああ、弟もいるし、妻も娘もいるのに死なぬよ。必ずここに戻る、後は頼むぞ」
教会から引き離すため、背の双剣を持ちながら走り去った。
ヴェルダーはまず左方に『火球』を放ち、そのまま前方の大鬼の不意を突き、首をひと掻きした後、小鬼を五体ほど斬り伏せた。
その後に右方へと走った。左方と前方にひきしめていた魔物のほとんどが右方へと逸れた。
なるほど、うまい。
「低脳な鬼どもよ、俺が相手になってやろう!」
右方の森で一度、陣取って小鬼をまた四体ほど斬る。
ヴェルダーの叫びに呼応するように鬼たちも叫び声が上がった。ヴェルダーは右方の森の奥へ退散した。
教会を取り巻く魔物もかなり減った。この程度ならば殲滅できる。
ヴェルダーが誘導した魔物が離れるまで数分待機した。
「ここだ、行くぞ!」
自前の翼で空を飛べるカムイと小鴉丸に杭を各自持たせ、空からの魔術攻撃を行使に移る。その前に音を遮断する。
「『無音』」
破壊音が聞こえぬよう、教会の前に結界を張った。
「『風刃』」
「『黒棘』」
黒棘は小鴉丸の新魔術で、黒いナイフから放たれる黒い斬撃を応用したもので、一度に5本の棘を放つことができるようになったのだ。
風の刃と、黒い棘が空から降り、小鬼は多数削ることができたが、大鬼は魔耐が高いようで、俺とアートで各個撃破。
「『雷功』」
大鬼が前方により大きな斧を振り下ろすが、一瞬で背後を取り、首を刈る。動きが鈍い分、変異牛鬼ほどは強くない。他の個体もあまり強くなかった。
アートは当然、顔面を殴打して倒した。側から見るとエグい場面だ。
そして、残る小鬼はエンジェが一掃。
「猛る炎魔よ、汝を焼き貫け『爆槍』!」
これも新魔術だ。最大魔術である『極大爆炎』では魔力消費が激しいため、威力がやや落ちる代わり、消費を抑えた高威力の魔術だ。爆炎を槍として圧縮形成し、着弾した途端に圧縮された爆炎が放たれる。
俺の『黑槍』と同じ技法だ。
「さらに魔力を圧縮できるようになったんだな」
「えへへ…海竜の時に見たアベルの魔術を参考に考えてはいたんだ」
渡航中に海竜に襲われたことがあり、一度使ったことがある。
結局、海竜は一撃では倒せず、船乗りのカスピがとどめを刺したのだが。
「あらかた教会を取り巻く魔物は一掃できたぞ」
小鴉丸とカムイが空から降りてくる。
ヴェルダーの誘導にも限界がある。長く見積もって教会内部の調査は十分程度だと思った方が良さそうだ。
「ヴェルダーが時間稼ぎをしている間に内部を調査するぞ」
一同はひと頷きし、教会の扉の前に立つ。
「小鴉丸は魔物が戻ってきていないか見ててくれ」
「エンジェ様のそばでお守りしたかったのだが…むう、仕方ない」
渋々と小鴉丸は踵を返し、外を見張る。
「頼むぞ」
と、俺たちは教会の扉の隙間から侵入した。
中は当然真っ黒。そして、予想通り魔素が充満している。魔素があまりにも濃いため、『気圏』の感知ができない。視界も最悪だ。
アートもかなりの敵意を感じたようが表情が苦悶の一文字だ。
では、明かりをつけるべきか…いや、やめた方が良いだろう。中に魔物がいたら一斉に襲ってくる可能性もある。
「右方の壁に沿って行こう」
俺は右の壁に手を触れながら進む。左に手を差し伸べてみると木のようなものがあった。
おそらく椅子だろう。
「…………ん?」
ぬるりと木の椅子から妙な粘液の感触を感じた。
手の感触に目を向けようとすると、ぐいぐいと背後から引っ張られる。
「ねぇ…なんか聞こえるんだけど……」
「わ、私も…」
どこからか笑い声が聞こえる。
「キャハ♪」
柱ごとに置かれている蝋燭が灯った。神話を彩る天井の絵が蝋燭の火に照らされた。
そして、五人の神子を彩った硝子の前に黒い穴が渦巻く。
「いらっしゃ〜い♪ 何か懺悔はございませんか〜?キャハハハ…」
半仮面の少女がケタケタと笑っていた。
「昨日の今日で、また会うとは思わなかったわぁ」
「ハー…ト……」
道化の少女の名を呼びかけた瞬間、広がった景色に絶句した。
エンジェもカムイも、アートも目を見開いていた。
「綺麗でしょぉ?」
並ぶ椅子、床全てに血が塗られ、その上に人の死体が横たわっていた。
「………………は?」
騎士、魔術師、冒険者が死んでいた。
内臓を引きずり出され、肢体を捥がれている。
明らかに遊んだ形跡だ。
「あれ〜?何も言葉が出ないのかなぁ……あ、そっかそっか、美しい景色に見惚れているんだねぇ♪」
エンジェはその景色に目を逸らし、吐き気を催しながらも堪えていた。
それをよそに道化の少女は会得がいったようにうんうんと頷く。
「『雷功』」
バヂリと体に雷を纏わせて道化の少女に殴りかかるが、横から高速で迫る白い壁と衝突した。
「ッ!」
俺はとっさに距離を取った。ビリビリと左腕が痺れる。
白い壁は、紅玉が埋め込まれた白盾で、蒼い直剣を持つ全身純白の騎士だった。
「う〜ん、勿体ないけど、ここは放棄するねぇ。後は頼んだよぉ♪」
「待て!」
「バァ〜イ♪」
俺は手を伸ばそうとするが、白い騎士に構えられ、踏み出す足を止める。そのまま、道化の少女は黒い靄に消えていった。
「……騎士…?」
エンジェは吐き気を飲み込み、その騎士へと目を向けた。その兜の中は腐敗し、痩せ細った人が入っている。
その呼吸はガァガァと枯れていた。
「蒼色の剣に…紅玉が埋め込まれた盾………」
鎧が軋む音がギシリギシリと聞こえる。
魔王アケディとは格が違うが、似た強さを感じた。
「ま…まさか…”蒼天”のランス……?」
青ざめた顔でエンジェは怯えた。
今、目の前にいる騎士のその名は、故人。
かつてシバを守護した理想の騎士。魔王の侵攻を食い止めたという伝説を持つ総騎士団長で、シバが”要塞王国”と呼ばれた理由の一つに数えられている。
そんな伝説の騎士がこんなところを構えているのかは分からないが……
「ギ アァア アアァア アァアアア!」
言葉にならない呻き声で叫ぶ。
「『破哮砲』!」
その叫びに応えるようにアートは破壊の咆哮を発した。
もうもうと煙巻く中、紅玉の盾が姿を現した。あの咆哮のダメージを全て遮断できるとは思わず、アートは驚いた。
おそらく、あの紅玉の盾の効力なのだろう。
煙が明ける瞬間、カムイは盾の右方で、大剣を下段から振り上げる。
「『颶風刃』」
騎士は咆哮を防いだ盾の方向を縦に変え、その鋭い風の刃がギャリギャリと盾を滑った。
その風の刃が天井に衝突する。
「えっ⁉︎」
蒼く輝いた剣を構えていた。
その突きに戦慄したカムイは後ろに下がるものの、間に合わない。
「『蒼穿』」
蒼い閃光がカムイの視界に迫った。
ギリギリ、紙一重、カムイは頭を横に逸らし頬を掠めた。
「ッッ!」
そのまま、俺たちの元へと戻る。
「屍人なのに…つ、強い…!」
本来、屍人は腐敗した肉体である故に、動きはあまり俊敏では無い。個体差により、仮に早かったとしても、腐敗した体を酷使している結果になり、普通はすぐに壊れる。
その騎士の動きの精細さは死んだ体にありえないものだ。腐敗した体を軋ませ、こちらへ向かってきた。
「アベル⁉︎」
エンジェがこちらを見て驚愕の顔を浮かべていた。
それもそうだろう。今、俺は一歩も動かずに騎士の一閃を左肩に受けたのだから。
血も滴り、左手まで流れて来た。
「……ねぇな」
俺は肩に刺さる蒼剣を手で掴み、ジュゥと煙を発した。『超再生』だ。
そのまま右手を振り上げる。
「アァッ⁉︎」
ズドン!と騎士の顔面に拳を叩きつけ、地面に伏させた。
騎士は伏されたものの、すぐに距離を取り構え直した。
「……アベル?」
伝説の騎士の屍人か。それはさぞ強いだろうなあ。
だが……今はそんなことはどうでもいい。
「俺がこいつを抑える。お前たちは杭を打ちに行け」
ゴトゴトとアイテムボックスから黒杭を取り出す。
「う…うん、分かった」
エンジェたちには魔術消しの杭を打ち込みに行かせる。あの杭は外の四方に打ち込みさえできていれば発動できる。
「アベル……使うなよ」
「…………分かっている」
目の前の騎士を抑えるのは俺一人。
魔術なしで己が身体能力で圧倒できるのは俺しかいないのもあるが、今、俺に今の自分を抑えることなど、出来ないからだ。
「俺の前にこの惨状を見せるとは……気に入らねぇな」
ぎしり、と拳を握りしめる。
「こんな教会………」
俺から微かに黒いモノが溢れ出た。
それが憎悪か…怒りか…悲しみかは分からなかった。
ただ単に、目の前の騎士を原型保たずに壊したいと思った。
「………………死ね」
その一言を後に、俺はいつの間にか足を踏み出していた。
ここからの記憶は曖昧だった。
騎士の反撃をものとせず、すべて受けながらも殴った。”気操流”も関係なく、単なる膂力、『剛力』……単なる暴力。ただただただ、殴った。己が鬱憤を晴らすためだけに、拳を叩きつけた。
騎士も最初の一撃で、完全に怯み、反撃はすべて致命傷に至らなかった。俺は『超再生』で全ての攻撃を回復した。
この時の俺は、戦士の姿ではなく、単なる快楽者の姿そのものだっただろう。
「ギ アァア アアァアアアアッ!」
「死ね!死ね死ね!あははあはははああははははははははははははははははははははははははははははははははははああああああ!」
ああ、あの時、セトを殺した時もこんな感じだっただろう。
憎悪を晴らす快楽を感じ、壊していた。
きっとそうなのだろう。
”禍”に侵された感情とは関係ない。これは己が欲望、望み、そうでなくては何なのだろう。この感覚はどう説明するというのだ。
今、こんなにも満たされているのに。
「ギ ァア…ア…」
「まだ壊れていないよなぁ」
と、俺は拳を振り上げる。
「もうよせ、やりすぎだ」
肩を引っ張られ、俺は自我を取り戻す。
「……アート」
「お前…少し力に手を出したか?」
「…………分からない」
アートの後ろへ足を進めると、エンジェが呆然とし、カムイが怯えていた。
その目は、生前に幾度か向けられたものと同質のものだった。
「………っ」
先ほどの俺は怪物に見えていたのだろう。
怯えているのが何よりの証拠だ。
そして--失意に沈んだような瞳。
「……ヴェルダーが戻るまで待とう」
彼女たちを素通りして、教会から出る。
「あ……」
彼女たちの目を見たくなくて、
気持ちを知りたくなくて、
一人になりたかった。
読んでくださりありがとうございます。
次話予定「怯えた子供」