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33話 船酔い

 約半年の長旅を乗り越え、ようやくシバ国に辿り着いた。

 俺はラン港にいる。旅の最後のルートはイザヤ海峡だ。大陸と大陸を渡る一月の船生活は最悪なものだった。波が大々とうねり、海竜とかが出てきた。


「う…ぐ……」


 まだ数十キロ先だというのに巨大な壁が見える。あれこそが ”要塞王国” と名高い シバ である。

 騎士と魔術師が集う国でコロナ帝国に次ぐ長い歴史を持つ現代最大の王国だ。


「おい、大丈夫か?」


 俺の背中を叩くイケメンマッチョの獣人。

 彼は俺が四歳の時に拾った狼だったのだが、実は”迅滅狼ヴァナルガンド”としてアルマ大陸を暴れていた魔王の転生者だった。胸元の白いハート形の毛からハートと名付けようとしたのだが、雄だったため、アートとした。

 どうだ、俺の相棒は芸術アート的なイケメンだろう。


「う…うっぷ…」


 実のところ、俺は船酔い中だ。船からは降りたが、まだ体調が戻ってきていない。

 船酔い体質は生前の時からのものだ。体質まで転生してこなくても良かったのに…

 俺の外見はクールで怖いイメージらしいが、そんなことない。

 もう俺の外見イメージは既に崩壊している。


「…ぅう…」


 俺の隣で顔を真っ青にしている男はカスピ。

 彼は船酔い仲間で、”海鳴り”という二つ名で通っているS級冒険者だ。


「おう…また縁があれば、海竜肉でもご馳走してやるよ…うぷっ!」


 俺以上に船酔いがひどく、体内にあるモノを海にぶちまけた。胃袋が大きいのか、モザイクも多い。あ、ゲロです。

 カスピは戦闘時になると人が変わり、背の大刀を持ち、縦横無尽に動き回って敵を切り裂いた。

 彼がいなかったら船は墜ちていただろう。


「ああ…またな」

「じゃあ…」


 ふらっとカスピは船に戻って行った。

 船に乗ればまた…


「ヴォゲエエエエエエエ!」


 盛大に吐く音が聞こえた。

 こっちまでまた吐きそうになる。


「ほら、シバ国のところに行くぞ。エンジェたちはもう着いている頃だろう」


 数時間ほど俺はここで休憩していた。

 馬車に乗ればまた吐くため、長時間ラン港で休憩した。


「おう…」


 俺はアートの肩を借り、馬車へ乗り出す。

 カタンコトンと馬車に揺すぶられ少し吐き気を催す。

 酔ってない時に乗りたかったな。さぞ気持ちよく馬車に揺すぶられて良いシバ国入りしただろうに…

 まぁ仕方ない。今門をくぐった。馬車の中を確認するべく、背後のカーテンを仰々と開き、全身鉄の騎士がチェックしてきた。俺はぐったりと馬車で眠っているため、ちらっと確認されただけで、他の荷物を開けた。


「よし、入れ!」


 定番の「何だこれは?なぜこんな物が入っている⁉︎お前たちを拘束する!」といった展開はなかった。

 少し期待していたがな…


「う…」

「吐くなよ」

「分かってる」


 よろよろと門をくぐってすぐに馬車から降りる。

 すると、街には騎士がぞろぞろと闊歩していた。それだけじゃなく、空にはほうきやら絨毯やらに乗って飛ぶ魔術師が何十人かいた。荒くれ冒険者とうるさい商業で賑わうモメントと違って、ここは騎士や魔術師が多いようだ。

 見える限りでも多くの店が構えていた。売店もモメントほどではないが、かなりの数が並べられている。


「すげえな…騎士ばかりだ」

「ウードソルト…」

「まだ在庫はあるから我慢しろ」


 ここで、街の中からエンジェが飛んできた。

 小鴉丸に両腕を掴まれて飛んでいる。カムイも風魔術で浮かびながら向かってきている。


「アベル、大丈夫?」

「何とかな…」


 とっと降り立つエンジェ。その後ろに降り立つカムイと小鴉丸だ。

 そして、もう一人…緑色のローブを羽織っている緑短髪の美女が最後に降り立った。

 カムイと同じ緑の髪だが、竜人ではなさそうだ。


「……何だ?」


 ずずぃっと緑髪の女性は俺の顔面に息がかかるほどの距離に近づく。

 何だよ、吐くぞ。


「うん…間違いないね。リサちゃんと同じ”よこしまなる眼”ね」


 久々に聞いた。

 そのネーミングどうにかしてほしいなあ…


「おっと…失礼したね。わたくしはメズヴ・グヴィネ。”大魔道士”という身に余る位を授かっている人間よ。よろしくね」

「俺はアベル。ただの冒険者だ。よろしくな」

「ただのとは…謙遜はしなくても良いよ。貴方こそが最速最少年でS級となった”魔剣聖(ソードマギア)”その人でしょう?」

「…よく知っているな」

「ええ、エンジェが教えてくれましたから。それから…ヴァイオレット家であることは知っているわ。あまり身構えなくても良いよ。王もヴァイオレット家の生き残りだからどうこうするつもりはありませんから」


 エンジェが話したとなると信頼の置ける者なのだろう。

 天然っぽいエンジェでも割と人の見る目はある。


「なら良かった。出生が何とやらで争いたくはないからな。で、急に話が変わるようで悪いが、なぜ誉れのある”大魔導士”がなぜこんなところに?」


 世界で四人にしか授けられていない大魔導士。

 至高の魔術師で”四大魔導士”と謳われている。そのうちの二人はシバ国に滞在している。

 仮にもシバ国の最大戦力の一人だ。こんな界隈に出向くことはありえないことだ。

 まあ…


「エンジェ様がお帰りになったということで、ここまでお守りいただけたアベル様におもてなししろとシバ国王に言われたのでね。一応、貴方はかなりの実力者とのことで念のため私が出向いた次第よ」

「念のため…か」

「ああ、ごめんね。でも、貴方をどうこうするつもりはないよ。貴方もする気ないようだしね」


 そういうことである。

 エンジェはシバ国の王家、レウィシアの娘なのだ。


「さあ、王宮にご案内するね」


◆◇


 俺たちは王宮に入った。絢爛とした窓に大理石の床を歩き、王室へと案内される。

 エンジェは廊下で歩いていたらメイドたちに拐われた。小鴉丸は「エンジェ様ーーー⁉︎」と追いかけて行った。

 まあ、ここはエンジェの実家だ。大丈夫だろう。


「王よ、客人をご案内しました」


 扉が開き、広がる王室には真っ白な玉座に長い白髪の老人が杖を持って座っていた。

 王の右後ろには全身真っ白な騎士と、赤い鎧を纏う巨大な騎士の二人。

 左後ろには目に包帯を巻きつけた魔術師一人が並んでいた。

 本来ならば、あそこにメズヴも並んでいたのだろうか。


「ほら、教えた通りに…」


 メズヴに指摘され、俺たちは御前に傅こうとした途端、


「よい、あまり身構えられると朕も緊張してしまう。これは個人的な対面でもあるのだ」

「はっ…では…」


 こちらに目が向けられる。

 おっと俺から自己紹介か。 


「俺はアベル。とある目的で旅をしている冒険者だ」


 目包帯の魔術師が声を上げた。


「何!君が…⁉︎」


 何だ何だ。

 こっちにすごい剣幕でこっちに向かってくる。

 目が見えてないんじゃないのか。


「君の話は聞いているぞ!リディックから手紙が先ほど届いてな!君のことを大いに褒めていた。最少年でS級冒険者となった未来有望な子だと!聞くところによるとまだ12歳なんだとか!確かに黒妖精の特性通りだ!知ってますか⁉︎黒妖精は10歳で成人するのですよ!」

「お、おう……」


 両肩を強くがっしりと掴まれる。


「ああ、私の名はディーヴ・ライラックだ!そこのメズヴと同じく大魔導士を授かっている。大魔導士としての名は”朧火オボロビ”だよ!」

「そ、そうか、よろしくな」

「オホン…」

「聞くところによると、剣聖の弟子なんだってね!私の妻がね!剣聖との遠い親戚関係にあるらしいんだ!」

「ウォッホン!」

種族能力シュタムスキルを四つ所有しているらしいね!全て使えるのかい⁉︎」

「いや…三つ…」

「本当か⁉︎君の体はどのような仕組みをしているのだ…!2つはともかく、3つの種族能力シュタムスキルを組み合わせることなど不可能なはずなのに…まさに君は奇跡の子だな!いずれ四つ使えるようになるやも…しかも私の娘と同じ”よこしまなる眼”を所持してるとも書いていたな…もしかすると君は…父は誰だ⁉︎母は⁉︎」

「えっと…イ」

「ウォホゲホゲホへゲホゲーーーーホ!」


 シバ国王がものすごい咳をしてきた。


「はっ…私のしたことが…失礼いたしました」


 ディーヴはぴたりとマシンガントークを止め、すっと俺の後ろへ下がった。


「ふー……部下が失礼したようだ」

「……いえ」

「さて、そこな獣人と竜人よ。名乗るが良い」


 アートとカムイは頭を上げた。

 俺の近い方にいるアートが声を発した。


「俺はアート。アベルと共に旅をしている」

「わ、私はカムイ…です…」


 うむ、とシバ国王は立ち上がる。


「朕はシバ国王、オスカー・レウィシアと申す」


 オスカーはそのまま俺たちの前へと歩み寄り、俺たちと同じ目線に立った。


「そして、朕は一人の父としてそなたたちに礼を言いたい」


 と王が俺たちに頭を下げた。


「王よ!いけません!」

「メズヴよ、言っただろう。これは個人的な対面なのだ、と」

「ぅ…それはそうですが…」

「朕は一人の父として、此方たちに礼を言わなくてはならないのだ」

「…はい」


 と、再び俺たちに向かい合う。


「エンジェが世話になったようだの。あの子は昔から危なかしくての…毎日毎日木に登ったり、王宮を走り回っての。ある時はうっかりと魔導書を読んで魔術を放ったりしていた。しまいには婚約者も爆破させよったのだ。おかげで婚約もなかったことになった」


 なるほど。少しだけエンジェが魔術を得意としていた理由がわかった気がする。

 しかし、エンジェに婚約者がいたとは…驚きだ。


「ともあれ、よくぞここまで来てくれた。そして、エンジェを守ってくれてありがとう」


 再び頭を下げるオスカー。

 だが、俺もあいつに助けられたのだ。


「王よ、貴方に感謝されるまでもない。俺はエンジェに幾度か助けられた。こちらの方こそ感謝したい」


 俺は王に向け、頭を下げた。

 カムイが呆然とこちらを見ていた。

 何だよ。


「…そうか…エンジェが…」


 うるっと涙を潤ませるオスカーだった。


「いや…失礼した。エンジェの親が行方不明になってから、朕はあの子が心配でたまらなくての…つい甘やかしてしまったのだ。妻同様に甘やしてね…自分勝手な性格になって家出をしてしまった」

「ふむ…」


 初めて会った時の印象を思い出してみてもあまり自分勝手なイメージはなかった。

 どっちかと言うと天然少女だ。初対面で厨二発言したんだしな。


「そんな…あの子がのぉ…」


 顔面を手で押さえ、涙を溢す。

 一年以上家出していた娘が帰って来たのが堪えているのだろう。

 リディックと同じ親バカのようだ。


「応、王よ、泣くのはそこまでで良いだろう」


 ズンッとオスカーの背後から紅色の鎧を纏う巨人が現れた。

 俺よりも十数センチメートルほど高い。


「成長は泣いて喜び、帰還は笑って喜べ。そして、今は帰りを喜ぼう」

「ああ…そうだの」


 メズヴが懐からハンカチを取り出し、王の側へと近づいた。


「アベル、そなたにこの王宮の滞在を許す。招待して早々で申し訳ないが、朕はやらなければならない事がある故、ここにより去る。レイアよ、あとは頼まれてくれるか?」

「応、任しといてください」

「では、そなたの道に幸あらんことを」


 その言葉を最後にシバ国王とメズヴ、ディーヴは奥へと入って行った。

 そして、赤い巨人はこちらに兜を向けた。


「さて、モメントからはるばるシバ国へようこそ。俺の名はレイア・ニーベルゲンだ」

「…レイア?どこかで聞いたような……」

「応とも、この俺こそが ”竜殺し(ドラゴンキラー)” 。世で言う六英雄の一人だ」


 ドンッと鎧の胸を叩く。

 師匠と同じ六英雄。ということは…


剣聖ソードマスターと…」

「応。奴は戦友でもあり、同じ剣士として腕を競い合ったライバルでもある。そういう貴公は剣聖の弟子だろう?」

「ああ」


 そういえば他の英雄は魔術師とか弓使いだった。

 幽幻ファントムは名前からして…暗殺者だろうな。


「この俺は”力”、奴は”技”。同じ剣士として幼い頃から競い合ったものよ」


 赤い兜がどこか遠いところを眺めているようだった。


「…奴は元気にしているか?昔、別れたきりで一度も会っていないのだ」

「………………」

「ーーー…そうか」


 俺の目を見て全てを察したようだ。この人もまた理解していたのだろう。

 カムイに関してはこのシンパシーが分からなかったようで、オロオロしている。


「その件については俺が預ろう。王にも明け、然るべき措置を取らせてもらうが良いか?」

「ああ。レイアさん、師の”技”はここにある。だが、”師匠自身”のことは俺にはわからない…明かしてもくれなかった。だからーー頼みます。不躾で悪いが、師匠の後始末はお願いします」

「ふっ、奴も良い弟子を育てたようだな」


 良い弟子などと…俺は…


「弟子といえば、この俺も弟子を取ったのだ。それもとびきりの天才だ。大魔導士”樹護シュゴ”メズヴを倒し、S級になったのだ」


 大魔導士は至高の魔術師でもあり、最強の魔術師。

 しかも世界で四人にしか授けられていない称号。

 そんな称号を持つメズヴを倒す。かなりの実力者だろう。


「そら、リゼ。出てこい」


 赤い巨躯に隠れた白い騎士が覗き込んだ。

 全身真っ白な甲冑に覆われたーー女だ。


「…君、やっぱり…」

「先ほども名乗ったが、俺はアベルという者だ。短い滞在となるかもしれないが、よろしく頼む」


 白い騎士は2、3秒ほど硬直した。

 直後、低く小さな声で、


「…帰る」


 と、プィッと自己紹介もせず、白い騎士は踵を返して歩き去る。


「……」

「……」


 去る足を止め、こちらを見た。

 またプィッと歩みを進めた。


「何だあいつ…」


 あ、またチラ見した。


「ふむ…彼奴はいつも不愛想だが、この様な反応は初めて見るな」

「そうなのか」

「ああ、いつも無視するかスッパリと言い捨てて去るのが大抵だが、あの様に気にして去ったのは初めてだ」

「ふぅん…」


 既視感もするが…まぁいいか。


「兎に角、うちの弟子がすまない。彼奴もずっと不愛想なわけでないのだ。早速だが、部屋に案内させよう」

「わかった」

「これを渡しておこう。この王宮にいつでも出入りができる証だ」


 魔結晶が埋め込まれたカードだ。

 ギルドカードと違い、カード自体が金色だ。

 眩しい。


「それを門番に見せれば客人扱いとしてここに入れるだろう。ただし特例である為、問題は起こしてくれるなよ」

「ああ、ありがとう」

「応、案内せよ」


 扉から「失礼いたします」と猫耳メイドが出てきた。

 うむ、素晴らしい。


「では、こちらに」


 メイドに案内されるがままに歩を進める。

 そういえば、エンジェはどうしたのだろうか。


◆◇


「ご用件がございましたらお呼びくださいませ。では、ごゆるりと」


 俺とアートは一室に入り、猫耳メイドは扉を閉め去った。

 カムイはまた別々の部屋に案内された。


「ふむ…なるほどな。モメントの宿の方が良かったという話は本当のようだな」


 以前にエンジェが言っていた。

 ここの暮らしよりもモメントの宿の方が快適と、ポロリと漏らしたことがある。

 ベッドのフカフカ度も二倍違う。地面も大理石である為、靴でしか出歩けない。

 ”星の宿(スターニング)”は地面が木でできている上、丁寧に掃除されている。しかも、毎日2回ほど掃除されている。故に清潔さも保たれている。ここは長らく放置されていた部屋の様で、急遽、掃除した痕跡がある。

 このまとまったホコリ。ちゃんと掃除しなされ。


「アベル」


 突然、アートはキリッとした顔つきで俺を見つめた。


「…何だ?」

「ウードソルト」

「はぁ…わかったわかった」


 俺はアイテムボックスから2個ウードソルトを取り出す。

 アートは両手で掴みとり、口に放り込んだ。

 こうして見るとイケメンではない…いや、イケメンか…?

 ええい、イケメンは何をしてもイケメンだ。


「本当に好きだなそれ」

「この甘酸っぱさが良いんだよ。分かんねーのか?」


 むっしゃむっしゃと食らう。うんイケメンではないな。

 まあ、そんなことよりもここに来た目的は二つだ。

 一つは邪神の欠片だ。迷宮主のドリーも言っていたが、シバ国には一つのアンラがあるらしい。

 二つはエリーに会うこと。これもドリーの言伝だ。


「…エリーはどこにいるかな」

「あれ、お前…」


 ここでコンコンとドアを叩く音が聞こえた。


「誰だ?」

「えっと…エンジェだよ…」


 しおらしい声が聞こえた。

 いつもは元気のある声なのに。


「どう…した…?」


 ガチャリと開けると、桃色の絢爛な衣装を着た姫様が立っていた。


「どちら様?」

「私がエンジェだよ‼︎」

「あ、いつものエンジェだ」


 あれか、メイドに無理やり着せられたってやつだな。


「どうしたんだ?その服似合ってるじゃないか」

「うん、これは…え?」

「ん?あ…」


 ポロリと言ってしまった。

 エンジェも顔面を赤く染めている。


「エンジェ様ーーーー!」


 声が響く。


「この声は小鴉丸か。お前また逃げ…」

「来て!」

「お、おいっ?」


 俺の腕を掴み、引っ張られる。エンジェは黙々と俺を引っ張った。


「逃げないでくださいーーー!」

「召替えの途中ですよーー!」


 小鴉丸だけじゃなく、何人かの声と足音が響き渡っている。

 光が反射する床をひたすら走るが、後ろにも前にもメイドが現れてしまう。エンジェは前後ろ相互に視線を向けた後、一つの扉に目をつけた。


「ここでいっか!」


 と、一つの部屋に迷いなく飛び込んだ。


「…なんだここは?」

「えーと…ここは洋服工房だよ」

「暗いのによくわかったな」

「昔ね、王宮でよく遊んでいたんだ」


 オスカーの言っていた通り、昔は相当のお転婆だった名残が見て取れる。

 カーテンから微かに溢れ出ている光を頼りにエンジェは服の模型を躱して奥へと進んで行った。

 

「…ん?何か気配がするぞ」

「え?」

「おい、前見ろ」


 エンジェは前を向く。

 すると、目包帯のゾンビが立っていた。


「きゃ…っ…!…!」


 飛び出そうな声を抑え込んだ。

 俺の腕をがっしりとつかむ。

 二つの感触が柔らかい。


「……流石にその反応は堪えるね」


 彼はゾンビではなく、ディーヴという大魔導士だ。


「大丈夫だ。彼はここの大魔導だ」

「おっと、これは大変失礼致しました。エンジェ様であせられたとは…」


 ディーヴは胸に手を添えて頭を下げた。


「あ…もしかして…ディー?」

「はい」

「あれ目が…?」

「少し失敗しまして…目をやられてしまいました。ですが、問題はございません」

「それに…大魔導…?」

「少しばかり前に大魔導の末席を預かりました」

「大魔導って…そんなところまで行ったんだ!すごい!おめでとう!」

「身に余る祝言…ありがとうございます」


 俺の手をがっしりと掴んだまま会話を続けるエンジェ。離せ。


「ここかなーーー⁉︎」


 突然、大声とともにドバーン!と扉を開け放された。

 エンジェはその音に俊敏に反応し、俺の背後へと身を隠した。


「おや、バレてしまいましたか」

「あ、パパ!見つけたーー!」


 扉には黒長髪の幼子が立っていた。

 そしてーーー、紅眼だ。

読んでくださりありがとうございます!

次話「二年の旅」

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