間話 影と白銀
アベルたちがモメントの町から出てから数日後。
ゼインは木陰で息を潜めていた。木の奥に広がるは真っ黒に染まった地面。
その場所はアドラヌスが焼き払った場である。
「ん〜…」
ため息をつく。
ドリーに依頼という形でとある人物を追って欲しいと頼まれた。
期限は無制限。今回は特殊なS級任務で、2ヶ月に一度のS級任務というノルマは度外視される。
「ドリーの話によるとぉ、ここにアイザックが来るって話だったけどぉ…」
アイザックを餌にゼインは依頼されていたのである。
ゼインの相方の一人である、S級 ”笑う狩人”アイザック。
彼は翼竜迎撃作戦以降、消息を絶ったのである。
「全く気配がないねぇ…」
黒い地面に一つの霧が蠢く。
「! あれは…」
そして、黒い靄から不機嫌な狩人が現れた。
「アイザック…?」
ゼインは木陰に隠れ、さらに息を潜める。
「…あの翼竜の群勢とアドラヌスが退けられるとは思いませんでした。おかげで、モメントの町に張られている結界がさらに強くなってしまいました。私の見込みではモメントギルドにはアドラヌスを退けるほどの冒険者がいるとは思えないのですが…」
黒い霧の中から声が聞こえる。
「…アベルだ」
「生命?」
「突然現れた旅人で、たった1日でS級冒険者となった男だ」
「…ふむ。一度、アベル…と言う男を調べる必要がありますね。引き続きリディックの監視をお願いします」
「ああ…だが、その前に俺たちの話を聞いている者がいる」
「確かに何かいますね」
ゼインの潜む木陰を一瞥する。
「っ!」
ゼインは木陰から飛び出し、神速如き速さで森を駆け出した。
「逃がさねえよ」
「んんっ⁉︎」
一瞬でゼインの前に現れ、鉈を振るう。
ゼインは持ち前の直剣で受けるものの驚きを隠せないでいた。
(早い…!)
鉈の次はボウガン、ナイフと狩り用の武器が次々とゼインを襲った。
だが、ゼインもまたアイザックの戦い方を熟知している。
「だけど、まだ私の方が速いわぁ」
「ッッ!」
同じS級冒険者とはいえ、実力はゼインに軍配が上がる。
一つ一つの武器を弾き飛ばし、アイザックの顔面に掌を伸ばした。
「光よ、眩ませ『閃光』!」
「くっ!」
アイザックの目を潰し、ひるんだ瞬間を狙い離脱する。
(早くギルドに戻ってリディックに伝えないと…!)
一目散に駆ける。
翼竜迎撃時に突如、巨大な魔力が現れたことを感知したが、同時に違和感も感じていた。
それはあの翼竜。百を越す翼竜はどこから来た?
モメントを襲ったあの翼竜は普通、火山や地下など熱の高い場所に生息しているはずである。
(あの黒い靄…)
黒霧が翼竜のことを言及している。それを理解しているアイザック。間違いなく、アイザックは裏切っている。
とにかく一刻も早くリディックに報告せなければならい。そして、同胞たるアテネを殺した可能性のある者として…
「ばあ、逃がしませんよ〜」
逃げるゼインの眼前に黒い靄が現れ、嘲笑顔のピエロが飛び出す。
「ーーー!」
この直後、ゼインは行方不明となった。
◆◇
同時刻。シバ国のとある界隈。
魔導士が杖を構え、背後には大樹が蠢く。
その枝は触手のようにうねり、白い一人の騎士に襲いかかった。
「豊穣の樹よ、鋭い剣となりて汝を討て『剣樹』!」
「ハァッ!」
騎士は白い盾を構え、鋭利な刃となった枝を全て弾く。
それでも止まらぬ剣の枝。騎士は顔面を覆う兜の中で、カギと歯を食いしばりながらお構いなしに前進を続ける。
「豊穣の樹よ、我を守護せし鎧となりて汝を圧倒せよ『鎧樹』!」
魔導士の前に巨大な木の鎧が生成される。
ゴーレムを彷彿させるほどの巨大な木の巨人である。
巨人はその木の腕を大きく振り構える。対し、白い騎士は何か詠唱した。
「ーー白き光神よ、光如き足を我に『光動』」
駆動する鎧に白の線が走った。
「何⁉︎」
木の鎧は崩れ去り、魔導士は白い直剣を突きつけられる。
「ーーー……ッ」
「そこまで!」
と、目に包帯を巻きつけた魔導士が手を掲げる。
「S級試験は終了とする!この瞬間を以ってS級を承認する!」
この瞬間、27人目のS級冒険者が承認された。
ギルド、国によって試験法は異なるが、この国ーーシバ国はS級冒険者かそれに準する者と対戦に勝利することで認められる。
「…はぁ…やるわね」
敗北した魔導士はフードを取り、薄緑色の髪が露わになる。
彼女は、S級冒険者ではないがーー世界で四人のみに授けられている、”大魔導士”の位を持つ魔術師である。
「いえ、まだまだです」
「…そう、充分に強いと思うけどね」
そこに目に包帯を巻きつけた魔導士が歩み寄ってくる。
「S級昇格おめでとう。その年でそこまで至れるとは…それほどまでニーベルゲンの扱きは大変でしたか?」
「それでも六英雄には遠く及ばない」
「…何がお前をそこまで…」
「……昔…ね」
いつも彼女は多くは語らない。
しかし、夕日が緋く染め上げている空を眺めるその様はどこか、哀しそうだった。
「ーーそうですか…あまり根は詰めないようにしてくださいね」
「わかっている」
「さて、シバ国王に新たなS級が誕生したことを報告しましょう。彼も結果を心待ちしているはずですから」
「…私は帰る」
「えぇ…行かないの?何か報奨もらえるかもしれないよ?」
「あの人は苦手」
白い騎士はスッパリと切って去る。
「うーん…少しくらい感情を見せてくれても良いのに…」
「だが、実力は確かです。あの子はいずれシバ国の未来を担うことになるでしょう」
「…ええ」
並大抵のことではS級にはなれない。ましてや、20にも届かぬ少女がニーベルゲンの鍛錬に耐え、ここまでの強さを掴み取ったのだ。史上最少とは行かないが、年端もいかない少女がS級の強さを得てなお、上を目指すのだ。
過去に相当のことがあったのだろう。
「ふぅ…」
S級と認められた彼女は壁を背後に空を仰向く。
緋い空も次第に黒い闇に染まりつつある。
「ーーここまで来たよ、アル」




