32話 再出発、友の元へ
俺たちは宇宙旅行をしている。どんな速さで移動をしているのだろうか。
暗闇に星が幾重にも輝いている。星と暗闇がどのくらいの速さで走っているのか分からなくされている。錯覚の一種だったっけ。
そして、とある地点で止まった。
「星が…?」
星々が俺たちを中心に中心に自転を始めた。
星の輝きで視界が真っ白に埋めつくした。
「ーー……ッ」
輝きも次第に弱まり、パタンと音を立て、視界には壁を埋め尽くす本と棚が広がる。
アーモンドのようなノスタルジーをそそる匂いが、帰ってきたという気持ちで一杯にした。
「ここは…」
「か…帰ってきたぁあーー!」
エンジェの声が響く。
「うるせえな」
しかし、エンジェの気持ちはわからないでもない。
途中で持ち直したとはいえ、勝てる確証がない戦いだった。
エンジェがいなければ勝てなかった。
「…一旦ギルドに報告しに行くか」
「うん!」
一歩間違えればエンジェだって殺されていたかもしれない。
それでも俺のために戦ってくれた。不意という形であれ、魔術を行使してくれた。
エンジェになら、心を許しても良いかもしれない。
「どうしたの、アベル?」
「いや、なんでもない」
と、俺の目の前に落とされている一冊の本に気づく。
「…本?」
その本のタイトルは『魔王と星姫』と書かれている。
俺はその本を拾い、パラパラとめくっていると小さな震え声が耳元を囁いた。
「そ、その本は…」
「ん…?お前は…?」
少女はビクッと震わせて後退する。少女はおずおずと言った様子でこちらの様子を伺っていた。
しかも、胸でかい。鎧の上からでも分かるほどの大きさだ。そして、くるくる巻かれている髪を前に落としているため、一瞬分からなかったが、その緑色の長い髪と背中の大剣ですぐに分かった。
「…お前、カムイか?」
「は、はい…カ、カムイです…」
本当性格真逆だな。これでS級なのか。
「え、えっと…き、君もアベル…だよね?」
そういえば俺も女になっていたんだった。俺の性別も元に戻っているのかな。
と、俺は俺の胸をさする。豊満な胸がなくなり、すっきりとしていた。
いつもの男の胸板だ。それはそれで胸が寂しいな。
「え、この人がカムイなの?」
「そうみたいだな」
エンジェは長い茶髪に魔女帽をかぶっている。いつも通りだ。
小鴉丸は黒短髪でクールな少女に戻っている。
アート…は…
「うん…?お前、アートだよな?」
「他に誰がいる」
思わず確かめてしまった。
「おう…わかってるが…」
黒い短髪に狼の耳が生えている好青年だ。
エンジェから借り受けたローブで体を纏っているが、その体の良さが隠しきれておらず、細マッチョの体つきだ。目もキリッとしているし、顎もすらっとしている。
まさにイケメン細マッチョだ。
「まあ、なんでもない」
「何だよ」
怪訝な顔をするアート。仕方がなかろう。誰もが二度見する美形マッチョだもの。
小鴉丸とエンジェだって目を丸くして「うわー…こんなかっこよかったんだ…」と驚いている。
「さて」
俺はカムイに視線を向ける。
カムイは相変わらずビクッと怯える。俺が怖いのか、単純にビビリなのか分からない。
とにかく男だった時のこいつは俺の旅についていくと言った。元に戻った今、その気持ちに変わりはないか確かめなければならない。
「俺の旅についていくと言ったが、心変わりは?」
「…その…」
しどろもどろした後、キュッと口をつぐみ、俺の目を見据えた。
「…心変わりはありません。あなたの旅について行かせてください」
男だった頃のカムイが言った通り、決意は揺らがないようだ。
「わかった、好きにしろ」
心変わりがなければ、こちらから言うことは何もない。
「あの…その…わ、私のギルドカードですっ!」
ラブレターを渡すようにギルドカードを突き出してきた。
俺はギルドカードを受け取り、ステータスを確認する。
==
カムイ
等級:S
職業:重戦士 種族:竜人族 属性:風
体力:S 筋力:SS 耐性:SS
敏捷:A 魔力:A 魔耐:SS
固有能力『魔力操作』
種族能力『竜法』
==
迷宮の時と全く正反対の性格。この気弱そうな女の子が、あのカムイだ。
だが、間違いなく男の時とほぼ同格の実力を発する。
「…よろしくな。カムイ」
「ぁ…よ、よろしくお願いします」
この様子では毎日のように挑まれることはないだろう。多分…。
「とにかくギルドに行くぞ」
仲間として旅をする以上、関係は大切にしよう。
ただし、裏切るようなら容赦はしないーー。
………
……
…
俺たちはギルドに戻って、リリアに達成報告した。
いつも通り何故か俺だけリディックに呼び出され、エンジェたちは”星々の宿”に帰った。
まあ、漏洩されたくない情報や個人的な相談もあるからだ。
そして、ゼインについて、リディックに確認したところ、既にドリーから依頼されたS級任務を抱えてこの町から発ったらしい。
「そうか、礼が言いたかったんだがな」
「大丈夫だ。あいつは気にしないと思うぞ。で、それが例の本なのだな?」
「ああ」
リディックに迷宮探索の達成報告する。
迷宮への入り口の媒体になった可能性のある『魔王と星姫』という本をリディックに提出し、ドリー・ムスカリーという存在と魔王アケディが待ち構えていたことなど一つずつ報告した。
本によると、妖精の少女が寂しさを紛らわすために一つの魔導人形を作った。魔導人形が自我を持ち、自律兵器の製造者として妖精の少女が狙われた。魔導人形は少女を守るべく魔大陸を暴れまわり、いつしか魔導人形は魔王と呼ばれ、鎧の肩に佇む妖精は星姫と呼ばれた。最後には迷宮に篭ったと記載されている。
リディックの情報によると、二人とも100年ほど前に突然姿を消したらしい。
「どういう星の下に生まれたらそうなるんだ」
「俺だって好きで遭遇してねーよ」
ここに来てから何万分の一という程確率の遭遇が4度。
とある時期から消息を絶ったり、元々表世界にはあまり登場されていない存在ばかりだ。
「とりあえず、報酬はドリー…がお前のアイテムボックスに入れたのだな?」
「ああ、確かにそう言っていた」
「道理でな。こちらに預けられていた任務達成の報酬も消失していた」
「マジかよ」
ギルドに依頼をする場合、依頼と一緒に報酬も共に手渡して成立する。
カムイが俺の元へ依頼する際に報酬もギルドに預けているらしい。
「因みにその報酬というのは?」
「『幻想が見た星空』という本で、売ればおそらく金貨20枚になるだろう」
「一冊でか。高いな」
ほう、気になるタイトルだな。しかも、金貨20枚。200万円相当だ。
この世界における本は高価なものであるらしく、街で歩いて見てみたところ平均銀貨10枚だ。
そもそも紙が高価で、書き写すのにも手書きであるため唯一性もある。
故にこの世界での本は高級品であるのだ。もちろん、内容も良くなく外装も良くなければ低額になることもある。
「とにかく報告ありがとう。上への報告書にまとめさせてもらうがいいか?」
「ああ、構わない」
リディックの上ってどんな奴でどこにいるんだろうか。
前に聞いて見たが、教えてくれなかった。社外秘だな。仕方ない。
どこまでならば、教えてくれるのだろうか。
そこで、唐突に俺は思い出した。
全てを殺した男の名を。
「…なあ、セト・J・ワートという男は知っているか?」
「誰だそれは?」
「…知らないならいい。気にするな」
「ふむ、一応調べておこう」
ギルドの基本知識や買い出しにおける必要ないろはを教えてくれた。
リディックは「ここにいる間は最大の歓迎」という約束を守ってくれている。
ここの暮らしを快適にしてくれた。だから、ここにずっといても良いかもしれないと思わせるほどだ。
しかしーー、俺はずっとここにいる訳にはいかない。
「いや、いい。俺は3、4日後にこの町から出るつもりだからな」
「…そうか、早いな」
「迷宮探索の件で大量の硬貨が手に入ったからな」
「せめて、1ヶ月だけでもここにいてくれないか?」
「何故だ?」
「俺はお前に恩を返し切れていない。変異牛鬼の件や、翼竜迎撃時に力を貸してくれた恩を返したい。少しでも良い、2週だけでも…」
どこまでも恩義を大切にする。それがリディックの信条である。
こういう男だからこそ、モメントギルドの長となれたのだろう。
「…いや、ずっとここに留まっていても俺の目的は達成されない。ここにいてもただ怠惰な日々が過ぎるだけだ。俺は、こんなところで立ち止まっていられない」
「ーー…ここに来た時より、良い目をしているな」
…確かにここに来た時はただ、”力”を求めていた。
全てを返り討ちできる力が欲しかった。
ただ、それだけだった。
「…とにかく、お前がそう決めたのならば俺に止める権利などないさ。前にも言った通り、お前がここにいる時は最大の歓迎をする。いつでも来ると良い」
「わかった。またここに来たらその厚意に甘えさせてもらおう」
俺は返す踵を止める。
「リディック。お前は恩を返したいと言っていたが、俺にとってここの暮らし自体で充分に返って来ていると思う。あまり気にしないでほしい」
「ーー…わかった」
「お前の道に幸福があらんことを」
「…ああ、お前の道にも幸福があらんことを」
……
…
ようやく”星々の宿”に戻れた。
カムイは別の宿に帰り、明日にまた会って旅の打ち合わせを行うことになった。移動ルートの設定、報酬の管理、装備の一新などやることがまだまだある。
一応俺もS級冒険者のため、二ヶ月に一度S級任務を達成しなければならない。しかし、半年近くの旅中にS級任務が行使できない。故に、別の町への移動する時間を度外視する申請もしなければならない。これはどの等級でも同じことだ。
「はぁ…面倒だな」
エンジェの部屋のドアノブを手にし、開ける。
「あ…」
エンジェと小鴉丸が着替え中だったようだ。
ふむ、エンジェは胸に爆弾を抱えている。小鴉丸は普通なサイズだがエンジェと近くにいると、見劣りしてしまう。
定番のラッキースケベだ。
「な、なな…何をやってる!は、早く出て行け!」
顔面に小鴉丸の拳が飛び込むが全て回避。
そして、拳の嵐をうまく抜け出し、扉を閉める。
「…またやっちまったな」
「ん?アベル、何をしている?」
扉を背に落ち着いたところにアートがやってきた。
エンジェのローブを借りたままだ。服を買いに行くべきだな。
「ああ…覗いてしまったのか」
「…」
「とにかく外で待とうぜ」
廊下に立ち、静寂の中、モメントの町での出来事を思い出す。
俺はこの町に来てから俺の全力でも敵わない存在に4度も遭遇した。
魔星将アドラヌス、魔神ブラッドリー、魔王アケディ、そしてーードリー。
どいつもこいつもこの世界において規格外の存在だ。
今の俺では到底勝つことのできない奴らだ。アドラヌスとブラッドリーは【修羅】なしでは生き延びれなかった。アケディもエンジェがいなかったら負けていた。ドリーもたまたま敵対はしなかったのものの、立場が違えたら戦うことになっていたのかもしれない。
「アート、この”星の欠片”はお前が持っていてくれ」
「…なぜ?」
「これからの戦いで俺が”邪神の欠片”を使うかもしれないからだ。今は落ち着いてきたが、力を使うと俺を蝕む。出来るだけ使うつもりはないが、その時が来たら…頼む」
「…ふん、そんな力使わせてやらねーよ」
「なに?」
「そんな力使うまでもないってことだ。今度は俺も一緒に戦う。多分、エンジェも一緒に戦ってくれる」
「…エンジェが旅についてくると?」
「ああ。さっき聞こえた」
盗み聞きとは趣味が悪いな。
「とにかくだ、今度は俺たちも一緒に戦う。だから、その時だなんて言うな」
「………」
「その”星の欠片”は俺が預かるが、力に頼る前に俺たちを頼ってくれ」
…ほんっとアートはかっこいいよ。
こういう相棒だったからこそ、俺はここまで来れたのだ。
「っと、着替えが終わったようだ」
と、アートは立ち上がり、ノックする。
優れた聴覚で着替えが終わったか分かったようだ。
着替えの音聞こえてるってことか。どんな音だろう。
「入っても良いか?」
開いたドアからエンジェの顔が覗き込まれる。
「アベル…今度はノックしてよね…」
赤面に細めた目が俺を突き刺した。
悪かったよ。
「ふぅ〜…」
俺は床下に腰を下ろす。
「アベル、別に椅子に座っても良いんだよ?」
「いや、これでいい」
いつも俺は床下に座って寝て過ごしている。
2年の旅の癖でもあり、この状態が一番落ち着く。
「小鴉丸、エンジェ」
エンジェと小鴉丸も俺の目つきを見て畏った。
俺に合わせて床下に座らなくても良いのに…まあいいか。
俺はエンジェと小鴉丸を信用した上で、真実を話すことにする。
旅についてくるとなれば、お互いの心情を通じ合わせた方が良いだろう。
「今から俺の、旅の理由を話したいと思う」
俺が転生者であることと俺の中に潜む力については伏せて、知っている限りの出生と事件について語った。
友達を殺され、恩人を殺され、目の前で母を殺され、その時に見た光景や気持ちも全て話した。
そしてーー、俺を貶めた元凶を探すために旅をしていることについても明かし、決意の下に六英雄”剣聖”、ユージンとともに旅をしながら”気操流”を学んだことまで話した。
「ーーと、いうわけで俺は元凶を突き止めるために旅をしている」
こうして俺は話を締めた。その締めと同時に目をゆっくりと開ける。
「わぁ〜〜〜ん!」
「うおっ…」
すると、大号泣するエンジェがいた。
小鴉丸もややバツが悪そうに憂いていた。
「泣くことはないだろう」
「だって〜…」
ふっと俺は思わず笑う。
「それでな、次はシバ国に行こうかと思っている」
「私も行く!」
「…家出中ではなかったのか?」
レウィシアはシバ国の王家の名でもある。
つまり、エンジェはシバ国から抜け出して移動も含めて、半年間以上家出をしていたということになる。
「…私がレウィシア家の人間だって知っているんだよね?」
「ああ」
エンジェは涙を擦り取り、一息を吸って俺に視線を合わせる。
その目は今度は自分も明かすべきだ、と言わんばかりの決意に満ちていた。
「…母がレウィシア家だと聞かされていたけど、ある日に私の父と母はヘーリオス大陸に赴いたまま帰ってこないって叔父と叔母が話しているのを聞いて…自分は本当にレウィシア家なのか、と疑い始めてしまったんだ」
俺の故郷、コリオリもヘーリオス大陸の町の一つだ。コロナ帝国もそこだ。
コロナ帝国はヴァイオレット家が支配していた。ドリー曰く、ヴァイオレット家とレウィシア家は昔争っていたんだそうだ。無関係ではないだろう。
…てことは、戦争に行ったきりで帰ってこなかったということだろうか。
「私は叔父と叔母になぜ帰ってこないのか、と聞いたけどそれ以上は教えてくれなかった。何度も聞いたけど、教えてくれなかった。だから、自分の足で耳で真実を知ろうと旅に出たんだ」
「そうか…」
リカルドやエマとは旅中に会ったらしい。"紅の闘牛"もその頃からモメントの町を拠点に何度か旅に出ていたと聞いている。
エンジェに秘められた実力を見込まれて、仲間にならないかと誘いがしつこかったんだと。しかし、エンジェはモメントにずっと居たいわけではなかったため、何度も誘いを断っていたんだそうだ。
そして、ヘーリオス大陸にまで一緒に行ってくれる仲間をずっと探していたが、見つからず一人で行こうとした時に俺と出会った。
兎狩りは建前だったらしい。
ともあれ、モメントの町へと辿り着けたのはリカルドらのお陰でもあるとエンジェは言っている。
それでも半年の間の旅は楽ではなかった筈だ。そして、ヘーリオス大陸は渡るには相当の覚悟が必要だ。見かけによらずエンジェも根気がある。
「でも…やっぱり、これは私の我儘なんだ」
と、小鴉丸の方に目を向けた。
そして、俺に視線を戻す。
「今度はちゃんと話をしたい。だから、帰るんだ」
その瞳には前のような我儘で不安定な子供の目ではなかった。
しっかりと、真実を受け止める覚悟のある目に変わっていた。
「そうか、足を引っ張るなよ」
「あ…ぅ…それは約束できないかも…」
「ふははっ!」
エンジェも小鴉丸も「アベルが笑った…」と言っている。そういえば、こいつらの前で笑うのは初めてな気がするな。
戦闘中は結構笑ってる気もするが。
「いや、充分に足は引っ張っていなかったさ。アケディの時もアドラヌスの時もお前のおかげで何とかできた」
「ーー…」
「旅の間だけかもしれないが、よろしく頼むよ。エンジェ」
ぽんっ、とエンジェの頭に手を置く。
「…うん」
汐らしく小さな声で頷く。
「…あと小鴉丸もな」
「アタシはおまけか…」
不貞腐れる小鴉丸。
小鴉丸もいなかったらエンジェを救うことはできなかった。
どの戦いもがんじがらんだ関係が成った勝利だ。
……
…
あの後、エンジェと小鴉丸はアートの服を買い出しに行った。
俺は大量に入れられているであろうアイテムボックスに入れられている報酬を確認するべく残った。
早速、左手のアイテムボックスを開く。
「ーーえ?」
瞬間、左手から大量の金貨やら宝石やら吹き出た。
「あだだっ!」
顔面に大量の金貨やら銀貨やらの弾丸が撃ち込まれた。
至近距離の弾丸は流石に躱せない。
「…どんだけ入れたんだ」
かなり雑に入れたようだ。ドリーにとって大量の宝の山をスコップで掬って袋に詰めたような感じなんだろうな。
しかも、驚きなことに、この宝の山がアイテムボックスに入っている物の3割分だ。
このままでは、神刀”神胤”を取り出す速度に支障が出る。旅中にドバドバと毎回取り出して必要な物を見つけるのにも時間がかかってしまう。タイムロスだ。
「よし」
というわけで、アイテムボックスに入っている金貨や装備物を整頓しよう。
俺は早速こぼれ落ちた金貨や宝石をまとめる。あ、『幻想が見た星空』があった。
この後、俺は長い整頓作業を強いられることになった。
「怠惰だな…」
エンジェたちが帰ってきて手伝ってもらったのは言うまでもない。
…がんじがらんだ関係に感謝だ。
◆◇
彼らが去った後、一人の少女は星空を見上げていた。
「酷くやられたわね、アケディ」
そこに、土くれが人形が形成されていく。
そいつはーー魔王、アケディだ。
『ハイ…不覚ヲ取リマシタ』
その頑強な土くれの鎧の胸部に一つの欠裂部があった。
「ほら、岩剛剣よ」
天井の蔦が転移させられた剣を持ってアケディの前に持ってくる。アケディはそれを素直に受け取る。
直後、胸部の欠裂部が再生する。
『申シ訳、御座イマセン』
彼の呼称は二つある。
一つが魔王で、もう一つの字名は”デルラの守護神”。
『貴女ノ唯一ノ守護者デアル自覚ガ足リマセンデシタ』
魔王と呼ばれたゴーレムは彼、アケディその存在のみ。
他のゴーレムは彼の模造品。彼と対峙した人間や妖精たちが模倣し、生成した人形こそがこの世界における魔物に属されるゴーレムである。つまり模造品が”守護神”を名乗っていた…ということである。
だが、誰もその真実は知らない。なぜなら彼女がその真実を抹消しているのだからーー。
「反省しているのならよろしい。…でも」
『何カ気ニナルコトデモ?』
「ううん、なんでもないわ」
ドリーは金色の髪を揺らがせながら頭を振る。
『ソウデスカ…シカシ、アレデ良カッタノデスカ?』
「何がよ?」
魔王たるアケディが、巨大な岩の拳を地面につけて彼女に傅く。
『無礼ヲ承知ニ言ワセテクダサイーーナゼ、人トシテノ名ヲ明カサナカッタノデショウカ?』
「…」
『貴女ノ、一ツノ側面デアルーー』
「口を慎みなさい、アケディ」
すぅっと目をアケディに向ける。
その目はーーー紅色に変質していた。
「名乗るかどうかは私が決めることよ」
『ハハッ、出過ギタ真似ヲ…』
「彼には自ずと真実を明かす時が来るでしょう。でも、今ではないわ」
『…デハ、今彼ヲココニ招待シタノハ…?』
「六天はいずれ集結するわ。その一つの布石として、彼に貸しを作っておこうと思ってね」
『流石デス』
ドリーは星天を見上げて背を伸ばした。
「ふぁ〜…眠くなって来たわね…」
目を霞ませたドリーは大樹の麓にて再び眠る。
傅いたままのアケディは主人に向け、ゴーレムとは思えぬ優しい声で呟く。
『お休みなさいませ。ーーディア様』
◆◇
結局、アイテムボックスの全容を把握するのに5日ほどかかってしまった。そのあとに諸申請で3日ほどだ。結果的に一週間超モメントの町に滞在してしまった。
その間に一度だけリカルドに勝負を挑まれたが、もちろん文字の如く一蹴。今度は気絶しなかったものの、膝が笑っていた。その時にモメントの町から去ることを伝えたが、号泣しながら抱きついてきて面倒臭かった。こんなキャラだっけか。
エマとエンジェもしっかりと別れを済ましたようで心置き無くこの町から出ることができそうだ。
よかったよかった。
話を戻して、ドリーが入れてくれた報酬の全容については割愛するが、ここ8ヶ月ほど遊んで暮らせるほどの資金と宝が入っていた。後、全員分の一週間食料もだ。さらにエンジェやアートたちに合わせた装備一式も入れられていた。
エンジェには最高級の火耐性のローブに、耐衝撃のやや赤みのある軽装を装着している。
カムイはいつも通りだ。己が肉体が鎧であるらしく、外装は嗜み程度で良いらしい。
とりあえず、カムイの分は念のため売らずに収納してある。
小鴉丸は防御部である手甲と足甲だけを交換した。
アートは手甲、胸当て、膝当てなど、格闘家専用の装備を装着。
みんなの装備も真っ黒…ではなく、緑やら赤やらそれぞれのイメージに合った色の装備だ。もちろん、俺とアートは全身真っ黒の装備だ。
全員が俺に合わせて黒くならなくてよかった。黒の装束団で、なんか世界を支配する怪しい宗教兵団になってしまう。
「準備はできたか?」
「うん!」
「は、はい」
エンジェとカムイは返信する。良い反応だ。
対し、小鴉丸とアートはただ頷く。
どちらも見た目通りでクールな反応を見せる。
「出立にぴったりの天気だな」
俺は空を見上げ、青空が広がっている。
「アベルでもそんなことを言うんだね」
「俺だって感嘆することはある」
「うん、そうだけど珍しいな…って」
俺はただ「強さ」を求めていただけで探そうともしなかった。
力で殺す敵を発見することはできない。
ここにずっといてもダラダラと怠惰な日々が過ぎるだけだ。
俺の目的を達成するには、自ら歩み寄らねばならない。
行動せねば、何も辿り着けない。
「まずは”ブーゲン”の町だな」
目指すは、シバ国。
ドリーの言う「多くの縁を知る」とはどういうことか分からないが、「一つの縁に再会する」は分かる。
シバ国にはーー、幼い頃に初めて友達になった彼女がいる。
ユージン師匠の友人がシバ国にいるらしく、彼女もそこに滞在しているという。
修業のために、彼女を一年半以上ほったからししてしまった。
「よし、行くぞ」
「出発進行ー!」
とにかく彼女ーー、エリーに会って謝らないと。
ーー
読んでくださりありがとうございます!
これにて、モメントの町を舞台とした物語は完結です。
7ヶ月くらいで一、二章完結…長かかった…
次は時を飛ばして、シバ国を舞台とした三章を開始したいと思います。
三章にしばし構想に時間をかけるため、間話以降、更新がしばらく途絶えます。
ともあれ二章まで読んで下さり、本当に感謝!ありがとうございます!
三章もお楽しみ頂けたら幸いです!
次話予定スケジュール(12/1:公開を早めました)
12/2 二章間話「影と白銀」
12/3 オマケ「登場人物ステータス」
12/3 三章序幕「ひとりぼっちの破滅」
どれも3000字以下の超短編の予定です。これ以降はしばらく更新は途絶えます…