31話 星天下に眠る幻想
どこか、懐かしい雰囲気の少女がそこにいた。
星天の麓に煌びやかな金色の長髪を纏う人形のような少女が眠っている。
その光景は世に存在しないものに思えた。
「い…生きてるの?」
少し心配するような声を上げるエンジェだった。
それもそうだろう。
あまりにも荘厳な人形は生気すらも全く感じさせない。
幻想的すぎる存在は生きているかすら、霞ませていたのだ。
「おい、生きているのかこいつ」
ペシペシと金髪人形の綺麗なおでこを叩くカムイ。
空気ぶち壊しだ。
「な、何をやってる!」
小鴉丸が引き戻した。ナイスだ。
しかし、カムイが叩いたのにも関わらず目は覚まさない。
そこには魂がないとばかりの静寂が続く中、声をかけたら目を覚ますかな…と思い、俺は呼びかけてみることにした。
「…ドリー」
俺の声に反応したのか、すぅっと瞳を開いた。
全てを見透かすかのような奥深い翡翠色の瞳だ。
「…んぅ…」
うとうとぼやけた目を俺に向けてくる。
「ああ…貴方がアベルなのね」
久々に体を動かしたとばかり、ゆっくりと体を起こす。
瞬間、俺たちの前に金髪と白いドレスを、ふわりと浮かせて現れた。
裸足の足で、とんと地に着地する。
「…失礼いたしました。私は、ここの主の ドリー・ムスカリー と申します。アベル、貴方に一目お会いしたいと思っておりましたわ」
金髪人形は恭しく、スカートを掴んで挨拶した。
「わ…」
エンジェは神々しい人形に迫られ、驚きの声を零してしまう。
俺たちは途方も無い魔力を内包させながらも、全く敵意のない穏やかな雰囲気に飲まれた。
「そちらにいるお方は…小鴉丸に…カムイですね。御二方とも、私の我儘に付き合わせちゃってごめんなさいね」
人形はカムイと小鴉丸に頭を下げた。
「あ…い、いいんだ…」
「おう、気にしなくてもいいぞ」
その様子にドリーは、にこりと申し訳なさそうに笑った。
そこで、ちらりとエンジェを一瞥する。
「貴女は…エンジェ・レウィシア様ですね」
「…あっ!」
さらりとレウィシアの名を明かしてしまった。
「あら…ごめんなさい。秘密だったのね」
「な、なんで知っているの…?」
「…うふふ、私はなんでも知っているのよ」
端正壮麗な顔の口に手を添え、悪い顔で染まる。
表情は豊かなようだ。
「それに、アベルはもう知っているみたいだよ?」
「えっ!」
ばっとこちらを見た。
バレた。
「あー…」
「その…」
俺は視線を泳がせながら小鴉丸に向ける。
小鴉丸も言っちゃったんだったと目を伏せていた。
「え…なんとも思っていないの?」
「ん?何が?」
「私…レウィシア家だよ?」
「ああ、聞いたときは驚いたが…まぁ、やっぱりお嬢様だったんだな…と」
「そ、そっか…」
と、ここでドリーの麗しい声が上がった。
「ヴァイオレット家とレウィシア家は昔、争っていたの。それを気にしているんだと思うよ」
「ん、そうなのか」
そういえば俺ってヴァイオレット家なんだっけな。
ギルドカードを作った時に見られていた。
ふむ、それを気にしていたのか。
「それと、レウィシア家だと知られてアベルの見る目が変わるのが怖かったみたいだね」
「あぅ…」
そういうことか。
しかし、全て見通しとは。人間観察どころじゃない。
全知と言って良いほどの慧眼を持っているようだ。
「ななな…!」
「小鴉丸?」
顎を外して「仰天!」とばかりの表情だ。
「お前…ヴァイオレット家の生き残りだったのか…!」
「んー…俺もよく分かってないんだが、そうみたいだな」
図書館で本を読み漁って、リディックに話を聞いて分かったことだ。
おそらく、ヴァイオレット家は13年ほど前を境に滅亡している。
謎の魔力災害によってコロナ帝国は滅び、ヴァイオレット家とともに消えた。
故に、俺はその生き残りではないかということだ。
「レウィシア家を滅ぼす気か…?」
「いや?それは前も言った通りだ。レウィシア家をどうこうする気は無い」
「なら良いが…」
小鴉丸が「少し警戒しなければならないな」と呟いた。
滅ぼしたりはしねーって。
レウィシア家がヴァイオレット家を滅ぼしたという話は全くなかったし、そもそも俺がヴァイオレット家として生きたことがないから何とも言えない。
復讐対象がレウィシア家ならば話は別だが。
「うふふ…でもね、なぜか貴方のことはよく見えないの」
「俺?」
「私はこの世のあらゆる存在を認識すると、全て見透かすことができるのよ」
全て見透かされるのか。迂闊に何も考えられないな。
俺、たまに変態なこと考えてるし。
「その例外がブラッドリーと貴方なの。”凶神”は多少分かりづらいけれど、全く分からないわけではないわ。でも貴方たちのどちらも知見しようとすると時空が歪んで何も見えないのよ」
見えないのか。よし。
「時空が歪む…俺の中の力とは関係ないのか?」
「ーー…直接視認してみて分かったのだけど…多分貴方たちは…ううん、ごめんなさい。今は言えないわね…でもいずれ知る時は来るでしょう」
「……そうか」
なんだよ。気になるじゃねえか。
ドリーが言えないと言ってる以上何も聞き出せないか。ここは引くとしよう。
そういえば、ゼインがいないな。
「ところで、ゼインはどうしたんだ?」
アケディと戦う前は確かにゼインらしき魔力がここにあったのだが今はない。
もうここから離れたのだろうか。
「ああ…彼はね。もう戻ったわ」
「一度はここに来たのか」
「いいえ、彼には少しお願いがあったから念波を飛ばして強制的に帰したの」
「そうか…」
生きているのか。よかった。
木の触手で絞め殺されてるかと思った。
もしくはこの大樹の栄養にされてるとか。
「そのお願いというのは?」
「ごめんなさい、それは言えないわ」
「言えないことが多いな」
「ぅ…」
しょんもりと人形が落ち込む。
エンジェと小鴉丸の顔が「泣かしたー」という表情だ。
アートはいつも通り俺の後ろ右横にただ立っている。
カムイは胡座をかいて寝てる。おい。
「あー…それよりも相棒はなぜ獣人になってる?」
「ええと…その子は…記憶がないようだけど、”迅滅狼”の転生者よね」
「何だそれは?」
「あまりの強さに【魔王】と呼ばれた狼人よ」
なんと、相棒は元魔王の転生者だった。
「「えーーーーーー!!」」
ここで小鴉丸とエンジェの声が響いた。
息もぴったりだ。
「アートの生前って、ま魔王だったの…!」
「ただならぬ威圧感を感じていたが…納得だ」
小鴉丸はなぜかアートに嫌われている。
コソコソしているのが気に入らないのか、アートは猫が捕まえて来たネズミのように小鴉丸を捕まえてくるようになったのだ。
「通常、獣人は生まれた時から獣と人の半分の姿として生まれて来るのだけど、”迅滅狼”は純粋な狼として生まれ、ある時期から獣人の姿に変わったといわれているわ」
「なら、今はなぜ獣人の姿になっている?」
「ここの迷宮は私の力…私に近づく者は全て反転する力のせいで獣人の姿になっているようね。私の力で必ず反転するのは姿で、中身は強い意志がなければ反転はしないの」
見た目の反転は必須か。獣人モードと狼モードが入れ替わったってことか。
「ただし、意志を弱めてしまう特性も併せ持つの。本当に強い意志がなければ反転するってことよ」
「なるほど」
それでか。戦いの最中、俺も揺れて反転しかけた。
「アートと言うんだね」
「ぅ…友達が名付けてくれたんだ」
「芸術…良い名前だね」
うふふ、とアートの頭を撫でる。アートは嫌そうな顔をした。
こんな可愛い美少女に撫でられるって果報なことじゃないか。
「この子、ここに来た時に獣人になれる時期になったみたいよ」
「そうなのか」
つまり、戻った時も獣人の姿になっていると言うことか。
今は女だが、可愛いクールな獣人だ。何よりも尻尾と耳が付いている。素晴らしい。
男ならば、さぞイケメンだろうな。
「…長話が過ぎたようね。迷宮探索…と言う名目で依頼していたのでしたね」
ドリーは右手のひらを返し、空から星が一つ飛んでくる。
そして、左手には巻物が形成される。
「この魔術の巻物には貴方の刀の”気”を全て装填できる魔術を入れてあります。2回まで装填できるようにしておいたわ。巻物の上に刀を置いて『気よ、装填せよ』と詠唱してください」
おお、ありがたい。
神胤に気を全て再装填するのに瞑想を1ヶ月以上毎日欠かさずにやってやっと溜まる。
それを二回。どういう原理で装填してるんだろう…
「こちらの”星の欠片”は、ただ持っていてください」
「何だこれは…?」
金平糖のような形をしている。
「貴方が自分を見失った時、それを砕いてください」
マジックアイテム的なやつだろうか。
どんな効果があるかは教えてくれなかった。
「願わくば、それが使われないことを祈っています」
「…わかった」
どういう意図で言っているのか分からないが…
とにかく受け取っておこう。
「最後に」
まだあんのか。
「貴方のアイテムボックスに3ヶ月分の旅費と装備を入れました。もちろん他の方の分も一応入れてあります。また、僭越ながら収納領域も拡張させていただきました」
おいおい。全然僭越じゃない。
図書館の特指定エリアでアイテムボックスの拡張方法や製法について調べたが、全く記載がなかった。
学園都市ノアでようやく製法を発見した言われているが、一つ作るのに長い年月かかるとしか明かしておらず、その製法は秘匿されているという。
それをさらっと収納領域を拡張した上、大量の報酬を入れた。
いつのまに。
「こんなに良いのか?」
「ええ、私は直接貴方たちの世界へ赴くことができないため、無理を言ってここに来てもらったお礼だと思っていただければ」
迷宮踏破したことによる報酬ってこんなものなのだろうか。
「それに、アケディの我儘にも付き合っていただけたお礼でもあります」
「ん?どういうことだ?」
「はぁー…」
頭を振りながら大きなため息を吐くドリー。
「私は直接ここに来て欲しかったのだけど、彼がね。『ココニ招待スル以上、試験ハ必須デス』と言うことを聞かないんだよね…我ながら困った守護者を作ったものだわ…」
てことは、元々アケディとは戦う必要はなかったってことか。
確かに死にかけはしたが、一つ強くなれた。
「だが、俺にとっては良い試験だった。試験を与えてくれた彼に敬意を払いたい」
俺はドリーの目を見据えてそう言った。彼なしに俺は前へ進めなかっただろう。
これからモメントの町を出るにあたり、腑抜けた俺を叩き直してくれたのだ。
「…そう、ならよかった」
と、ドリーは微笑む。
そして、アート、エンジェ、小鴉丸、カムイという順に視線を動かした。
「さて、今から皆様をモメント図書館に戻します」
「ど、どうやって…?」
恐れ多そうにエンジェが問いた。
「上よ」
「え?」
俺たちは空を見上げる。
星々が輝いて幻想的だ。
「じっとしててくださいね。暴れると移動先がブレてしまうかもしれませんので」
ドリーは両手を広げ、詠唱を開始した。
「星々は道標、暗闇は魔
全てを内包せし世界樹よ、汝らを導きたまえ
ーー魔を以って道標を示さん」
ぶわっとドリーの魔力が解放される。
俺たちは宙に浮かび、星天に吸い込まれていく。
「「うわぁああ!」」
小鴉丸とエンジェが悲鳴を上げた。
カムイは「むぁ…?」とあくびしながら目を覚ます。
「アベル、シバ国に行きなさい。そこで多くの縁を知り、一つの縁に再会するでしょう」
戦慄するほどの膨大なこの魔力。魔神と匹敵するほどのものだ。
それだけではなく出会った時から感じていた、この感じはーー。
「ーー…お前は一体…」
「いずれ私たちは巡り会います。さあ、お行きなさい」
俺たちは星天に吸い込まれ、迷宮の空間が小さくなっていく。
見上げているドリーの優しい笑顔がどこか哀しげに見えたのは気のせいだろうか…
ーー
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PVも3万突破!超絶ありがとうございます!
次話と間話を一つ挟んで二章は完結します。
乞う楽しみいただけると幸いです!
次話「再出発、友の元へ」