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ならずの転生英雄〜故郷を奪われた俺は復讐を果たすために、剣聖の弟子になりました〜  作者: 杉滝マサヨ
一章 星の邂逅 ※改稿中につき➤のついてる話と大きく展開差と設定違いがあります
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26話 暴風のカムイ

 なんてこった。

 前世で夢見た現象が起きるとは…

 これで悔いはない。もう死んでも良い。


 …んなわけない。俺には夢があるんだ。

 叶えるまで絶対に死なねえ。


「しかし…おおきいな」


 俺の胸部に装着された脂肪という緩衝材。全ての攻撃を弾きそうな防御力を感じた。

 いや、もうハッキリ言おう。これは女性の胸…乙とΠだ。


 これがかなりのもので、服が合わず、圧迫されていたのだ。

 今は服を破り、谷間をはだけさせている状態だ。それだけじゃなく、下半身の息子もいなくなっていた。

 間違いなく、俺は今、女になっている。


「揺れる…」


 歩くたびに揺れる代物だ。一歩踏み出すたびに谷間が振動する。

 なぜだ。お母さんも普通…ってか貧乳の類に入る。

 少なくとも母親の遺伝子からではない。じゃあ父かもしれない。

 幼少期に俺の『剛力』は父の遺伝である言及があった。

 可能性は…ごめん母さん。 


「とにかく先を急ぐか」


 胸部の装甲については十分堪能した。

 揉んではないよ。最初だけだよ。見ただけじゃよ。


「しかし…この迷宮に漂う魔素が濃いな」


 全てを飲み込むような魔力だ。

 風の魔力とはまた別に迷宮全体からハッキリとした魔力の存在を感じる。

 この魔力が性別を反転させるものなのかもしれない。モメント図書館に秘められているのは”時空”だ。

 もしかすると全てが反転する領域なのか。でも…俺の性格は反転していない。

 俺が異世界人だからか?それとも、本当に性別のみが反転しているのか?

 うーむ、調査不足だったな。


「うおっ?」


 色々考えていると、急に風が強くなった。

 ひとまず、迷宮の領域に関しては置いとこう。踏破後にでも考えることもできる。

 風の発生源に向かうべく、俺は前へ進む。今の所、何かに襲われたとかそういったことはない。

 気になることといえば、強烈に吹き荒れる風に乗っている魔素が濃くなってきていることくらいか。

 迷宮全体に通っている風ではなさそうだ。最初の考えは間違いである可能性が高い。

 前へ進むごとに風が強くなっている。

 この奥に何かがいる。


「……どかー…ハハー…」


 歩き進めると、音が聞こえた。

 これは…笑い声?


「フハハー…」


 笑い声だ。

 だが、全く効いたことのない声色だ。

 もしかしたら笑う精霊(アドラヌス)かもしれない。

 いや…奴がここにいるのならば、この辺り全体灼熱と化しているだろう。

 風も熱風のはずだ。この風は妙に冷たいというか、涼しい。


「ーー…おぉお!!」


 叫び声が響く。

 間違いなく何者かと戦っている。

 戦闘態勢に入る。俺は手のひらを翳し、空間収納魔術を起動し、神胤を取り出す。

 リディックからもらった永続版の魔術の巻物(スクロール)だ。

 胸元や腰に仕込もうと思ったが、緊急時に即座に手元に手に取れるかというと怪しい。

 手に取り、抜くまでの動作を考えると最適な場所は手元しかない。

 というわけで手元に仕込んでいたのである。


 胸元にしといたほうが今は魅力的かもしれんが…男の状態だと魅力もクソもないだろう。

 男の胸元から刀を取り出して何が面白いのだ…ってあれ?

 迷宮踏破後にちゃんと男に戻れるのか?

 …戻れるよな…


ーー


 俺は強い風の発生源である一つの広場を発見した。

 『気圏』で確認したところ、二つの魔力が衝突していた。片方は吹き荒れる魔力でかなりの魔力量だった。もう片方は…覚えのある魔力だ。闇属性の魔力でいつも身近にいるやつの魔力質だ。それも、エンジェに最も近しい者。小鴉丸だ。

 なぜここに?捕まったんじゃあ…


「とにかく助太刀しないと不味いな」


 なにやら戦っているようで、魔力量から明らかに劣勢だ。

 助太刀してやろう。

 そう思った俺は広場に飛び出すと、そこには黒と緑がぶつかっていた。

 鴉天狗のような装束を纏う黒い翼を生やした鳥人。

 片方は竜のような翼を生やした背中に大剣を背負っており、鋭い蜥蜴眼でクルクル長髪の美丈夫だ。

 …あれ、小鴉丸と断定したのだが、男?誰だ?


「『嵐刃ランジン』!」

「『黒閃コクセン』!」


 空を駆ける黒い彗星とそれを飲み込まんとする緑の風。

 俺は目の前にいる鴉天狗が何者かと呆然としている内に決着がついた。


「ーーッ!」


 嵐に斬り裂かれ、吹き飛ぶ小鴉丸。


「くっ… アベル⁉︎」


 おっと、こっちに気づいたようだ。

 カムイもこちらを向く。

 俺は小鴉丸を訝しげに見る。


「…小鴉丸か?」

「ああ…男になっているが、アタシだ」

 

 やはりか、姿は男になっているが、服、魔力、そして、どこか小鴉丸の面影が残っている。

 その小鴉丸と戦っているということは、こいつが誘拐犯の可能性が高い。


「クク…ようやく来たか。ソードマギア」


 まさか二つ名で呼ばれるとは思わなかった。

 ふむ、悪くない。

 しかし、女になった俺をソードマギアだと断定するとは…

 ということは、この迷宮の特性を把握しているな。


「てめえが魔神の知り合いとやらか?」

「魔神…あぁ、そういうことになっていたな」


 …ん?


「ああ、そうだ。俺が攫った」

「なぜ?」

「ふん、決まっているだろう。口実だ」


 ニヤリ、と笑うカムイ。


「俺は”竜神”に至りたい。故に力を求める。故に故に、お前と戦ってみたいのだ」


 なるほど、俺と戦う理由を作るために攫ったのか。

 そんな理由でか。


「神聖なる使徒よ、傷つきし汝に癒しを与えん『回復光ヒーリング』」


 俺は小鴉丸に回復魔術をかけてやる。

 小鴉丸は一瞬、「回復魔術も使えるのか」と目を丸くされた。

 一応、これが回復魔術の基礎だ。久々に使ったが。


「すまん…」

「で、どうする気だ?」

「決まっているだろう、俺と勝負しやがれ」


 ぎしりとギザギザの歯をむき出して笑うカムイ。

 俺はどうやら、戦闘狂いに好かれるタチのようだ。

 だが、『修羅アレウス』抜きに、技を研鑽するには良い機会か。


「ちっ…」

「やれるのか?」

「ああ。小鴉丸、下がっていろ」

「…あいつは強い。油断するなよ」

「言われなくても」


 舌打ちしつつも、俺は楽しみで仕方なかった。内から溢れ出る闘争心を抑えることが出来なかった。

 俺はーー刀を抜き、気を纏う。

 そして、腰を低く両手持ちで、下段に構える。


「さっさとかかってこい」


 カムイは俺の挑発に呼応するように手を払い、風の刃を放った。


「『嵐刃ランジン』!」


 パンッ、と俺は風の刃を刀で弾く。

 そこにカムイが踏み込んでくる。大剣を横に振るった。


「オラァッ!」


 鉄と鉄がぶつかる鈍いとが響く。俺は刀を左側面に置き受けた。

 だが、少し押される。変異牛鬼ミュスクルミノタウルスほどではないが、俺の『剛力』を凌ぐ怪力を持つようだ。怪力だけではなく、重量も関係あるだろうな。

 と、カムイは大剣使いとは思えない滑らかな太刀筋で振り上げる。


「『気衝』」

「ッッ!」


 まともに衝撃を食らったはずだが、足を踏み耐えた。

 耐久もかなり高い。


「『嵐刃』・連!」


 大剣を振るい、五つの斬撃を放つ。


「『気功』」


 俺は刀を収納する

 さて、俺も戦うとしよう。


(早っ⁉︎)


 俺は斬撃をかわし、カムイの懐に飛び込む。

 そして、抜刀斬り上げ。

 カムイはその大剣で受けた。


「ッッ!」


 足が地を滑りながら弾かれていった。

 これでも耐えるとは。カムイもまた何かがを隠している。カムイの魔力も怪力も、まだ手加減の域にある。


「ふはっ、ふははははは!」

「ふふ…!」


 カムイと俺は、お互いに笑う。

 やっと好敵手を見つけたかのように。


「お前の全力を見せてみろッ!」


 カムイと五、六撃、剣を鍔競り合う。

 そして、横薙ぎに風の槌が迫る。


「『風槌フツイ』ッ!」

「『気衝』」


 風の槌を左拳で弾き飛ばす。


(これが”魔剣聖ソーゾマギア”か…!)


 俺の上空を舞うカムイ。

 俺が槌を弾いた瞬間を狙い、飛んだようだ。


「おおらっ!」


 上空から体を捻らせ、遠心力に大剣を乗せて、振り下ろされる。

 俺は地を蹴り、大剣を躱す。ガラ空きとなったカムイの懐に飛び込み、抜刀斬り上げをしようとするが、させてくれなかった。


「『嵐裂カマイタチ』!」


 カムイの体から風の斬撃が無数発したからだ。もちろん、俺はそれらを弾きながら後退する。

 ここで、カムイと一旦距離が空いた。


(これほどの相手ならば本気出しても良さそうだな)


 カムイの手に何やら力が入り、体が変質していった。肌から緑色の鱗が生え、耳が棘のように変質し、頭頂から二本の角が生えた。

 人間としての側面を残しつつも、竜のような形態に変貌する。


「『竜化ドラゴニュート』」


 鱗が全身を包む。先ほどまでは人間寄り、竜としての能力は一部だった。魔力も、より深く、巨大になった。風も常に放出している。

 これが、本来の竜人ーー…


「…純血の竜人(ピュアドラゴニュート)だったか」


 エンジェとリディックから聞いた噂が間違いなければ、こいつは”暴風ミストラル”という二つ名を持つーー S級冒険者だ。


「ああ、この状態でも勝てる気はしねぇがな」

「…」

「だが…ってみてぇ」

「…全力の打ち込みか。良いだろう」


 俺は神刀を持ち、低く、居合の構える。

 応じた俺を見て、カムイは笑った。そして、俺は挑戦を受ける。

 カムイは大剣を振り上げる。大剣を中心に莫大な風が発生する。


「うっ…!」


 風が吹き荒れ、カムイを中心に竜巻が発生する。

 小鴉丸はその風圧に耐える。

 その風はただの風ではない。辺りの蔦が抉られていく。

 刃の嵐だ。


「お、ぉおおあああ!!」


 そして、それは振り下ろされる。

 今のカムイに放てる最高の魔術ーー。


「『颶嵐裂シナツヒコ』!」


 放たれるそれは鋭利な風の刃。

 横に刃の竜巻が吹き荒れる。流石の俺でもまともに受ければただでは済まないだろう。


「『気功』」


 だが、それは斬り裂かれる。


「くっ!」


 パチンと納刀する。

 居合の型から斬り上げたのである。そのまま俺は地を蹴り、カムイの懐に飛び込む。

 そして、低く抜刀に構える。ぐっと斬り上げるためにカムイの顔を見上げる。


「ーーーそう来ると思っていたぜ」


 瞬間、カムイの口が裂けた。

 カムイは前に一歩踏み出し、大剣を上段に構えていた。


(お前なら必ず俺の魔術を破り、近づいて来ると信じていたぜ。

 気づいていたか?先ほどまでの打ち込みで接近してきた時に、必ず斬り上げている。お前は誘き寄せられたのだ)


 まさか、読まれていた⁉︎


(『颶嵐裂シナツヒコ』は囮ーー、こっちが本命だ!)


 大剣は風を纏っていた。カムイの全魔力を込めた、一撃だ。


「『颶風刃ムラサメ』!」


 上段からすでに斬り下げが開始しているカムイの方が早い。

 風の刃が一直線に、大地を、蔦の壁を切り裂く!

 土が、葉が、巻き上げられる。


「はぁはぁ…!」


 全魔力を放ったカムイは魔力枯渇する。

 良い魔術、良い作戦、良い攻撃だった。

 だが、俺には通用しない。


「ーー 何⁉︎」


 あの瞬間、敢えて斬り上げの攻撃を選択した理由は、二つの選択肢を作るためだ。

 斬るか、受け流すか、という二つの選択ができる。

 だが、カムイは振り下ろしの一択のみ。

 そして、俺は受け流しを行使した。カムイの凄絶な一撃を気を纏った刀を添え、流した。

 一度の攻撃にーーー二つの選択肢を持たせるのは当然だろう。


「『気鎧』」


 カムイは剣を振り上げようとするが、させない。

 俺は気を左手に纏い、大剣踏み、拳を叩きつける。

 ミシミシと鈍い感触がした。カムイは俺の拳に耐えられず、吹き飛び、蔦の壁に張り付いた。 

 そして、ずるずると崩れ落ちる。


「ぐはっ…!」


 呆然とした顔を固めていた。


「…これが、敗北」


 カムイは笑いながらも、力の差を飲み込み、敗北を認めたのだ。

 『剛力』と『気功』を合わせたパワーでも意識を失わないだけでも相当な耐久だ。

 だが、終わりだ。これ以上は殺し合いになる。


「満足したか? 俺は先を急ぐ。また縁があれば相手にしてやる」


 俺は踵を返す。俺に合わせ、小鴉丸も踵を返す。

 小鴉丸がなんだか、ツワモノ感を出してる。

 お前は別に強くないからね。負けたんだからね。 


「待て」

「…なんだ?」


 カムイは地面に頭をつける


「お前の旅について行かせてくれ」

「なぜ?」

「俺の夢は”竜神”に至ることだ。お前についていけば、力とはなんたるか、分かる気がするんだ」


 カムイは顔を上げ、決意に満ちた顔を向けられる。

 俺の力なんぞ、復讐のためだけに手に入れたようなものだ。

 今でこそ、人のために振るうことも増えているかもしれないが…俺の力の本質は復讐だ。

 そんな力を理解してなんとする。


「お前の求めるものとは違うものになるかもしれない。それでもいいのか?」

「どんな形であれ、力は力だ。お前の力を見て、俺の力を見つけ、強くなってみせるさ。だから、頼む!」


 力は人それぞれ…か。

 それを理解した上での申し出ならば、断れないな。


「…好きにしろ」

「おう!ついて行かせてもらうぜ!」


 先ほどの戦いで、斬り上げばかり使っていたのは胸が邪魔だったからだ、というのは内緒の話だ。


………

……


 俺たちはエンジェらと合流するため、とりあえず進んでいる。

 前が小鴉丸、真ん中が俺、後ろがカムイ。何があった時すぐに対応できるように俺が真ん中だ。カムイは耐久に自信があるのか、大剣を肩に乗せて直立歩行している。小鴉丸の冒険者職業は暗殺者アサシンであるため、前衛を希望してきた。魔力感知能力に自信があるらしい。エンジェ限定だが。

 この構成で前に進んでいるのだが、今の所変わった点はない。逆に安心してしまいそうなほど、スムーズに前に進めてしまう。迷宮といえば、魔物や仲間たちを断絶する罠など多くの試験があると思っていたのだが。

 だんだんと暇になってきたため、俺はカムイと話すことにした。小鴉丸をさらった件についてだ。


「え?お前だったのか」

「あの手紙は俺が書いたものだ。ここの迷宮主がお前に会いたいと言われてな」

「迷宮主?誰だ?」

「確か…ドリーと名乗っていた」

「ほう」


 ドリー。やはりか。

 カムイはドリーの傀儡として、俺に依頼を出した…ってとこか。


「それで、小鴉丸を攫ったのは?」

「お前の噂を聞く限りなんら理由がない限り、動くことはないと聞いてな。攫ってみた」


 気になったので買ってみましたってノリで攫ったんかい。

 ほら、小鴉丸見てみなさい。不機嫌になってるじゃないか。

 あ、俺を見て睨みやがった。なんで俺だよ。


「お前らと共にここの迷宮を脱出すれば報酬をくれてやる、とも言われてな。受けてみたのだ」


 迷宮主とはどうやって知り合ったのか気になるところだ。


「えーと…ドリーとはどうやって?」

「図書館で本を読んでいたら、頭に声が響いた」


 俺と同じか。ではなぜ、こんな回りくどい方法を取ったのだろう。

 サプライズでもしたかったのか。

 図書館…ドリーの念波範囲が図書館ならばあり得る話だ。しかし、ここは図書館でもない。

 あの時俺はデルラの樹海にいた。何が違うのだろう。


「あれ、俺毎日のように図書館に行っていたが、特指定エリアに俺以外、S級冒険者は誰もいなかったぞ?」

「ん?ああ、そうか。気弱そうな女と一度だけ、目が合っただろう?あれが俺だよ」

「…あ」


 特指定エリアで見知らぬ髪ボサボサの少女と目が一回合った。

 あれがカムイなのか。人は見た目によらないものだな。


「あれが反転する前の俺だ。モメント図書館の最奥に潜む迷宮は反転世界、軸無き者は反転されると記載があった。言動や性格は基本変わらないが、精神強度によって反転する場合もあるらしい。なぜか性別は反転必須だがな」

「精神強度?」

「自分の中に何かしら強い決意や軸があれば、反転しない」


 小鴉丸は精神強度が高かったため、性格は変わらなかったということか。

 俺も…精神強度があったということだろうか。


「まあ元の俺が軟弱だったから、こういう性格になったのだろうな」

「ってことは、元々は引きこもりだったってことか」

「ああ、特指定エリアにずっと引きこもっていた。しかし、今、俺がお前を打倒することを夢に持った。引きこもりの殻は破かれ、旅を共にすることになるだろう。ふっふっふっ…よろしくな」


 いや、待て。いつ打倒することになったのだ。

 俺についていく話だったはずだろ。

 まあいいや…


「おい、ここの近くにエンジェ様の気配がする」


 先頭を張っていた小鴉丸がこちらを向いてそう言った。

 そういえば、圏域に二つの気配がある。


「『気圏』」


 この気配、魔力、間違いない、アートとエンジェだ。


「確かにエンジェの気配があるな」


 今回迷宮では壁に遮られているため、特定に時間がかかる。

 樹海であれば、木々を通り抜けて特定は可能だが、蔦で覆いかぶさっている壁だ。

 『気圏』は自分から魔力を発し、相手を特定する技術である。原理としてはエコロケーションと同じだ。己が魔力を周りに浸透していき、反響してきた魔力により気配の位置を特定できる。


「ヒット。近いぞ」


 気配の発生源は…壁の奥だ。

 俺は蔦の壁に手を触れる。


「ん、どうした?アベル?」

「この壁の奥に仲間の気配がする」

「エンジェとかいうやつか?」

「ああ、俺の相棒、アートもいる」

「それがその壁の奥に?」

「幸い、この壁は薄くできている。少し強めに攻撃すれば破れるだろう」

「んじゃあ、やるか」

「ああ」


 カムイは当然の如く、肩をコキコキと鳴らしつつ、壁を破ることを賛同してくれた。

 小鴉丸は盛大にため息をついて「脳筋どもが…」と呟いた。

 心外な。道を短縮できる最も効率的な方法だろうが。


「よし、いくぞ 『颶風裂シナツヒコ』」


 俺と戦った時よりも少し弱めに魔術だ。刃の嵐で壁を削る。

 多分、カムイの全力ならエンジェごと斬り刻まれるだろう。アートもいるから大丈夫だろうが、念のためだ。

 俺は少し距離を置き、薄くなった蔦の壁に飛び込み、俺の『剛力』で突き破る。


「『気鎧』 ふんっ」


 手に気を纏い、壁に殴りつける。


「って、うぉわああああ!」


 落下する。地面とは30メートル程離れた壁を突き破ったようだ。『気圏』は気配を感知するのに長けているとはいえ、地形を正確には把握できない。

 そして、俺に空を飛ぶ魔術などない。受身は取れるが、問題は下にいる奴、エンジェだ。

 ちょうど落下点にエンジェがいる。

 気付けええええ!


「ッ!敵⁉︎  爆ぜ…よ?」

「エンジェェエエエエ…って誰だ⁉︎」


 そこに立っていたのは男だった。

 いや、よく見るとエンジェの着ていた服を纏っている。多分エンジェだ!


「チッ!」


 俺は仕方なく、エンジェを巻き込みながら受け身を取ることにした。

 エンジェに抱きつき、足を引っ掛ける。


「あ、アベうぇ⁉︎」


 そして、横回転しながら地を回転した。『気鎧』をエンジェごと包んだからダメージはないはずだ。


「もがが…」

「アベル⁉︎」


 獣人のような女がこちらを見て俺の名を叫んだ。

 こいつも誰だ?エンジェのローブを羽織っているようだが、ほぼ裸だ。


「アート…か?」


 どこか見覚えのある雰囲気。雰囲気というか、アートと同じ、魔力と毛並みだ。あれ、念波じゃなく普通に喋っとる。

 そして、俺の胸元が妙に濡れている。

 なんだ?


「うわっ⁉︎」


 だくだくと血が溢れ出ていた。


「やっぱり、お前…エンジェか⁉︎」

「は、はい…お…っぱ…」

「この血は…何があった⁉︎」

「…い…」


 俺の腕の中に力なく倒れた。


「エンジェェエエー!」


 こうして、エンジェたちと鮮血の再会を果たしたのだった。

ーー

読んでくださりありがとうございます!

次話予定「図書館迷宮(前編:攻略)」

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