22話 運のない邂逅
彼の全てを知る者はいない。
彼を前にした存在は全て無と帰す。
彼が登場する伝承には、天災そのものと伝えられている。
彼は禍々しい魔力と圧倒的な能力から畏怖を込め、
”魔神” と呼ばれた。
数少ない伝承を纏めた書物『黙示録』によれば、世界を一度滅ぼした最初の”凶神”と記されている。
「お前が”禍”を継ぐ者か」
漆黒の長髪を靡かせて、俺は目を見開いた。
「--俺?」
あまりにも自分の容姿と酷似している。
同じ赤い目に、自分の頬と反対側にふた黒子。
(『気圏』)
ドッペルゲンガー如き存在に、動揺を隠せなかった俺は早々に魔力を感知する。
(この禍々しい魔力の質は…凶堕ち--?
いや、それにしては純粋すぎる…)
それも魔そのものである精霊よりもさらに高純度でありながらも、禍々しさが燻んでいた。
「その眼とその刀。そうか、お前が…………」
別の言い方にすると、「魔素そのもの存在」として感知したのである。
「ーーーー消す」
瞬間、溢れ出る黒い魔力が辺りの空間に浸透した。
今この瞬間、空間全てが奴の物になったのだ。
(まさに魔素そのものの生物………魔人、か)
禍々しい魔力が常に放出されているのにも関わらず、魔力の増減が全く感じられなかった。
そして、なぜかこう直感した。
(ーーーこいつは誰にも勝てない)
俺が全快だったとしても、勝てない。
おそらくアドラヌスでさえも。
「『魔弾』」
話し合う間も無く、戦いは始まった。
魔人の背後から黒い魔力の球が浮かび上がる。
その数は、千を軽く超える。
「っ!飽くなき闘争の権化よ、荒れ狂え『修羅』!」
すぐさま解放状態になる。
「『気功』!『気鎧』!!『気剣』!!!」
俺は、突貫した。魔力はほぼ底尽きていた。
それでも、挑まなければならない。勝てないと分かっていても闘わねばならない。
勝ちたい?
全ての上に立ちたい?
自分より上の存在を認められない?
どれも違う。
ただ、
純粋に、
生きるためだ。
「あああああああああっ!」
魔弾が放たれる。
俺は、並外れた動体視力に集中する。
そして、弾を一つずつ対処する--!
(右弾く、左避ける、右受け流す、下弾く……)
絶え間なく襲い来る魔弾を躱し、弾き、受け流し続ける。しかし、あまりにも弾数が多すぎる。
「ぐっ!」
右肩を被弾する。千を優に超える弾を全て受け切るなど、不可能である。
剣で弾く右手が痺れる。
一発が『剛力』さえも凌ぐ威力だ。
(弾丸一つ一つが重い…!)
俺は、たまらず魔弾の軌跡から飛び出してしまう。
「!!」
弾が急激に向きを変えて俺に襲い掛かかる。
(追跡弾か!)
千を超える追跡弾を全て受けなければならないことが必至した。
「--くそっ!」
剣速をさらに上げ、一つ一つ強引に弾いた。
斬撃と魔弾が衝突を繰り返す中、魔人はスッと手をかざした。
(まだ増えるのかッッ!)
さらに弾数が増えるが、俺は前に進む。
アベルの魔弾に対処する手数もまた、増大する。
その差は圧倒的だった。
「うっ!」
右腹部を被弾する。重い弾丸を受け、体勢を崩す。
その一瞬の隙に俺の眼前が魔弾に埋めつくされた。
歯を食いしばり、剣を振るいながら前に踏み出す。
「………」
魔人は胡散臭げに眉間を寄せる。
俺は魔弾の弾幕を突き抜け、魔人の前に立つ。
「あぁっ!」
魔人の顔面に剣を突き刺すが、躱される。
続け様に俺は斬撃を放つも弾かれる。
「なっ!?」
魔人は表情を崩さず、俺の斬撃を全て拳で逸らし、弾いていたのだ。
バチバチ、と剣戟音が続く。
「ーーッッ、おぉっ!」
全力で弾かれぬよう強引に刀を薙ぎ斬ろうとするが、容易く右拳で弾かれる。
(一撃で……!)
力を込めたため体勢を大き崩す。『剛力』で薙いだ剣が容易く弾かれるとは思わなかった。
そして、魔人の左拳を開き、何か黒い球体を顕現させた。その次の瞬間、破裂した。
「『魔の波動』」
凄絶な衝撃が響き、弾かれるように吹き飛んだ。
咄嗟に体勢を持ち直すも俺は驚きを隠せなかった。
(これは『気衝』…?)
だが、そんなことを考えている暇はない。
「地より出でし黒魔よ、天を穿て」
ぬるり、と地面が真っ黒に変質する。
「『終魔獄地』」
更地となった地面が炎のようにうねった。
「これは--!」
黒い地は俺を中心に、環状に蠢めく。
すると、視界の下方から闇に覆われた。
「う、うおぉおおあああああああああああぁあっ!」
地より黒い魔力が放たれ、
黒柱が天を穿つ--。
-モメントギルド-
その衝撃はモメントの町にまで響く。
モメントの町は現在、翼竜の群勢と迎撃の真っ最中だ。
百の冒険者の中、翼竜をなぎ直す巨大な鎧があった。一撃一撃が翼竜を吹き飛ばし、空中に浮かぶ結晶が鱗を貫き、とどめを刺していた。
なんともロマンを感じるような戦い方だ。
そして、また一匹屠り、鎧は頭部の装甲が外れ、出て来た顔はリディックだ。
「はぁはぁ、まだ湧き出て来やがるな」
リディックの最終兵器、魔導鎧ですら手を煩わすほどの数。精霊どころじゃない。精霊以上の何かがいるかもしれないと勘ぐるリディックだったが、今はそれどころじゃない。
目の前の群勢に集中するべく、息を整える。体に酸素を送り込み、次の群勢に目を向けた途端、樹海に衝撃が響き渡った。
「ッッ!?」
リディックは莫大な魔力の解放と衝撃を感じ、その方角に目を向ける。
「この魔力は……」
黒い柱が雲を突き抜け、天を貫いていた。
地より出づる魔力の質に覚えがあった。
「まさか、凶堕ち?」
否、ありえない、と再考する。
精霊は魔素の塊だ。凶堕ちは意思ある者に染まるもの。意思を持たぬ災害に凶堕ちが生じることはまずあり得ないのだ。
「あの方向はアベルが向かったはず」
アベルは”剣聖”の弟子だ。
何か関係している可能性もある。
「この魔力量……アベルを遥かに超えているな」
アベルのステータスは全てSを突破している。
魔力もだ。魔力が異様に高ければ筋力や体力など他のステータスを補うことができる。
魔力一つで強さが変化する。故に魔力が高ければ高いほど強い。素のステータスでSを複数突破している上、魔力も高いときた。彼ほどの強さを持つ者は世界で数える程しかいないだろう。
そんな彼ですら遥かに凌駕するほどの存在を感じた。何者かはわからない。そして、それは”凶神”かもしれない。自分では敵わないかもしれない。
だが、彼には借りがある。
どんなことだっていい。一瞬の隙でもいい。
自分を赦してくれたアベルに少しでも借りを返したいリディックだった。
「ゼイン!」
前線で優雅に光をまといながら戦うゼインに大声で呼びかける。
「分かってるよぉ。ここはあたくしに任せなさい」
「すまん!」
翼竜の前線を離れ、デルラの上空を貫く黒柱へと駆ける。
-モメント付近の樹海-
アドラヌスの戦いで魔力を使い果たし、
重傷を負ったエマと、魔力切れエンジェと小鴉丸を抱えて駆けるアート。
彼らもまた、アベルの危機を感じ取っていた。
「黒い、柱?」
禍々しくも純粋な魔力が突如現れた。
感知する能力を持たない彼女でさえも、明確にその存在を感じた。
あれには誰にも勝てない。倒せない。消せない。
それほどにまで暗く、黒い魔力だった。
「アート!引き返しなさい!アベルが危ないかもしれない!」
「ヴォルル……」
アートは顔を振る。
「何でよ⁉︎」
「ガルルルッ」
「あんた、何を隠しているの?」
「ヴォルル、グルルッ」
「それで勝てると言い切れるの? アベルが死ぬかもしれないのよ⁉︎」
これほどドス黒い魔力を以って存在する生物は凶神以外いない。そう思った小鴉丸は引き返すよう促した。
「グルル……!」
黙れ、と。
その威圧感に押される小鴉丸。
「……ッ」
アベルには切り札がある。
その切り札はどんな敵だろうと断ち切る。そして、何よりも彼の想いの強さに勝る者などいない。アベルが負けるはずがない。
そう信じるアートだった。
「あのー、私を置いて話をしないでよー……」
………
……
…
「……」
上空を貫く柱が蠢く。
「『黑槍』ッ!!」
バァンと黒い柱が弾ける。
残った闇の魔力を高圧縮した槍を放つ。
相殺した時できた空間から脱出するものの、ダメージは大きい。『超再生』により、蒸気を発しながら回復するがかなり遅いうえ魔力が足りてない。
「ハァハァ…!」
「…ほう」
重い足取りで地面に足をつける。
なんとか耐え切ったが既にアベルは満身創痍。
『修羅』の成長適応も間に合わない。
成長する前に殺される。回復する前に消される。
「『魔弾』」
非情にも魔人は追撃の手を止めない。
「〜〜〜ッ!!」
すでに魔弾が俺の空中を覆っていた。
(間に合うか? だが……迷っている暇はない!)
戦闘中に魔術を詠唱する。
並列詠唱だ。
「雷神よ」
させまいと、百の魔弾が襲い来る。
神胤と気剣で弾くが対応しきれず被弾する。詠唱に集中するが故に、隙が開く。
だが、歯を食いしばり詠唱を続ける。
「雷如き足を我に」
バヂヂと体が雷を帯びる。
そして、発動。
「『雷動』」
魔弾の弾幕から一筋の光が飛び出す。
魔人の背後を取るも、雷速で動く俺を魔人は目で追えている。
(背後を取っただけでは勝てない。ならば--)
「『邪眼』!」
「これは…!」
魔人の動きを止める。
(そして、単なる斬撃ではこいつには勝てない)
瞬間、神胤が白く煌めく。
「絶刀」
全て”気”を剣に込める。
ただ、斬ることだけに特化させる。
放つ斬撃は”気操流”の最奥であり、究極の斬だ。
どんな魔術も、硬度も、関係ない。
断つはーー空間。
「『断界』」
一筋の切れ目が走る。
「--ーーーー!」
魔人を空間ごと斬る。左目が、体が、縦に割れる。
超速の移動、邪眼による動きを止める、防げない斬撃。完全に相手の意表を突いた。
ーーーーーしかし……
「その境地に至っていたか」
魔人の顔に笑みが浮かび上っていた。
それだけではなく、魔人の赤い目が煌めいていた。
一筋の空間断切のさらに、上の空間が割れ、その中で無傷の魔人が立っていた。
(断界を防いだ⁉︎)
魔人が行使した魔術は空間魔術。
それは間違いないのだが……
(……!なかったことにしたのか!?)
それは事象の上書き。
空間に起きた出来事を削除。
つまり、空間断切という事象を無に帰した。
そして、魔人は俺に肉薄した。
「---ッ!」
最後の魔力を使い果たした。
切り札も切った。
「……ここで、終わりか?」
スッと魔力を込めた魔人の手刀が迫る。
邪神の力、ユージンの元で学んだ技術、その極意。
そのいずれも通用しなかった。抗うことのできない眼前の圧等的存在に、俺は内なる憤慨を口にする。
「ふざけんな……」
そして。
「……こんなところで死ねるかぁ!!」
俺は咆哮した。
やらねばならないことがある。
復讐しなければならない。
殺さなければならない。
母のために生きなければならない。
残った微かな魔力を絞り出して短刀を生成。
「……ふん」
非情にも魔人は手刀を振り下ろす。
ーーー瞬間、空間が停止した。
飛ぶ鳥も、舞う葉も、止まっていたのだ。
魔人も、留めを刺そうとした動きのまま、静止している。
「……時間が………?」
すると、停止した魔人の体がひび割れ、砕け散る魔人の中から怒りに染まった形相の魔人が現れた。
「……どういうことだ!ドリー!」
なんだ、と俺は面食らってしまった。
(それはこっちのセリフよ!!)
すると、頭に直接語りかける音がキーンと響いた。
声からして女性だろうか。
「ぐぬ………」
(話を聞くことくらい覚えなさい!!)
「し、しかし、こいつは………」
(お黙り!そもそもここは私の領域よ!何を勝手に暴れてるのよ!)
「ぬぅ………」
(はぁ、とりあえず君は………)
親に怒られて言い返せずにいる子供のように見える魔人。頭の中に響く声の主は一体何者だろうかと考えるが、とりあえず返事する。
「……なんだ?」
(え、えっと、それよりもごめんね。この馬鹿がいきなり喧嘩を吹っ掛けたのでしょう?)
「ぐぬぅ」
(ほら、謝んな。ブラッド)
「………チッ」
魔人は踵を返し、空間亀裂に入ろうとしていたところで、足を止めていた。
逃げようとしていたようだ。
「………お前、名は?」
「……アベルだ」
「俺の名はブラッドリー。此度はすまなかった。だが、お前の中にある”禍”はいずれ災いを呼ぶだろう。ゆめ、それを忘れるな」
「…どういうことだ?」
「ドリーが説明してくれる。じゃあな」
そう言いながら、空間の亀裂に入っていった。
パキキと空間が閉じる。
(全くもう………)
◇◆
突如現れたヒトの形をした膨大な魔力の塊がどういう存在か、ドリーと名乗る者が教えてくれた。
「…あれが、”魔神”なのか」
(そうよ。彼よりも強い存在はどこにもいないわよ)
俺は頭を抱え、よく生き残れたことをしみじみと感じていた。
(ブラッドの言っていた、”禍”とは、邪神のことなのよ。今、その力は四つに分割しているようだけど…)
と声を潜ませる。
(既にあなたの中に二つあるようね。アベル、貴方がどういう運命にあるのかは分からないけど…いずれしても、”禍”を全て集める必要があるわ)
「………なぜだ?」
(その力を全て揃えないと安定しないからよ。一つ一つの状態だと不安定で人格や姿を侵食されるのよ。もしも、貴方が力に飲まれれば、ブラッドに消されるでしょうね。それだけではなく、力の使い道によっても消されるわ。…気をつけなさいな)
気をつけろ、という言葉に素直に頷く。
過去にその禍に飲まれた者を知っているからだ。
(うん、そうね。残りの二つは確か………)
と間を置く。
(一つはシバ国、二つ目はベヒモス王国にあるわ)
あまりにも親切的すぎる、少し怪しいな。
「なぜそこまで教えてくれる?」
(そうね。貴方に興味があるから、かな。ブラッドと対峙して生き残った生物は滅多にいないんだもの)
ちょっと理由になってないような…と少し疑問に思ったが、話を続ける謎の声。
(それはそうと、シバ国から行ってみることをオススメするわ)
シバ国から行くべきだと勧められ、ふむ、と少し検討する。この声の主は世話焼きな性格っぽいから、とりあえず今は甘えてみよう。
「シバ国ってのはここからだと、どのくらいだ?」
(そうね、歩いてざっと半年はかかるかな。ちなみに海も渡るわよ)
「半年!?」
(うん、そう。半年)
想像以上に長旅となることに驚いた。
特に問題なのが旅費だ。食費は狩った魔物でいいとして、問題は渡航費や入国金だ。
モメントは基本オープンで入町金は必要としなかった。特例な町に辿り着いたアベルは運が良かったと言える。モメントの町が特殊らしく、町に入るには基本的に金を取るのだ。
それに加えて、海を渡るときた。渡航費もいくらになるかわからない。お金を稼ぐ必要があるな、と少し憂鬱気味になる俺だったが……
(あ、そうそう、旅費に関してはクエストを斡旋しておいてあげるわ)
「む?」
(シバ国に行けるだけの報酬を用意しておくわね)
ありがたいが、ここまで親切だとやっぱり疑ってしまう。ストレートに聞くことにしよう。
「……何か企んでいるのか?」
(ふぇっ!? 何も企んでないよ!?)
先ほどと比べて反応が急に可愛くなった。
だが、今の俺は疑いモードだ。声の主に目線を向けるように空に顔を向けて、少し目を細めた。
(そうよ、あなたほどの実力であれば、容易くクリアできるはずよ)
「………」
(だ、大丈夫よ!正式に発行する任務だから!)
「……………」
(えーと…その…)
「……まぁいいか。任務は受けよう。今の俺に断る理由がないからな」
俺は頭を掻きながらそう答えた。
断る理由がない限り、頼まれ事は断らない流儀だ。
今回は怪しいが、むしろメリットの方が大きい。
(うふふ、よかった。会えることを楽しみにしてるわ)
「待て、今のはどういう--?」
そのまま魔力反応が消えていった。
そして、停滞していた世界が動き出す。
「はぁ……空間を止めるとか、どんなチートだよ」
バタリと大の字になり、倒れる。
「イタタ……魔星将に、”魔神”の連戦は無いわ…」
己の運の無さに呆れた。
全身筋肉痛で動けず、ため息を吐く。
「はぁ、やべえな」
このままでは森に生息する魔物に食われてしまう。
今の俺に魔物を倒す魔力がない。
「フゥー………」
少しでも魔力を回復させるために目をつぶり、集中する。
通常ならば食べ物から魔素を摂取が大半の魔力回復をもたらす。大気中に漂う魔素を取り込むことは可能だが、軽微である。だが、俺の体内の魔力はどんどん回復して行く。
魔術ではなく、技法はユージンの元で学んだ体内に巡る”気”、もとい魔力の流れコントロールする技術だ。この技法は体内機能さえもコントロールすることが可能である。体内機能の一つである大気中から魔素を取り込む働きに集中し、魔力回復を加速させたのである。
「フゥゥ--………」
そうして、回復したところで現れた厳つい丸頭の親バカを殴り飛ばした。
読んで下さりありがとうございます。