➤32話 SS級冒険者
鐘の音を聞いた俺たちはギルドに駆け込む。そこには冒険者たちで溢れ、街の危機を救うべく馳せ参じた者たちだ。彼ら一人一人が我こそはという野望を持ち、己の実力に自信を持っているのだ。
そんな渦中に自信なさげな態度を少しでも見せれば、即座に門前払いされてしまうだろう。ここは敢えて、胸を張って傲慢な態度で歩かなければないのだ。
「みんな強そう……」
「あん? ここは小娘が来るような場所じゃねえぞ」
忘れてた。エンジェはこういう場に慣れてない。気圧されたエンジェは後退りしてしまった。それを見た冒険者はしたり、と口角を歪ませて前にいる俺をどかそうと肩を掴んだ。
「………あ?」
乱雑な冒険者と目が合うと踏み出した足を止めた。
「な、なんだ、体が動かな……」
この紅い瞳、《邪眼》を持つ人族は稀で、瞳に魔力を通せば相手の動きを止めることのできる特性を持つ。いわゆる威圧効果だ。しかし、格上の実力者あるいは強固な精神を持つ者には通用しない力だ。………が、動きが止まったということは見た目の割に弱いということだ。
「そこまで。沙汰を起こすならギルドとして措置を取らせていただきますよ」
ぱん、と手を合わせて割って入ったのはキリッと態度を引き締めた受付嬢のリリアだった。端目に見かけた程度だったが、なるほどね。リディックがなかなか心を開いてくれないと落ち込むわけだ。
「パパ……オホン、支部長がお呼びです。来ていただけますか」
とはいえ、時折父をパパ呼びにしかけるのは、ここの冒険者の間では周知されている。気づいていないのは、支部長だけなのだ。
「こちらへ」
俺たち一行は支部長の部屋に案内された。
◆◇
奥に支部長が構え、部屋内に数人の冒険者たちが並んでいた。そのうち二人、見覚えのある者がいた。
「あら!あなたも来たのね」
腰に細い直刀を帯刀している金髪の男性は迷宮で助けた冒険者だ。素早い突きと光魔術を得意とする剣士でモメント冒険者ギルドに所属するS級冒険者《閃光》 ゼインだ。
「もう大丈夫なのか?」
「ええ、おかげさまで。 ほら、彼も復帰したわ」
腕を引っ張られるやる気のなさげな男、数点の狩猟道具を持つ戦士もまたS級冒険者《魔物狩り》アイザックだ。
「………そうか、お前が魔剣聖か」
「まけんせい?」
「なんだ、知らないのか」
其の者は卓越した剣術で魔物を圧倒し、魔を以って人外へと踏み出した聖人。いずれは、かの《剣聖》に匹敵する逸材足り得る。
大英雄の称号を継ぎし者、曰くーーー《魔剣聖》
「わかった、もういい」
「他にもあるぞ《黒衣のーー》」
「やめろ」
ここの街に来てからはほとんど任務に駆り出していて、裏ではどう噂されているのかは知らなかった。まさか、そんな通称で呼ばれていたとは。
………《魔剣聖》か。分相応にも程があるな。
「《暴風》も来てくれれば心強かったが……仕方あるまい」
支部長リカルドが重々しい声で続けた。
「此度の召集に応えてくれて感謝する。上位冒険者を複数人集めたのは他でもない、モメントの危機ーーー『魔物群災害』が発生した」
『魔物群災害』。名の通り、魔物群による災害だ。何かしらの要因で大軍に匹敵する魔物群が暴走し、人々に災いをもたらすのだ。そして、その被害は魔物の数に比例する。
「規模はーーー、五千。しかも、ほぼ全てが飛竜だ」
一匹に編成の良いB級冒険者三人でようやく討伐でき、A級冒険者単騎でも個体によっては返り討ちにあうのだ。故にA級昇格試験でよく使われる指定される魔物なのだが、それが五千匹となると、軍ひとつ持ってこなければじゃないか。
下に集まっている冒険者たちでは圧倒的に足りていない。
ということは、質で対抗しようというわけか。
「ここにS級以上の冒険者が四人。一人足りないが、現在ギルドに所属している最上位冒険者が揃っている。冒険者たちが作戦に従うとは思わん。ゆえに、雁首並べて真正面で叩き潰す」
確かに冒険者たちが指示をまともに従うとは思えない。
ただ引っかかる。単なる飛竜五千匹ならば十分に対抗しうる。むしろ、過剰戦力にさえ思える。何せ、ここにSS級冒険者が一人いる。そのうえ、戦闘に特化した剣戦士だ。彼一人で千の飛竜を討伐し得るだろう。
「烏合の衆など不要だ! 五千の飛竜ごとき、彼ひとりで事足りる」
支部長リディックを真正面に机を叩きつけて睨む少年は炎を模した手甲を装着する短髪少年はA級冒険者《炎拳》ブレイデン。冒険者の中では珍しく拳格闘を得意とする超近接戦士だ。
「落ち着きなさいな、支部長は飛竜の話しかしてかないわ。魔物群災害と称した以上、本命はその先にあるのでしょう?」
ぷかぷかと煙管をふかせる大きな魔女帽を被った女性は煙と炎の魔術を操る魔女、A級冒険者《煙の魔女》カミーラ。
「ああ、その通りだ。今回は迎撃と攻撃の役割を分ける。迎撃に多くの戦力を割くが、元凶となる存在を直接たたく少数精鋭をこの中から選ぶ」
飛竜の大群を最短で突破し、尚且つ群暴走の元凶を討つ、それが別働隊の任務だ。
ちらりとひとりの冒険者を一瞥する。あれが第一候補か。
「なるほどな、俺を呼んだということはその元凶のやらが厄災級の可能性が高いというわけか」
彼がモメント所属最強といわれるSS級冒険者。
腰に二本の剣を携える蒼天の髪の剣戦士ーーー
《蒼壁の門番》グラギア・カレンデュラ。
体つきや動きを見ていてわかる。服の上からでも筋肉質が見え据え、戦士のような重厚感はないが動きに違和感がなく、今ここで戦いが始まっても実力を十全に出せるだろう。
「飛竜の群が逃げ出すほどの存在……最近出没する《変異魔物》かーーーあるいは《邪竜》か?」
変異魔物は先日に倒した変異牛鬼もその括りに入る。通常の魔物にない特性を持ち、森の生態系を大きく狂わす存在だ。そして、《邪竜》ーーー原初に近しい知能生命体たる竜種が堕ちた、あるいは人族に災いを成した存在の総称だ。
「………最初はそう思われていた。しかし、違った」
「なんだと? なら《原初》が堕落したとでも?」
「ーーーーーー」
グラギアは適当に言ったつもりだった様子だが、返ってきたのはリディックの無言の肯定。大きく舌打ちをした。
「元凶は精霊か。災害そのものが堕ちるとはな」
「ああ、それも思想の苛烈さで知られている《火》だ」
一気に冒険者たちの空気がピリつく。
「ん〜〜〜精霊となると対抗方法が限られるわね。それこそ山火事をひとりで鎮火しろと言われてるようなものね」
「ゼイン、お前でも不可能というのか」
「そぉねぇ、任務達成するには英雄の領域たるSS級冒険者とはいえ、飛竜の大群に対処できる英雄はかなり限られるわね。ざっと見積もるなら最強と名高い《竜殺し》級を連れてこなければ、ね」
SS級で最強となると、国どころではなく、世界の存亡を脅かすほどの大災厄ということだ。後からエンジェに聞いた話だが、竜殺しは剣聖と同じく《六英雄》を連ねる大英雄だ。しかし、今ここに六英雄級の冒険者はいない。つまりは達成不可ということを意味している。
「任務は少数精鋭、尚且つ飛竜の群れを最短突破となると俺では流石に難しい。そこでだーー」
つまり求められるは単騎最強の冒険者だ。
あらゆる状況に対応でき、尚且つひとりで災厄に抗うことができる者だ。そんな奴なんてモメントどころか、恐らく世界でも数えるほどしかいないだろう。となると、自然災害に干渉できる《暴風》カムイくらいだろうーーー
「《魔剣聖》アベル、彼なら成し得るだろう」
…………はい?
「俺には異能があってな。才能鑑定……技能や力量を見破る異能なんだが、お前の実力ならば十分に可能だろう」
それだけでは不十分だ。精霊は自然そのもの。
小さな精霊ならば少しの揺らぎを与えることができれば倒せる。しかし、街を脅かす規模の精霊には物理攻撃は通用せず、生半可な魔術では消せない。魔術の相性によっては逆に強化されてしまうという説もあるくらいだ。
倒せるか定かではないのに俺をけしかけるとか鬼か?
「それに、今回の精霊は堕落した。魔の者の術によることは間違いないだろう。そこでだーーー」
グラギアは目線を落とし、俺の持つ剣へと向けた。
「その剣から並外れた聖気を感じる。神刀の類いだな?」
見破られたことに俺は警戒心をあらわにした。
どこまで看破されたのか、と殺気混じりの目で睨む。
「安心しろ、この異能は全てを看破するものではない。その鞘には強力な封印術があるということだけは分かったが……それ以上はわからん。ただ、わずかに溢れている聖気……封印術を解けば《原初》を正気に戻すこともできるやもしれん」
「……《原初》自身の意思で暴れている可能性もあるだろう」
「それはない。《原初》は世界の始まりに最も近く、知能も我ら人の枠では計り知れない。だが、何よりも純粋で聖気を帯びている。悪意ある者に聖気をまとうことはできん」
「断言するんだな。会ったことがあるのか?」
「ああ。俺は《原初の水》の加護持ちだからな」
この世には四体の《原初》がいるという。
火、水、土、風。
世界を創造するときに必要とした元素を司るはじまりの精霊。今や世界は精霊の恩寵に溢れ、加護を得た者は魔素から適した属性に変換する際の魔力消耗率が段違いに減る。消耗率の割合は得た精霊の格によって変化する。
それが原初の精霊となれば与えられる恩恵も計り知れない。ある者は広大な湖を氷にしたとか、ある者は炎魔術で山を粉砕したとか。そして、授けられる者は試練を課され、精霊の意思に同調する信念を示す必要があるといわれている。
つまり彼は試練を超え、己の信念を示し、精霊に認められた冒険者ということだ。
「アベル、グラギアの話は信じていいと思う。《原初》の純粋さは私も聞き及んでいるよ。何よりも彼自身がSS級冒険者として選ばれたその意味は分かるでしょ」
ひょこと顔を覗かせてそう言われた。そもそも彼が発言する意味を再認識させられた。そう、そうなのだ、エンジェの言う通りだ。
SS級に昇格されるということは実力だけではなく、ギルドから絶大な信用を得ている証左でもあるのだ。万人を救う英雄としての資質を認められているということだ。
そして、S級はギルド本部長ひとりの承認があれば昇格可能だが、SS級は全ギルドの本部長の過半数の票を得て、昇格が初めて認められる。全員が実力だけではなく、信頼や実績、そして、世界にどれだけの知名度が得られているかで決まると言っても過言ではない。
いちギルドで実績を積んだとしても、遠い国のギルドでは認識されず実績としてカウントされないのだ。そのため、彼が途方のない冒険者であり、得た地位をわざわざ信用を損なうことで捨てるようなリスクを取るわけがないのだ。
「………疑って悪かった。俺もその賭けに乗ろう。それよりも、見聞だけで俺を推薦して良いのか?」
「SS級という肩書きの前に俺も冒険者だ。冒険者たるもの、対峙する相手の力量を見極める能力はそれなりに高いつもりだ。ーーお前が俺を上回るということくらいは分かる」
はぁ!?と声が響く。
その声を上げたのは魔女カミーラだ。
「ちょ、ちょっと、ポッと出の冒険者があなたを上回るなんて面白くない冗談はやめなさいよ!」
「俺が冗談を言うと思うか?」
くっ、と押し黙る。恨めしい目で睨まれたが話はついたようだ。
事が終わったあとに一悶着ありそうな気もするが、それはそうとして。
「では魔剣聖アベル、この任を頼まれてくれるか」
名指しに指定した。正直この街に思い入れはないが、もしも自分の故郷だとしたらと考えずにはいられない。だから、受けることを既に決意している。あんな悲劇は見たくない。
「不本意ではあるが受けることにするよ。だが、この作戦の絶対条件のひとつに街の現存も含まれている。そこは抜かりないだろうな」
「問題ない。何があろうと俺が守り抜くと誓おう」
狂気ともとれる執念の深さが垣間みえる瞳だ。身をまとう屈強さはそのためのものだと言わんばかりの自信に溢れている。これ以上は失礼にあたるだろう。らしくはないが、グラギアの勘を信じよう。
「わかった。時間もあまりない。すぐに出立する」
自信があるわけではないが、守り抜くと言われてはこちらとしても応えなくてはならない。ジン師匠のもとで誓った決意のためにも。
◇◆
召集された冒険者たちが解散され、戦地へと向かうパーティー『氷壁』のリーダーたるグラギアは僅かに口角を吊り上げて笑った。
「フフッ、この俺がひと目にして勝てぬと断じるなど久方ぶりだ。アレはもはや《人外》の領域を踏みだしている。英雄の素質を持って生まれた存在はどいつもこいつもいびつだ。あの男、敵対の態度ひとつ見せれば躊躇なく剣を抜く気でいやがった」
「なら尚更、アイツに託すべきじゃなかったんじゃない?」
「あくまで敵対すれば、だ。手出ししなければ何もしないだろう」
「……随分と買ってるのね。まあ、あなたは防衛向きだものね」
彼が一点を貫く必殺の槍と評するなら、彼は線を守り抜く絶対防御の盾だ。それはそうとしても彼自身よりも強いというのは些か信じられなかった。だが、彼が断言する以上何もいうまい、と飲み込む。
「でも、こちらの防衛も相当なものとなるわよ」
「ああ、お前たちにも苦労をかけるな」
グラギアはSS級冒険者だが、他のSS級と比べて一歩劣る自覚はある。だが、それ以上に自分の実力を弁えた堅実な経験こそがSS級へと至った。S級はヒトがたどり着ける『最高値』と評されるが、SS級以上は『人外』の領域だ。
英雄たちをいびつだと言ったグラギア自身もまた『人外』の領域を踏み出している。奴が帰還した時、彼がモメントの象徴である所以を知るだろう。