➤31話 竜王の挑戦
竜王。それは竜人族の中でも在野最上位の称号だ。
もとより至強を目指す種族である。彼らは常に修練を課し、事実として七族のなかで最も身体能力が高いと言われている。
竜王を冠した戦士は世界屈指ともいえるだろう。
その一角である竜王と決闘することになった。
迷宮で力を貸してもらう条件だったとはいえ、面倒なことになった。だが……何故か、俺は高揚していた。
「………ボクは暴風竜王カムイ。挑ませてもらう」
じり、と俺は気剣を取り、迎撃の構えをとる。
先手は当然、カムイだ。袈裟構えに飛び出してきた。
俺は目を見開いて、驚きを隠せなかった。カムイの飛び込んでくる速度が想定よりも何倍ものの早かったからだ。
更に低姿勢で防御体勢を取り、振り下ろされた大剣を流した。
「早いな」
そう呟いた次の瞬間、横から大剣が迫ってきていた。
体を大きくのけ反って空振らせる。思い切り振った重い大剣を切り返して横薙ぎにした。どんな膂力ーーーーいや。
「そうか、風か。器用な魔力の使い方だな」
大剣に薄くまとわせた風で方向転換の補助をしている。
闇雲に大剣を振るわず、一撃一撃に緻密な風操作を加えて直剣のような剣捌きを実現させている。
俺にはできない使い方だ。俺も魔力を持っているが、操作はお世辞にも上手いとは言えない。そして、使い所も限られ、真正面で戦うには向いていない魔術しか使えない。
確かに『雷功』も魔力を操り、体に巡らせた気功そのものに雷を付与したものだが、自分にもダメージを受けてしまう。反則能力で無理やり成立させたが、技術としては諸刃の……いや、単なる自滅だろう。
「…………余裕のつもり?」
「そんなつもりはないが……」
手を出さず観察していたつもりだったが、気に触ったようだ。顔をしかめたカムイは地に大剣を突き刺し、内包する魔力を解放した。
「『暴風解放』!」
全方位に風が放たれ、俺は風の刃を捌きながら大きく後ろへ下がった。
「………知れ!竜王の暴風を!」
周囲から風を一点に集め、放たれるカムイの最大魔術。
緻密に練られた極小の刃の集まりが敵を切り刻む、カムイが竜王たらんとする奥義だ。
「『嵐王』!」
対し、俺は気剣を捨て、構えを解いた。
不敵に笑って手を大きく広げた。
「…………ッ、舐めるなッ!」
より凄まじさを増す嵐を前に、俺は目を瞑る。
目で追いながら無数の刃を捌くことはできない。やろうと思えばできるかもしれないが、カムイの緻密な魔力の使い方を見て思いついたことがある。
俺にできるのは《気操流》だけだ。だが、決まった型を持たないがゆえに、相手に合わせた戦い方に変えられる。いわゆる、無形である。その強みを押し出す。
気を感知する『気圏』と、気を鋭刃化させ、体のどこからでも剣を作ることができる『気剣』を組み合わせる。
「ーーーー風が………届いて、ない?」
斬撃の大嵐は俺を避けるように通り過ぎてゆく。
そして、キンキンキン、と耳を凝らさないと分からないほどに小さな金属音が響く。
(まさかーーーー!?)
これは無形の型。風刃をいち早く感知し、極小の気剣を射出して俺から外れるように当てる。ただそれだけなのだが、全身から気剣を生やすのとはワケが違う。
常に全体を把握し、その攻撃に合わせた剣の形、向きを見極め続ける必要がある。まだモノにはできてないため、無体となり集中する必要がある。常在と化せば、無敵となれる。
流れる空気を乱す鎧ーーーー『流乱気鎧』
俺の疾さを上回るような怪物相手には手が足りなくなってくる。気剣を作って、握り、振るう、というプロセスをカットするするにはどうすればいいのか。手の足りなさを補うには俺の四肢以外の手を作ればいいという発想から、この新技が生まれた。
そして。カムイは驚きで染まり、風に隙間ができた。
流乱気鎧を解き、大地を蹴り飛ばした。
「しまっ……!」
懐に飛び込み、最短最小の掌打を繰り出す。
俺の打撃は速さだけじゃない。拳が接触する瞬間に気衝と内に溜めた《重腕》の重量を解放することで一撃の威力を増幅させている。
とはいえ、竜人特有の鱗肌の堅牢さは侮れない。
少なくともニ〜三割は軽減させられている。
「………『暴風竜剣』!」
剣に極大の風を纏わせた。
俺はその余波を受けないように距離を取った。
だが、先ほどのように大技の隙は与えない。
余波をかい潜り、刀の形状の気剣を構えた。
「気操流ーーーー」
『瞬斬』。腰溜めから抜き放つ斬り上げ。
それを、カムイは狙っていたのだ。
(ーーーーここを、叩き落とす)
腰の僅かな溜め。ほんの一瞬の隙だが、カムイの技量をもってすれば、突くことは可能だ。しかしーーー
「『転身』」
「!?」
腰溜めから抜かず、入れ替わるように体を返した。
「からの『気衝』」
「くっ!」
刀の柄で脇腹を打つ。流石に鱗の防御が薄い箇所だと通るようだ。続けざまに刀の乱撃を浴びさせるが、傷一つつかない。斬撃にも強く、打撃にも強い体構造だ。
それだけではなく、膨大な内包魔力を持ちながら緻密に操り、驕らず真摯に更なる高みを目指し続ける高潔な精神も併せ持っている。
確かにーーー、最強の人族というに相応しい。
◇◆
まさか、ここまで差があるとは。曲がりなりにも竜王であるボクを翻弄するほどの技量。体感してみて理解した。ボクの力すべてが流され、一方的に攻撃されている。
どれほどの鍛錬を重ねれば、ここまで至れるのだろうか。
「………っ」
だんだんとボクの攻撃が返せなくなっている。
ボクが一つ返せば、その次はより隙が狭ばっていく。
もはや、一方的な戦いとなっている。
ボクは何もできず、亀のように固まるしかできなかった。
「…………だけど!」
届かぬ頂ではない。手を伸ばせば、死を賭してさえすれば至れる領域だ。この壁を超えさえすれば、ボクはーーー!
「『気衝』」
より深く脇腹に突き刺さる掌底に大きく空気を吐いた。
分かってはいたが、あまりにも格が違い過ぎる。
地を削りながら大剣を振り上げるが、ボクの体ごと弾き飛ばされる。ボクの全力が通じないなんて初めてだ。
「もういいだろう。結果は明らかだ。俺も、お前もここで命を賭けて死ぬなど本意ではないだろう」
「……だから、諦めろと? 頂を目指すのを止めろと?
我が一族誇りにかけて、それだけは断じて有り得ん」
そう言うとアベルは感銘を受けたように目を見開き、小さく口角を上げて剣を構えなおした。
「誇り……愚問だったな。なら、完膚なきまで叩き潰そう」
技術では到底敵うとは思えない。
ならば、全魔力をのせた力技で押しつぶす。
「……は、はぁあああーーーーっ!」
内包魔力を風に変え、そして、空気に漂う魔素をかき集め、己の魔力へと転換する。その繰り返しにより、巨大な暴風へと成長させる。己が知覚しできる範囲であれば、事実無限に増大させることができるのだ。
『嵐王』は圧縮した風を一気に放つことで、風速と威力を上げている。しかし、彼には届かない。ならば、更なる最奥ーー竜神の秘術をぶつけるしかない。
「っ、ぐう、うぅううっ!」
分を超えた魔力の反動が返ってくる。少しでも扱いを誤れば自分の身すら切り刻まれる。まだまだ扱いが未熟なれど、奇しくも自分の周りは触れれば木っ端微塵になる風の結界ができている。それが功を奏し、手が出せない様子だった。
「………いくぞ」
腹を決めたのか、正面から駆け抜けてくる。
「は、ぁああ!『シナ……」
「ーーーーーーー流石に悠長ではないか?」
懐から、声が聞こえた。
「気操流『操水・破』」
切り裂く嵐の結界をすり抜け、懐で剣を構えていたのだ。
(この男ーーーー、どこまで!)
半端な踏み込みで大剣を振り下ろす。
「その奥義、未完だろ。魔力操作の精度が荒すぎる」
同時に振り下ろした大剣を鋒から滑らせて流された。
そして、そのままひと突き、首に刃を突きつけられた。
「ここまでだ」
決着を告げられ、ボクの挑戦は終わった。
だけどーーー
◇◆
「……本気だったのに。……なぜ、そこまで強く?」
「俺なんてまだまださ。ひとつを極めた剣士や戦士には及ばない。魔戦士としての在り方は間違いなくお前の方が上だ」
正直なところ、ひとつのことを極めた者には及ばない。
俺の強みは多彩さと意外性だ。予想外の一手を無数に作り出せることが得意で、気操流は応用性の塊であり、相性がすごぶる良いといえるだろう。
「〜〜〜〜ッ、すごい! どっちもS……いえ、SS級と遜色のない実力だったよ!」
興奮が冷めやらぬエンジェが詰め寄ってきた。
「SS級冒険者を知っているのか?」
「うん、遠目だったけど、SS級冒険者の《竜殺し》なら見たことあるよ。あれは……もう災害そのものでした」
急に遠い目をした。何かあったのだろうか。
それと同列扱いにされる俺たちって……
「SS級冒険者は街一つ……いえ、国ひとつ救えるほど絶大な実力を持つ英雄です。今では確か、十指数える程度しか存在しないといわれています」
「へー……」
「なんでそんな興味なさげなの!?」
うーむ、そんな化け物たちと比肩するかもしれないと言われるのは光栄だが、俺の目指したい頂はそこではない。やはり、まだまだフィジカル頼りの技量だ。
師ユージンはフィジカルやスペックではなく、純粋な技量のみで冒険者の頂へと至ったのだ。俺の目指すところもまた同じなのだ。それにーーー、俺の恵まれた力は憎むべきものから与えられたものなのだから。
「んーー、それはいいとして」
「ホントに興味なかった!?」
「あとひとつの報酬とやらはなんだ? カムイ」
少し間をおいて、カムイは口を開いた。
「……………煌竜神ダエーワを知っている?」
ダエーワ……やっぱり。
その名は知っている。
「ああ、俺が知っているのは太陽のように輝く炎を吐く竜だったが……相違はないか?」
「………ッ、間違いない。ボクの追っていた堕ちた竜神だ。どこにいるか知っている?」
「恐らくだが、死んだ。ユージンに討たれて、な」
カムイは大きく竜の瞳を見開いて俯いた。
「……嘘、だって、アイツは………」
信じられないといった様子だ。あれは、あの存在は、人族なんかでは計り知れない存在ということは俺自身もよく知っている。むしろ、ユージンが討てたこと自体が奇跡とさえ思えるほどの巨大な竜だった。しかし……
「ユージンが勝った。それが真実だ」
全てを知っているわけではない。どんな因縁があったのかも、いまや知りようがない。俺に言えることは、ただユージンが生き残ったということだけだ。
それに、ダエーワは邪神の一端を得て、その力に呑まれてしまっていた。討たれるのも時間の問題だっただろう。
「………ない。信じない。ボクは、お前の言葉を信じない」
ざわりとアートが逆毛を立てて、胸ぐらを掴みにかかるが片腕で抑える。何故止める、嘘なんかじゃないのに、とアートは言うが、こればかりは無理もない。
「お前とダエーワにどんな確執があろうと、俺に言えることはこれだけだ。どう受け取るかはお前次第だ、カムイ」
と、言い残して俺は踵を返す。
黒竜ダエーワは、俺の街を焼いた元凶のひとりだ。竜神と呼ばれるにはお粗末な姿だったが、吐く炎は神秘すら感じる眩いものだった。まあ、竜神に讃えられたダエーワといえど、邪神の一端を得たことで暴走……
「アベル?」
…………………いや、待て。時系列がおかしくないか。
邪神を解き放ったのは黒竜と会った『後』だ。
よくよく考えると、ユージンが対峙したダエーワの様子と、俺の街を焼いた時の様子が全く異なる。前者は明らかに苦しみ暴走していた。これは邪神の一端を得たことによる弊害なのは間違いなかったが、得る前の様子暴走しているにしては大人しい反応だった。
誇り高い竜神があの惨劇を引き起こすとは思えない。
拐かされたか、あるいは……洗脳されたのか。
「…………………」
俺は振り返って俯くカムイを見た。
そういう意味で信じられなかったのか、と頭をよぎった。
すると、コーン、コーン、と街から鐘が響く。
「なんだ?」
街の方からの呼びかけのようだが、小鴉丸が青ざめた様子でこの音の意味を告げられた。
「これは緊急招集……街にいる全ての冒険者に呼びかけている。街の壊滅の危機を知らせるものです……!」
こちらが先に書きあがっちゃったので投稿します。
小鴉丸の話は書きあがり次第、間話として挟みます。