➤28話 迷宮攻略⑦ 黒閃と極炎
私は四姉妹の末子で最も影が薄く、黒い翼を持って生まれた異端児だった。獣人族では黒色は禁忌とされ、忌避の対象とされている。幼い頃、子供から親まで心の無い迫害にさらされた私を引き連れて、姉妹は村から奔走した。
そうしてたどり着いた国で類い稀なる才覚を発揮し、姉妹それぞれに地位を手に入れた。
三女は強さを買われ騎士団の団長に。
二女は商才を買われ宰相の妻に。
長女は全ての才覚を買われ『四白天』に。
そんな姉妹たちと比べて私は何の才能もなく、最も不器用だった。剣術も並、学識も並、魔術も使えない、どこまでいこうと高みへ登れない、とある大魔導士に断言された。
同時に、こうも言われた。
───それでも何かひとつ。才はある。
それを見つけ、極めれば自ずと至るだろう。
(気配を瀕死風に装い、アケディに悟られるな)
見つけた才は暗殺者。それも気配の消し方だ。
皮肉にも、幼い頃の迫害から逃れるべく自然と身についた気配の消し方に長けていることが、暗殺者としての才だった。
「お、ぉおおぁああっ!」
アートが吠えた。戦いは、膠着状態にあるのだ。
激しい猛撃で幾度も攻撃を通しているが、アケディには軽すぎるのだ。アケディの装甲は分厚く、生半可な攻撃では弾かれてしまうのだ。
それに相手は人族ではなく、ゴーレムのため体力という有限は存在しない。私たちが有限である以上、致命の一撃を与えなければ行き着く先は、死だ。
「………『嵐王』」
三者の中で最も高い威力を与えられるカムイでさえもほんの一欠片しか削れていない。それだけではなく今の一撃で、激しい連撃の隙間が出来てしまった。
《蓄積魔力、開放》
「チッ! 雷神よ、稲妻が如き足を我に『雷動』」
その度にアベルが飛び込んで抑えつけている。先ほどまでと違い、アケディの動きの範囲が広がっている。つまり、大きな隙を作ってまで強力な一撃を与えなければ勝てないから賭けに出ているということだ。
「カァアアッ!」
続けてアートが追いついてきているが、見方を変えると二人掛かりで抑えつけ、カムイが一撃を与える形に変わってきている。最初はアベルひとりで抑えつけていたが、持て余す場面が増えてきている。
だからこそ、私たちが動かなければならない。
「…………」
一瞬。一瞬だけだが、私の方にアベルの視線が向いた。
(……末恐ろしい。気配を完全に消した私を視認して、更には意図を汲んで誘導を始めている。高い洞察力と感知によって成せる技だ。戦闘技術だけ取っても高次元だというのに……だけど、有り難い)
アベルももっと高い威力の一撃を与えなければ、魔王を倒せないということを理解しているのだ。
アケディの位置が少しずつ、少しずつ近づいてきている。急くな、落ち着け、冷静に『機』を見極めろ。
その瞬間が来るまで悟られてはならない。
魔力も、殺意も、そして、存在さえも消せ。
極大の一撃を与えるための大きな隙を作る。
そのお役目は、必ず私が果たしてみせる。
(───────ここだ!)
自分を見出してくれたエンジェ様のために。
己の持てる魔力全てを注ぎ、最大速で駆け抜けろ。
「『黒閃』」
魔剣に魔力を通し、隙を作る一撃を与える。
アケディの意識外から超速の奇襲を仕掛ける。
狙いは───
◇◆
黒い煌めきはただ真っ直ぐ一線を描く。
背後の気配にアゲディは気付くが、回避させまいと飛び込んだアベルに止められる。
それは超低空の突き。限界を超えた速度で血を吐きながらも駆け抜けた一閃は、アケディの『足』を貫いた。
《左脚部大キク損傷。歩行機能ハ半減シタガ継続戦闘ニ影響ナシ。───見事ダガ、惜シイナ》
魔力噴出装置から魔力が噴出させて体勢を持ち直した。すると、遠方で沈黙していた魔術士の魔力が膨れ上がる。
「勇猛たる炎神よ、かの者は覇道を塞ぐ愚者なり」
エンジェの魔術を潰すべくアケディは魔力噴出装置を稼働させ、前姿勢になって突貫した。
「『咆衝』!」
「『地縫刃』」
《───!》
その時、背後からアートが衝撃を叩きつけ、地に潜ませていた気剣が剣山のように飛び出した。そして、絡め取るように気剣が変形し、地に縫いつけられる。
「されど歩みを途絶することなかれ、何者にも汝を阻むことは能わず」
小鴉丸の一閃はあくまでも『足止め』。
その後に続く、極大魔術こそが本命である。
(小鴉丸、貴女が役目を果たした以上、繋ぐのは主人たる私の責務。みんなで生きて帰るためにもこの極大魔術は必ず完成させるよ)
極大魔術。それは最上位魔術に属する術の一種だ。
最上位魔術の中でも威力や範囲が最も広い魔術を総じて呼ぶ。本来、魔術士なら数十人、魔導士なら数名がかりで発動させる魔術なのだが、彼女の場合は『特化型魔術士』である。
一つの魔術を極めた魔術士であり、彼女の場合は特に威力や範囲の広い魔術に長けた魔術士だったのだ。
(───っ、まだ詠唱の半分もいってないのにかなり魔力が持ってかれる……けど、限界を絞り出して全てを注ぎ込まないと【魔王】には勝てない)
詠唱を絶やさない。エンジェは己の魔力全てを注ぎ込み、極大魔術の完成まで集中を途切れさせない。
「嗚呼、逆鱗に触れし者よ、身の程を知らぬ愚物よ」
あと二節、あと少しで極大魔術が完成される。
アケディは背中の魔力噴出を強め、縫いつけられた気剣の粉砕を試みる。
「外鎧がクソ硬いなら中はどうだ───『剣裂山』」
気剣を魔力噴出装置の隙間に刺し、魔力噴出で焼かれながらも中で無数の剣を炸裂させて破壊した。
「偉大なる炎神の怒りに瞠目し、己の愚劣を悔いよ」
魔力噴出装置を破壊されたアケディは腕力で地に縫いつけられた刃を砕き、離脱しようと横に逸れた。
「アート!上に放て!」
その懐でアートが顎を開き、大咆哮を放つ。
「『破哮砲』!」
離脱の際に僅かに飛んだ瞬間を狙い撃ち、白く染まった空へと弾き飛ばした。
「いざ征かん、劫火に呑まれて灰塵と帰せ──」
神殿の天井を埋め尽くす白き光が完成された。
そして、熱量が臨界と達した炎陽が堕ちる。
「『極炎』」
受けるしか手立てのないアケディは空中で切り返して岩盾を構え、堅牢なる巨門に変形させた。
《閉ジヨ、岩門盾!》
岩盾と爆炎が衝突する直前、アベルは叫んだ。
「アート、瀕死の冒険者ふたりを頼む!」
「! 分かった」
凄まじい爆炎が炸裂する。
アベルは瀕死の小鴉丸を抱えて離脱し、エンジェのもとに気で形成した盾の先を地面に深く突き刺した。
「───衝撃を抑えろ、カムイ!」
「……分かっている。『封風結界』」
強引に爆炎の余波を閉じ込め、それだけではなく迷宮中の空気をかき集めて燃焼による酸素不足を防ぐ。
それでもわずかに衝撃波が漏れ出ている。
「………凄まじい。これ程の炎は里でも中々見ない」
極炎は収束されていき、ひとつの黒塊が堕ちる。
しばらく静寂が続き、エンジェはへたりと地面に座り込んだ。
「や、やった……?」
と、エンジェが漏らした後、軋む音が響いた。
爆心地で動き出す黒塊は、体の半分以上が破壊されたアケディだったのだ。
《マダ、コノ体ハ残ッテイルゾ》
頑強な黒岩の鎧を破壊され、核が剥き出しになってなおも、その戦意は失われていない。それどころか少しずつだが、半壊した鎧が再生しつつあった。
「───っ、そんな、まだ……」
「………嘆いても仕方ない。ボクはまだ抗う」
エンジェは絶望に打ちのめされ、カムイは息を飲み、大剣を再び握りしめて最後の戦いに挑む意思を見せる。そんな中で──、アートは不敵に笑った。
「だよな」
そんなこと当然、彼の想定済みだ。
だから、エンジェの最奥の、次を備えていた。
《!》
眼前の存在に、アケディが気づく。だが遅い。
最も油断ならぬ者がこの機を逃すはずがないということを見逃したのが敗因だ。
そして、空中で構えた腰の剣から蒼い稲妻が奔る。
「気操流───『雷閃』」
これは膂力も込めて全てを斬ることに特化させた瞬斬と異なり、ただ疾さを追求した剣だ。隻足になったとはいえアケディの速度と纏う岩鎧の頑強さは驚異だが、剥き出しになった硝子が如き核に力は不要。
雷功で得た最大速で抜き放つ一閃。一瞬だけ自分から焦点を外した隙を突くには十分すぎる速度だ。
《……最後マデ我ノ予測ヲ越エルトハ》
剥き出しになった核は砕かれ、土くれの人形であるアケディの体は維持することができず崩れていく。
《実ニ見事。怠惰ノ試験、貴公ラノ勝利ダ。
御前ニ失礼ノナイヨウニナ》
試練を待ち構える騎士らしく、賞賛を言い残した。
黒鎧が崩れ落ち、その双眸の紅光が潰えた。
読んでくださりありがとうございます。
【怠惰】…対峙する敵のステータスより僅か上のステータスを得る。敵が複数いる場合は敵のステータスを総合したステータスを得る。鈍足効果で戦闘開始時は限りなくゼロになるが、順としては鈍足効果が適用された後に総合ステータスが変動するため、最初のみ対峙者と同様の速度から始まる。以降は毎秒大きく上昇し続ける。
スキル詳細
・鈍足(極大)※初回のみ効果適用
・変動総合力(対軍)+5%
※敵性と対峙した瞬間に総合力の加算が行われる
・速度上昇(極大)
・総合力初期化(戦闘終了時)