➤26話 迷宮攻略⑤ 転移と雷功
「魔王って……あの七枢魔王の?」
「………そう、アルマ大陸で最も苛烈な時代を戦い抜いた魔王、土くれのアケディ。巫女の守護土人形でありながら【真なる魔王】に至ったゴーレムだ」
かつて複数の魔王を名乗る者が台頭し、アルマ大陸に激しい戦争が続いていた時代を生き抜いた七体の最強種だ。その力に制限はなく、単騎で大軍を討ち、国をも滅ぼしたという規格外たちなのである。
「そんなのがここに……?」
「………ボクはアケディが目当てでここに来た。どんな状況になっていても行く。付いてくるなら覚悟はしたほうがいい」
───命を賭す覚悟はあるのか。そう冷酷に告げられ、躊躇いを見せるエンジェだった。
「……主従契約を通して激しい感情が伝わってくる」
「えっ、それって……!」
アベルが戦っている。つまり人族では到底打ち勝てない規格外を相手に刃を向けているということだ。
「カムイの言うとおりだ。ここから先は命の保障ができない。俺たちにとってお前は護衛対象である以上、ついて来いとは言えない。それでも……」
その時、背筋が凍る魔力が体を支配した。
魔王アケディの重圧とはまた違う、恐怖を駆り立てるものだった。
「…………そんなまさか」
驚嘆をこぼしたのはカムイの方だった。
「……ここに、いる?」
竜の瞳孔は引き絞られ、その眼光はまるで不倶戴天に向ける殺気だった。
「〜〜〜ッ、使ったのか」
アートは大いに頭を抱えて振った。
はあ、と大きくため息を吐いて体を向き直した。
「悪いが、俺は先を急ぐ。カムイ、エンジェたちを送り届けることはできるか?」
「………無理、ボクの使命は此処にある」
「そのことなんだが、おそらく知っている」
「…………どういうこと?」
「その話は後だ。とにかくお前にとって有益な情報を渡すことはできるってことだ。だから……頼む」
「………わかった」
渋々了承するカムイは風を集めようとした。
すると、エンジェが前に出て止めた。
「待って、ここからアベルのところまで駆けていくよりもいい方法があるよ」
「エンジェ様……」
出てくる小鴉丸を遮り、エンジェは頭を振って言葉を続けた。
「アベルは『目印』を持っている。得意ではないけど、転移の痕跡を遡って私たちを転移させるよ」
エンジェの転移魔術は指定の位置に目印を置き、一定時間内であればいつでも帰還できる魔術だが、それはあくまで『目印の魔力量』で時間が変化する。
アベルの転移魔術の適性を調べる際に渡した石ころには持ち主の魔力を通して発動するように設定してあった。その痕跡がわずかに残っていれば、辿ってエンジェたちの方から転移することも可能だ。
「しかし……」
「私もね、アベルのことを見捨てたくないんだ。任務だからではなく、私のために力を貸してくれた彼を見捨ててまで目的を果たしたくないの」
アケディの威圧に怯んでしまったけれど、それでもどうしたいかは変わっていない。アートと向かい合って、自分の意思を口にした。
「私は、アベルと一緒にここを超えたい」
「───……そうか。ならば、よろしく頼む」
「うん!」
早速エンジェは地面に魔術陣を描き始める。
「たぶん真っ最中に突入すると思う。だから……」
「大丈夫だ。すぐに戦える」
「………ボクも」
一瞬遅れて小鴉丸は胸に手を当てて傅いた。
「全てはエンジェ様の御心のままに」
うんと頷き、描き終えた術陣に触れて目を閉じる。
アベルが戦っている今、わずかな時間でも無駄にできない。自分を通して起動させた転移魔術の痕跡さえ見つければ、あとはもう一度発動させるだけだ。
まぶたの向こう、空間の更に彼方に意識を向けるように集中し、目印に繋がる痕跡を辿る。暗闇の中、僅かに感じる魔力の残滓を手探りで探す。
「見つけた」
魔術陣が眩く輝き、転移が発動した。
◇◆
噴出した魔力は俺の体全体を包み、無骨な黒い鎧へと変化した。残る魔力量からしてリミットは三十秒ほど、それまでに勝てればいいが、そう簡単な相手ではないだろう。
「ハッハァ!!!」
《ッ!?》
不意を突いた一撃を辛うじて防がれた。初めてアケディの驚き声を聞いた気がする。そして、後退するアケディに追撃の剣を振り下ろすが受け止められる。
《……随分ト変ワッタナ》
「何がだ!? こんな楽しいこと、笑わずにいられるか!」
自分でも何を言ってるのか分からない。この能力の代償は愉悦に呑まれることと、魔力が著しく消費し一瞬で干涸びてしまう。
その代わり、魔力のある限り際限のない進化をもたらしてくれる。一度受けた攻撃には耐性をつけ、通らなかった攻撃も二撃目には通るようになる。
《強引ニ持チ直シタカ》
極限に研ぎ澄まされた知覚は、秒コンマ以下の速度でめまぐるしく思考を走らせることを可能とした。ちりちりと神経が焼き切れるかと思えるほどの激痛が走るもすぐ『自己治癒』で回復し【修羅】によって痛みに耐性がつく。
ただ、それには限界があると早々に結論づけた。
ゆえに別の思考を走らせる。
左脳と右脳の切り替えで不眠で戦い続けることができる技術を応用し、右脳で今の戦いを注力させる。そして、左脳で勝ち筋を常に思考し続ける。
《単ナル力技デ勝テル程、我ハ甘クハナイゾ》
「ハハハーーーッ!! そんなもん知ったことか!」
愉悦に呑まれると意味のわからないことを言うんだな俺。おっと、そんなことを考えている余裕なんてないな。さて、リミット時間内に解析と勝ち筋を見つけなくてはならない。
まず大前提として、魔王アケディは強い。
幼少の際に分け与えられた能力は邪神の一端、苛烈な戦いを勝ち抜く体へ作り替える権能【修羅】はまさに反則だ。激しく魔力を摩耗することと、快楽に呑まれるという代償を差し引いても破格の能力だ。
「おぉ、がぁっ!!」
捉えることすら叶わなかったゴーレムの姿を視認している。剣筋も明確に見えるようになり、凄絶な速度にもついていけるようになってきている。
それでも、勝てない。邪神の一端たる【修羅】を以ってさえも勝てない。魔力がなくなるまでに進化を終えることが難しいと判断したからだ。
アケディの神速に食らいついているが、完全に早さ負けしている。神速に比肩する前に魔力が尽きる。悠長に【修羅】の進化を待つわけにはいかない。
───十秒経過。
アケディはゴーレムだが、星樹に飲み込まれた神殿にずっと待ち構えていたことから、神代から存在し続けた魔王であることには間違いなさそうだ。
そして、古来から存在した経験の底も知れない。
経験則や積み重ねの厚みをよく知っている。
《早クナッテイル……ソノ姿形ノ真価ハ『飛躍』カ》
飛躍、言い得て妙だ。【修羅】は異常な速度で成長をもたらし、限界を何度でも変えることができる能力だ。そして、同時にリミット時間があることも見抜かれている。
その証拠に先ほどから攻勢ではなく守勢に変わっている。それだけではない、防御に徹しつつも時折痛烈なカウンターを返され、何度も吹き飛ばされている。
「っがあ!? まるで人間みてぇに動くな!」
特定のパターンしかないゴーレムとは違い、緻密に動きを読んで対応を変えることのできる高い応用力がある。剣技も鈍重なゴーレムらしくない洗練されたものだ。時間が経過すると共に増していく剣速にどうしても追いつかない。
間違いなくアケディは時間経過で早くなっている。もしくは、時間経過とともに全盛を取り戻していっているのかもしれない。
いずれにせよ、結論としてはやはり速度が必要不可欠。技のキレだけでいえば俺の方が優っているとはいえ、速度において技量のみでは埋められないほど圧倒的な開きがある。
─────十五秒経過。
俺に使えるのは気操流と、雷移動魔術『雷動』だけだ。腰に下げている切り札は途轍もない威力を秘めるが、外したら終わりの代物だ。当てる隙を見つけられない今、奥義を切ることはできない。
他にあるものといえば、付与魔術や相手の視界を妨げる闇魔術くらいのものだ。付与魔術にいたっては母さんの魔術を思い出しながら何十回と挑んでみたが、数回程度しか成功していない。
《己ヲ省ミナイ戦イ方デ勝機ヲ見出スツモリカ》
「かぁあっ!」
《ソレニシテハ凶暴スギル。マルデ獣ダナ》
激しい剣の撃ち合いにありながら機械らしく俺の状態を見定めている。守勢に回ったのもまだ余裕があるということも意味している。
《世界ニ災イヲモタラス前ニ、ココデ叩キ潰シテオカナクテハナルマイ》
賭けで勝てるような存在ではない。今まで成功数の少ない付与魔術に命をかけて返り討ちにされては思考を二つに分け、今まで耐えてきた意味がなくなる。
「ハハァーーーッ!!お前は何も賭けずに勝てるような奴じゃねぇことくれぇわかんだよ!今、俺にある全てを叩きつけて限界を越えるしか道はねぇんだぁ!」
……いや、そうか。いずれにせよ、何も賭けずに勝てるような相手ではない。試してみる価値はある。
───そして、二十秒経過。残る魔力はわずか。
アケディのカウンターによって弾かれるように俺は吹き飛ぶと同時に、その時は来た。
パシン、と全身を包む黒鎧が割れる。
《限界カ、全開放状態ノ我相手ニヨクゾココマデ戦ッタ。最大ノ敬意ヲモッテ葬ッテヤロウ》
俺の神経伝達で追いつかないなら───
それ以外の『回路』で強引に動かせばいいのだ。
「我が願いを付与せよ」
ただ一節。俺は上空を舞いながら、一言祈る。
『………?』
俺に使える魔術は数少ない。まともに使える戦闘用の魔術は『雷動』のみだ。雷速で移動できるのは確かに強力だが、詠唱を要するため使い勝手が悪い。
特にアケディのような一瞬でも気の抜けない戦いの中で詠唱するのは無謀にもほどがある。しかし、結論としてはアケディに匹敵する速さがないと勝てない。
雷速で移動する魔術には詠唱を要する。気操流は膂力を押し上げてくれるがアケディ相手には不足だ。
だから───、組み合わせる。
体をまとう『気』そのものに移動魔術を付与する。
全身の体表に血管のように張り巡らせた『気』を回路代わりとして雷で命令信号を発させる。限界を超えた速度で損傷した筋繊維は【修羅】と『自己治癒』の相乗効果で回復し、強引に耐性をつけたことで完成した。
そうだな。この技の名は───
「『雷功』」
読んでくださりありがとうございます。
次回はフルでバトルアクションを描く予定です。