➤25話 迷宮攻略④ 魔王と修羅
焦燥して暴走気味になってたとはいえ、冷静さを取り戻すまでそう時間はかからなかった。
一定距離を進みながら気配探知の『気圏』の展開規模は五百メートル。それ以上となると曖昧なため、展開したまま移動を続けてエンジェたちを探す。
問題は俺が星樹のどの辺りにいるか分からないことだ。まず上層に進んで道を確保してから下層を捜索するか、または下層捜索から始めるべきか。少しでも手掛かりがあればいいんだが……
「……人の気配」
早速、気圏にふたつの気配がひっかかった。
何か追い詰められ、弱々しくなっている。
「それに開けた空間があるな。何かあるかもしれないし、行ってみるべきか」
行方不明になった冒険者は二人と聞いている。その二人で間違いないだろうが、放ってエンジェ達を探しに行くのも後味が悪いし、ここで救出して捜索を手伝ってもらったほうがいいだろう。
少し駆け足で気配のする方向に向かうと、広々とした空間が広がった。
「ここは神殿……? 何かを祀っているのか?」
明らかに人工物。柱に蔦が這いずり、大理石の床もひび割れている。かつてこの地にあった神殿が呑み込まれてしまった残骸のようだ。
「あれは……」
薄暗くて見づらいが、体を引きずらせて呻き声をあげる瀕死の冒険者がいた。
「おい、大丈夫か?」
「あなたは……いえ、それよりも逃げなさい!」
そう言われた次の瞬間、何か巨大な塊が目の端から迫ってきているのが見えた。危険を感じた俺は咄嗟に瀕死の冒険者を肩に抱えて飛びのいた。
巨塊はその勢いのまま大理石の床を粉砕し、衝撃が神殿に響きわたった。そして、俺は奥にいるもう一人の気配を補足し、警戒を解かずに後ろへ下がる。
「っ、そいつは───【魔王】よ!
一介の冒険者に敵う相手じゃな……うっ」
限界がきたのか気を失ったようだ。俺は冒険者をそっと寝かせ、巻き上がる土埃の奥から人のカタチをした巨大な影を視認した。
《……乱入者カ》
姿表したのは人形───岩の騎士だった。
《我ガ名ハ アケディ。迷宮ヲ抜ケタケレバ、我ガ試練ヲ乗リ越エテ行クガ良イ》
「そうさせてもらう」
試練とやらに付き合っている暇など無い。さっさと倒してエンジェたちと交流しなくてはならないのだ。
俺は一拍置かずに懐へ踏み込み、飛び込みざまに無数の斬撃を浴びさせた。
《断片ヲ持ツ者カ。他ニモ混ザッテイルヨウダナ》
「─────!」
俺の連撃をものとしていない。まだ全速ではないとはいえ、全てを真正面で防がれたのは初めてだ。
《早ク、重ク、ソシテ、洗練サレテイル。
非解放状態デハ不足カ。……良イダロウ》
突如、増大する威圧感に思わず飛び退いた。
更に先ほどまでの清廉な魔力が消え去り、岩の騎士がより刺々しく禍々しいものへと変質していく。
《───因子開放》
赫赫とした魔力を纏う黒き騎士へと変貌した。
その様はまさに───【魔王】。
ピリピリと肌が張り詰め、本能が危険を警鐘する。
外で遭遇したゴーレムと比べ物にならぬ重圧がのしかかってくる。
─────先手を打たせると不味い気がする。
そう思った俺は地を蹴り、ゴーレムの首に飛びかかった。
が───、その剣は空を斬った。
「消えた……? いや……」
眼前に迫ったはずのゴーレムの巨躯が消えた。
少しだけ驚かされたが、気圏で気配の捕捉はできている。俺よりも僅かに早い程度でまだ追える速度だ。
ゴーレムは真後ろ───、巨大な岩剣を上段に構えている。
《『岩剛剣』》
そして、振われる岩の巨剣を気剣で受けようとしたが、完全に受け切れず弾き飛ばされる。
想定していたスペックを大きく修正し、即座に体勢を立て直して迫ってくる巨大な岩剣とぶつかり合う。
続く猛攻を冷静に見極め、予測したゴーレムの攻撃に合わせた最適な動きを『先取り』して受け続ける。
守勢だけではなく、僅かな連撃の隙間を見つけては攻勢に転じて互角に打ち合ってみせる。
《人ノ身デアリナガラ高イ適応能力ダナ》
「気操流『流撃』」
真正面で受けるだけが守りにあらず、相手の力をずらして体勢を崩すのも俺の得意とするところ。
横に薙がれる大剣を流し、ゴーレムは大きく体勢をぐらつかせる。そして、受け流しに使った気剣を返し、がら空きとなったゴーレムの後ろ首を跳ね飛ばそうとした。
「─────な!?」
またしても目の前からゴーレムの姿がかき消えた。
あり得ない。剣がゴーレムに接触するまで目を離さず視認していたのに、突如と気配ごと消失した。
その次の瞬間、本能が大警鐘を鳴らし、咄嗟に防御体勢を取った。すると、体全体に衝撃が響き渡った。
空中でひるがえして剣を構え直すも、見えない衝撃に弾き飛ばされる。
《断片ヲ持ツ者ヨ ソノ程度カ?》
速度が異常に速くなっている。どうにか防ぎ続けているが殆ど運だ。
視認が間に合わず、予測も遅れている。かすり傷も増えていく。
「くっ!」
このままでは速度に物を言わせて押し切られる。剣で斬り伏せる手段に拘っている場合じゃない。
「『震衝脚』!」
奇策というには力技すぎるが、地を砕いて体勢を崩させる。どれだけ機動力が高くとも大地を踏んで移動している以上、足場を崩されたら動けないのだ。
気圏を常時展開しているため、三六十度の範囲で気配を感知している。足場を崩され、止まっているゴーレムのいる方向を補足する。
「雷神よ、稲妻が如き足を我に『雷動』」
震衝脚と同時に詠唱を開始していた移動魔術を発動させる。魔術は得意ではないが、実戦で使える数少ない魔術のひとつ、雷と化して特定の位置へ移動する強力な移動魔術である。
「崩した体勢のままでは避けられねえだろ───『瞬斬』!」
アケディの懐に移動し、一撃で仕留める最速の剣を抜き放つ。
《手ハ良イガ 遅イ》
俺の奇策をものとせず、岩の剣で防いだ。
ただの岩なら豆腐のように斬れるはずなのに。
《モウ一度イウ ソノ程度カ?》
俺の気剣を弾き、目に映らぬ剣戟を叩き込まれる。
すでに気功で身体能力も上げ、気圏で気配を探っているが速すぎて捉えきれない。勘で辛うじて防ぎ続けているが、全ては防ぎきれていない。かすり傷だけではなく、深傷も増えていく。
感知が間に合わないならば、パターンを読め。
予測を深め、思考の深淵を見通せ。
(─────そこだ!)
初撃を防がれるが、予測は終わりではない。
更に続く剣戟の全てを予測のみで鍔競り合ってみせる。
《ホウ、追イツイテキタカ》
凄絶な速度で振るわれる剣の全てを読み、受けのみならず僅かな隙を見出して反撃へと転じようとするが、それも叶わない。
《ダガ、我ノ怠惰之試練、容易クハナイ》
「ぐぅぁ!?」
俺の予測を超えた速度で圧倒された。
無数の斬撃が俺の体を切り刻まれる。
逆に隙を見せてゴーレムの猛撃を許してはならない。
歯を食いしばって食らいつくも、一手の遅れが致命となって防ぐのが精一杯に押し込まれてしまう。
(くそ……ここまで歯がたたないの初めてだ)
純粋に圧倒されたのは初めてだ。
師匠とさえもまだ勝てると思えていた。
だが、コイツは違う。
力も、速度も、経験も遥かに違う。
そして───、格も桁違いだ。
《……過大評価シテイタヨウダ。
我ガ試練ヲ前ニ潰エルガイイ》
格上と戦ったことはあるが、ただ運が良かっただけだ。
真っ向に斬り結んで勝てたことなど、一度もなかった。
確かに俺は、負けるかもしれない────が。
「ハハッ!」
──────面白い。
前世でもこれほどの高揚感はなかった。
《──────!》
目先に動く敵はただひとり。
負傷した冒険者からも遠ざけることもできた。
気取られずに誘導するのは中々骨が折れた。
「飽くなき闘争の権化よ」
だが、それもこれまで。アケディが、スペックのみであらゆる技や予測を圧倒してくるならば、こちらもスペックで差を埋めて対抗するしかない。常人ならば圧倒されて試験を前に倒れるだけだが、偶然か必然か俺にはそれだけの力が潜在している。
そう、俺の中に潜む邪神の力ならば十分以上に比肩するだろう。
ただその代償に莫大な魔力を浪費し刹那に全てを賭けるが故に余裕もなくなるのだ。
「その身を焦がせ──────【修羅】」
全身が焼けるように熱い。眼前の敵と闘える愉悦が湧き上がってくる。
噴出される魔力が体を包み、より戦闘に適した肉体へ作り替えられていく。
ここから先は────、人外の領域だ。
読んでくださりありがとうございます。