➤21話 剣聖の弟子
変異した牛鬼のせいで疲弊した。殴り合うのは流石に無謀だったが、今の自分の実力の程度は知れた。これからの迷宮ではもっと効率良く立ち回っていこう。
「ヴォルル……」
「何度も言わなくても分かってる」
今度はアートからの小言がうるさくなった。真っ向では非効率だの、攻撃を受けすぎだの、先程の牛鬼との戦いについてチクチク指摘してくる。
「……というか、どうしたんだ。エンジェ」
「ほぇ〜……」
牛鬼を狩ってからというもの呆けてばかりのエンジェだ。荒れてしまった拠点も作り直して少し休憩したらすぐ出立しようと思っているのだが、これで大丈夫なのだろうか。
「小鴉丸」
「なっ、なんっ……ですか?」
敬語になった。何かしてしまったのだろうか。
「いや、お前もどうしたんだ?」
「……どこかの高名な剣士だったのでしょうか?」
俺はジン師匠のもとで剣術を学んだが、高名かと言われると違う。となると、先程の牛鬼との交戦でそう勘違いしたのか。
「ただの旅人だ。冒険者になったのも最近だ」
「そ、そうでしたか……」
やりにくい。被害が出る前に討つべく全力を出したが、かえって萎縮させてしまったかもしれない。そして恐らくだが、反応を見るからに不興を買うと不味いことがあるのかもしれない。
「特に嘘もついてない。ジン師匠から剣を学んだだけのしがない流浪の剣士だ」
「……ジン師匠?」
「ああ。ユージン師匠だ」
瞬間、小鴉丸が硬直した気がした。
そして、何でかエンジェは頷いている。
「えぇぇーーーーーーーーーーー!?」
「静かにしろ。魔物がうろつく森でもあるんだ。さっきの牛鬼みたいな魔物がまた襲ってくるぞ」
「驚くなというほうが無理がある!」
エンジェは変わらず頷きっぱたしだ。
黙ってないでなんか言って欲しい。
小鴉丸もそんなに睨んでも何のことか分からない。
「ユージンって名の知られた剣士だったのか?」
「知らないの!?」
「ああ、なにぶん貧困街の出でな。世間には疎い」
出自を知ってかエンジェは少し間を置いて、俺と向き合って、コホン、とひと咳をして説明してくれた。
「……冒険者において在野最高であるS級を越え、更には英雄級であるSS級よりも上の等級、長い天星史でも数えるほどしかいないSSS級を賜った世界最高の剣士《剣聖》ユージン・ライラック。
帝国コロナを脅かした【邪神】を討った《六英雄》のひとりで、鍛冶屋の家系でありながら独自に剣術を鍛え、当初は弱かったということで全世界で最も憧れと希望を一身に受ける大英雄だよ」
「………へぇ」
そういわれても実感が湧かないのも真実だ。ジン師匠はあまり自身のことは語らず、まっすぐ俺に剣と生き方を教えてくれていた。
それに、大英雄と呼ばれた剣士にしてはあまり分相応なほどに緩やかな人だった。組手をする際に英雄としての圧力も垣間見たが、それでも穏やかだった。
「……」
「なんだ?」
「なんか嬉しそうに笑っていたから」
笑っていたのか。正直、自分でもどんな気持ちなのか分からない。だけど、師匠は弱いながらも強くあろうとした人だった。
老いて尚もその瞳の奥は若々しい炎のような煌めきがあったのだ。それが全世界で知られていると言うことが嬉しかったのかもしれない。
「それで、ユージン様は……?」
「…………………死んだ」
長く間を置いて告げるようにそう言うと、彼女たちは理解するまで時間を要した。
そして、少しずつ真実を飲み込み、エンジェは口を両手で塞ぎ、小鴉丸は大きく目を見開いて絶句した。
「そんな……」
「……老いてきているとはいえ、まだ現役という話は聞いていた。それはもう一度問うが、真実なのか?」
「真実だ。俺とアートが最後に看取った」
ジン師匠は、俺に腰のこの刀を託して逝った。
俺の目的を知った上で何故、あんなに力強く、満足そうな顔で俺なんかに託したのか、未だに分からないが……きっと後悔まみれの最後ではなかったと思う。
「君が噂に聞く気操流を使う時点で信じるが、あまり私たち以外に口外はしないほうがいい」
「うん、それだけ大きな影響があるからね。もちろん、私たちも口外しないようにしますわ」
「………ありがとな」
問い詰めないよう気を使ってくれているようだ。
あまり語りなくない話でもあるし、これは個人的な話でもあるから正直この気遣いはありがたい。
「……私はてっきり君が《剣聖》かと思いました。風貌については聞かされていなかったものでな……」
ユージンは邪神を倒して以来、表舞台には出てこなくなったらしい。世界中の困っている人たちを救うための旅を続けていたという話だ。
剣聖が独学で作り上げた気操流を使うことと、流浪の旅人であることで早合点してしまったという訳だ。
「私は気操流使いである時点でもう分かってたよ!」
エンジェは胸を張って言った。彼女の場合、剣聖の風貌を知っていたのかもしれない。思えばゴーレムの時点でもう分かっていたのか。
「まあ、そういうわけだ。長話も過ぎた。遭難したS級冒険者も心配だが、ここで急いで失敗しては救えるものも救えない。迷宮入りする前に小二時間ほど眠ったほうがいい」
「アベルは休まないの?」
「俺は大丈夫だ。ひと月不眠で戦えるように教わってるからな」
左脳と右脳を切り替えながら戦うすべを叩き込まれている。片方の脳の休眠中にもう片方の脳で体を動かすといった荒技だ。
「そうなんだ。でも、無理はしないでね?」
「俺は大丈夫だからもう寝ろ。頂点には必ず連れて行ってやる」
うん、とエンジェは大人しく仮眠を取った。
そこで小鴉丸がいつでも動けるように魔小刀を腰に持って陣取るように正座した。
「取って食いはしないからお前も寝ろ」
「私とて暗殺者、夜通しで動ける訓練はしている」
鋭い瞳からテコでも動く気はないようだ。変異牛鬼の時に不覚取ったことが余程堪えているのだろう。
「そうか。なら、休息のついでに聞いてもいいか」
「何でしょうか」
「今回の任務は星樹の頂点に連れていくことがメインだが、お前は背中に翼があるのだろう。飛んで行くことは考えなかったのか?」
「もちろん考えた。しかし、星樹の枝を見てみろ」
顔を上げて星樹の枝の影をよく凝らすと、明らかに星樹とはまた別の刺々しいものが丸まっている。今は眠っているようだが、あれは────翼竜だ。
「なるほど、あの数は大討伐級……確かに一介のパーティーで突入は無謀にも程があるな」
小鴉丸も空中戦ができるとはいえ、翼竜一体でA級相当なのだ。翼竜は二体以上の群れで動くため、小鴉丸ひとりでは荷が重すぎる。ましてや滞空戦ができる冒険者はひと握りだ。何千といる翼竜を空中で相手するのはS級冒険者でも不可能だ。
それにあの夥しい数だ。日が登りきった頃は空には翼竜が何千と飛び交っている状態になっている。夜の強襲も一体でも気付かれたらブレスの集中砲火を受ける羽目になるだろう。
「ヴォルルッ、ガルルッ」
「いや、無理だろ。降りる時のリスクも高い」
確かに一点突破すれば、一時的には頂点に到達することはできるかもしれないが、成功する可能性は限りなく低い。
撤退には翼竜の軍勢が待ち構えているし、エンジェたちを守りながらでは苦しい戦いになるうえ、最悪モメントの街に翼竜の大軍勢を引き連れて行ってしまう。当然、アートの意見は却下だ。
星樹の性質上、迷宮内に生息する魔物は極めて少なく、遭遇してもA級冒険者であれば問題なく対処できるとリディックから聞いている。となれば、必然的に迷宮内から登頂した方が安全というわけだ。
「……そういえば、獣人族でもないのに話ができるのだな」
「普通はできないのか?」
「眷属契約をすれば可能だが、そのほとんどが奴隷に近しい扱いを受けている。だから、そんな風に楽しそうに話すのは初めて見た」
「……ん? 契約はしてないぞ?」
「そうなのか? しかし、契約しないと言葉は理解できないはずだが……」
ううむ、と小鴉丸は顎に手をやってうなった。
「ヴォルル、グルゥゥ……」
アート曰く、仮契約のようなものらしい。忠誠を俺が受け取ってないから正式な眷属契約は成立してないが一部の契約効果が発動し、アートの声が俺に聞こえるようになってるんだと。
へー、そうだったんだ……はぁ!?
「いつのまに契約してたんだ?」
「グルゥ? ガルルッ」
声が聞こえるようになった時……あの時にアートはすでに俺に忠誠を捧げようとしていたということか。
「んー……契約って俺が同意した時点で正式に成立するのか?」
「ああ。一度、契約が成立すると双方の同意なしに眷属から外れることはない。主人に刃向かったり、敵意を持って攻撃した場合は違反とみなされて自死する」
「それは主人が死んでも契約は続くのか?」
「主人が死んだ時点で眷属は───殉死します」
……正直、忠誠とかそんなものはいらない。殉死なんてさせたくもない。アートには俺なんかに縛られる必要もないし、自由に生きて欲しいと思っている。
だから、忠誠は受け取らないことにする。
「悪いが忠誠はいらない。だが、お前が良いと言うのならこれからも相棒として共にいてくれると嬉しい」
「……ヴォルッ!」
当然だ、と力強い返信をくれた。
今はこれで良いだろう。
読んでくださりありがとうございます。
少し長くなりましたが次話より迷宮に入ります。