➤20話 呪転
反転迷宮は名の通り、あらゆるものが反転する。対象は人や生物によって異なり、ごく稀ではあるが最悪の場合『強さ』そのものが反転することもある。つまり強い者であるほど著しく弱体化させられることもあるのだ。
ゆえに、冒険者の間では呪いの意も込めて『呪転』と呼ばれている。
「ん〜〜〜! 笑えないわねぇ」
S級冒険者 『閃光』のゼイン。
刺突剣使いの冒険者である。
「全くだ。理不尽にもほどがある」
同じくS級冒険者 『魔獣狩り』のアイザック。
剣や弩など多数の武器を操る狩人だ。
「でも、アレを失ったのは痛手だわね」
反転迷宮の任務を取り、慎重に備えもしてきた。迷宮は一度入ると閉じ込められることも多いため、貴重な帰還道具として『転移の巻物』も持参していたが、あろうことが奪われてしまった。
勿論、無くしたわけではなく……奪われたのだ。暫定的に組んだA級魔術士に盗まれてしまった。一本しかない転移の巻物を使って、自分たちを裏切って迷宮から抜け出されたのだ。
「はぁ、未だこの感覚は掴めないな」
「ん〜〜、愚痴を言ってても仕方ないわよぉ」
彼らは不運にも『当たってしまった』。
反転の内容は不規則なのだが、彼らは弱体系、それも大幅な能力低下の呪転に掛かり、思うように力を出せないでいた。
ゼインは速度、アイザックは道具適正。
両人ともに特化型で、その最大の武器を奪われた状態だった。実力を出しきれず歯痒い思いをしつつも、長年培ってきた『生き残る術』を駆使して、半月近く逃げおおせてきた。
「ん〜〜……気づかれたみたいねぇ」
出ることもできず、迷宮内で生き延びるには実力が足りない。迷宮内に生物はほとんど存在しないが、土人形、食肉植物、そして、悪性精霊などが待ち構えているのだ。
「光よ、眩ませ『閃光』」
襲ってきたのは悪性精霊だ。緑色の精霊で放った風が鎌鼬のように切れ、更には実態を持たない魔力そのものであるため、こちらの攻撃は通じない。
しかし、魔力そのものに対しては、魔力をぶつければ多少ながらダメージを与えることはできるのだ。無駄な魔力の消費を避けるためにも低コストの魔術で精霊を怯ませる。
「アイザック」
「わかっている」
雑嚢から魔素を含ませた煙玉を投げ、その場から逃げ隠れる。今のでアイザックの持つ道具もほぼなくなった。あとは『戦うための武器』が残っているが、今の状態で真っ向から戦うには力不足だ。
樹の触手には炎で怯ませ、ゴーレム相手には雷魔術で一瞬だけ停止させて何度も逃げてきた。囲まれてしまったこともあったが、同士討ちを狙い、その隙に抜け出すなど、長年の経験でどうにか凌いできたが、確実に日々追い込まれていっていたのだ。
「……ここで死ぬのかしらねぇ」
「縁起でもないことを言うな。生き延びられる可能性があるなら死に物狂いで掴み取ってやる」
「そぉねぇ……立ち止まっている時間も惜しいし、もう少し上層に進みましょ」
「ああ」
とはいえ、長く持ってもあと三、四日程度だ。
持参してきた食糧を少しずつ食べ、つい先日になくなったばかり。いくら優れた冒険者であろうと食べ物が手に入らない環境下ではふた月生き延びることはできない。
少しでも生き延びる可能性があれば、と上層へと登っていった。奥へ進むごとに強い魔物が待ち構えていることが通例だが、反転迷宮は違う。全ての階層において強さに大差がないという稀な迷宮でもある。
弱体化という呪転を背負ったものの、迷宮の入り口ではなく、最奥にこそ出口があると希望的観測に従って進んできた。ほとんど諦めていた希望だったが、たった今ようやく変化があった。
「おい、ゼイン。俺たちにかかっていた『呪転』が解けているぞ」
「……本当ね。それに床も石畳よぉ」
樹木や蔓でできた迷宮を進んできたが、突如と床に硬い感触に気付き、ゼインは手に触れて確認した。
しかし、周りは暗闇で何も見えない。お互いに顔を合わせて頷き、ゼインは光魔術を発動させた。
「光よ、暗闇を照らせ『光球』」
すると、そこには白の領域が広がっていた。ガタついているが、白い石畳が敷き詰められ、彫られた柱が六本ほど建てられている。そして、中央には地面に膝をつけてかしづく騎士の像があった。
「宮殿に似てるわね。中央の騎士も気になるわねぇ」
「とはいえ、後退して反転されたら今度こそ死ぬかもしれない。……どのみち進むしかないだろ」
「確かにそうだけど〜〜……」
魔物の気配はないものの、嫌な予感がする。
「ゼイン、あれを見てみろ」
「奥の扉から光が溢れてるわねぇ……」
扉から出れば迷宮から抜け出せる気がする。それは間違いないだろうが、先ほどから胸騒ぎがやまない。
アイザックは何も感じていないようだから気のせいかもしれないが……
「行くしかないわねぇ。一応、警戒は解かないでね」
「呪転も解けている。油断しなけば不覚など取らん」
アイザックは弩と小剣を両手に持ち、ゼインも刺突剣を構えて、背中を合わせて慎重に扉まで進む。
《───》
すると、何か声が聞こえた気がした。
声というよりも、まるで軋むような音だった。
「……あっ! アイザック!」
後方の気配に嫌な予感が全身に駆け回り、咄嗟に吠えた。それに合わせてアイザックが前に出て、弩を撃ち出した。
しかし、射出された矢は弾かれ、矢尻が石畳に打ち立てる金属音が暗闇をこだました。
《─────挑戦者確認》
軋む音がより大きくなり、顔を上げると、
そこにはふたつの赫色が灯っていた。
《此レヨリ試練ヲ開始スル》
それが、動き出した時は、全てが終わっていた。
アベルの冒険者等級について補足
アベル自身が持っているギルドカードに載せられている等級はA級で、リディックの独断で仮S級ギルドカードを渡されています。いわゆる地域限定正社員のようなものです。