➤18話 混血
生命の創造主たる源神が生み出した『七族』と呼ばれる七つの人種が存在する。
獣の身体能力や身体的特長を持つ《獣人》
魔力や様々な道具を器用に操れる《人間》
自己再生を得意とする戦闘意志の高い《黒妖精》
巨大な体躯と高度な知能を持つ《巨人》
森羅に愛され、魔素との感受性が高い《妖精》
七族随一の怪腕を誇る頭に角を生やした《鬼人》
全てに長ける最強の種族である《竜人》
種族能力と呼ばれる種族ごとの能力を持ち、かつてはそれぞれの人種の国があったといわれている。大昔には中央大陸であるアルマ大陸で常に戦争があったという。
「へーーー、『混血』だったんだ!」
俺はというと巨人と黒妖精の混血だ。冒険者カードを作ってもらう際に判明したのだ。生まれた時にやたらと力が強かったのは巨人の血だったのである。
「道理で……ゴーレムを粉砕できたのも納得だ」
七族随一の怪力である鬼人族に次いで力の強い一族は竜人族といわれているが、それに匹敵する重量にものを言わせた剛腕を持つのが巨人族なのである。
黒妖精の種族能力である『自己治癒』とは別に、俺が生まれつき持っていた人離れしたこの怪力は、巨人の種族能力である『重腕』といわれる。
『重腕』は本来、巨人特有の圧倒的重量の巨腕を振り回すだけの能力なのだが、人間と同じ体格で巨人級の怪力を振るえる時点で異質らしい。
「よく知っているな。詳しいのか?」
「うん! みんな個性があって、なんかいいなって思うんだ。あ、わたしはね、人間で《魔力操作》を持っていて魔術士になったんだ」
人間の能力は身体能力に関するものが少ない代わり、様々な能力を持ち、道具などを扱うものが多い。
最大の特長は『道具適正』と『魔力操作』だ。
資質も関係するが、道具適正の条件を満たせればほぼ全ての道具を扱えるのは人間族のみである。そして、魔力操作に関しては単純なもので、体内にある魔力を緻密に操れるといった能力である。
「ってことは小鴉丸の種族は《獣人》なのか」
「そうだ。私は獣人族の系譜である『鳥人』に属している」
人間の姿形に翼が付いてるから天使族かなと思ったが、なんの話か分からない顔をされたので、残念ながらこの世界には存在しないようだ。
で、鳥人の種族能力はやはり『遠視』が最大の特長のようだ。小鴉丸の場合、最長で1㎞近くの距離が見えるとのことだ。魔小刀の加速を利用して遠距離からの強襲できる点が最も強みといえるだろう。
更には獣人族らしく『獣化』も可能だ。小鴉丸の場合、体の一部を変化させることができるらしい。
稀ではあるが、獣から人化することもあるとか。
「嘴とかで攻撃したりするのか?」
「……できなくはないが、あまりやりたくない」
確かに頭部だけ獣化してキツツキのように突っついて攻撃するイメージが湧く。なるほど、お世辞にも格好良いとは言えないな……
そうなると鉤爪とかで引っ掻く感じか。
「ウオォーーー……!!」
「おっ、獲物を追い込んだか」
この遠吠えは今こっちに獲物を追い込んでいることを知らせている。アートによると人の倍くらいの大きさの魔猪のようだ。街で買った調味料も少しだけ持ってきたし、猪鍋にするのも悪くない。
しかし……『重腕』か。今までジン師匠に教わった技術を昇華させるべく、素の力はなんとなく使わないように控えてきた。この機会に素の力がどれだけ成長したか知っておくのも悪くない。
「よし、確かめたいことがあるから離れていてくれ」
「了解しましたわ!」
森の奥から草むらを突破しながら突進してくる魔猪が見えてきた。ずっしりと右足を支柱に、受けの構えで迎える。
「う、ぉお!!」
牙を両腕で掴み、衝撃に耐える。ずず、と衝突の瞬間に少しだけ押された程度で、今は拮抗している。
まだ余力もあるし、このまま押し返すのもいいが確かめたいことは済んだ。なら───
「操水」
かち合っていた魔猪を空へ投げ飛ばし、気剣で頭部と喉元を射抜き、雑嚢に入れていたロープで足を絡んで木に吊るす。これで、血抜き工程は完了だ。
「おぉ……華麗ですわ」
「鮮やか……って!」
どくどくと小鴉丸は流れた血を見て慌てだした。
「見てはいけま───」
「きゅぅ……」
すると、エンジェが失神した。
血がダメだったらしい。
◇◆
星樹の麓にある迷宮の入り口が見えてきたところで離れた場所に拠点を作っている。日が暮れ始める前に一応、周囲を気圏で探ってみたが、他にも拠点の残骸はいくつか見つかった。
そのうちの一つが明らかに最近のものだった。S級冒険者が迷宮に入って帰ってこないという話は正しそうだ。迷宮内を探索してS級冒険者を救出しつつ、エンジェを頂点に連れていく……か。随分と難題を突きつけてくれる。
とはいえ、エンジェを頂点に連れていくことを最優先に、三つの条件の一つでも達成できれば高額の報酬が約束されている。それも失敗したとしても、実績に含まないという破格の条件付きだ。悪くはない。
「エンジェ様に血を見せるとは何事だ!貴様も護衛ならそのくらいは気を遣え!」
「……知らん。そっちで何とかしろ」
それより問題は小鴉丸の小言だ。魔物の棲まう森を越え、迷宮を踏破する時点で血を見ることは避けられないし、そこまで気は回せない。気を遣って死んでしまっては元も子もない。
そもそも俺は騎士でもなんでもないしな。
「小鴉丸! そこまでにしなさい!」
「ですが……」
「私もいち冒険者だよ。さっきは失神してしまったけど……いずれ必ず向き合う必要のあることだよ」
思った以上に考えているみたいだ。冒険者を名乗る以上、向き合うべきものが見えている。エンジェにそう言われては従わざる得ない小鴉丸は押し黙った。
まあ、俺にも最低限の気遣いがなかったのも真実だ。迷宮内の探索中や戦闘時はともかく、警戒が必要ない時くらいは少し気を遣った方が良さそうだ。
「……血が苦手だったんだな。大丈夫か?」
「ううん、大丈夫だよ! これから何を作るの?」
先ほど狩った魔猪を捌いて鍋にするのだ。肉質は少々硬いが煮込めば柔らかくなる。今日はアートの大好物である樹に実る塩っぽい核果、『樹塩』を削って味付けをしよう。
「猪の樹塩鍋だ」
樹塩はそのまま食べると、塩のかかった胡桃のような味で調味料にするのもよし、おつまみにするのもよし、万能の核果なのである。
「ヴォルッ!」
わかりやすい奴め。あとは火だな。
「エンジェ、火を頼めるか?」
「うん! 爆ぜよ……」
そこで小鴉丸が「あっ」と言った気がした。
まさか!?
「『爆炎』」
それは、それは、世の終わりかと思う爆音で。
空飛ぶ肉片に、散りゆく樹塩が、ああ、勿体ない。
ひるがえす鍋が、目の前に迫ってくる。
でも、わたしは、何もできなかった。
からん、からん、と鍋が地面を踊っている。
拓けた視界には、青冷める彼女の顔が見える。
許してほしそう。許さない⭐︎
「貴様、エンジェ様に何する気だ!」
「アート、抑えてろ」
怒り心頭の俺は丸めた中指を親指で押さえつけ、エンジェに迫る。散った猪鍋の恨みだ。受けるがいい。
「あいったぁ!!」
きれいなお額に痛烈なデコピンを受けたエンジェは体育座りして悶絶した。
それをよそに俺は猪鍋を作り直し始める。
「エンジェの分は抜く」
「そ、そんなぁ……」
というのは冗談だ。旅中の食糧問題は分かってる。
食事も取れる時は取っておかなければならない。
猪鍋は樹塩が減ったせいで薄味になったが、全員の腹は膨れたようだ。樹塩が大好物のアートは不満げだったが、また取ってやるから、と渋々了承した。
それに迷宮に入るのは明日だ。今夜のうちから万全に備えて、しっかりと休養を取るべしだ。
「そういえば、刀を腰に下げてるけど使わないの?」
「ああ、これは『切り札』だな。性能は……秘密だ」
「えぇ〜〜! 教えてよ!」
「断る。夜の番は俺がやるから今のうちに寝とけ」
「はぁい……」
日も完全に隠れて、夜空が広がっている。
ぱちぱち、と火が揺れ、静かな時が過ぎていく。
ジン師匠とありし頃を思い出す。
海を越え、山に登って修業した旅は楽しかった。修業は厳しく過酷だったが、新しい技を覚える日々は充実していた。ジン師匠と剣の訓練で順調に力をつけていったが、ついぞ一度も勝てなかった。
単なる剣術や体術ではない。相手の動きを予測する目が洗練されていた。特に『気圏』を常に展開し続け、周囲のあらゆる全ての要素を組み合わせて勝利へと導く『経験則』には未だに遠く及ばない。
「……はぁ、勝ち逃げしやがって」
小さくそう呟き、ぱちり、と気圏を展開した。
「─────!」
異質な気配に俺はその方向に顔を向けた。
直後、大地が大きく揺れた。ゴーレムとはまた別の生物が荒れ狂っているかのような振動だ。
揺れはどんどん大きくなっている。
間違いなく、こちらに向かってきている───
「ヴモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーー!!」
轟音が響いた次の瞬間、月光が隠れ、影が落ちた。
「全員退避だ!」
反応が遅れた小鴉丸と、何が起こったか分からないエンジェを両腕で抱えて全力で飛び退いた。エンジェは片腕で抱えることはできたが、小鴉丸に限っては申し訳ないが後ろ襟を引かせてもらった。
「アート!」
アートは上空から降ってきた『そいつ』の腕に噛みつき、すぐ距離を取って牽制する。俺たちを敵と見做した『そいつ』は呻くような威嚇音を出して睨み合った。
「ヴモォルルルル……!」
「何だ、ありゃ……」
月光に照らされた『そいつ』の両腕はぶちぶちと筋肉が痛ましく膨れ上がり、目の前に映るもの全てを破壊せしめんとする荒々しい獣だった。
随分と歪な姿形だが、牛の頭に人身の怪物。
間違いない───牛鬼だ。
「エンジェ、大丈夫か?」
「うっ、うん……」
腕の中にいるエンジェの顔が紅潮していたが、特に怪我はなさそうだ。
小鴉丸に至っては、すでに小刀を構えている。さすがA級冒険者、一瞬遅れたとはいえ状況把握が早い。
「……厄災級か」
牛鬼が通った跡は木々が薙ぎ倒され、まるで重機が通ったような有様だ。牛鬼がモメントを襲えば甚大な被害が出てしまうだろう。ここで止めなくてはならない。
「アート、引け。こいつは俺が相手する」
そう言うと、アートはゆっくりと下がった。
そして、俺はエンジェを下ろして前へと出る。
「前衛は俺がやる。隙があればサポートを頼む」
パーティーで牛鬼と張り合えるのは俺だけだ。
それに、正直、さっきの魔猪では消化不良だった。
「ガルォォオオオオオオオオオォォオオ!!!!」
気操流も、重腕も、全てを試すにちょうどいい。
俺の全てが、どれだけ通用するか。
「全力で────鏖殺する」
※補足
妖精の系譜には、地、火、風、水、光、闇、が存在します。
二章あたりに説明あったかと思いますが訂正しました。都度確認しますが、他にも修正漏れがあったら教えていただけると幸いです!