➤16話 黒翼の従者
「エンジェ様を返せ!」
彼女は背中に翼を持ち、ほぼ人間族の姿形に近い。黒の装束をまとっていて、黒塗りの小刀を構えている。
黒翼を広げ、一息で距離を詰めて襲ってきた。
「いや、返せも何も依頼されているんだが…」
アベルは片手で捌きながら説得を試みるも問答無用の様子だ。黒翼の彼女は見た目通り、暗殺者で素早いが、動きが単調すぎる。
暗殺者という職業の性質上、気配断ちからの奇襲、そして、必殺力が重要となってくる。恐らく彼女の場合、鳥の特長たる遠視力も併せ持つ種族だろう。
腕力は人並だが、技量は高い。意図して人体の急所のみを狙わないあたり、思い切りの良さもある。
彼女の性質上、理想的な戦い方は遠方からの奇襲。
相手の意識外から一気に距離を詰めて必殺を達成するスタイルが最適だろう。
それが故に───
「勿体ねぇな……」
「何がだ!」
「っと、すまん、独り言だ。気にするな」
そう言うと余計に激昂し、連撃の激しさが増した。
しまった、今言うことではなかった、と言動に後悔するアベルだったがもう遅い。
「待て、正式に依頼を受けているのは本当だ。
エンジェからも言って……」
遠方で「ど、どうしよう!?」と混乱していた。
アートに限っては我関せずである。この野郎。
「信じられるか! 貴様が拐かしたのだろう!」
聞く耳を持たない様子に、打ち負かして話を聞いてもらうしかないな、とアベルは気剣を取り出した。
「……ッ」
流石に放った殺気に気づいたようだ。取り出した剣を目にした彼女は警戒を高め、大きく距離を取った。
「もう一度言う、俺は依頼を受けた者だ」
「……信じられるか」
黒い魔力をまとわせた小刀を構え直した。
彼女が持っているのは《魔剣》の一種だろう。
魔剣には元から術式や概念が刻み込まれているため、魔力を込めるだけで魔術を発動させることができるのだが、問題は何の魔術が込められているか、だ。
先ほどの気圏で索敵した時はかなりの距離があった。ゴーレムを倒した直後にはすでに近くに来ていたということだ。空を飛べばともかく、地上を走ってでは遠すぎる距離である。
ということは、加速か、転移だ。
「うっ!?」
「やはりか」
彼女が足を踏み出した次の瞬間には、すでにアベルの懐だった。しかし、剣を取り出した時から受けの構えであるアベルの方が上手。読み通り、小刀に込められた術式は『加速』だったのだ。
ぎぢ、と小刀と剣が軋み、僅かに空いた間を突いて数手ほど鍔競り合う。
「『黒閃』!」
そして、一歩下がってからの闇の魔力を纏わせた突き。出力できる最大速で放たれる黒い閃光がアベルの喉元へと迫るが────、明らかに加速不足である。
そもそも連撃の中で出すべき技ではない。
(『黒閃』の出だしと同時に後ろに退がった!?)
対して、俺は僅かに体をずらしつつ一歩だけ後ろに重心を移動させ、そっと気で強化した手を魔剣の鋒に触れた。
『これ』は気操流で得た体系をもとにつくりあげた俺オリジナルの技。師匠との組手、そして冒険者稼業で磨いた体術の総集のひとつ……
「────操水」
相手の攻撃の力を乱し、相手の体勢を崩す技だ。
自分に向かっていた力を魔力ごと空へと流す。
「な─────!!??」
ゴーレムの時と同じ。相手が込める力が大きければ大きいほどに威力を増すカウンター技である。
今回は倒すことが目的ではなく、抑えることが目的のため、空へ流したが、驚きのあまり翼を広げて飛ぶことを忘れてしまっている様子だ。
「アート」
そう言うと、相棒は空へと飛び出し、彼女をつまみ取って、アベルの前へ連れてきてくれた。何も言わなければサボる癖に、指示を出せば完璧な働きを見せる。
有能な相棒も困りものだ。
さて、ぶら下がる彼女も親に連れられた子犬のように縮こまっている。小刀を握りしめているあたり可愛くは感じないのだが……
「よし」
これで話を聞かせる場は作れた(?)。
◇◆
黒翼の彼女はどうやらエンジェの従者らしい。
「私は小鴉丸といいます。以後ともよろしく頼む」
ちゃんとエンジェの口からも俺に依頼をしていたことを説明してもらった上で、冒険者カードを見せれば納得はしてくれた。それだけではなく等級を見るや先程までの態度と打って変わって頭を下げてきた。
等級というのは実力や人格に対する信用を図るものでもあるようで、S級となると高い評価が認められているようだ。今回の任務を遂行できる人物だと証明できたとみてもいいだろう。
「ったく、さっさと言えば戦わずに済んだのに……」
「ご、ごめんね。小鴉丸も頑固だから……」
すると、背後から小刀を喉元に突きつけられた。
「エンジェ様になんて口……げふぅ!?」
「あっ、すまん。背後に立たれると投げちまうんだ」
「くっ……S級は伊達じゃないということか」
つい投げてしまったが、不敵に笑っている。
実はドMだったりするんじゃないだろうか。
「ヴォフッ……」
あっ、アートが笑いやがった。
「……貴様、何がおかしい?」
「フンッ」
どうやらアートとは致命的に相性が悪いようだ。
お互いスピードを売りとした戦い方だ。アートも元々他人に興味を持たない性格だが、珍しく分かりやすい反応を見せている。同族嫌悪に似たライバル意識があるのかもしれないな。
「そういえば、従者なのに何故そばにいなかったんだ?冒険者に金をパクられそうになってた時もそうだが……」
「………………………その」
エンジェが気まずそうにもじもじしている。
「ん? 何だ?」
「…………………迷子になってたの」
「おまえ……」
「この町には一緒に来ていたが、エンジェ様が転移魔術を使われて行方不明になっていたのです」
よほどの音痴でなければモメントで迷子になることはない。小鴉丸の身なりからして旅慣れをしている様だが、エンジェが勝手に消えてしまったわけだ。
これから行く場所では特に要注意だな。
「離れないように気をつけるから、大丈夫だよ!
……たぶん」
まあ、常に目を離さなければ何とかなるか。一度行方が分からなくなった手前、小鴉丸もより一層エンジェを護ろうとするだろうしな。
「それよりも任務だが、本当に迷宮に入るのか?」
嫌疑ではない、これは意思の再確認だろう。
小鴉丸が現れたため、俺たちが任務を受ける意味も薄れてきた。しかし、一度依頼を受けた以上、任務を放棄することは責務を放棄することと同義だ。
元々、流れ者である俺に責務なんて関係ないし、俺的には金を稼げばそれでいい。今回の長期的な任務に固執しなくても他にも多くの任務があるのだ。リディック支部長に説明すれば分かってはくれるだろうが……
「アベル……」
しかし、エンジェの信用も放棄してしまう。
彼女は俺の実力を見て、この人になら、と依頼したのだ。俺は、その期待までは裏切りたくない。
「ああ。星樹の麓にある《反転迷宮》に入ったモメントのS級冒険者が帰ってこないらしい。その捜索をしつつ、エンジェを頂点へ連れて行くことになった」
形式上は捜索依頼でエンジェを連れて行く件はついでだ。そのため、報酬もギルドから支払われる形になる。エンジェやリディック支部長にも事情があるようだが、あまり触れないでおく。
他人への詮索はしないことがマナーなのだ。
「なるほど、では私も連れていけ。これでもA級冒険者だ。職業は暗殺者と斥候、役には立てると思う」
こうして仲間が一人が増えたのだった。
いや、戻ったと言った方が正しいな。