➤15話 彼の今
目的地である《星樹》は巨大な樹木がここからでも見えるがゆえに目指すべき道筋を探すのは難しくはないが、周囲に生息する魔物が多いうえ異様な強さで冒険者の誰もが簡単に近づけない魔域となっている。
新種も多く発見されている未知の樹海で冒険者としては良い稼ぎ先とも言えるが、強さを見誤ると死んでしまう。故に、S級の中でもアベルという冒険者が最も適切な任務だった。
「索敵する。少し待て」
「分かりましたわ!」
ましたわ?と怪訝になりながら索敵を開始する。
「『気圏』」
これが師ユージンのもとで学んだ技術のひとつ。
原理的にエコロケーションと同じで、体の内にある『気』を自分の中心に弾き出し、地形や魔物たちの気配を探る。綿密な解析力と理解が必要な気功術だ。
「進路方面に三体、北東に一体、南西に二体、南方に一人、そう多くはないな。このまま進むぞ」
「えっ、でも魔物がいるって……」
「一時的とはいえ、パーティーを組むんだ。俺の力を知ってもらうのにちょうどいい機会だ」
不敵に笑みを浮かべて、キィン、と右手に白い剣を作成する。
「───『気剣』」
体内の気を鋭刃化し、剣として形成する技術。これが世に知られる気功術との違いだ。通常ならば身体能力の強化させたり、耐久を大幅に高めたりするものだが、師に教わったのはそれが主ではない。
『気操流』
気功術を主体とした体技に剣術を取り入れた流派。
ユージンと共に旅した一年間で学んだものである。
「初めて見たけど、こんな色してるんだね」
「知ってるのか?」
街に来た時は誰もこの剣を知らなかった。珍しい透明な剣を使うヤツだ、という程度の反応だった。
「うん、け───」
大地が轟く。
地震を思わせる揺れだが、これは違う。
歩行音だ。
「来たか、土くれの人形」
進路方向から三体の魔物。
巨大な土の鎧が現れたのだ。
「ーーーーーーーー!!!!」
ギギギギ、とアベルたちを敵とみなしたゴーレムは歪な駆動音を鳴らしながら岩の腕を振り下ろした。
「『気鎧』」
腕に白透明な鎧をまとわせて、横にずらしてゴーレムの腕を流し、大きく体勢を傾かせる。
そこへ飛び出したアベルはゴーレムの頭部を三撃斬った。
「チッ、流石に硬いな」
頭部はほぼ砕け散ったが、完全停止には至らず。
「じゃあ……これでどうだ!」
剣の持つ右手ではなく、単なるただの左拳を振るう。ゴーレムの頭部がひしゃげて完全に砕かれた。
「もう一体は頼むぞ、アート」
「グルル……」
もう終わっている、と噛みちぎったゴーレムの頭部を持ってきた。
「さらに早くなったな。でも、それは食えないから持ってこなくていい」
「グルゥ……」
どうやら食えると思っていたらしい。
「さて、もう一体は俺がいただく」
最後の一体となったゴーレムは腕を大きく振り下ろした。それに対しアベルは真っ向から止めず、ひらりとかわしつつ、ゴーレムの拳に手のひらを添えた。
その次の瞬間、ゴーレムの巨躯が空舞った。
「え─────!?」
大きく口を開けて驚嘆するエンジェ。先程は単なる怪力でゴーレムの頭部を破壊したが、今度は鮮やかな受け流しを披露した。対人ならともかく巨大な魔物に対して合気のような技が通じるとは思わなかった。
(高い技量も関係しているけど、ゴーレムの重量に渡り合える純粋な怪力によるところが大きいんだ。恐らく……)
ゴーレムは大地に衝突して頭部が破壊された。
しかし、完全停止せず動き出した。
「む、頭部が魔核ではないのか」
ゴーレムを動かす魔核は特定の場所には存在しない。足の裏に魔核があった個体も存在するのだ。
通常、B級冒険者が複数人挑んで、魔核を探して破壊する必要があるのだが、彼は単騎でそれを容易く成し遂げられるだけの高い身体能力を持つ。
「『気圏』……ふむ、左脇腹あたりか」
悠長に歩いて懐へ入り、ゴーレムの脇腹に手のひらをふれた。そして、フッ!と大きく息を吐いた直後、ゴーレムの体内に凄絶な衝撃が浸透した。
魔核が完全に砕かれ、完全停止した。
「……『気衝』。ゴーレム三体討伐完了。剣の形は自在に操れるが、俺の基本的な戦い方はこんな所だ」
とりあえず攻撃的な体術を見せたが、気功術でよく知られている身体能力強化『気功』は戦闘時は常時発動している。これによって更に思い通りに体を自在に操って戦うことができるのだ。先ほどゴーレムを合気のように一本投げができたのも『気功』による身体能力の後押しもあって実現できた武術である。
これが師匠ユージンの元で学んだことの集大成だ。
「………すごい」
魔物の狩り方の知識はC級と同等程度だが、それ以上に恐るべきは『未知に対する対応力』だ。
魔物の狩り方を熟知した技術ではなく、瞬時に弱所を見抜いて倒し方を見出せる感性。更にどんな相手をも適応できる潜在能力もあるときた。
S級どころではない、SS級にも匹敵し得る、とエンジェは彼の底知れなさに鳥肌が立っていた。
邪神を討った《六英雄》にも引けを取らぬ強さ。もしかすると、その天性のセンスは世界最高といわれる麒麟の大魔導士に届いているかもしれない。
「ヴォルル?」
「わっ! び、びっくりした……」
エンジェの後ろから鼻息を吹かれて飛び立つほどに驚いた。予想以上の反応に落ち込むアートだった。
「ご、ごめんね……」
「グル、グルゥ……」
分かってる、分かってるよ……とばかりのいじけっぷり。案外にわかりやすい反応を見せてくれるアートにエンジェは小さく笑った。
「お前、顔が怖いんだよ」
「ガルッ!」
そっぽを向いて拗ねるアートに子供のように笑うアベル。仲つむまじい彼らのやりとりを見て、少し羨ましく思うエンジェだった。
「本当に仲がいいんだね!」
「ああ、子供の時から一緒だったからな。もう腐れ縁のようなもんだ」
「えっ、野生で生きてたの?」
「いやいや違う。子供の時にコイツを拾ったんだよ」
子供のころは腕に埋まるくらい小さかったのにこんなに大きくなっちまった、と溜息気味に頭を振った。
「……グルル、ガルッ」
「ああ、そうだったな。俺の基本的な戦い方を見せたが、隠密魔術や移動魔術も少しは使える。ただ多用しないうえ、得意でもない。その辺りのバックアップを頼みたいんだが、何か支援向きの魔術使えるか?」
「んーと、わたしは特化型魔術士で、他に使えるのは転移魔術と下位回復魔術くらいだよ」
「特化型?」
「うん!わたしは爆炎魔術が得意で、最上位魔術も使えるんだ。爆炎魔術なら色々応用効かせることができるよ!」
爆炎魔術に特化した魔術士、ということだ。威力を一点に絞ったものから、広範囲に放射することも可能だという。支援向きというか後方攻撃支援が向いてるだろう、とアベルは思慮した。
「そうだな……転移魔術ってのはどういう魔術なんだ?」
エンジェのざっくりな解説をまとめると、所定の位置に座標を指定していれば、どこからでも転移ができるそうだ。ただ指定の維持時間には自身の魔力量に依存するらしく、最大で一時間前後とのことだ。
ファンタジーでよく知られるような、一度行った場所であれば、いつでも転移できるといった都合の良い魔術ではないようだ。
「マーキングにはどのくらいの時間がかかるんだ?」
「注ぐ魔力量にもよるけど、最大維持時間なら3分できるよ!」
「三分……」
カップラーメンか、と内心突っ込みしつつ驚く。
転移魔術は高位魔術で、難易度の高い空間操作系魔術の一種でもある。制約があるとはいえ空間に干渉する複雑な術陣を短期間で設置できるのは驚異だ。
もっとも本人に自覚はないようだが、時間制限付きで所定の位置へ瞬間移動ができることはこの世界では強力な強みだ。例えばダンジョンで迷子になったり、己の危機時に発動させれば即座に帰還ができるのだ。
「対象は問わないのか?」
「流石に大きなものは無理ですけど、人間程度のサイズ以下なら何でもできるよ!」
対象の融通も効く。ますます驚異だが、普段使いには向かない。転移魔術については一旦置いておくとしよう。
「ふむ、転移魔術はまた考えるとして、基本戦術は俺とアートが前衛、エンジェが後方で隙を見て爆炎魔術で援護攻撃というフォーメーションを基本としよう」
「分かりましたわ!」
「………なぁ、君って姫様だったりするのか?」
ストレートに聞いてみる。
「そ、そそ、そんなわけないよ!」
あらか様に動揺を見せるエンジェだ。装備もそこそこ良い物をそろえているし、冒険者稼業をやってるとどうしても表れる装備の摩耗もあまりない。
駆け出しにしては高度な魔術や最上位魔術を扱える時点である程度の地位か、魔術師としての格があると予測できる。それに先ほどから所々に漏れる言葉遣いにも丁寧さや気品も見て取れる。
しかし、頑なに言おうとしない。今回の任務もそうだ。支部長をして理由を明かさずに高い報酬を約束した。何かしら隠しているのは真実だろうが、誰しも黙秘権はある。
「まぁ、違うんならいいんだ」
「ホッ……」
隠す気はあるのだろうか。
「……それよりも」
と、小さく眉間を寄せたアベルが体を仰け反らせた次の瞬間、黒い小刀が横切った。
「ッ!?」
そのまま腕を取ってねじ伏せようとするが、地面に着地する直前に体を強引に捻って、膝蹴りを放って拘束から逃れて距離を取られる。
体捌きが上手いうえ、先ほど展開した『気圏』で感知してからここまでに辿り着く気配を感じなかった。
「……こいつは誰だ?」
奇襲してきたのは、長い黒髪をポニーテールにまとめた黒翼の少女だ。闇に溶け込ませるために全体的に黒色で統一された軽装からして、恐らく暗殺に長けた者だろう。
キッ、と少女はアベルを睨み、黒い小刀を構えた。
「エンジェ様を返せ!」
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