➤13話 流浪の剣士
それから5年後。魔物が蠢く魔大陸アルマの最戦前にて集う冒険者の町モメントにて、いつもの様に冒険者同士で諍いを起こしていた。
「ハッハッ!そんなはした金で組むと思ってるのか」
「で、でも、依頼相場は金貨一枚って……」
「ダメだ。金貨十枚が最低だ。それ以下は受けねえ」
そうだそうだ、と同じパーティーの冒険者が同調する。何やらと冒険者から同行を依頼されている様子。
もっとも依頼主は冒険者というには初々しく、ましてや、女魔術士とあっては舐められてお終いだ。相手はB級冒険者の戦士で、依頼するにはそれなりの高額を要するが面白半分に吹っかけて断ろうとしている。
払えるならそれはそれで受けてやるが、本気ではやらないという魂胆であった。
「う……分かったよ。金貨十枚を出……」
「やめておけ」
深くフードを被った冒険者に手を抑えられる。
「あんたも冒険者なら信用を損なう真似はするな。もっとも自ら貶めるというのなら止めはしないが」
「なんだテメェは!?」
「冒険者だよ。通すかがりのな」
見るからに圧倒的な体格差。止めに入ったのはひとひねりで潰されそうなほどに線の細い少年だった。
軽装備をしていることから暗殺者か、盗賊など真正面で戦うようなタイプではないことを見抜いた戦士は口角を大きく歪めた。
「この女と俺は大切な話をしているんだ。他所の冒険者が口を挟むことじゃないと思うんだがな?」
「………はぁ」
見かけよかしにため息を吐く少年に青筋を立てた戦士は剛腕をふるって胸ぐらを掴み上げた。
「てめぇ、舐めてるのか」
「その口を閉じろよ。それ以上は恥の上塗りだ」
ぶちり、と切れた戦士はフードの少年を振り回して地面に叩きつける。しかし、手応えがなく、手には布だけが残されていた。
「ど、どこだ!?」
「ここだ」
戦士の後ろ。
背中合わせに立ち、少年は不敵に笑った。
「この野郎!」
振り向き様に剛腕を振り回してくるが、一歩後ろに下がって空振らせる。続け様に両拳で殴りにかかってくるが、その全てをひらひらと軽くかわし続ける。
「正々堂々戦え!糞餓鬼がァ!」
「力比べがお望みか。いいだろう」
たん、と軽く距離を置いて指で挑発した。怒りが臨界を突破した戦士は激昂して突進してくる。
「……単細胞が」
直後、轟音が響いた。
「うわっ!?」「なんだ今の音は?」
呆然とする冒険者たち。
「あ、あがが……」
いつの間にか戦士が壁でひっくり返っていた。いくらB級とはいえ剛腕が自慢である戦士をここまで一方的にあしらわれる存在など街でも一握りだ。
「これを懲りたら依頼料を吹っかけるなんて最低な真似はするなよ」
つぃと少年は興味なさげに踵を返して去っていく。
「ま、まって!」
女魔術士が駆け寄り、少年を呼び止めた。
「た、助けてくれてありがとう」
「……同じ冒険者として気に入らなかっただけだ。俺は俺のために喧嘩を売ったんだ。礼なんて要らない」
余計な手出しをするもんじゃないな、と小さく呟いて立ち去ろうとする。依頼内容も内容で並大抵の冒険者に依頼はできず、かといって高額を用意できるほど懐は重くなかった。
「あの、その、助けてもらっちゃなんだけど……」
「断る」
依頼を、と言いかけたところで切られる。
「お前もお前だ。見たところ先日に来たばかりの冒険者だな。あんな手合いに依頼するなんて愚者のすることだ」
傷のないきれいな装備の割に汚れがひどい。魔術士なのもあるが、この町に来るまでろくに魔物と戦わずに旅をしてきた証左でもあった。そのうえ、冒険者間の暗黙ルールをろくに知らない女魔術士とあっては良いカモだったのだろう。
「それに、俺には俺の目的がある。良い冒険者は他にもいるから適切な手順を踏んで頼め。俺は他人ほど興味ないものはないんでね」
「それは嘘だよ。本当に興味なかったら止めないよ」
即座に返される。どこか核心をつく様な言葉にフードを被った少年はピクリと眉を吊り上げた。
「ヴォルル、グルルン」
すると、どこからか現れた巨大な狼に女魔術士は大口を開けて絶句した。大きさ、威圧感、内包する魔力のどれを取っても最上位の魔獣だ。
「魔獣使い……?」
「違う、こいつは相棒だ」
魔獣を使役する以上、明確な主従関係を示すために契約をすることが慣例なのだが、彼らはそんなもの要せず対等な関係を築いている。
「グルル……グルル、グフッ」
「うっせぇな……はぁ」
言い返されてるじゃないか、と相棒に笑われる。
見てられなくて思わず止めに入ってしまったのは確かだが、それはそれ、これはこれなのだ。
「止めたことと依頼を受けるかどうかについての話は別だ。それに、俺は依頼相場を吊り上げたことが気に入らなかっただけで、断ること自体は真っ当な判断だと思うぞ」
冒険組合に仲介された任務は冒険者としての実績に直接計上され、上のランクへと進むにはこれを数多くこなす必要があるのだが、冒険者に直接依頼する任務は難易度の査定ができず個人同士での口約束扱いにされるため、実績に加えられないことが多い。
そのため、直接依頼するには高額でないと受けてくれず、まともに取り合ってくれないのが一般的だ。
「直接、冒険者に依頼して受けてくれる物好きはそうそういない。諦めて、さっさとお国に帰るんだな」
「……直接じゃなければ受けてくれる?」
「なに?」
「分かったよ。支部長に掛け合ってみるよ」
余計なこと言わなければよかった、と頭を掻きながら少年はため息を吐いた。組合を介する指定依頼であれば確かに問題ない。
「……ああ、頑張れよ」
だが、掛け合って依頼を出してもらうなど出来るわけがない。魔大陸の最前線とだけあって常に多忙の支部長を呼び出せる人物は王族や、同じ支部長かそれ以上の大物でないと不可能だ。
─────そして翌日。
支部長のリディックに呼び出された。
「依頼内容は星樹の頂点までの護衛だ。いくつかの任務を兼ねることにもなるが……前金は金貨五枚、無事に護衛が果たされた際に別途報酬も出るそうだ」
リディックの隣でむっふんと胸を張る女魔術士だ。
「……理由は?」
「すまないが言えない。ただ知己からの頼みで無下にするわけにもいかん。俺からも頼まれてくれないか」
こうまで言われては断りにくい。護衛の依頼金にして前金が高く、断る理由もほぼなかった。
「はぁ、いいだろう」
金貨五枚。A級冒険者に護衛を依頼する相場と同額である。それが前金になるということは、少年がA級以上のランク……S級冒険者であることだ。
「これはひとつ貸しだぞ」
「ああ、それで構わない」
実のところ、リディックと少年は知り合いで、少年がこの街に来る前に狩ったという『大剣虎』の牙を打ったところを目につけて、直接冒険者にならないかとスカウトしていたのである。
当然、登録時はC級冒険者からであったが、その後破竹の勢いで任務を達成していき、瞬く間に在野史上最高であるS級冒険者となった新進気鋭なのだ。
「わたしはエンジェ。転移と爆炎魔術が得意だよ。一時的とはいえよろしくお願いします!」
依頼を請けた以上、無愛想で通すわけにもいかない。諦めた少年はフードを外して素顔を曝け出す。
すると、少し長い黒髪がおろされ、真紅瞳の美丈夫が露わになった。やや女性寄りで棘のある雰囲気が印象的な少年が柔らかく微笑む。
「俺はアベル。流浪の剣士だ」
─────これが彼との出会い。
そして、彼という物語の始まりでもあった。
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