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 幕間(中) 失われた願い


 そこは異空間の中心。【魔神】の絶対支配域だ。

 『神域』とも呼べる領域に至れる者は一握り。


「最初から知っていたんだね」


【ああ】


 当然だ、とばかりの表情で少女を見下した。


「なぜ教えてくれなかったの。私がなによりも願っていたことを────」


【知らん。あれは貴様の願いの成就を望んでいない。そうである以上、俺が干渉することはない】


「────そう」


 ひき絞られていく膨大な魔力。ピシン、と少女の背後の空間に亀裂が入り、巨大な岩人形ゴーレムが出現する。


「何もしない『神』になんて価値はないわ。ここは私が譲り受ける」


 衝突する。凄絶な衝撃波が異空間に響き渡った。

 ゴーレムの持つ岩の大剣と【魔神】の防壁が衝突したのだ。


【代行者か。神域に干渉できるとはな】


 ゴーレムを狙って魔弾が曲線を描きながら放たれる。魔弾を感知した岩の巨躯が魔神の目の前から掻き消え、一瞬で魔神の背後を迫った。


『パージ』


 キリリ、と駆動音が軋んだ次の瞬間。


【────!】


 どんな攻撃をもってさえも直立の状態を崩さなかった魔神が、体をくに曲げて、吹き飛ばされたのだ。


【ほう……】


 魔神は常に次元歪曲による防壁を張り、どんな攻撃でさえも無効化してきた。アベルとの戦いでさえも、その姿勢は変わらなかった彼だが、その防壁を初手で突破され、完全に不意を打たれた形となった。


「対立を決めた時から想定しなかったと思う?」


 刺々しい岩の大剣を手に、すかさず追撃するゴーレム。それは、身の丈よりも巨大で、山さえも伐つことができる重厚な『岩剛剣スタヴァンゲル』である。


『パージ』


 振り下ろされた岩剣に魔神は叩き落とされる。

 ゴーレムはすかさず追撃するべく岩剣を振るった。

 しかし、振り下ろした剣は、ぴたり、と止まった。


「な────!?」


 己の肉体を持たず、内包する無限の魔力を主に使って戦ってきた魔神だからこそ、巫女はその光景が信じられなかった。


 巨大な岩剣を、片手で受け止めていたのだ。


 そして、掴んでいる剣を振り回し、投げ飛ばした。

 ゴーレムは空中でひるがえして体勢を整え、再び魔神に向かって突撃した。


「ッ! 待って!」


 我に帰った巫女は抑止の声を叫ぶが遅かった。

 魔神は巨大な岩の拳を手刀で逸らし、そのまま懐に踏み出して、ゴーレムの胸部を抉り取った。


【少し驚かされたが……大したことはないな】


『パージ』


 痛覚のない岩の人形は怯むことなく、振り向き様に左の岩拳を叩き込んで距離を作る。


『アーム・チェンジ』


 胸部から右腕にかけて大きな損害があることを自認したゴーレムは、右腕の岩を移動し、左腕の形態を岩剛剣と一体化させた。


 そして、左膝に魔力が集約されていく。

 当たれば致命打となる一撃を溜めているのだ。


【……人形ゴーレムに魔王因子を取り込ませたな】


『バースト』


 炸裂音が響き、空間中に波が広がっていく。

 魔神は基本『避けない』。


 立場がそうさせるのか、矜持がそうさせるのか、全ての攻撃を迎撃するのだ。


 そう見抜いての突貫。

 全てを載せた一撃を叩き込む。


【魔弾】


 手のひらに魔力を集わせる。膨大な魔力を圧縮したもので、地上で炸裂すれば地理が変わるほどの威力が秘められている。やはり迎撃する気なのだ。


 だが、ゴーレムの一撃は、すでに捨て身。


 ハナから止める気のない渾身に魔弾を躱す方法などない。体の損害を無視して岩剣を届かせればいい。


 圧縮してから炸裂する魔弾はどうしても威力が分散している。一点に集中した剣(・・・・・・・・)であれば突破できる。


 ────だが。


 それは大きな読み違いだった。魔弾が一瞬で消えたかと思えば、魔弾は炸裂せず電磁砲のように───


 極限の一点に放たれたのだ。


 通常の魔弾とは違い、限りなく零に近づけた超極小の魔弾が剣から後方へと通り過ぎた。一撃で国を滅ぼしうる威力を秘めた魔弾をそのままに放ったのだ。


 縫い針で刺すかのような細く鋭い魔弾がゴーレムを貫通したのである。あとから遅れて、凄絶な衝撃波が響き、ゴーレムは粉々になって吹き飛んでいった。


 かろうじて頭部のみ残るが、体を失っては何もできない。


『マダダ、我ガ負ケル訳ニハイカナイ』


【もう遅い 魔核を砕いた】


 再起動するべく体の再生を試みるも、むき出しになった紅色の魔核を打ち砕かれた。


「────、アケディ」


『申シ訳アリマセン。再起動ニ時間ガ……』


 並のゴーレムとは違い、魔核を破壊されようと再生することはできるが、それでも時間がかかる。


 如何に魔王因子を込めた核だったとしても。


【……そこまで堕ちたか。───ドリー、いや……】


 なによりも問題なのは魔王因子だ。アベルが強引に奪った因子を除き、今や唯一の魔王であるアケディは史実最強の魔王となった。


 僅かながらも魔神と渡り合えた理由のひとつだ。

 そして、もう一つ、


【───────秋桜アキザクラ 叶夢トワよ】


 その名は、かつての名。

 今世では名乗りたくない『真名』だった。


「その名前で呼ばないで。私は、この世界が嫌いなんだから」


【ここ数年の貴様の姿が見えなくなっていたが……時空に干渉するまでに至ったか。そこまでして奴に拘るのか】


「……あなたに、何が分かるっていうの?」


 神域に膨れ上がる人智を超えた魔力が衝突する。

 決着は一瞬だった。


 ……否、何も起こらなかった。


「あなたに、人を愛する気持ちが、分かる?」


 はじまりは────唯一の異世界人として、勇者の一部を受け継いでこの世界に渡った。勇者召喚による時空の歪みによって原初へと弾かれた『星の巫女』。


 勇者の力を用いて、星樹と同化して元の世界に帰ろうと何度も試みた。土くれの魔王(アケディ)も一環だ。魔王を作り出し、還元される魔王因子を自壊させて世界に縛りつけるものを消す目論見だった。


「……ねえ、あなたに分かる? 唯一たったひとつの願いに縋りついて生きてきた者の気持ちが……」


 荒野に放り出され、同じ境遇にある者がいなくて狂いそうになるほどに寂しかったが、『そのため』ならなんて事はないと自分を言い聞かせてきた。


【お前……そうか、そういうことか】


 彼女の胸には────『孔』が穿たれていた。


 胸を貫かれたかのような孔が空き、そこから魔力が零れていく。孔を中心に体全体に亀裂が入り、少しでも触れれば崩れ散りそうになっていた。


『ド…リー……様……』


 【魔王】とはいえ、神域での存在証明を維持できる彼女をなくしては姿すら維持できない。土くれの魔王は彼女よりも先して異空間から消滅していく。


【………そこにいるのか】


「ええ、あなたを滅ぼすために、ね」


【分かっているのか。そいつは……】


「分かってるわ。でも、あなたも言っていたでしょ。

 それこそ私にとっては知ったことではないわ」


【……………】


 神域で存在している彼女トワは『分体』。

 本体の状態を反映し、本体が死ねばともに消える存在である。


 彼女の胸に空いた孔は本体の損傷を意味していた。


「……わたしは───……」


 ───見てしまった。繰り返す過去の中を覗いた。


 ディーヴが残した……繋がりを通して見た。


 追い求めていた彼は死に、この世界に転生していることを知った。否───知ってしまったのだ。


【何も成さずに受け入れる気か】


「……ええ、もういいわ。何も成す気もないしね」


 私は、どちらの世界も、嫌いだ。


 この世界に放り出されて何よりも願った渇望。

 それがいま────、失われたのだ。


 これは、ただの自棄。自滅願望だ。

 帰る世界に意味を見出せない。


 そう、帰った世界に、彼はいないのだから。




「……もう一度だけ、会いたかったなぁ」




 名残惜しく、小さく呟く。


 そして、崩れる体が塵へと消えていく。

 人知れず、彼女は崩れていく。


 『彼』の知り得ぬ所で……消えていった。


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