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 幕間(前) 朧火の一手


 【虚樹グリフォト


 刺々しい漆黒色の体表をもつ巨樹で、魔力量が乏しい者が触れれば、あっという間に吸い尽くされ、最悪死んでしまう。まさに『悪魔の樹』だ。


 この樹木が発見されたのはアルマ大陸だ。


 かつてアルマ大陸は様々な人種が存在し、コロナ帝国と比肩する大国も幾つか出現したこともある。元々アルマ大陸中に大量の魔素を含み、アルマ大陸で生まれた生物は高い魔力をもち、激しい生存戦争があった。


 中でも人族は魔素に対して高い感受性と自在性があり、激しい戦争を繰り返してきた。被害を鑑みない戦争の末にアルマ大陸は消耗し、荒廃の地へと変貌しつつあった。


 そんな時、突如と【虚樹グリフォト】が出現した。


 突然変異とも呼ぶべきか、空気中の魔素を全て呑み込み、果ては生物の魔力さえも奪い、成長していく悪魔の樹が現れたのだ。幸い、繁殖機能はほぼ皆無で確認された悪魔の樹は指で数えるほどの数だった。


 しかし、その数えるほどしかない【虚樹グリフォト】がアルマ大陸中の魔素を吸い上げ、生命の根源である魔力を奪われ、あらゆる生物が死に絶えていった。過ぎた力を罰するかの如く、大陸に死をもたらしたのだ。


 【虚樹グリフォト】による被害の記録はここまでとされているが、記録の先が存在する。植物学者によると【虚樹グリフォト】は成長段階の状態を指し、成体には別の呼称がある。


 アルマ大陸から魔素せいめいりょくを奪い尽くした【虚樹グリフォト】の中のひとつが完全に成体となった。その大樹は煌めく星のような花を咲かせ、再びアルマ大陸に魔素をもたらした。成体となれなかった個体は朽ちたが、咲かせた大樹は今もなお残り続けている。


 その名は────《星樹ユグ》。


◇◆


 それはアベルが魔神に敗北し、ものぬけのコロナ帝国へと墜落した少し後。


 《幽幻》と呼ばれる暗殺者が【虚樹グリフォトの種】を使い、異空間にて大樹を成長させた。充満する魔素を取り込んで巨大化し、異空間ごと侵食していく。異空間を支配する【魔神】ごと取り込み《真祖》を手に入れる。


 僅かな隙とはいえ【魔神】もアベルに気を取られて異空間の掌握が緩んでいる好機を利用して『神喰い』を成立させる。


 願望器となる【虚樹】は異空間を呑み込み、完成されつつあった。異空間の支配者たる【魔神】であろうと修復は不可能なほどに侵食は進んでいた。


 ────が。


「な…に……?」


 新葉は枯れ、枝は折れ、樹皮は剥がれ。


 今、大樹が崩れ落ちようとしていた。


【ッ、不朽の大樹となり異空間の全てを呑み込め!】


 神言で命じようとも止まらない。


【虚樹よ、食らいし魔素を費やして修復せよ!】


 開花済みの《星樹》のクローン体とはいえ、条件は満たしていたはずだった。より成体となりやすいよう改造も加えてある。


 異空間を喰らうために改造されたものだった。


「馬鹿な……!?」


 大陸を統べる魔王の力を集結させようとした。


 万の魔力を得るために獣竜王ネロを利用した。


 無限の魔力を得るために邪神を復活させた。


 だが、いずれも失敗に終わった。

 勇者に、剣聖に、亡霊に、邪魔されたのだ。


 ただ今回はその三者の阻害はなかった。

 国そのものの介入も避けるために道化を動かした。

 ゆえに、目の前の崩壊が信じられなかった。


「………………まさか」


 ゼストの裏切りはあり得ない。道化団はイカれた者が多いが、新世界を望む信念だけは偽りではない。


 となると────


◇◆



 異空間に漂う帝国の上空にて、帯電する雷が弾けながら崩壊していく【虚樹グリフォト】を眺める魔導士がひとり。


 彼は《麒麟ライトニング》の大魔導士。字名はウォーロク。


 彼は、世界どころか、次元そのものの危機に駆けつけたのだ。


「ここが亜空間……いや、異空間か」


 最悪のタイミング、ここに来て自分たちにとって最も来てほしくない敵が現れたのだ。


 忌々しげに見上げる《幽幻ファントム》。


「貴様……!」


「これはこれは、アカイムじゃねェか」


 ウォーロクは不敵に見下げ、大杖を振り下ろした。

 何もない空から雷が落ち、紫色の電気が広がる。


 アカイムは地を這うように駆け抜けて、続く雷の嵐を回避し続ける。その忌々しげな表情のまま、ウォーロクがいる上空へ飛び出した。


 大杖と短双剣がぶつかり合う。


「貴様は介入を拒んだはずだ!」


「確かに拒否した。だが、それは勇者救出に対して(・・・・・・・・)だ」


「………! この事態も想定内だとでも言うのか?」


「ああ、概ね予測通りだ。────《朧火ディーヴ》のな」


 まさかとは思っていたが、ここで出てくるか。

 いや、焦点を当てるべきは今ではない。


 いつから見越していたか、だ。


「ハッ、考えている暇なんてあるのかよ?」


 四方から無数の紫電が伸び、蛇のようにアカイムを追ってくる。帝国の建物から建物へと移動し、魔力を込めた分身で追跡から逃れるも、一瞬で目の前に現れたウォーロクの蹴り落としで地面に叩きつけられる。


 ふんだんに高い魔力を移動魔術に使い、天性の格闘技術と体術によって、魔導士のくせに高位級の拳闘士を超える挙動で攻撃してくるのだ。


【術理よ、無に帰せ!】


「無駄だ」


 神言による魔術停止マジックキャンセラーも難なく聖気によってレジストされる。そもそも、聖人が異空間に居続けられること自体が異常だ。


 この世界には魔素が充満し、あらゆる人族は魔力を持って生まれる。聖気を持つ人族は極めて稀で、一定の聖気をまとった者が《聖人》と呼ばれるのだ。


「『幽歩』」


「雷神よ、汝が敵を祓え『雷闊』」


 秒にも満たぬ高速詠唱で、ほぼ無詠唱に近い魔術行使。ウォーロクを中心に雷が広がるように弾ける。


 幽歩で近接を試みようとしたアカイムは全力で飛び退くも一筋の雷を受け、僅かに麻痺してしまう。


「くうぅっ!」


 話の続きだが、《聖人》は人を癒やし、魔を浄化する力を持つが、その反面に濃厚な魔素に晒されると人並み以上に死にやすくなってしまうのだ。


「化け、物が……ッ!」


「心外だな。オマエも大概だろォが」


 異空間は地上よりも高濃度の魔素で埋め尽くされている。《聖人》にとっては致死の領域で、僅かでも異空間にいれば死んでしまう。聖気を纏わせてレジストすることも可能だが、異空間で息を吸う限りそう長くは持たない。


「【魔人】になんてモンになりやがって……


 そこまで堕ちたか アカイム 」


 逆に、異空間は【魔人】にとって即座に魔力を回復させることができる空間、際限なく魔術行使ができる領域だ。


「黙れ! お前に言われたくない!」


 魔人となっているアカイムにとっては、有利な場所ともいえる。大量の魔力を消費する神言を何度も行使できたのも、異空間の恩恵である。


 異空間においてアカイムに勝てる人族などいない。

 ましてや彼は世界最高の暗殺者アサシン幽幻ファントム 》だ。

 

 たとえ《麒麟ライトニング》の大魔導士であるウォーロクでも勝てる相手ではない。


「悪りィな。オレが来て正解だった」


 それが何故、アカイムを圧倒しているのか。


 答えは単純だ。彼もまた【魔人】だからだ。


「『幻惑殺陣』!」


おせェ 勇猛なる雷神よ、其の苛烈なる煌めきを以って、汝に逆らいし者を裁け『雷霆』」


 視界全てに眩い雷光が弾け、超高速で展開された大魔術に対して回避行動を思考する間もなく(・・・・・・・・)、無数の大雷に打たれた。


「ぐぅぁあ!」


 ウォーロクは、聖と魔を併せ持つ稀有な異端者だ。


 種族上では白妖精に属されるが、ほぼ新人種ともいえるほどに人族としての系譜から外れている。ウォーロクは《聖人》でありながら【魔人】でもある。


 そのため、制約どころか、恩恵を受けているのだ。


「らしくねェな。暗殺者アサシンのくせに気配が丸分かりだ」


 そして、備えも足りてねェ、とウォーロクは冷徹に吐き捨てる。


 暴走したSS級を止めるには通常SS級の冒険者を派遣しなければならない。しかし、《幽幻アカイム 》は六英雄に数えられ、実力もSS級の中で上位。同じSS級では確証には物足りない。そうなれば、SS級の更に上、今や唯一のSSS級である《麒麟ウォーロク》が出てきて当然なのだ。


 異空間に転移できたのも恐らく、朧火ディーヴの手引きで間違いない。一度通った入り口は、感知した魔神によって閉じられるが、奴は異空間に通じる入り口を知り、このタイミングまで隠してきた。


「ハメられたんだよ。オマエも───ゼストも」


 計画を急くあまり想定が足りてなかった。学園都市の学長の立場にいるウォーロクは動かないと決めつけていた。


 あくまで時間稼ぎでしかなかったというのに、だ。


「まだ……まだだ!」


 一手遅れてしまっただけだ。【虚樹グリフォト】の成長を妨害しているウォーロクの術式を無効化させれば、まだ立て直すことはできる。


 あまり使いたくはなかったが、と崩壊する【虚樹グリフォト】のもとへ後退する。


【星々は道標 暗闇は魔 全てを内包せし偽りの黒天よ 汝らを導きたまえ───暗闇よ、我が星へ還れ】


 【虚樹グリフォト】が変形し、アカイムへと収束される。


 ───────瞬間、【虚樹グリフォト】は霧散していった。


「な……!? 貴様、何を……」


「何もしてねェよ。まぁ、最後の崩し(クリティカル)はオレがやったが」


 くるん、と大杖を一回転させて肩に置きながら、人差し指を下に向けて、ウォーロクは続けた。


「オマエたちの最大の誤算は、植栽地にこの地を選んだことだ」


「そんな馬鹿な!擬似異空間での開花実験は完璧だったはずだ!還元術式にも狂いはない!」


「帝国が滅びると知っていて、巨王アダムが何も備えていなかったと思うか」


 アダム。異空間に呑み込まれると知っていて、何もせず滅びの結末を受け入れた愚王だ。我が子を守るためだけに動いてきたアダムに、今の状況を作り出すことなど出来ないはずだ。


「コロナ帝国の領域に対【虚樹グリフォト】の術式を残していることは知っているだろう」


「だが、それはアダムが……」


 気づく。致命的な見落としに。


 【虚樹】は異常な環境適応によって、単純な術式では破壊され、逆に使用した魔素ごと糧とされる。だから、常に術式の更新アップデートが必要である。それも術式に即応してくる更に先の術式を常に用意しておかなければならないのだ。


 術式の存在は知っていたが、未来知を持つアダムがいなければ成り立たない方式のうえ、コロナ帝国は滅びの時まで【虚樹】の被害は受けず、ヘーリオス大陸に出現したことはなかった。


 故に、機能していないものとたかを括っていた。


「…………まさか、死んでなかった?」


 異空間に呑まれた時から術式を維持した者がいる。

 まさかとは思ったが、それなら得心がいく。


「アダムが先刻まで組み上げた崩壊術式の仕上げをオレがしただけだ。オレという存在だけではない、お前たちは『タイミング』も誤った」


「─────ッ!」


朧火ディーヴは最初から見越していた。奴をただの裏切り者と侮ったことがお前たちの敗因だ」


 道化団に加入して間もなく裏切った。所属していた期間は短く、団の持つ手札を知るほど深い関わりは持たなかった。しかし、一を知れば、九か十を見抜く油断ならない魔術士で、リスクを避けるためにブラックハートを使って危険人物として排除した。


 死した今でも警戒はしていたが、重要視はしなかった。悔しいが、ウォーロクの言う通りしてやられた。


「さぁ、お喋りはもう終いだ。勇猛なる雷神よ、偉大なる御身の仇をなす者は其所に在り、嗚呼、摂理に從わぬ叛逆者よ、苛烈なる神の怒りを知るがいい」


 更に長文詠唱による僅かな隙にアカイムはその雷から逃れるべく、その場から離脱した。


 が、その一撃に回避するすべはなく。


 帝国ごと、異空間に眩い雷光が奔った。


「───────!」


 『原典オリジン』の中でも別格に数えられる五つの最奥。


 最上級魔術を超えた神級の大魔術。


 その名も────




「   『神乃雷メギトール』   」




 それは、雷というには美しく、穏やかな光だった。

 

 雷轟音もなく、静かに帝国を呑み込んでいく。


 形あるものは塵となり、その次の瞬間には跡形もなく光に消えていく。


 消滅の雷の中心にいた魔術士は冷徹な瞳で、ただその光景を眺めていた。


「………」


 通常なら多くの魔術師が術式を展開し、起動する大魔術だ。ある小国が抵抗の果てに何百という人族の魔力せいめいを犠牲に発動に成功した。その被害は何千という人的被害に留まらず、国ごと地理を変形させたという。


 まさに神の裁きが如き大魔術だ。それを単身、かつ高速詠唱で成立させたウォーロクは人族の枠組みから大きく外れた存在といえるだろう。


「……へェ、あの中で助け出したのか。何者だ?」


ブラックスペード 名はディヴィッド】


 そこには、大剣を携える漆黒の剣士がいた。


 消滅の雷光が消え、何もない異空間が広がった先にウォーロクと対峙する形で、下半身が消し飛ばされたアカイムを肩に抱えていた。


(……………強いな)


 高まる警戒。


 範囲こそ絞ったが、あのタイミングで神級大魔術から逃れる方法は皆無だったはずだが、自分は無傷で尚且つ、アカイムの形を残して助け出した。


 それだけではなく。


 希薄な気配の奥に隠れた異質な魔力に、迂闊には仕掛けることはできない、とウォーロクが躊躇ったのだ。


【………此度の差し合いは我らの負けを認めよう。だが、あの方の計画はまだ終わっていない】


 まるで、深淵から出てきたかのような声だった。


 フードの中の紫髪の切れ目の美丈夫だが、はっきり見えない。それは揶揄ではなく、フードの中の顔は視認できるのにうまく認識できない。


 理解が滑る、と言った方が正しいかもしれない。


「逃がすと思うか?」


 ギュカッ!!と渦巻く三つの紫電が黒スペードを中心に弾けた。


 だが、手応えは一切なく、変わらずそこに佇んでいた。


【……鬼国に【死】を告げた時、全ては転覆する】


 希薄な気配がより薄れ、黒スペードはアカイムとともに異空間から消失した。


「………チッ、とんだ隠し玉がいたか」


 薄気味が悪いとはこのことだ。


 常に周囲に意識を張り巡らせていなければ、ウォーロクとて不覚を取っただろう。


 少しでも意識を逸らせば、一瞬で致命を取られる。

 アレは、そういう相手なのだ。


「………」


 とはいえ、隠し玉抜きにしても、奴らがここまで強引に作戦を行使しようとしたのだ。何か確証があったのだろう。アカイムの去り際の言動からして、失敗しても得られるものがあるとみなした上で動いた。


 そして恐らくだが、成功か、失敗か、そのどちらに転ぶよう朧火ディーヴは策を残した。それが何か分からないが、微かに朧火ディーヴの魔力の残滓を感じる。


「ハッ、オレを駒の一つとして扱うとはな」


 朧火ディーヴのことだ、まだ幾つか用意はしてあるだろうが、予測の大筋はここまでだ。次なる手はアベルが汲んで動くだろうが、ここから先は未知の戦いになる。


「あぁ、それでもいいさ。何もできなかった頃よりは何倍もマシだ」


 娘のためとはいえ、研究に没頭するあまり蔑ろにしたまま失ったものもある。研究に対する後悔は一切ないが、それでも失ったことによる後悔はあった。


 失ってから気づくなんて、何とも愚かしいことだ。


「だが、最後に勝つのはオレだ」


 不敵な笑みを浮かべながら踵を返し、雷光とともに異空間から引き上げた。

 

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