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122話 女王の包囲網


 一行は商業の町『アサダ』に来ていた。馬車から見える賑わいぶりを見て、エンジェは感嘆していた。


「いつ来てもすごいね……」


 コロナ帝国という大国の消滅により衰退していた町を早急に立て直したという、彼の手腕が目に見えている。国ではなくひとつの町が栄え、世界経済の一翼を担っているのだ。


「応、しかし、今のシバと同じで気味の悪い町だ」


 コロナ帝国傘下にあった頃には遮断していたシバに繋がる道を開通し、同じく急成長した町である


「……ですが、エンジェ様がわざわざ赴くことはなかったかと……今、大切な時ですし」

 

「そうはいかないよ。シバ女王として、確かめなければならないことがあるんだよ」


 緻密に分散されて分かりにくくなっているが、人材、食糧、智恵……シバへのあらゆる資産の流通はすべて、この地から流れてきているのだ。


 新生ベヒモス国、冒険者の町コリオリ、鬼人の集落倭ノ国、様々な流通を通じて、シバへ辿り着くように仕向けられていた。


 ベテラン商人でも気付きにくく、世界規模の流通を把握できる者でなければ気づかないレベルだ。


 それに気づいたのは、ロベリア商会当主であるクラーク・ロベリアだった。


 曰く、発展を支える土台が不安定だ。このままでは国民は疲弊し、急成長に伴わないことによる破滅を招くことになる。


 彼は確信を持ってそう言った直後、秘密裏に調査を派遣して流通を辿っていったのだ。


 そして、アサダの手の者によって、流通の一割未満をごまかしていることが判明した。一見して誤差レベルの量だが、世界規模となると容易く十を凌駕する。


 それらが指し示すは────


「ゼスト様、エンジェ陛下がお見えになりました」


「アポなしで? ふむ……通してください」


 町の取締役のゼストは、不審に思いながらも只事ではないと部屋へ入れることにした。そして、シバ国の一行が入場する。


 先頭のエンジェがスカートをつまんで辞儀をし、付き従う二人の聖騎士も胸に手を当ててかしずいた。


「この度は突然の訪問となり申し訳ありません。どうしてもこの地で確かめたいことがありまして」


「それは構いませんが……《六英雄》を連れてくるとは思いませんでした。おや、そちらは……」


 右方はレイア・ニーベルゲンだが、左方には見慣れない若手聖騎士だった。


「フヴァル・ジェイファーと申します。若輩なれど第十騎士団を預からせていただいています」


 彼は、騎士団で頭角を示し、瞬く間に団長へと登りつめたという新星騎士だ。礼儀と立場を重んじ、騎士団の名に恥じぬ実力を兼ね備え、その忠誠心を買われて側近の一人に抜擢されたのである。


「シバ国にも優秀な騎士がいるのですね」


「はい。いつも彼達には助けられています」


 シバ国の繁栄に伴って、元々六つだった騎士団が十一騎士団へと増えた。財力のみならず、兵力も着実に拡大しているのだ。


「そして、貴方にも」


「…………はて、何のことでしょうか」


「私たちに気付かれないよう支援をしていただいていることは知っています。感謝しても、し足りません」


「ご存知であれば仕方ないですね。仮にも世界円卓のまとめ役をしている立場としてはあまり良くないけど、コロナ帝国が滅んでいる今では、シバが世界的な大国です。ですが……」


「土台が不安定だから、ですよね」


 そこで、ほう、とゼストは顎に手をやった。


「確かに我が国は今、かつてないほどの繁栄を見せています。そして、それを支える人材や財力が不足してきているということも理解しています」


 そう、先ほども言ったが、シバ国には急速な発展に国民がついていけていない状態である。


「いくらシバが大国でも早すぎる変化に困惑しています。発展にも『人』が必要なのです。置いてけぼりな現象を放っておけなく、ここに来ました」


 ロベリア商会と同じく、世界各地に支部を置いている彼ならば、シバで足りない人材や教育を施せる。


 しかし、アサダの現状ではそれも難しいだろう。アサダも繁栄に『人』がついていけていない。そんな状態で人材を割くなどもっての他だ。


「我々も手を貸したいところですが……いや、あまり流通が行っていない鬼人の国からなら……」


 ただ──、今回ここに訪ねた理由はそれではない。


「ゼスト様、何故、力になろうとするのですか?」


「…………? どういう意味です?」


 エンジェは壁に張り付けられている世界の地図を見て続けた。


「我が国はアサダをはじめとする、新生ベヒモス王国やコリオリからの流通を主軸とし、過度な財が流れ込まないように各国調整や取引をしています」


 同盟とはいえ交渉相手であることは変わらない。互いが互いにメリットを踏んだ上での取り引きである事は鉄則である。


「ですが、我々の意図しない輸入が存在します」


 正規ではない流通、それは闇市を指し、規制しているはずだが、表の発展に追随するように膨れ上がっているのだ。


「今、我が国の発展の水面下で、一瞬で全てが覆されてしまうほどの裏社会が発達してしています」


「それが私とどう関係が……」


 そこで、とある書類を見せる。


「『納品書』?」


「はい。我が国に商品が入った際には必ずこの書類を納める必要があります」


「…………」


「記載している納品量と比べ、実際の納品量の方が僅かに多いです。差分は誤差の範囲ですが……問題はその誤差の数です」


 一個や一枚、ほんの僅かな差ではあるが、その誤差報告が数百にも登っていたのだ。


「十や二十であれば良かったのですが、それが数百に数千となれば異常です。ある協力者によって差分は裏社会に回っていることも分かりました。そして、その手引き者の正体も……」


 彼が潰したベール商会もその一つだ。事業はロベリア商会に吸収され、過剰分は各国に返品など、等価となるよう調整したことで均衡は保たれた。


 だが、それも氷山の一角。他にも多数の漏出が確認されている。強引に規制することはできないため、少しずつ改善していくしかないのだが……それでも大きな収穫はあった。


「その人は────」


 ベール商会の幹部格を尋問し、裏で繋がっていた存在を吐き出すことに成功した。その者の名を告げようとしたところを遮られる。


「エンジェ殿下、そこまで言わなくても構いません。それよりも、その者の狙いは何だと思いますか?」


「……世界円卓の協定事項『同盟者が死亡した場合、次期同盟者が正式に就任されるまでの立て直し期間は一年とし、その間のみ同同盟者は現状維持させる支援を行うことを義務とする』」


 それは不可侵に近しい(・・・)条約でもある。同盟者が倒れた際に開いてしまった空席を埋める期間を設け、その間のみ関係性を維持し、完全に亡国とさせないための協定でもある。


「救済措置とも捉えることができますが、次期同盟者が誰になるか……そこに関する協定はないです。つまり誰がなっても問題ない、ということでもあります」


 正当な王族ではなく、他の誰かが王位へ、もしくは代表者になっても協定には抵触しない。


「それと……これまでに一〇三回、暗殺を仕向けられました。勿論、彼の協力によって裏は取れています」


 これがベール商会から引き出せた最大の切り札(情報)

 もちろん、これだけでは証拠には足りない。


 そこで、もう一つの真実の出番である。


「そして、我が国の商業において強い力を持っているのはロベリア商会ですが、それに次ぐ権限を持つ商会は一つしかない。確かにロベリア商会は我が国に多大な力を貸してくれてはいますが、我が国に拠点を置い(・・・・・)()いるわけでは(・・・・・・)ありません(・・・・・)


 ロベリア商会はどこの国にも属さない独立した組合である。要は、お得意先であるシバ国において強い発言力を持つというだけで、権力を持つわけでない。


 ゆえに事実上、シバ国を掌握し得るほどの権力を持つ存在は一人しかない。その商会は表も裏にも通じ、あらゆる面で強い権力を持つ者でもある。


「その者の狙いは、我が国を手に入れることであると推察することができます」


 そう、ディーヴが亡くなった後に、またたく間に国内に数多くの拠点を設立した『シオン商会』の代表者たる───ゼスト・ガーランドしかいないのだ。


「……ふふ、正直なところ、貴女がここまで聡明とは思いませんでした」


 推測を告げられて、ゼストは否定するでもなく、肯定するでもなく、感嘆するように微笑んだ。


「一国の王がここまで細かく俯瞰した視点を持つのはなかなか無いですよ」


 ゼストは話を続けながら、ちらりと窓の外に目をやった。そして、己の置かれた立場を把握し、感嘆するような微笑みは崩さなかった。


(……なるほど、私に逃げ場はない、と)


 この地はゼストの街だ。


 当然『耳』や『目』を至る所に張り巡らせている。


(この采配、どこか異質感を覚える)


 その『耳』や『目』達から今しがた、彼を逃さないための包囲網が張られていることを報告されていた。


 確かにシバから来客が来ることは珍しくもないが、恐らく少しずつアサダに在留する者を増やし、今、この瞬間に翻って、いつの間にか包囲網が成り立っていた、といったところだろう。


 この周到さ、抜け目のなさ。

 まるで───……


「事をなす前にひとつ教えてくれませんか?」


「はい。何でしょうか」


「ここまで明言したのです。貴女であれば『彼』の動向の違和感にも気付いていたはずです」


 そう言われて、エンジェは少し目を細める。


「………」


「何故───、身篭っている(・・・・・・)ことを明かさなかったのですか?」


 それに気づかれるとは思わず、エンジェは僅かに目を見開いて動揺を見せたが、すぐさま落ち着きを取り戻して、その問いに答える事にした。

 

「……罪を感じて欲しくないからだよ」


 彼女は少し哀しげな顔でおなかを優しく撫でた。


「あの人はこの子をが生まれても、その罪悪感からは逃げられないと思う」


 宿した子は、失意に沈んでいた時にできたからこそ罪を感じてしまう。子のことを教えて、踏みとどまってくれても、罪の意識は消えないだろう。


 だけど、この子が生まれてくることには、あの人も喜んで祝福してほしい。


「子のためにも、彼には幸せでいてほしい。生きてよかったと思わせたいから、私がそうしたのです」


 彼は、母を失った時からずっと共にいた相棒の死によって大きな喪失をもたらした。確かに一時期冒険者として共にいた私も何か力になろうと思ったが、彼が私に求めたものは『受け入れてくれる存在』だった。


 そうあろうとし、あの壁の上で誓った。

 そのためにも国造りを真摯に励んだつもりだ。


 だけど、受け入れるだけでは彼を変えることはできない。彼の中の決断に『否』を突きつけられる存在が必要なのだ。


 その存在こそが『彼女エリーゼ』である。


 獣竜王との戦争以来の、彼のあり方に否定的だった彼女だからこそできることだ。


 彼の決意に『否』を突きつけ、悔恨を乗り越えてほしい。そう願ったからこそ────


「……………下らないですね」


 先ほどまでの温厚さの皮を着たゼストの微笑みが剥がれ、酷く冷めた目に変貌した。


「彼の為?子の為?そんなもの偽善に過ぎません」


 控える二騎士が聞き捨てならない、とわずかに動きを見せるも、エンジェの手によって止められる。


「ふぅん、意外と冷静ですね」


 こつこつとブーツを鳴らしながら机の手前へと迫ってくる。


「無利益…他愛…偽善……我々はそんなものの為に命を賭すように作られていない。ヒトは、常に欲に忠実な生物なのです」


 エンジェを心底見下すような目でそう語った。

 そして、ちらり、と隣に視線を向ける。


「その点では《剣聖》が最も最悪でした」


 あらかさまな侮辱に大きく反応したのはエンジェの傍に控える竜殺し(レイア)だった。


「子供ひとりだけを救って、満足して死んでいくなど愚か者のすることです」


「………応、随分と言ってくれるじゃないか」


「レイア」


 名指しに制止の声がかかるも湧き上がる感情に抑えきれない様子のレイアに対して、ゼストあからさまに溜め息を吐きながら続けた。


「はっきり言わせてもらいましょう」


 軽蔑。侮蔑。レイアを見下す目でこう宣言した。


「《剣聖》は最高峰の冒険者となりながら名も知らぬ子供を理由に使命から逃げた───『弱者』です」


 プツリ、と何かが切れる音がした直後、横薙ぎの轟音が響き渡った。机もひしゃげ、壁も吹き飛び、瓦礫が道中を降りそそぐ。


 ついに手が出てしまったのは、他の誰でもない。

 《剣聖》と朋友たるレイア・ニーベルゲンだった。


「────俺の前であいつを『弱者』と呼ぶな」


 ごうごう、とエンジェたちの手前の空間そのものが粉砕され、砂塵が煙のようにうず巻いていた。激昂したレイアが、怒り赴くままに大剣を薙いだのである。


「おやおや、温厚ではありませんね」


 余裕ありげな声が外から掛かる。部屋の外には、ゼストが見下ろすように宙を立っていた。


「ここで相手してあげても良いですが、後がつかえています。ここは退散とさせていただきます」


 そう言って、出現した黒渦に消えようとした瞬間。


「させませんよ」


 フヴァルが、ゼストの目の前に迫った。


 その次の拍子には既に三撃を加えた後となり、ゼストは反応できず、黒渦と共に霧散していった。


 が、その手応えのなさにフヴァルは眉間を寄せた。


「……数瞬遅かったか」


「危ない危ない。若手とはいえ侮れませんね」


 既にゼストの体は実態のない魔素へと変化し、それによってフヴァルの斬撃は空を切ったのである。


「やはり────【魔人】」


 魔の深淵に近づき、魔素そのものへと近づいた者をそう呼ぶ。そして、《聖人》と対をなす存在であり、そうなった者の殆どは魔に溺れて【凶堕ち】する危険性を孕んでいるのだ。


「確かに【魔人】に近いですが、半分正解といったところ。私はそのような不完全なものではありません」


「………」


 そこでかつて能力スキルに詳しかったエンジェと、長年の経験を重ねたレイアは『その種族』が真っ先に頭に浮かび上がってくる。


 何度も噂では上がってきていたが、一目にして確定なものとなった。


「流石に気づかれたようですね。今の私にはどんな攻撃でも効きませんよ。それに、これ以上の話すことなどありませんし、退散させていただくとします」


 黒霧となったゼストの体が風に消えていく。


「それでは、またお会いしましょう」


 そう言い残して消えた。フヴァルが魔力の痕跡を追おうにもここで手掛かりが完全に断絶されていることを知り、これ以上の追跡は諦めた。


「……チッ、得意気に逃げやがって」


 一撃でも攻撃を与えることができず、レイアは悪態をついた。


「レイア、気持ちはわかるけど、勝手に動いたことは許しませんよ」


「……応、悪い」


 普段から大雑把な態度に反して、滅多に怒りを露わにしない性格でもあるレイアだが、朋友はらからの侮辱には耐え切れなかったのだ。


 エンジェにはそれを諫める気はないが、制止を聞かなかったことに対して、上に立つ者として咎めなければならないのだ。


「エンジェ様、ただいま戻りました」


 そこで砕かれた壁から黒翼の暗殺者が入ってきた。

 もしも取り逃してしまった時の追跡のため、彼女はゼストのもとへ行く前から上空で見張っていたのだ。


「小鴉丸、周りにはいなかった?」


「はい、何も視認できませんでした」


 黒霧化したとしても、ずっとその状態だと本当に魔素に還ってしまうため、長くは維持することはできない。長く維持できても十数秒……必ず消えた後にどこかで出現するはずだが、想像以上に維持時間が長いのかもしれない、とエンジェは推測した。


「……やっぱり、そう上手くはいかないね。ここで阻止できれば良かったんだけど仕方ないよ。小鴉丸、悪いけれど先に戻って、この件をクラーク様に伝えてくれるかな」


「はい、直ちに」


 そこで、当たって欲しくなかった予想が当たってしまった、と大きくため息を吐く。


「アサダの取締役が消えてしまった今、この地は混乱を招くかもしれない。《世界円卓》の同盟者を敵に回さないためにも、暫定的な他国から信頼の置ける取締役を選出もしないとね。……やることは山積みだね」


 今、この瞬間に世界が終わるかもしれない。

 けれど、それでも役割を果たさなければならない。


「レイア、フヴァル」


「応」「ハッ」


「私たちも早急に帰国しましょう」


 これは予感だけど……近いうちに何かが起こる。


 魔大陸を拠点にギルドを構えるリディックも、大陸の異変に駆り出されている。南国の鬼神イズモも何かに執着するように自国から離れたがらないという。


 そして、《世界円卓》第一席の裏切り。彼が発起人であるが故に同盟の根幹から崩れてしまう。同盟とはいえ世界規模で影響を与えているからこそ、その影響は計り知れない。


 今、この瞬間が細い綱渡りな状態なのだ。ゼストが何か仕掛けてくる前に《世界円卓》の結束を強め、来たる混乱に備えなければならない。


 何もかもが、手遅れとなってしまう前に───。




読んでくださりありがとうございます。

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