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120話 意思の在りか③


 ユージンは、大きく息を切らせていた。


【ア、アァ……】


「はぁ、ふぅ……っ」


 乱れた息を一瞬で整え、純白の刀を構える。


「完全に堕ちてないな。今ならまだ間に合う」


 しかし、剣を握る手が思う通りに力が入らない。

 否、カタカタ、と手が震えていたのだ。

 

「武者震い、じゃないな」


 純粋に恐ろしくて、震えているのだ。


「……ッ、震えるな。他に誰がやれる。今、ここで戦えるのは俺だけだ。俺がやらなくてどうする」


 イメージするのは『戦い』。

 夢想するは勝利する己。限りなく完璧に近い、完成された剣士の姿を想像する。


「落ち着け、俺は……《剣聖》になるんだろう」


 スゥ、と一気に冷めるように冷静な顔へと転じる。


 精神も、肉体も弱いユージンにとって、求められるのは切り替えの速さだった。


 いわゆる、ルーティン。一度体が震えても、一度精神が不安定になっても、即座に正常、最適な状態へと転じることで少しでも勝率を上げる必要があった。


「……よし、いくか」


 キキィン、と刀のまわりに光球が循環する。


「『十束剣聖フラガッハ・ブレイカーズ』」


 天に刀を掲げ、射出された光球がそれぞれ違う形状の剣へと変化されて大地に突き立った。


【ア、ア、ァァアアァァ!!】


「『一ノ太刀・両刃剣ダブルソード』」


 襲い来る悪魔に対し、地に刺さる両刃剣を一つ、放り投げた。それがつっかえ棒のように、悪魔の足にひっかかって前へと倒れかかった。


 悪魔は体勢を持ち直そうとした、そこに。


「『ニノ太刀・巨剣ギガントソード』」


 ユージンが身の丈より巨大な剣を構えていた。


 全身に『気』を巡らせ、限界まで体を捻り、引き金を引くように力を溜める。


「むぅおぉっ!」


 巨剣をバッティングのように放つ。


 ガゴォン!と顔面に必中し、悪魔は弾かれるように上体が起こされる。そして、勢い余った巨剣が地面に衝突し、突き刺さる剣が宙に打ち上がる。


 それに合わせて、ユージンも空を舞った。


「『三ノ太刀・投擲剣フライソード』」


 先ほどの巨剣で魔力膜が薄くなった箇所、頭を狙って、剣を足で蹴って飛ばした。しかし、魔力膜を突破できず弾かれてしまう。


「……二、三手要するか」


 それでも魔力膜が薄くなっていることを見抜く。


「『四ノ太刀』」


 体勢を大きく崩した悪魔は、半端に魔力砲を放出した。空中では回避も難しい。最速な対除法としては防御が最適だ。


「『盾剣ランタンブレイド』」


 掴み取るは、剣と盾を融合させた異質な武器だ。

 盾を前に構えて、衝撃に耐えるべく『気』を体の中心に固めた。


「〜〜〜ッッ、やはり防御は駄目か」


 盾が弾けるように吹き飛んだ。


 腕がひどく響く。手も若干弛緩している。竜殺し(レイア)のように耐久力があるわけではない。この手は悪手だ。


 ならば───


「『五ノ太刀・湾剣シミター』『六ノ太刀・小刀ナイフ』」


 ちらり、と上にある『それ』を視認し、迫りくる悪魔の手を空中回転でいなす。


 そこに、小刀ナイフを刺し、回転の勢いで曲剣シミターで斬り込みながら前へ進む。


【グォアアアーーーッ!?】


 悪魔の腕に幾重にも斬り込みを入れ、魔力が鮮血のようにと吹き出た。


 そして、悪魔の目の前に迫るユージンは、空から落ちてきた『それ』を掴み取った。


「『七ノ太刀・大太刀』」


 回転の勢いは衰えていない。しかも、悪魔よりも高い位置にいる。あとは、巨大な刀を振り切る腕力が必要だ。


「『気功・腕力特化』」


 一閃。悪魔が纏っている魔力を大きく削ぎ取った。


(どうにか振り切れた……が、腰が軋む)


 あと一手で、ユージンの剣が悪魔に到達できるのだが、巨大な刀をふるった反動が響いていた。無理に腕力だけで振り切ったせいで『腰のひねり』に負荷がかかってしまったのだ。


「『八ノ太刀……』」


 一瞬の怯み。それが致命となった。

 掴んだ長剣ロングソードを挟んで、脇腹に腕がめり込む。


(しまっ……!)


 踏ん張りが効くはずがなく、ユージンはきりもみしながら吹き飛ばされた。一瞬意識が飛びかけたとはいえ、即座に空中で切り返して地に足を滑らせながら耐える。


「ぐはっ、くっ……!」


 どうにか長剣ロングソードを挟むことはできたが、ほぼ直撃だ。

 ユージンは膝を地につけ、大きく吐血した。


 一撃。たった一撃を喰らっただけで致命に追いやられる。力なき常人が、怪物に挑めば普通こうなる。


「ぐぅッ……まだだ、俺はまだやれる」


 だが、ユージンは圧倒的な力の壁に幾たびにもぶつかってきた。この程度のことで屈していたならば、もうとうに其の身は消え去っている。


 そして……己が地を転がっているということは、まだ技に『隙』があるということ。


 それが指し示すは研鑽の余地がある。つまり、更なる高みへ昇華させることができるということ。


 ただそれだけで、ユージンは喜ばしく思えた。


「フッ、我ながら狂っているな」


 理想の剣士……《剣聖》への道に果ては無い。


 もっとだ、もっと研ぎ澄ませろ。

 息をするように技を磨け。


 痛みがなんだ。一度の失敗がなんだ。

 ここはまだ、果てではないだろう。


「『九ノ太刀・直剣ショートソード』」


 掴み取るそれは、ユージンが最も得意とする剣。

 軽すぎず、重すぎず、最も長く握り続けた武器だ。


【カアッ!!】


 超低空。


 放たれる黒の魔力砲撃をかい潜るように地を駆け抜ける。それは反射速度ではなく、次手を予測して先に動いていたのだ。


 ひとコンマ先の動きを先取りすることで、傍目には速く動けているように見えるのだ。そうして、一瞬で悪魔の死角を突き、立ち位置が入れ替わるように腹部に三撃入れる。


 そして、振り向き様に一歩横に逸れる。


 すると、眼前の空間が吹き飛んだ。

 腕を振るっただけで空気が爆ぜたのだ。


 ユージンは僅かに顔を歪ませながらも、今度は死角の反対側……真正面から五撃、斬り結んだ。


【グオォァアアアア!?】


 悪魔は大きく怯み、獣のように地を這ってうめく。


【グゥウウゥ……】


 ぞるり、と体が泥のように崩れていく。浄化の剣に削られて、鎧のように身を包んでいた黒の魔力が軟化しているのだ。


 体表も見え、纏う闇が完全に取り除かれるまで少しだ。あとひと押し、強烈な一撃を与えれば払われる。


 ユージンは腰に挿している刀に手を触れた。


つどえ、我が剣たちよ」


 散り散りとなった剣のひとつが光球となり、刀に回帰し、ぼんやりと刀から白光が灯る。


 ふたつ、みっつ、とつどうたびに白光が強まる。

 その輝きこそが、闇を払う浄化の光である。


「『しまいノ太刀──神胤カイン』」


 そして、最後の九つめの光球が戻った。

 放たれる光は眩く闇を照らす白光のようだった。


「お前の言う通り、俺は塵芥のように吹けば消えるほどに弱いかもしれない」


 そう言って、ゆっくりと前姿勢に、抜刀に構えた。


「凡人の俺が理性なきお前からもぎ取った、一度の勝利で勝ったなどと思わないよ」


 暗闇を照らす輝きが刀に引き絞られていく。


「だが、俺はこの戦いで得たものは必ず糧にする。いずれ必ずお前たちのいる頂へ歩を進めさせてもらう」


 ついぞ眩い輝きは消え、灯火のように刀が美しく光を帯びる。


「だから、一度だけの敗北をここに置いていけ」


 刀を強く握りしめて、悪魔を見据える。



「………ゴボッ」


 すると、血反吐を大量に吐いた。先ほど喰らった、たったの一撃がユージンを瀕死せしめていたのだ。


 しかし、歯を食いしばって、構えは崩さなかった。


(ああ、なんて締まらないていたらくだ。もっと体が強ければ格好良く決まっただろうな。だけど───)


 あとは刀を抜き放つだけ。ただそれだけだ。


 残った僅かな力を振り絞って、あいつに勝つのだ。


【グ、オォ、ォオオオオオオッ!!!】


 ユージンが怯んだ僅かな時間に、悪魔は黒い泥を引きずらせながら襲い来る。


 しかし、抜刀の構えのまま動かない。

 ただ目を瞑り、ただ集中していた。


【ァァァアアアアアアアア!!】


 手前にまで迫った瞬間。



【────── ア゛】



 放たれる一筋の光。

 糸のように細い、細い線が伸びた。


 悪魔の体に、亀裂のような白い一線が奔った。

 そこから亀裂が広がるように、ひび割れていった。


【ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛】


 その一閃から魔力が塵となって崩れ去っていく。

 囚われていた闇が取り除かれていく。


「身の程知らずなのも分かっている」


 キンと刀を腰を収めて、ユージンはまっすぐ相手を見据えて続けた。


「それでも俺はなりたい……なりたいんだ」


 凡人。その域から脱することはできないと何度も言われてきたユージンは、誰よりも思い知っていた。


「………何を思って堕ちたのか、俺には到底計り知れないが、それでもあんたに憧れる人は沢山いるんだ」


 口にべったりとついた血吹き払う。


「俺は、最も強く……理想の存在であろうとしたあんたから学びたいんだ」


 俺は弱い。どこまで行こうと凡人だ。

 それでも諦めることだけはできない。


「英雄の在り方ってやつを、な」


 在り方だけでも完璧でありたい。事実的な強さが伴っていなくとも『体現』してみせることはできる。


 それが、凡人ユージンが英雄であれる唯一の方法だった。


「だから……戻って…こ……い」


 そこで意識を手放し、地に倒れる。


 相手も自分も倒れ、絶望に討ち勝った英雄らしかぬ光景だったが……それでも彼は成し遂げたのだ。



 『人』が、『人外』に討ち勝つ偉業を。



 ────幕。彼の成し遂げた偉業の中のひとつ。

 これは【邪神】と戦う前の、ある転換期。


 肉体の全盛を悟った頃に出会った『人外』……


 とある竜と対峙し、是を倒した。


 以来、彼は『技』の研鑽に心血を注ぎ始め、幾星霜の修業の果てに一歩とはいえ、その域へ辿り着いた。


 不屈の心こそがヒトの強さを支える柱となり、曲げられぬ強固な意思があるが故に、万に一つの可能性に賭けることができ、偉業を成し遂げられる。


 まさしく、奇跡の成就とも呼べる行い。

 その最たる存在が《剣聖ユージン》であった。


【貴様は奴の最後を看取ったのだろう。奴がどれだけ弱かったか、どれだけの傷を抱えていたのか、知らぬわけがないだろう】


 地面に張り付く黒い泥……

 アベルの前に立ち塞がって、もう一度問うた。


【アベルよ。貴様の意思は───何だ?】


 ああ、聞こえているよ。

 ヒトの強さ、意志ね……


 私だって足掻いた。研鑽を欠かさなかった。

 極小の可能性に賭けたさ。


 ────でも、叶わないものは叶わない。

 そんな不確かな願望など、要らないと決断した。


【……はぁ、ようやく噛み合いました】


 先ほどまでの姿は『過程』に過ぎない。

 それぞれのアンラが独立し、暴走した姿に過ぎない。


 暴走の最中に少しずつ、少しずつ無理やり整合させ、独立したアンラを一つに統合させることに成功した。


 ここに【無貌之神ナイアーラトテップ】が成立したのだ。


【さて、私が何を望むか、でしたか?】


【………】


【答えは変わりありませんよ。私は、世界の再生を望む。今を壊すことになったとしても、やり直した世界で皆が幸福であることを祈る。ゆえに……】


 『それ』は黒塗りの神……漆黒の男。

 人のカタチをとった闇が、そこに立っていた。


【貴方が、かつて世界を再生した能力スキルが欲しいのです】


【────】


 確証を持って告げた、その言葉に魔神は大きく見開き、細めた鋭い眼光に殺意が滲み出る。


【……度し難い。度し難いな。これほどの欺瞞、これほどの虚構を貫く狂気じみた妄執は認めよう】


 空間に充満する魔力が吹き荒れた。


【そして、同時に失望もした。ヒトを捨て、生物であることさえも捨て、託された意思すらも捨てるという愚昧に存在する価値などない】


 否、《異空間》に波が奔っていたのだ。


 歪み、波打つ、その現象はどこかで見た。

 これは、心情の───……


【………】


 彼らが存在している領域は、異空間など(・・・・・)ではない(・・・・)


 それを、漸くアベルは理解し、目を細めた。


【虚なるヒトよ、我が《》と共に消えよ】



◇◆


 その歪みは、異空間にも波及していた。ただでさえ不安定な空間には影響を受けやすく、彼の心情が波となって何重にも揺れ動いた。


「アダム様、よろしいのですか?」


「セドナ……だったか。さっき言った通りだ。どのような選択をしようと、我は受け入れるだけよ」


「ですが、あの方は間違いなく……」


「何だ、彼奴のことが心配なのか」


 いえ、とセドナは自分を嗜めるように口をつぐむ。


「御方には傍観するよう命じられました。命じられた以上、私たちから言うべきことはありません」


「そうか。それで、先刻から殺意を放っているそこな精霊よ、何か言いたいことでもあるのか?」


 気に入らない風に腕を組んで、そっぽを向いているのは風の精霊のノトスだった。


「ふん、これも予知していたのか? 叡智の巨王」


「……そうだ。だが、我が予知したのはここまでだ」


 そこで割り込むように手を合わせて、問うてくるのは土の精霊のグロングだ。


「ならば、何故? 其方の叡智を持ってすれば、捻じ曲げることなど容易いはず」


 コツコツ、とアダムは玉座前の段差に上がりながら、溢すように答えた。


「………もう、そんなことはせんよ」


 そして、振り向き様に自分を嘲るように笑う。


「なあ、ノトスといったか。先ほど我を帝国を守れなかった木偶などと言っていたな」


「それがどうしたのよ。違うって言いたいの?」


「いや、間違ってはいない。真実だからな」


 そう言って、空席の玉座に座する。

 そして、遠い情景を見るように天井を見上げた。


「……我はずっとここで待っていた」


 願いは帝国を創った時から変わっていない。


 万能に近しい叡智を以て、未来を知った。

 未来を予知し、生まれる子供の顔すらも見えた。

 そして、生まれてくる子供のために尽くした。


 《勇者召喚》でさえも───その一端にすぎない。


 勇者たちが召喚された次元は固定され、唯一の時間軸となる。その前に策も弄した。そして、我らの存在する世界を守護することは、我が子を守ることの因果は繋がっている(・・・・・・・)


「……永遠にも思えるほどに長かった。しかし、結末を選ぶのは、我の役目ではない。どんな結末になろうと我は受け入れるさ」


 最後の選択だけは予知していない。

 否、予知しなかった。


「だが……願わくば───」


 これは我儘だ。告げたところで変わるはずもない。

 あの子の決断に一時の揺らぎを与えてしまう。


 自分の迷いで、決断に後悔を与えたくない。

 どんな決意だろうと口に出すべきではないのだ。


 そう思って、その想いは胸の奥にしまい込んだ。




読んでくださりありがとうございます。

次話はエリーゼ達の話になります。

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