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 間話 慟哭の少女

 わたしはエリーゼ。

 今、わたしはわたしの記憶の中にいる。

 そうだ、わたしは生まれた時から変わっていた。

 生まれた時から髪は白く、青と灰のオッドアイだ。


 さらに、四歳までは魔力が足りなくて衰弱し、ずっと床で寝ていた。

 魔力がないとわたしは体に力が入らなく、歩けなくなる。だから外にも出ることができなかったのです。

 レナッツを食べた時だけ一瞬だけ動けるようになった。


「ママ…、怖いよ…」

「大丈夫よ。貴女は強い子だから。」


 ママの口癖は「貴女は強い子だから。」だった。

 いつもわたしが苦しくて弱気になった時に繰り返しそう言って手を握りしめて励ましてくれたのです。


「パパは…?」


 パパは一歳に一度しか見たことがない。朧気だが、その時に感じたのは安堵感だ。

 なぜか安心した。いるだけで少しだけ、魔力枯渇も和らいだのです。


「パパはね。貴女のために仕事を頑張っているのよ」


 ママは正直な人だから嘘ではないだろう。嘘だとしてもママは正直に信じているのだろう。


「会いたいよ…」

「パパが次に帰ってくる時は病気を治す薬を持ってくるって。信じて待とう?」

「うん…」


 わからないけど、わたし病は治りにくい病なんだって。だから、パパが頑張って薬を作っているとわたしにいつも聞かせている。

 わたしの夢は「外に出ること」と「友達を作ること」だ。わたしは絶対に元気になる。そう信じた。


 しかし、パパは帰ってこないまま三歳を迎えた。

 四歳になってからは不思議気持ちだった。

 病気だった時の苦しみが嘘のように体が軽くなったのである。

 内から溢れ出る力を感じて、色々なことを知りたいと思った。そして、知るために外に出ようとした。


「遊びに出かけていい?」

「珍しいわね。気をつけてらっしゃい」

「やった!行ってきます!」

「変な人について行ってはダメよ!」

「はーい!」


 外は木と田んぼ、汚い川、ボロボロな家ばかりだった。


「わ〜…外だ…!」


 初めての外だった。外に出れたことだけがただ、ただ嬉しかった。

 どんな些細なことでもどんなに汚いものでもわたしにとっては新鮮なものばかりだった。


「わ〜…これが川…臭っ!…はははっ」


 汚い川だった。鼻が曲がりそうなくらい臭かったけど、それすら新鮮だったのです。


「あ、子供がいる!」


 わたしと同じくらいの子がいた。獣人族や人族、みんないた。友達を作ることも夢だったのだ。だから、早速話しかけてみた。


「ねぇねぇ!何してるの?」

「えっ?なんだお前!その目、気持ち悪い!」

「えっ…」


 ショックだった。こんなに拒否されるとは思わなかった。この日を境に出かけるたびに毎日いじめられたのである。


「あっちいけ!」

「そうだ、そうだ!白髪のババァ!」

「目の色もおかしいぜ、あいつ。きもいよな」

「きもーい」「キッモーイ!」「変なの!」


(うるさい!うるさいうるさい!わたしだって好きでこんな髪してないんだ!好きでこんな目をしていないんだ!だまれ!だまれーーー!)

 

 わたしは怒りでどうにかなりそうだった。

 ある日、ママに聞いてみたのです。

 

「ママ…わたしって…変?」

「ううん、変じゃないよ。パパとわたしのいいところ全部持っている自慢の娘だよ。」

「嘘!そんなの嘘よ!みんな変っていうんだもん!」


 もう誰も信じられなくなった。

 いっそ一人の方がいいと思い、あの子共たちを避け、ママも避け、毎日のように散歩した。

 五歳になった頃、突然胸が苦しくなった。


「はぁはぁ…苦しいよ…」

「だ、大丈夫よ!あなたは強い子なんだから!」


 ああ、またかと思った。みんなを避け続けた罰なんだと、素直じゃなかったわたしへの戒めなんだと。

 わたしはもういっそ死んだほうがいいとさえ思った。


「わたしって死んだほうがいいのかなあ…」

「エリー!ダメよ!!」


 母は必死でした。

 弱音を吐くわたしを真剣に怒ったり慰めたりしてくれた。

 それでも死にたいと思った。わたしに価値なんてないんだと。生きてもいいことがないんだと思った。

 そして、ある日わたしは珍しく胸の痛みが和らぎ、ぐっすり寝ていた。


「あなた…私とあの人の娘、エリーゼ。なぜ、この子を苦しませるのですか。なぜですか…なぜ…」


 布団で泣くママの姿を見た。わたしを大切してくれていることがわかった。

 ようやく分かったのです。ママには申し訳ないことをしたと布団の中に隠れ、泣いたのです。

 やっぱり生きようと思い、頑張った。

 病に抗い続けて一年経った。


「はぁはぁ…」


 もう喋るのが辛く感じた。死が迫っているのだと思った。


「はっ…はぁはぁ…」


 ある日、茶色で汚れたボロボロの黒いローブを纏った女性が現れたのです。

 その人はある石を取り出し、その光をわたしに当てると、胸にある何かはスッと取れた。


「はぁはぁ…すぅすぅ…」


 一年も続いた苦しみにわたしは解放され、眠るように寝たのです。

 あの人には感謝してもしきれません。

 それから、あの人は毎日のようにわたしに問題がないか検査に来ていました。


「うん…問題ないようですね。いつも通り魔素の多い食物を定期的に食べてね」

「う、うん」


 わたしの恩人だ。名前を聞かないと。


「ん?なぁに?」

「な、名前を教えてください!」

「…イザベルよ。イザベル」

「…!わ、わたしはエリーゼ!」

「エリーゼちゃんか。よろしくね」


 そして、五歳になった頃のわたしは再び元気になり、歩き回った。

 でも、あの子どもたちには近づかずに一人で遊んだ。もう友達はいらない。一人でいたほうがいい。

 それに力が入らなくなるまでの時間も伸びた。川に石を投げたり、お絵描きをしたりする時間も長くなった。

 一人ぼっちで寂しかったけど、誰かといていじめられるよりはいい。

 そう思い、毎日一人で遊んだ。


 でも、唐突に一人ぼっちの時は終わりを告げた。


 ある日、わたしはお絵描きに没頭するあまり、日が暮れた。

 お腹も空いている。

 お腹が空くと、体に力が入らなくなる。


「どうしよう!」


 どんどん力が抜けていく。家まで一時間だ。多分途中で完全に力が抜ける。

 困っていたところ草むらに都合よく多くのレナッツが詰められている袋があった。


「誰のか知らないけど、ごめんなさい…いただきます。」


 わたしはレナッツを一個食べた。

 すると、大きな声が聞こえた。


「ああーーーーッ!」


 彼は漆黒の髪で赤い目をした悪魔のような子だった。

 それがわたしとアベルとの出会いだった。


--


 黒雲は晴れ、星が夜空を埋め尽くす。

 一つ一つがまばゆく輝き、地を照らしている。


 その星空に三つの黒い流星が流れゆく。

 三つの黒い流星は不気味なほど軌跡を変化させながら、空を駆ける。

 黒い流星は次第に彼方へと消えていった。

 轟音が響き、その音と振動で白銀の髪の少女は目を覚ます。


「うっ…!…はぁ…っ」


 わたしは精一杯体を起こした。

 体が痛い。変な男に蹴られた所が痛い。

 ズキンズキンと腹部に痛みが響く。


「……あ、れ…アル?どこ?」


 周りを探したが誰もいない。

 外で暴れていた魔物の声も聞こえない。

 アルもいない。


「…!」


 わたしは思い出した。

 彼は刺された。滅多刺しにされた。

 アルの死体を引きずった血痕が何よりの証拠だった。


「あ、ああああ…」


 目の前の大量の、血痕。


「うわぁああああああ‼︎」


 わたしはただ、ただ泣き叫んだ。

 悲しくて憎くてアルやママ、みんなを奪った奴が憎い。


「ああああああっ!」


 この世界は残酷だ。残酷だ。理不尽だ。理不尽だ。

 なぜ、こんなことになったんだ。

 わたしが何をしたのだ‼︎


「うぅう……!ママぁ…アルぅ…!」


 アルはとても怖かった。

 赤い目を光らせ、わたしの腕をつかみ折った。

 本当に怖かった。悪魔に殺されると思った。

 特に目が怖かった。

 イザベルに治してもらった後、彼を見ると再び怯えた。


「ママ…会いたいよ…」


 わたしを食うのではないかと思った。

 しかし、それは誤解だとすぐわかった。

 真摯に頭を下げ、謝るアルを見て、そんな気持ちは吹き飛んだ。

 きっと心は優しくて真面目な人だと分かったから。


「アル、なんで…」


 アルはこの目と髪を綺麗だと言ってくれた。

 嬉しかった。

 単純かもしれないけど、その一言だけでわたしは嬉しかった、救われた。

 

「なんで、みんな…わたしを置いていったんだよぉ…!」


 わたしは悪い子だ。

 アートに嫉妬もするし、アルに近づくダイアナが妬ましい。

 わたしをいじめたやつと仲良くするなんて考えられなかった。

 だから、わたしはよく拗ねたり無視したりした。

 それでも、アルは変わらなかった。動じなかった。

 ただ、いつも通り接してくれた。

 わたしのために町から抜け出し、救いに来てくれた。

 こんなわたしを友達と言ってくれた。


「アルぅ…」


 わたしは、アルが、好きだ。


「うぅう…」


 ああ、そっか…わたしが悪い子だったから、こんなことになったんだ…


「………」


 アルもママもいない。この世界のどこにも。

 何もできなかったわたしが恨めしい。

 わたしにもっと力があれば。

 でも、もう遅い。

 みんな…みんな、いない…


「アルのいない世界なんて…」


 意味ない。


「せめて…」


 アルを殺したあの男を、


 殺す。


 わたしは母を刺したナイフを持ち、殺意の赴くままにふらりと歩く。

 足を踏み出した瞬間、ゴォン!と轟音とともに赤い巨大な何かが、わたしの前に降った。


 わたしはナイフを落とした。

 そして、目の前に落ちた巨大な、それに目を奪われた。


「な…に…?」

「応、お前がエリーゼか?」


 巨大な剣を持つ赤い巨大な鎧だった。兜で顔が見えない。鉄仮面の二つの穴から、ぎらりと光る。

 口を覆う鉄のマスクからコフーコフーと煙が吹き出ている。そいつから生臭い血と鉄の匂いがした。


「あぁ…」


 わたしはもう終わった。

 死ぬのならなんでもいい。

 せめて、セトを殺して死にたかった。

 それは叶わないだろう。

 鎧の化け物に多分殺されるだろう。 

 どう足掻いても子供のわたしでは勝てないだろう。


「う、ぁああ…」


 わたしはナイフを拾う。


「…あ、あぁああっ!」


 足掻く。

 勝てないのは分かっている。

 けど、仇を殺してから死にたい。

 邪魔をするなら殺す。


 ここで死ぬのならそれまでだ。

 死ぬのならなんでもいい。


 アルのいない世界なんて、



 どうでもいいのだから。





--

読んで下さりありがとうございます。

序章完結話「復讐者」

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