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110話 迫る死の音



「……嘘だろ」


 魔王と勇者は、相対する存在のはずだ。


 魔術で精神を干渉したとしても、聖気がレジストする。勇者には状態異常系の一切が通用しないはず。


「サ───」


 途端、サキが眼前に迫った。

 聖剣を叩きつけられ、体に衝撃が響き渡る。


「目を覚ませ!お前は魔王に対抗する存在だろ!?」

「……………」


 至近距離で拳と剣が鍔競り合う。

 どうにか剣を捌きながらゴウは訴えかけた。

 

「答えろ! サキ!」

「……つき」


 対して、涙を溢しながら放った言葉は……


「嘘つき」


 虚な瞳。その目に自分は写っていなかった。


「ッ、何をした! 【強欲アワリ】!!」


 アワリは顎に手をやり、頭を傾げた。


「ふぅむ、わしは真実を言っただけじゃがのう」


 怒りを露わにしたゴウは飛びかかり様に拳を振るった。しかし、一瞬でサキに先回られて止められる。


「どけ! なぜお前がそこに立つ!?」


 拳と聖剣。鉄が打ち合う音が響く。凄まじい攻防が続くが、サキは本気を出してすらいない。


「ぐぬぅっ!」


 一撃が重く、手が痺れる。拳闘士の技でどうにか捌き切れているが、精神を大きく削り取られる。


 このままではジリ貧だ。


「『縮地』!」


 本来ならば距離を詰める際に使用する技だが、これを応用して距離を取る。


「【強奪スナッチ】」


 離れたはずの距離が潰される。


「なっ!?」


 サキの振り上げられた聖剣をまともに受けてしまい、踏ん張りもあえなく吹き飛ばされる。インパクトの瞬間に、どうにか拳を挟み込んで致命傷は避けられたが、脇腹の鈍痛が酷い。


「『天翔穿』」


 光を纏う聖剣を振り下ろされて地面に衝突した。


「くっ……」


 サキのみならず、魔王も控えているのだ。

 戦力差はどう足掻いても埋まらない。


「聖剣よ、我が正義に応えよ」


 振り上げられた聖剣に光が集う。

 サキは間違いなく、殺す気で来ている。


「サキ! くそっ!!」


 その聖剣に対抗するには切り札を切るしかない。

 咄嗟に右拳を握りしめ、腰だめに構えた。


「勇なる者よ、我が拳に邪悪を砕く正義を!」


 全魔力を引き換えに、穿つは一撃必殺。

 振るう拳から眩い光が放たれる。



「『天翔輝剣エクスカリバー』!!」


「『破邪拳聖モラルタ』!!」



 光とともに衝撃が弾け、凄絶な奔流が渦巻く。

 その打ち合いは互角のように見えたが……


 拮抗したのは一瞬だけ。


 勇者は魔王に対抗する絶対存在チート

 かけら如きが勝てる道理がなかった。


「─────ッッ!」


 打ち負けたのは、ゴウだ。


 光に呑まれ、拳が砕かれゆく。

 その輝光は流星のように、夜空に一閃を描いた。


 消滅は免れたものの、損傷は甚大。


 右拳はもはや使い物にはならず、全身に火傷を負った。それのみではなく、全魔力を使った引き換えに精神衰弱マインドダウンに陥っていた。


「くそ、このままでは……」


 何も出来ずにやられてしまう。

 せめて、サキの精神を取り戻したい。


 賭けだが、浄化魔術を叩きつければ自我を取り戻せるかもしれない。


 そこで、ゴウは腰の雑嚢から魔石を取り出す。

 これで少しは魔力を回復させることができる。


「【強奪スナッチ】」


 手に持つ魔石が消失した。


(しまった……!)


 アワリは、強欲を司る魔王。

 所有するものは徹底的に奪う性質を持つ。

 知らない訳がなかった。


「【強奪スナッチ】」


 ついでに腰の雑嚢も奪われる。


「ふぅむ、ロクなもんが無いのう」


 あらかた物色したアワリは奪った雑嚢を放り投げ、魔力で握りつぶした。


(く……異次元収納にもあるが、迂闊には出せない)


 【強欲アワリ】の力の及ばない場所で少しでも魔力を回復しなければ、抗うことですら出来ない。満身創痍の体を起こし、一旦の撤退を図る。


「ひょ、そっちもあるのか。どぉれ」


 何も無い空間が歪曲する。


「【強奪スナッチ】」


 アワリは、歪曲した空間から魔石を取り出した。

 そして、次々出てくるのは装備や宝石……ゴウの所有物だった。


「な……」


 空間など関係ない、所有するものは全て奪う。

 その権能の通用する幅が広がっている。


(まさか……概念そのものを!?)


 本来であれば、手に持つもの全てを奪い己が物とする能力スキルだ。それはあくまで所有権を奪うこと自体が【強欲】の力であった。


 しかし、今の【強欲】はその枠に収まらない。


 他の魔王を討った事によって増強された力は、因果や過程を簒奪するまでに至ったのだ。


 ゴウの『攻撃力』が通用しなかったのも、離したはずの『距離』が詰められていたのも、『結果』を奪ったからだった。


「ひょひょ、ヒカリモノも結構あるのう」


 概念そのものを簒奪するということは、その気になれば命ですら簒奪できる。どう足掻こうが、ゴウの命は【強欲アワリ】の手のひらにあったのだ。


 倒すこともできず、撤退も、逃走もできない。

 それは背水の陣ですらもなかった。


 ただ、単に【死】へ向かっていただけだった。


「さてのう、まだ抗う気概はあるかのう?」

「……っ」


 サキが堕ちたとすれば、我らも堕ちたも同義。

 最も色濃く召喚されたサキが奪われたのだ。


 我らの希望は、今ここで潰えた。


 ────『帰れない』


 そんな真実が否応なく思い知らされた。


「異世界人のよしみじゃ。勇者よ、殺してやれぃ」


 48年間の希望が泡に消えた。

 そして、サキという【死】が目の前に迫ってくる。


「……すまねぇ、雪菜。何も役に立たなかった」


 そして、もう一人。


 ゴウは目つきも悪く、大学での素行も悪かったが、面倒くさそうな顔をしながらも受け入れてくれた一人の人間がいた。


 そう、少なくともゴウは、友達と思っていた。


「すまねぇ……シュン。 俺、帰れねぇわ」


 握った左拳が開かれ、ついに折れようとした。


 その時。


 コツ、と。


 亡霊のような気配が、ゴウの背後に現れた。

 その男は、深い闇を纏う剣士のようだった。


「おぬしは……【亡霊ゴースト】かの」


 コツ、コツ、と。


 その男は歩みを止めず、老人に向かっていく。


「あつらえむきの邪悪なる存在じゃ。滅せよ」


 アワリは枯れた指を指し、命令する。

 その次の瞬間、躊躇なく飛び出したサキは光を纏わせた聖剣を振り下ろした。


「……えっ?」


 気がつけば、サキは尻もちをついていた。

 何が起こったのか理解できず、サキは惚けた。


 その背後に黒剣士は一瞥した。


「………」


 そして、黒剣士は興味なさげに視線を外す。


「くっ!」


 気を取り戻したサキは咄嗟に体勢を持ち直し気味に聖剣を振り上げた。


 刃が黒剣士に到達しようとした瞬間、視界が逆転した。いつの間にか、地へと転がされていたのだ。


「────ッッ!?」


 何をされたか分からない戦慄が体を突き抜けた。


「情けないのう……【強奪スナッチ】」


 目当ては、剣。簒奪の権能を発動する。

 しかし────


「な……!?」


 黒剣士の持つ白い剣を奪えなかった。

 手をかざして、何度も試みるも失敗してしまう。


「まさか……所有していない(・・・・・・・)と認識させられているじゃと!?」


 そして、漆黒の歩みは止まらない。


 サキが追って聖剣を振るうも、片手間に防がれる。


「ハァアアアアアァッ!」


 続く剣戟の中に、ブーツの鳴る音が聞こえる。


 コツ、コツ、と。


 凄まじい鍔迫り合いを響かせながらも進んでいく。

 追い詰めるかのようにアワリへと迫っていった。


「ッ!!」


 今度は、剛力らしくない細腕から繰り出される凄絶な衝撃に弾き飛ばされた。


 壁に叩きつけられ、サキは苦悶した。


「勇者ァ! 何とかしろォ!!」


 その命令が体を支配し、サキは鬼気迫る勢いで聖気を纏わせた聖剣を振り上げて襲いかかった。


 しかし、たった一撃で叩き潰される。強く地面に叩きつけられた衝撃で腹から息を吐き出した。


 コツ、コツ、コツ、と。


 黒剣士は無人の野を行くが如く、歩を進める。


「畜生、役立たずが!【強奪】【強奪】【強奪】!」


 白い剣を奪おうとしても奪えない。

 魔力も、装備も、命も、何もかも奪えない。


 まるで、空虚を掴むような感覚だった。


「ヒ……来るなァ!! 来るな来るなァァア!」


 苦し紛れに魔力弾を放つも当たらない。


 迫る死の音は、未だに止まない。


 コツコツ、と。


 吸い込まれるようにアワリの前へと立った。


「────やめ」


 断末魔を上げる間も無く、首が空を舞った。



読んでくださりありがとうございます。

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