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➤11話 邪神の欠片1


◆???◇


 禍々しい玉座で頬杖をつく漆黒。

 彼の前に立つ者はく消えろと言わんばかりの鋭い真紅の眼光を細め、嘆息をつくように呟いた。


「……【邪神】か」


 従えるは四体の精霊。

 うち、水のような流動体をした女精霊が囁く。


「少し、気配が違いますわ」


 そして、場に似合わぬ僧侶が疑問を投げかける。


「やはりが……」


 僧侶の言葉に紅眼の鋭さが増す。

 直後、燃え盛る精霊が叫んだ。


「即刻! 燃やしましょう!!」

「うっさい。空気を読め」


 面積の少ない緑色の布生地を纏う翠眼の女精霊が言い捨てる。炎の精霊は気に入らなかったのか、くってかかって喧嘩を始めた。


「そこまでにしておけ」


 漆黒は低い声で彼らを静止した。


「今はしばらく傍観する。『生み出す者(ヤツ)』が出てきたら俺が消す。分かったな?」

「「「ハハッ!御身の仰せのままに!」」」


 三人の魔星将は声を揃え、燃え盛る精霊が「おう!分かった!」と言ったことは置いておく。


 ゆっくりと玉座から立ち、窓際で歩を止める。

 星空を見上げると一筋の星が輝く。


(貴様だけは必ず俺が───)


 遠い、遠い過去に想いを馳せ、再び歩を進める。



◆とある森林◇


 広大な樹海で四人の冒険者が何かから逃げていた。


「どうにかしてくれ」

「無理! 何を言っているの!」

「いいから黙って全力で走れ!」


 背中に大剣を持つリーダーの獣人が叫んだ。


 うち、黒の装束を纏った暗殺者のような男がなんら問題もない表情で追走していた。


「ついに復活してしまったのですか……」


 背後には禍々しい巨大ゴリラが迫ってきている。


「………鬱陶しいですね」

「ま、待───!」


 何のためらいもなく彼は踵を返し、巨大ゴリラを通り過ぎた。


 その次の瞬間、堅強な巨軀が細切れになった。


「「「……!!!?」」」


 巨大ゴリラは『山猩々(マウンテンコング)』と呼ばれ、その頑強さと怪力はB級冒険者が束になっても倒すのが難しいと言われている。


 三人組はもともと、この魔物を倒すべく町から出たものの、想像以上の強さに退散してたところに彼と鉢合わせしたのだ。


「……あ、あんた強いんだな」

「つい興奮してしまいました。あなた方の獲物だというのに……申し訳ありません」

「い、いや、いいんだ。こっちは助けられたのだ」


 すると、彼は少し空を仰ぎながら唸った。


「うーん………あの人が失敗したのですか」

「何か気になることが?」

「いえ、こちらの事情です」

「そうか……よかったら名前を聞かせてくれないか」


 彼は観察するような目で彼らを見ながら、「ふむ、仕方ないですね」と呟いた。


「私の名は、アカイムです。よろしくお願いします」

「アカイム? どこかで聞いたような…」


 仲間の二人が口を大きく開いて驚いていた。


「おい、どうした?」

「知らないの!? ろ、《六英雄》の一人よ!」

「アカイムって言えば《幽幻ファントム》の異名を持つ英雄だぞ」

「おや、ご存知でしたか」


 男はここでやっと思い出す。


 《六英雄》は三十年前に【邪神】を打ち倒した六人の英雄のことだ。三日に渡る激戦の末に邪神を倒したと伝えられている。


「いやはや、お恥ずかしい」


 彼ら一人一人がSS級以上の冒険者と認定され、世界が認めた英雄たちだ。輝かしい栄光の象徴でもあり、あらゆる冒険者の夢でもあるのだ。


(《幽幻ファントム》のアカイム…!なぜここに⁉︎)


 そんな大英雄の一人がこんな界隈の森林にいるなんて普通はありえないのだ。ましてや遭遇するとは夢にも思わなかった彼らは驚きを隠せないでいた。



◆学園都市ノア◇


 世界で屈指の魔法大学である、学園都市ノア。

 住民は誰もが魔術を扱え、日常生活にまで浸透している。魔術においては最先端を走る学園である。

 その学長であるウォーロク・レウィシア。


「クソッ!アイツは間に合わなかったのか!?」


 彼は机を叩き立ち、体に蒼い雷が帯びる。

 机上のティーカップとインク瓶が倒れた。


「これを予期して動いていたはずだろう!」


 白糸で編んだかのような白銀の髪に、ダイヤの如く輝く灰眼、そして、現世のヒトとは思えぬ若々しい美丈夫がより、その怒りを浮き彫りさせていた。


(いや……《剣聖ソードマスター》が止められなかったということは、本当に予想外の事態が起きたとことだ。ヤツが止められなかったのならオレでも………)


「まさか…?」


(新たなる凶神が生まれたのか……この魔力は間違いなく【邪神】だが、少し違う。ヘーリオス大陸に感知された巨大な魔力反応と関係しているかもしれない)


 数年前に遠方の学園都市でも感知できるほどの巨大な魔力反応があったのだ。


 そして、《剣聖》から手紙が届き、何があったのか知らされ、早急に彼の妻子を救うべく、最も近い国に在籍している《竜殺し》に向かわせたのである。


(今すぐにでもオレが……いや、もう遅い)


 現在の彼は学長だが、元冒険者でもある。


 等級は─── 、SSS級。在野史上で二人・・にしか授けられていない最高峰の等級である。


 通り名は《麒麟ライトニング》。邪神を討ち倒した六英雄のひとりで、雷を操る世界最高の大魔導士と名高い英雄だ。

 

(【邪神】の気配も妙な上、《原初の精霊》が動く気配もない。しばらく様子を見るしかないか)


 一息を吐き、机の椅子にどっかと座る。指をパチンと鳴らし、溢れた紅茶やインクが全て元通りになる。


「アリア、エリーゼ……無事でいてくれ」


 天井を仰ぎ、祈るように目を瞑る。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 世界が激動する渦中に自分がいるということはつゆ知らず……気づいたら、俺は暗闇にいた。


(ここは………)


 周りは真っ黒で何もない。

 光など全くない。


(あれ、手や足が見える?)


 周りは何も見えないが、自分の姿だけは見える。

 光源もないのにどういうことだ。


(俺は死んだのか………?)


 もしかして、ここが死後の世界だろうか。

 一応、胸を深々と刺されていたのだ。


(…………だとしたら、寂しいな)


 ずっとここにいるのか。

 ……嫌だな。つまらない。

 ああ、また俺は孤独になったのか。


(こんなことなら、死なずに生きていたかった)


 俺は異世界からも、前世からも隔絶された。

 必要のない人間だった。


(必要とされる人間になりたかったなあ)


 自ら働きかけて人から必要とされてこそ、自信にも自分の価値にもつながる。そう思って生きたつもりだった。いや……結局、つもりだったのかもしれない。


異世界こっちではそれなりに頑張ったつもりだけどな)


 多くの失敗はしたものの、努力は惜しまなかった。

 母さんを報いようと、友を救おうと。


(どこかで間違えたのか………?)


 盗みをした時からか?エリーが拐われた時からか?

 結局、最初から道を踏み外していたのだろうか。


(……そういえば、エリーは大丈夫だろうか)


 苦しそうにしていたし、怪我の治癒もしなければならない。アリアおばさんが死んだ今、彼女は孤独なのだ。一人になった彼女を誰が支えるのだ。


(………こんな気持ちになったのは初めてだ)

 

 なんだろう、妹を心配する気分だ。


 前世に妹などいなかったのだが。

 妹がいたらこんな気持ちになったのだろうか。

 エリーは年上だったか。じゃあ、姉か。


(今更、だな)


 もう何もかも遅い。俺は死んだのだ。

 とても寂しいが、前世で怠惰スロウスだった報いなのだろう。

 甘んじて受入れようじゃないか。


(とりあえず進んでみようか)


 虚空を踏んでいるような感覚だ。歩いても歩いてもひたすらに黒い地平線が続く。星のない宇宙を歩いているようだ。


 どれだけ彷徨うと新しい発見が出るのだろうか。

 新しい自分になれるのか。

 このまま消えるのか。

 どうなるのか。


 そんな小さな期待とともに彷徨い、歩く。


(………あれは?)


 魂の形状をした黒い炎が見える。

 俺は好奇心に惹かれるままに触った。


(なんだ、これ)


 虚空を触っている感じだ。


 ────と、俺の中に酷くブレた声が響く。


(やあ、アベル)


 なんだ……?声が響く?


わたしの名はアズール・シャントリエリなり)


(お前らの世界では【邪神】と呼ばれている者だ)


おれはもうすでに目覚めました)


(【邪神】の力は四つに分散したわ)


(ああ、何も答えなくてもいいよ)


(いずれ分かることじゃ)


ちんが自我を保っている内に事を成したい)


 ────は?


(貴殿に欠片の一つを託しました)


 待て待て。


(アベル───いや、黒神 瞬よ)

(勝手だということは承知しているさ)

(その上でわしは願う)


 待て、一体なんの話だ?


(お主がこの願いを叶えてくれると信じている)


(《勇者》でもなく)


(《星の巫女》でもなく)


われでもない)


 黒い炎の中に、真っ白な光が灯る。


(全てのことわりから外れた、そなただけなのです)


 光はさらに強まる。

 そして、美しくも切ない声が響く。


(どうか────世界を救ってください)


 すると黒い炎が弾け、白い光と共に消えていく。


(なんだったんだ……?)



 瞬間、真っ黒な世界が暗転し、橙色に照らされた岩の洞窟の世界に変化した。蝋燭の輝きが眩しい。


「………え?」


 元の世界に戻ったのだろうか。

 だとしたら、儀式とやらは失敗したのか。

 生贄に母を殺したセトはどうなった?


「そうだ。セトだ、あの神官……!」


 ふつふつと無情に腹が立ってくる。

 あいつ、只じゃおかねえ。


「セトはどこ………だ?」


 俺は右手に重みと感触を感じ、それを見た。


「………え、髪……?」


 髪………それは頭部だ。

 俺は、首だけとなった髪を掴み持っていた。


「ひぃっ⁉︎」


 生首だ。とっさに俺は頭部を手放す。

 腰を抜かし、後ずさりをする。転がった生首と目が合い、そいつは笑った顔のまま固まっていた。


「な、な何が…?」


 さらに後ずさりをし、壁にぶつかる。

 震える手はしどろもどろ動く。

 手に何か感触を感じた。


「……?」


 手だ。ひどく歪曲した手だけがあった。


「っひ………?」

 

 自らの手、そして次に服を見ると大量の血が滴っていた。べっとりと血に濡れている。


「俺が………やったのか?」


 大量の血痕と、現状を見て俺はようやく気づいた。


 セトは肢体をバラバラに切り裂かれていたのだ。

 手を掴み、足を掴み、何度も地面に叩きつけられた痕だった。


「こんな、つもりじゃ………」


 確かに俺はセトに対して殺意を持った。

 しかし、肉体を辱めるようなことはしない。


「お、俺は……」


 手が震える。足が揺れる。

 眼球の動きが定まらない。


「そうだ、母さん……母さんは………?」


 定まらない眼球を動かし、必死に探した。


 その途中に、セトの肢体らしき肉をいくつか目に入った。捩じ切られていたり、引き千切られていたりしている。徹底的に辱めたようだ。


 どこかに母さんの肉片が混ざっているのではないかと、不安に思いながらも歩みを止めない。


 すると、見覚えのある扉を見つけた。

 扉は片方だけが砕かれ、血がべっとりと付いていた。


 俺はガチガチと震えながら扉を押す。


「あ………」


 そこに綺麗な体のまま横わたる母さんがいた。

 俺はおぼつかない足取りで、台座に縋りついた。


「母さん………」


 母さんの胸部には縦の穴が開いていて溢れ出ている血はすでに凝結していた。狂信者セトに刺され、血を流し、死んだのだ。


「ごめんなさい………!」


 涙がぼろぼろ出る。とめどなく溢れ出る。

 母の亡骸を抱きながら、俺は慟哭した。


「俺は……誰を、憎めばいいんだ………」


 自分ではない何かがセトをバラバラにした。

 この先、何を目標に生きればいいのだ。

 憎むべき奴は死んだ。


 意識のない俺の何かがによって殺された。

 募る怒りと憎しみ。


 初めての目標が母を報いることだった。

 母さんのために盗みも、農業もやってきたのだ。

 母さんありきだったのだ。


 俺は涙を汲み、岩の天井を見上げる。


「全部、無くなってしまったな」


 母さんを抱えながら立ち上がり、ゆっくりとした足取りで進んでいく。


 頭の中は真っ白で、何も考えていなかった。

 何も、考えたくもなかった。


 どれだけ歩いたのかも分からない。

 とても長い時間が過ぎた気がする。


 そして、気づけば、


「………あぁ、雨か」


 いつの間にか洞窟から出ていた。

 豪雨が振り、雷鳴が轟く。


「ちくしょう………」


 雨が鬱陶しい。濡れた森の独特の匂いが忌々しい。

 水が弾ける音が、胸の中をかき乱していく。


「………」


 曇りが俺の気持ちを表現しているようだ。 

 考えがまとまらない。感情がぐちゃぐちゃだ。

 雨が俺の手に付着していた血を洗い流されていく。


 しかし、心は血塗れのままだ。


「こんな、息子でごめん……」


 母の亡骸を木に持たれつかせて、俺は項垂れる。

 そして、まとまらない謝罪を吐き出すように並べた。


「不甲斐ない息子で、母さんを救えなくて、ごめん。僕がもっと強ければ……いや、やっぱり、もっと早く戻ってきていれば……。そうだ、僕がひとり勝手に出て行ったからだ。何も言わずに………」


 うな垂れ、ぶつぶつと呟く。

 すると、遠くが見えなくなるほどに埋め尽くされた豪雨の中で、一際大きく弾ける音が聞こえた。


 それも段々と大きくなっていっていた。


「確かこっちのはず………む、誰かいるな」


 音が止んだ。俺はその方向にゆっくり顔を向ける。


「…………子供?」


 黒いローブを纏った老人が呆然とした顔で立ち尽くしていた。昔はイケメンだった印象を受け、老人にしてはガタイがいい。


 そして……腰には刀をぶら下げている。


「……違う。貴様は……!」


 ああ、そうか。

 母の前にいる俺、まだ付着している血、この状況。

 俺が殺したように見えるわけか。

 なるほど、なるほど。


「【邪神】……!」


 邪神?俺、邪神になったのか。

 なんか黒い炎のアレが言っていたな。

 

 どうでもいいな。

 茶番に付き合う気はない。


「あ? 誰だ、お前は?」


 俺はクズを見るような目で老人を睨む。


「………俺はユージン・ライラック だ」


 ユージン? 誰だよ、てめーは。

 そんなやつ会ったことはない。


「忘れたのか。かつてお前を斬った『弱者』を……」


 俺はさらに苛立ち、心の奥に潜む声を曝け出す。

 

「うるせえ……茶番に付き合う気はねぇんだ」


 歯ぎしりをする。

 行き場のない怒りを、老人に向けて爆発させた。


「……俺が何をしたっていうのだ! 俺が何をしたんだ!俺は母さんを、エリーを、助けたかった!なのに世界は………運命は母さんを殺した!邪神ってなんだ!儀式ってなんだよ!この世界では精一杯頑張ろうって決めたっていうのに、頑張ったのに。なんで俺ばかり……結局……結局……あ、ああぁあ……」


「…………! お前、違うのか?」


「俺が何をしたっていうんだ!言ってみろ!ジジィイ!」


 それは弁解でも何でもなく、ただの八つ当たり。

 俺は怒り狂うまま老人に向かって行った。


「ガァアアアアアアアア!」


 老人は驚きつつも、俺に合わせるように右腕を振りかぶった。


 拳と拳が衝突する。鈍い音が辺りに響いた。


「ッ!?」


 俺は驚いて声が出た。

 真正面から止められるなんて初めてだ。

 巨大な魔物を投げ飛ばせる俺の怪力を止めた。

 老人の方も驚きを隠せていないようだった。


「オォアッ!」


 俺はとっさに右拳を引っ込め、蹴りを放つ。


「『気鎧』」


 蹴りが命中した老人の足が、ビクとも動かない。

 すると、老人にもう片方の足を払われる。


「ぎっ!?」


 転ぶ勢いのままに顔面をぶつけてしまう。

 まるで、老人に翻弄されているかのような感覚だった。


「こ……このぉっ!!」

「『気衝』」


 殴りかかるが、衝撃波に吹き飛ばされる。

 受け身も取れず、まともに木に叩きつけられた。


「うあぁ、あぁあああーーーーっ!」


 木にしがみつき、泣き叫ぶように咆哮する。


「………すざましいな」


 バキバキ、と木を根っこから引っこ抜く。

 そして、振り下ろし様に投げた。


「『気剣』……雷神よ」


 老人の手に薄白の半透明な剣が生えた。

 その半透明な剣で木を、縦に断ち斬られる。


「稲妻が如き足を我に『雷動』」


 バチッと静電気のような音とともに、目の前に老人が現れた。


 そして、半透明な剣を突きつけられる。


「うっ!」

「その目………間違いなく”よこしまなる眼”」


 何だそれは。”よこしまなる眼”ってなんだ。

 俺が変態の目をしているってか。


「………」


 黙り、考え込むようにする老人。

 何か言おうと口を開こうとした瞬間、老人の右腕に子犬が噛みついた。


 子犬に気を取られた間に、俺は転がって逃れた。


(……アート!?)


 老人の腕を離し、俺の元に戻ってきた。

 俺の匂いを追って来てくれたのだろうか。


「……ありがとう。アート」

「ウォン!」

「ふぅ〜……」


 一旦、落ち着こう。

 老人をよく見ると一つ一つの動きが洗練されていて、どれを取っても必ず合わせられるだろう。


「………」

「………」


 しばらく睨み合う。

 力は互角、技はおそらく超格上。

 おそらく老人が全力を出せば、俺は負けるだろう。

 

 そもそも倒す必要もない。俺たちの勝ちは倒すことではなく、この老人の目からいかに逃れ切るか、だ。


「止まれ!」

「ぬ……っ!?」


 理屈は分からないが、俺の紅眼には一瞬の拘束効果がある。効果としては『金縛り』に近い。


 ダレルたちと鬼ごっこで、コリーに一度使ったことがある。解除方法も分からなくて一日ずっと硬直したままだったこともある。


「破ァっ!」


 老人は気合で、すぐに動けるようになった。

 その一瞬の隙で俺たちは二手に別れる。


 どれだけ強くても、どれだけ技が洗練されていても所詮人間。生き物なのだ。そして、生き物である以上、視界の注意は一つにしか絞れない。


 そう、片方に集中してしまえば、もう一方を一瞬見失うことになる。


 そこを突く。


「うわぁああっ!!」


 飛びかかりざまに叫んだ俺に反応し、注意が俺に向けられた瞬間、アートが老人の手に噛み付く。


「……ッ」


 もちろん、アートを見捨てて逃げる訳ではない。


 これは二重フェイク。


 アートに注意が向けられている僅かな隙に、俺は老人が斬った木をスライディング気味に持ちあげて、大きく体を捻って力を溜める。


「伏せ!」


 即座にアートは牙を離し、地に伏せる。


「むぅっ!!」

「ぶっ飛べぇええええっ!」


 今出せるだけの全力で、アートの頭上すれすれにアッパーカット気味に叩きつけた。


 とっさに老人は両腕をクロスさせて受けるも吹き飛んでいく。木よりも上空に飛んで行った。


 おそらく老人は死んでいないだろう。当たる(インパクト)瞬間、感触が引いていった。衝突する瞬間に、全力で後ろに飛んで威力を流したのだ。


「アート!来い!」

「ウォン!」


 しかし、逃げる大きな隙はできた。幸い母さんには手を出す様子もなかったため、一度自分を囮に老人を撒く必要がある。


「アート、今のうちに逃げるぞ!」


 木の間を縫いながら一目散に走り続けた。

 しかし……どこに逃げればいい?


 故郷も、母さんも失った。

 帰る場所がどこにもない。


 一体、どこが安全だというのだろう。 


「うっ!?」


 すると、前方に黄色い閃光が奔り、そこには老人がいた。


「雷神よ、稲妻が如き足を我に『雷動』」


 詠唱した次の瞬間、老人は俺たちの前から消え、今度はアートと俺の間に現れた。


「すまんが、少し眠ってもらう」

「あぐっ!?」「ギャン!?」


 後頭部に衝撃が走り、意識が遠のいていく。


(あぁ……殺されるのかな。何一つ達成されずに。頑張っても、頑張らなくても変わらない。運命とやらは最初から決まっているものだろうか。


 ………どちらの世界も、残酷、だな……)



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読んで下さりありがとうございます。

閑話「慟哭の少女」

12話「復讐者」

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